ブーツの国の街角で

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#56

ヴェール:山の骨董市と幽霊伝説が残る城

文と写真・田島麻美

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あまり知られていないことだが、モンブラン、マッターホルンという2大名山を有する北イタリアのヴァッレ・ダオスタ州には数え切れないほどたくさんの「城」がある。他国との国境があるヨーロッパ・アルプスの山間の村は、古くから軍事的にも商業的にも重要な拠点であり、防御の目的で堅固な城がいくつも築かれたからだ。中には2世紀初頭に造られた原始的な城もあるというから、このルートが戦略的にいかに重要であったかは推して知るべしである。文献に残されている城は、ヴァッレ・ダオスタの比較的大きな渓谷に残るものだけでも72(州の観光局は100と表示)。城訪問は私のイタリア歩きの大きな楽しみの一つとなっているのだが、それは歴史上の人物が実際に暮らしていた城を訪れると、時空を超えて人の息吹を感じることができるからだ。昨夏、山歩きの合間に偶然訪れたヴェール(イタリア語読みはヴェルレス)という村でも素晴らしい城との出会いがあった。後で文献を調べたらなんと幽霊伝説も残っていて、ますますこの城が気に入った。ヴァッレ・ダオスタの中でも特に有名な中世の城が残るヴェールをご紹介しよう。

 

 

 

アルプスの昔の暮らしに触れられる骨董市

 

  州都アオスタから南東へ約30km、ドーラ・バルテア川のほとりにあるヴェールは、古代ローマの皇帝アウグストゥスによって建設されたガリア街道上の重要拠点として栄えてきたという古い歴史を持っている。この村で、春から秋にかけて毎月第一日曜に開かれる骨董市は州内でも有名なイベントらしく、滞在していたB&Bの奥さんに「ぜひ行って!」とオススメされた。付近の住民のみならず、ツーリストにとっても見逃せない骨董市であると聞いて私も興味をそそられ、足を運んでみることにした。
  ヴェールの村に着くと、メインストリートはもちろん、小さな広場や路地に至るまで、びっしりと露天商で埋め尽くされていた。売られている品物は、中古のレコード、手作りのアクセサリーを始め、古い家具や銅製のキッチン用品、かんじき、スキー、果ては牛の首にぶら下げるベルまで、実にバラエティに富んでいる。中には用途が全く不明な品物もあり、「これは何に使うんですか?」と店主に尋ねると、「ああ、これはこの周辺の村に古くから伝わる雪かきの道具だよ」と教えてくれた。骨董市の品は年季の入った風情のあるものが多く、じっと見ていると思わず触れてみたくなる。磨き込まれた木のスキー板は、一体どんな人が使っていたのだろう。この手作りのゆりかごはいつの時代のもの? ボロボロになった手縫いの革靴、これを履いてアルプスの雪山に登ったんだろうか。現代のハイテク用品からは想像もできないような珍しい山の暮らしの必需品の数々はただ見ているだけでも楽しいが、それが使われていた時代や自然環境に思いを馳せながら眺めると、より一層味わい深い。爽やかな日曜の朝、川のせせらぎをBGMに眺め歩く骨董市は、予想外の楽しいひと時を与えてくれた。
 

 

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ヴェールの村一帯で開かれる骨董市「Mercatino di Antiquariato e Usato」は、5〜10月の毎月第一日曜日に開催される(上)。年代物の家具や家庭用品、装飾品など様々な品物が売れらている(中上)。メインストリートは朝からたくさんの人でごった返す(中下)。アルプスの村ならではの品々は、見ているだけでも楽しい気分にさせてくれる(下)。
 

 

 

