ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#56

ステファンが旅する東京-浅草界隈2

ステファン・ダントン 
 

 

 

「合羽橋」から隅田川へ向かって

 

 

 

 

 浅草からも近い合羽橋。隅田川の内側で、寺の多い古くからの職人のまち。私のような飲食店関係者にとっては、なんでも揃う便利な道具街。

 

 私は今回、おもしろい急須を探すのも楽しみにしていたが、目当てのものが見つからず、がっかりしていた。

 

 

日本の道具街のフィリピン人のおかみさんとフランス人茶商

 

 

 とある調理用具店に入ったら、明るく声をかけられた。

 「あなた知ってるよ! テレビ出てたでしょ。お茶を売ってるんですよね。フランス人でしたっけ?」

 おしゃべりな私も負けそうな勢いで話しかけてくれたのは、明らかに外国人(私も外国人だが)。聞けば、フィリピンから嫁いだ若おかみだという。

 「茶器はないの?」と聞くと、「これが人気ですよ。外国人によく売れる」と奥の陳列棚に案内してくれた。

 「おちゃらか」でもずっと前から扱っている岩手のメーカーの鉄瓶だった。「鉄瓶型の急須をカラーにしたら売れるよ」とフランス人の感性でアドバイスしたのは私。最近はよく売れているらしく、注文してもすぐには手に入らないこともあるくらいだ。まさか、こんなところで出会うとは。

 みなさんよくご存知の鉄瓶は、重厚さを示すような真っ黒なもの。それを小ぶりにしてとりどりの色をつけるのは冒険だったと思う。「伝統」とは違うからね。でも、外国人の目から見れば、色がついていることで「伝統」も「日本らしさ」も失われていない。エキゾチックで美しく、しかも使いやすいなものとして受け入れやすくなる。日本人だって「かわいい!」というキーワードで受け入れられるでしょ。

 「外国人も欲しがる日本らしくて新しい商品」として自分が選んだものを、古くからの道具街に嫁いだ外国人の奥さんからお勧めされるとは。実におもしろい出会いだった。

 

 

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フィリピン人の若おかみと。

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カラー鉄瓶は外国人にも人気。

 

 

 

合羽橋はなぜ観光客に愛されるか

 

 

 平日の昼間の合羽橋に飲食店関係者は少ないようで、代わりに目立ったのは観光客。合羽橋は浅草にも近く、近年外国人が土産物を買うのに立ち寄ることが多くなっている。

 

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洒落た雑貨屋には多くの外国人が。

 

 合羽橋で外国人に人気の商品として有名なのは食品サンプルだと思う。実際、これほど精巧に作られたサンプルは外国にはない。

 私は食品サンプルを見て食欲をそそられることはない。みなさんはどうだろう? もし日本人があれで食欲を刺激されるとすれば、日本人が「視覚」で「感触」や「匂い」などを想像して「体験」する能力の高い人々だという私の仮説を補うことになるんだけど…。

 まあ、外国人は、想像もつかない場面に発揮された日本人の手先の器用さの証としておもしろがっているんだと思う。

 

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食品サンプル店にて。

 

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よく外国人に人気と紹介される寿司のサンプル。

 

 私も、私の友人も実用的な土産物としてよく利用するのが布製品。のれんというのか、目隠しに使われる布。「ひらがな」や「漢字」は読めないからこそ、デザインとして美的に感じるものだ。確実に利用できる上にかさばらない。

 

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「ゆ」と書いてあるのれんは私も買ったことがある。

 

 わかりやすく日本らしい土産物を求めに来た外国人たちも多いだろうが、中には、このまちのおもしろさにとりつかれた人もいることに気がついた。道具街の端まで歩いた戻り道、同じ店から動いていない、あるいは元いた店から2、3軒先に移動しただけの外国人を何人も見かけた。おそらく1時間以上はそこにいるはず。

