越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#56

マレーシア・サンダカン

文と写真・室橋裕和

 

 マレーシア最東端の街サンダカン。フィリピン国境も、もう間近だ。そしてここには明治から昭和にかけての時期に、たくさんの日本人が暮らしていたことでも知られている。その墓がいまでも残り、日本の方角を向いて、故郷を見つめているのだ。
 

 

目の前の海を渡ればフィリピン

 紺碧の海である。
 埠頭に仁王立ちすれば、目の前に広がるスールー海も僕の制圧下に入ったのだと実感する。
 マレーシアの果ての果て、ボルネオ島サバ州サンダカン。狭い海峡を島伝いに渡っていけば、その先はフィリピンである。マニアとしてはやはり立っておかねばらない街であろう。
 前回、ブルネイから国境を越えてマレーシアに入った僕は、コタキナバルを経てここサンダカンまでやってきた。その目的はもちろん国境越え……と言いたいところではあるのだが、涙を飲んで今回は断念する。確かにここサンダカンから、フィリピン・ミンダナオ島のサンボアンガまで船が出ているのだ。たまにゲリラや海賊が出没するという海域ではあるのだが、アジアでもけっこう難易度・レア度の高い船旅として知られる。しかし今回は余裕がなかった。僕もいちおう、労働者のはしくれである以上、旅の時間には限りがある。
 その代わり……サンダカンには、もうひとつの目的があった。

 

01
海岸沿いにバスが停まっていた。あの海の向こうがフィリピンだ

 

街の東部にある墓地

 海岸沿いに広がるハーバースクエアというショッピングモールで、まずは肉骨茶(バクテー)を食べて精をつける。ボルネオの蒸し暑さに対抗するにはこれがいちばんだ。
 八角やシナモン、クローブなどの漢方とスパイスで、スペアリブを煮込んでいる。白菜やしいたけ、モツ、ニンニクなども加えたスタミナ食は、中国から移民してきた労働者が持ち込んだものだ。汗びっしょりになるが、それがたまらない。
 目の前のフィリピンに思いを馳せて、マレーシア東端で華僑メシを食う。なかなかインターナショナルである。
 体力をつけると、僕はサンダカンの中心部を歩き、北東を目指した。こじんまりとはしているが、モールやカフェ、ホテル、銀行なども並び、けっこう賑やかだ。店の多くはマレー語のほかに漢字の看板も掲げているあたりが、華人の多いボルネオらしい。観光案内所や屋台街などもあり、前回訪れたブルネイの首都バンダル・スリ・ブガワンよりも街の規模は大きそうである。
 泊まっている「サンダカン・ホテル」を過ぎるあたりから、坂道になっていく。商店や民家もとぎれ、イスタナ通りに入ると、ひと気も少ない。熱帯のジャングルが続く。
 やがて、切り開かれた斜面に見えてきたのは一面の墓地だった。沖縄の亀甲墓にも似た長円形の墓が、丘を覆い尽くしていた。華人の墓だろう。
 さらに進むとキリスト教の墓地があり、その奥に……「日本人墓地」と掲げられたゲートが見えてきた。くぐって丘の中腹まで登りつめると、どれも日本式の、10数基の墓石が並んでいた。このサンダカンで命を落とした、「からゆきさん」たちの墓だった。

 

02
マレーシアではぜひ肉骨茶(バクテー)を。ニンニクダレ&ご飯と一緒にわしわし食べるスタイル

 

03
日本人墓地の入口。異国でこんな表記を見るとドキリとさせられる

 

 

遠く日本を望む、からゆきさんの墓地

 明治時代後半から昭和初期まで、生活苦に喘ぐ日本の女性たちが海を渡り、アジア諸国で娼婦として働いていたことはよく知られている。
 彼女たちは「唐行きさん=からゆきさん」と呼ばれたが、その行き先は唐すなわち中国だけではなかった。タイやシンガポール、インドネシア、インドなどアジア全域に広がり、また遠くアフリカやアメリカにまでおよんだ。木材の輸出をはじめとする交易が盛んだったボルネオもそのひとつだ。
 相手はアジア各地を植民地としていた欧米の軍、華僑、現地の人々、すでに現地で商売をしていた日本の商人……。
 遠い異国で、性を売り物にされ、南洋に散ったからゆきさんたちの墓が、サンダカンの丘には残されている。
 思いのほか、きれいに整備されていた。手向けられている花や線香こそなかったが、土地の人か、日本人か、誰かが常に掃除をしている気配があった。
 ひとつひとつ墓碑銘を見てみる。10代、20代という享年にため息が出る。出身はその多くが九州だった。天草や島原といった、往時は貧しかった島々だ。その頃、外国との貿易の中心だった長崎から近かったことが影響しているのだろうと思った。
 彼女たちの墓は、サンダカン市内に背を向けるように北を向いていた。スールー海を見下ろしている。なかなかの眺望だ。その方向に、フィリピンを越え、台湾を飛び越し、3000キロ進むと、故郷の九州がある。

 

04
娼館の名物女将として知られていた木下クニさんの墓も。海の彼方の日本を見つめている

 

 

日本人娼館の跡地に立つ

 街に下りてきた。無人の墓地から、人の行き交う市街に帰ると、異界から戻ったかのような気分だ。
 19世紀後半、イギリスが支配していた北ボルネオ州の州都だったこのサンダカンには、かつて9軒の日本人娼館があったという。そのうち木下クニさんが切り盛りしていた8番館の跡がある。
 街の中心部、カフェやゲストハウスが並ぶティガ通りに立つ薬局「婆羅洲薬房」その本店だ。ごく普通の、華人系の薬局に過ぎない。しかも一帯は、第2次大戦中にボルネオを占領した日本軍と連合軍との戦闘で焼き払われてしまっている。当時の建物が現存しているわけではないが、それでもやはり、感慨深いものがあった。
 時代も働くフィールドも境遇も、なにもかも違うが、ただひとつ、アジアを生きる場所とした同志として、からゆきさんたちの眠るサンダカンには一度どうしても来てみたかったのだ。

 

*参考文献
『サンダカン八番娼館』(山崎朋子著、文春文庫)

 

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娼館の跡地に立つ薬局。ときどき日本人もやってくるそうだ(2018年7月現在は外装がやや変わっています)


 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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