自然と一体化した中世のエコな城

  骨董市を冷やかし歩き、屋台で美味しいパニーノも食べて満足していたところ、一休みしていた広場の一角に「Castello(城)」と矢印がついた表示が目に入った。そういえば、村のはずれから丘の上に大きな四角い建物が見えたが、どうやらあれがヴェールの城らしい。村の中心から徒歩30分弱で行けるようなので、腹ごなしに城を見学しようと歩き始めた。
  標識に従って歩くうち、村はずれから本格的なハイキングコースが現れ、鬱蒼とした緑の木々の間に作られた石畳の坂を登ってようやく城の入り口にたどり着いた。チケット売り場に行くと、「城内の見学はガイド付きで行います。次の回は15分後にスタートしますのでちょっとお待ちください」と言われた。入場料は3ユーロ。ガイドの案内がついてこの料金は格安だろう。先に集まっていた見学者と一緒にツアー開始を待っていると、突如雲行きが怪しくなってきた。さっきまでの青空が嘘のように、真っ黒な雲が空を覆い、雷と共に大粒の雨が降ってきた。城の扉前の小さな雨宿りスペースにみんなが駆け寄り出したその時、「さぁ、スタートしますよ〜!」という掛け声とともにガイドさんが登場。土砂降りの雨を逃れ、一行は城内に入ることができた。
 

 

 

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標高516mに位置するヴェール城までは、村はずれにあるハイキングコースを登っていく(上)。丘の上に堂々と立つ中世の城(中)。城門の前にあるテラスからは村全体と周囲の山々のパノラマが楽しめる(下)。

 

 


 

  重い鉄の扉を開けて城内に入ると、吹き抜けのホールが現れた。中央の大きな井戸を取り囲むように作られた石の階段を昇って1階のサロンへ入る。足を踏み入れるや否や、サロンの床からむき出しになっている城の土台の岩が目に飛び込んできた。ガイドさんの説明によると、この城は14世紀の建設で、城主であったイブレート・シャランが持てる知識とアイデアの全てを注ぎ込んで設計したのだそうだ。サロンの床から突き出た岩肌は、この城の堅固さを物語るようにダイナミックで独創的な装飾となっている。ここから始まり、城内に残る寝室やダイニング、厨房、武器庫や金庫室など、どの部屋にも細部に至るまで様々な工夫が凝らされている。例えば、厨房には気温と地盤の岩の温度を利用した天然の冷蔵庫や、食事を温かいままサービスできるようダイニングと直接通じる窓口が設けられている。寝室やサロンの各部屋に作られた小さな窓は、暖炉で温められた空気を城内に循環させるためのもので、14世紀に既に「セントラル・ヒーティング」の仕組みを住居に取り入れていた。もともとの地形の利点を最大限活かして建設した城の内部は、空気も水も食材も、何一つ無駄にしない工夫が随所に施されていて、現代の「エコ住宅」にも通じる発想の数々に感心させられた。その一方、木材をふんだんに使用した天井や床、吹きガラスのゴシック様式の窓などの装飾も素晴らしく、機能的かつ美しい城に私はすっかり惚れ込んでしまった。
 

 

 

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土台となる岩山と一体化したヴェール城の入り口(上)。岩肌がむき出しになったサロンの床。寒さをしのぐための巨大な暖炉も備わっている(中上)。冷蔵庫や給仕用窓口を備えた広々としたキッチン(中下)。広間には、隣室と温まった空気を循環させるための窓や警備用の隠し扉など、様々な工夫が凝らされている(下)。
 

 

 

美しい城に残された「幽霊伝説」

 

