東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#56

インドネシア・スマトラ島の鉄道〈3〉

文・写真  下川裕治

クルン・グク~クルン・マネ、ビンチャイ~メダン

 スマトラ島の列車は、北部、西部、南部にわかれていた。その3エリアは列車でつながってはいなかった。ひとつのエリアを乗りつぶしたら、飛行機やバスで移動するしかなかった。

 北部の路線から乗ることにした。迷走を強いられたが、メインの路線は乗り終えた。しかしメダン近郊を走る路線が残っていた。さらに北のロクスマウェに路線があるようだった。

 北部の路線の大半はメダンを起点にしていた。しかしロクスマウェ付近の路線は、どこにもつながらない単独路線だった。果たして運行しているのか。メダン駅で訊いても、確かな返答は得られなかった。

 行ってみたら運休といわれたら……。ミャンマーの鉄道がトラウマになっていた。わざわざ飛行機まで乗って向かった先の路線が、「運休です」と涼しい顔でいわれると、茫然としてしまう。アジアの片隅で、僕はいったいなにをしているのだろう……と唇を噛む。そんな思いはもうご免だった。

 しかしメダン駅ではその情報をつかむことはできない。

 やはり行ってみるしかないか……。

 東南アジアの列車にすべて乗るという企ては、とめどもない徒労を携えていた。

 ロクスマウェ行きのバスは夜の11時に発車した。ほぼ満席だった。体を横にすることができないアジアの夜行バスである。ロクスマウェに着いたのは、朝の6時半だった。

 資料ではロクスマウェ近郊の路線は、クルン・グクとクルン・マネの間の11キロほどを走っていることになっていた。バスターミナルにいたペチャというバイクの脇に人が乗る座席をとりつけたタクシーの運転手に訊いてみる。

「クルン・グクまで行きたいんだけど」

「クルン・グク?」

 英語があまり通じない。頼りない交渉が続く。4、5人の運転手が集まり、話がはじまる。地名がわからないのか、遠いので大変だといっているのか……。ひとりがすくっと立った。行くという。6万ルピア、約564円。高いのか、安いのかもわからなかった。

 クルン・グクは予想外に遠かった。ペチャで40分ほど走っただろうか。行く、と胸を張った運転手だったが、正確な場所はわからないようだった。途中、軍のキャンプの入口で道を訊いた。国道から脇道に入る。線路に沿った道だった。その先に小さいがこぎれいな駅が見えた。

 クルン・グクだろう。しかし列車が停まっていない。不安が頭をもたげてくる。走っていないのか……。ホームに沿ってトイレや切符売り場があるが駅員がいない。

 どうしようか。

 10分ほど待っただろうか。奥からひとりの駅員が出てきた。神に見えた。足早に近づき、「クルン・マネまでの列車は?」

 と口を開く。

「8時27分発です」

 走っていた。

 無駄足にならずにすんだ。

 しかし……乗った路線はあまりに短かった。メダンからひと晩バスに揺られ、ペチャに40分乗って着いたクルン・グクから乗車した列車は、32分後には終点のクルン・マネに着いてしまった。途中で停まるのはブンカという駅だけ。運賃は1000ルピア、約9円。10円もしない。これで終わりなのだ。

 列車は海岸に沿って時速30キロほどで進んでいく。ココナツヤシの向こうに見える海。気持ちがいい沿線風景だが、あまりに短い。

 乗客もほとんどいなかった。僕ら以外に両親とふたりの男の子という家族がひと組だけだった。それでも車掌は律義に検札にやってくる。駅には数人の職員がいる。乗客より駅員が多い。

 いったいなぜ、この路線に列車を走らせているのか。やはり悩む。赤字どこの話ではない。将来はロクスマウェが始発駅になるというのだが、その路線ができてから運行を開始してもいいのではないか。スマトラ沖地震の後の復興という意気込みだけで走らせるには、あまりに短すぎる。

 

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クルン・グク駅。乗客はいない。音もない。いるのは暇そうな駅員だけ

 

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これが1000ルピアの切符。9円ほどだが、この切符を買うためにひと晩を費やした

 

クルン・グクとクルン・マネ間の沿線風景を。海に沿って走る気持ちのいい路線だ

 

 行くところもないので、クルン・マネから列車でクルン・グクに戻った。ペチャでまたバスターミナルに。昼のメダン行きのバスに乗った。

 メダンに近づいた頃には、日が暮れてしまった。いま、どのへんなのかとグーグルマップを開くと、ひとつの駅が映しだされた。

 ビンチャイ──。

 翌日、乗るつもりの列車の終点駅だった。メダンの近郊線である。メダンとビンチャイの間を30分ほどで結んでいる。道を辿ると、バスはビンチャイ駅近くを通る。

 急いで運転手に伝え、バスをおろさせてもらった。5分ほど歩くとビンチャイ駅に出た。19時半発のメダン行きに乗ることができた。

 これで北部路線を制覇した。

 

 

 

*インドネシアの鉄道路線

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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