 それも、日本人だって門外漢には何に使うかわからない不思議な道具を売っている店。私には彼らの気持ちがよくわかる。

 道具街の店の人は、基本的にあまり話しかけてこない。表示も日本語だけ。売っている道具には「飲食に関係するもの」というヒントが示されているだけ。

 形を見て、触ってみて、動かしてみて、想像する。同行者とそれについて話し合う。正解が得られるとは限らないクイズ問題が次々に目の前に現れるんだから、楽しくて仕方ない。

 これが外国人にとっての合羽橋の最大の魅力だと思う。

 

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外国の観光客が外に置いたバッグパック、かれこれ1時間は出てきていない。

 

 

 私も楽しく過ごすうち、あっという間にもう日が暮れそうだ。

 

 

 

新しくて汚いものと古くてきれいなもの、どっちが好きですか?

 

 

 

 道具街を出た私たちは、隅田川方面に歩き始めた。道具街を一本外れると、小さな工場やメーカーのビルの間にマンションが点在する静かな通り。ふと目に付いた喫茶店に入ることにした。

 私の店選びの決め手は清潔感。「S・k・i・p」というサインの出たその店は、外から見てもよく掃除が行き届いていることが一目でわかった。使い込まれた椅子やテーブルは磨き上げたようにきれい。白いブラウスのよく似合うマダム(後から聞いたら随分なお歳だったが、溌剌として若々しく美しい方だった)が出してくれたコーヒーも実にすばらしかった。この店を開いて46年。あちこち直しながら維持されているそうだ。

 私はきれいなもの、きれいな場所が好きだ。新品が好きだという意味ではない。新しい店が必ずしもきれいだとは限らない。きれいに維持されたものが私は好きだ。きれいに維持された時間が長ければ長いほど価値があると思う。だから私は古くてきれいなものが好き。歴史のあるものや店に惹かれるんだ。

 

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CAFE&BAR 「S・k・i・p」へ。

 

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磨き上げられた店内にて。

 

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コーヒーに添えて、マダムが常連のお土産をおすそ分けしてくださった。

 

 日が暮れた道を隅田川へ。蔵前のあたりには小さなビルをリノベーションしたプチホテルが増えていた。どれも個性的で魅力的。

 大手ビジネスホテルチェーンが都内の一等地に増えている。新しくてきれいかもしれない。便利かもしれない。でも、古いものを魅力的に活用したプチホテルのほうが「気持ちいい」はず。

 1軒のホテルのエントランスのオレンジ色の灯りに誘われて、入ってみた。自由で手作り感もある空間に、出入りする人の表情もスタッフの様子も和やかで、元ホテルマンの私は直感的に「ここはいいホテルだ」と感じ取った。

 チェックインしたいくらいだったが、この日はエントランスに設えられたバーでビールを飲んでみた。心地よかった。

 

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ホテルのエントランス。

 

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ホテルに入る私。

 

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エントランスのバーでビールを一杯。

 

 隅田川の周辺は古い東京の姿が残る。稲成町の仏壇通りも合羽橋の道具街もおもしろい。蔵前のあたりにもおもしろい変化が起こっている。

 

 東京には古くておもしろいものがたくさんある。おもしろがり方もたくさんある。

 東京の変化は早い。再開発で新しいビルが立ち、おしゃれな内装の店舗が入る。次から次へと目新しい商品を提示する。移り気な消費者は、行列をなす。そして時が過ぎれば見向きもしなくなる。次の流行を、次の行列を作ることを目指して新しいものを作り続ける人たちがいる。ずっと繰り返されるこのサイクルは虚しい。

 残すべきすばらしいもの、古いけれど変革することで維持できるよいものは山ほどある。

 

 日本茶だってもっと羽ばたけるはずと思って10年以上がんばってきた。日本茶に注目を集めるために、もっとできることがあるはずだ。ビールを飲みながら、気付くと日本茶のことを考えている。

 いやいや、今は目の前のビールと空間を楽しもう。日本茶をめぐる今後の戦略については、明日の朝、日本橋の「おちゃらか」に着いてから、改めて手帳を開いて考えることにしよう。

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。お楽しみに! 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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