  すっかりこの城が気に入った私は、城巡りツアーの後、村の本屋に立ち寄って歴史本を探した。見つかったのは、『ピエモンテ&ヴァッレ・ダオスタの呪われた城』という一冊。北イタリアに残る城の数々にまつわる伝説を集めた本だ。これは面白そう。宿に帰って早速読み始めると、ヴェール城の項目には19〜20世紀初頭に実在した人物にまつわる逸話が記されていた。
  幼い頃から数々の”デジャヴ”を体験してきたジュゼッペ・コスタという人物は、エンジニアであると同時に超常現象の研究家でもあった。様々な偶然の連続によってこの城にたどり着いた彼は、1階のサロンに入るや否や床に倒れて眠り込んでしまった。気を失っている間、「イブレート(14世紀にヴェール城を建設した城主)…..」と語りかける女性の声を聞く。気付いた時、そのあまりに生々しく詳細な女性の話から、コスタは「自分はイブレート・シャランの生まれ変わりだ」と自覚する。以後、コスタはこの声の女性とイブレートに関する調査研究に情熱を傾け、遂にこの女性がイブレートの秘密の恋人であったビアンカ・ディ・サヴォイアであったことを突き止めた。
  この話以外にも、多くの文献にヴェール城にまつわる数々の伝説や逸話が見つかった。その一つが、16世紀に当時の城主の妻であったビアンカ・マリアの幽霊が城を徘徊している、というもの。野心家で贅沢好きなビアンカ・マリアは、夫が戦争で城を留守にしている間、多くの取り巻き貴族の男性を愛人としていた。しかし、夫の帰還の知らせを受けると愛人達の存在が夫にバレるのを恐れ、彼女に恋していた警備兵に命じて愛人達を次々と殺させて井戸に投げ込んだ。最後にはビアンカの悪事が発覚し、彼女は処刑されてしまったのだが、今でも城での暮らしに執着している彼女は、幽霊となって城内を歩き回っているという。

 

 

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城の中心に作られた吹き抜けのホールの中央に作られた井戸。ビアンカ・マリアの愛人達はここに投げ込まれたのだろうか(上)。堅固な石造りの城だが、この吹き抜けのロビーから差し込む陽光で明るく照らされる(中上)。吹きガラスの優雅な飾り窓(中下)。地元も木材をふんだんに使った天井の装飾が見事(下)。
 

 

 

メニューのないトラットリアで食い倒れの夜

 

  骨董市にハイキング、城見学、さらには幽霊伝説の発見と実にバラエティ豊かだった1日の締めくくりに、絶品の郷土料理が味わえるというトラットリアへ出かけた。村から離れた丘の上にポツンとある家族経営のトラットリア「Omens(オメンズ)」は、アクセスこそ不便だが、地元のグルメが足しげく通う名店である。予約をしてくれたB&Bの奥さんの話では、「メニューはないから、席に着いたら出てくるものを片っ端から平らげていけばいい」ということだった。テーブルに着くと、「ワインはいる?」と聞かれただけで、後は黙って皿が運ばれるのを待った。
「アンティパストよ」と言われて出てきたのはなんと「コテキーノ」。脂身をたっぷり含んだ豚肉のサラミは年末料理の定番だが、まさかこの高カロリーを真夏に食すことになるとは。その後再び、「アンティパストよ」と言われて3つの料理が運ばれてきた。つまり、アンティパストだけで4種類。これは、覚悟が足りなかったかも知れない、と気づいた時には既に手遅れ。メインのポレンタと牛肉の煮込み、ソーセージを決死の思いで平らげることとなった。それでも途中でギブアップしなかったのは、料理が全て「絶品」だったからに他ならない。噛むほどに味の深みが広がるソーセージを咀嚼しつつ、「次に来るときは早朝から山歩きをしてお腹をすかせて来よう」と自分に言い聞かせた。
 

 

 

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豚肉のこってりサラミ「コテキーノ」(上)。2つ目のアンティパストは「バッカラ(塩漬け鱈)の煮込み」(中)。メインディッシュはヴァッレ・ダオスタの伝統料理、トロトロに煮込んだ牛肉と手作りソーセージをポレンタとともにいただく(下)。
 

 

 

★ MAP ★

 

Map_Verrès

 

 

<アクセス>
ヴェール/Verrèsへのアクセスはアオスタが拠点となる。アオスタまではイタリア各地から飛行機または鉄道で。アオスタからヴェールまでは各駅電車で約30分。車で移動する場合はアオスタから高速A5経由、イブレア/Ivrea方面へ40km弱。アオスタからは各種バスも出ている。
 

 

<参考サイト>
ヴェール観光情報(伊語)
http://www.prolocoverres.it/

ヴァッレ・ダオスタ&ヴェール観光情報(英語)
http://www.lovevda.it/en/database/3/tourist-resorts/aosta-valley/verres/432

ヴェール城(英語)

http://www.lovevda.it/en/database/8/castles-and-towers/verres/verres-castle/864
 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年3月28日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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