料理評論家・山本益博&美穂子「夫婦で行く1泊2食の旅」

料理評論家・山本益博&美穂子「夫婦で行く1泊2食の旅」

#55

第53回 東京「西荻窪」その1

文と写真・山本益博

坂本屋かつ丼

 

 

我が家のある西荻窪周辺を巡る「TABILISTA」


新型コロナウィルスの感染拡大で、予定していた旅が、次々にキャンセルになってしまいました。3月は恒例のニューヨークへ、4月は上海へ、5月もロンドンの予定でした。そこで、今回と次回は東京のそれも我が家のある西荻窪周辺を巡る「TABILISTA」をお届けいたします。
 私は東京生まれ下町育ちで、今、西荻窪に住んでいるのですが、十代の頃、札幌に家族で移住したこともあり、成人してからも下町に住もうとは思っていませんでした。住むのであれば、山手線の外側の23区内で下町の匂いのする町にしようと。近郊会社線の街並みは、どこも山の手のよそゆきの空気が漂っていて、下町育ちにはどうしてもなじみません。ただし、中央線沿線だけは違っていたのですね。
 これは、江戸時代の「振袖火事」と言われる大火で、幕府が市内に空き地を作る必要となり、今の神田の「やぶそば」があるあたり、かつての連雀町の一帯の住民を、武蔵の国の境である、今の三鷹に移住させました。それが、三鷹の連雀町の由来です。神田の「やぶそば」もかつては、連雀町の「やぶ」と呼ばれて親しまれていました。
 中央線ははじめ、万世橋が始発駅で、いまでもその名残が神田駅とお茶の水駅の中間地点にカフェとなってありますが、江戸の中ごろには江戸の下町の匂いが三鷹まで流れていたのですね。言ってみれば「中央線江戸前ライン」。ですから、神田の「やぶ」に始まって、中央線沿線には、各駅ごとに、そばの名店があるほどです。
 西荻窪を代表するのが、「鞍馬」です。荻窪と西荻窪の中間、上荻3丁目には「本むら庵」があります。「鞍馬」のもりそば「箱盛そば」は、そばのエッジが立っていて、凛としたつゆをつけて手繰るとそばの香りが立ち昇ります。客筋は近所の常連客が多く、「そば前」につまみをとって酒を楽しむ静かな「大人の憩いの場」を漂わせています。そういえば、今から40年ほど前には、西荻には「藤盛(ふじせい)」という大人のそば屋がありましたっけ。
「鞍馬」の隣は喫茶店の「ダンテ」で、「鞍馬」主人と「ダンテ」主人は兄弟です。「鞍馬」「ダンテ」は西荻窪駅南口から歩いて1、2分です。
 

 

鞍馬箱盛そば990円箱盛そば

 

鞍馬玄関「鞍馬」の店構え

 

ダンテ玄関鞍馬のお隣り「ダンテ」

 

同じ通りの駅寄りにラーメンの「はつね」があります。「誠実」を絵に描いたような店で、わずか6席と言うこともありますが、行列の絶えないラーメンの名店です。醤油味の東京下町好みの味で、「ラーメン」のほか「わんたんめん」「もやしそば」も人気があります。駅の反対側にある「いしはら」の中華そばもわたしのお気に入りです。

 

 

 

はつねワンタンメンワンタンメン

 

 

はつね店構えふだんは行列の絶えない「はつね」

 

駅から北口を出て、青梅街道に向かって歩いてゆくと、しばらくして左手に定食の「坂本屋」が見えてきます。いまや「かつ丼」の「坂本屋」と言われるくらい「かつ丼」で知られ、昨年から、火曜、木曜、土曜の週3日昼のみ営業で、しかも「かつ丼」一本の店になりました。
私が初めて出かけたのは、25年ほど前、「かつ丼」を注文すると、揚げたてのかつを卵でとじて丼に仕立ててくれたのでした。しばらくして、また出かけて同じものを注文すると、かつはかなり前に揚げたものでした。お勘定のときに、そのことを伝えると、前回は、たまたまかつがなくなっていて揚げたてを丼にしたのですと。「揚げたてが断然美味しいです」と言うと、以来、注文を受けてからかつを揚げるようになり、それを、あちこちの雑誌やラジオで喧伝しました。
 

 

 

坂本屋かつ丼かつ丼

 

坂本屋のかつ丼定食かつ丼定食

 

 

 

私が西荻窪に引っ越してきた30年前は、「アンティークの街、西荻窪」でした。それが、10年もするうち、駅前のマンションの売り出しチラシに「アンティークとグルメの街、西荻窪」と書かれるようになりました。「坂本屋」の「かつ丼」が火付け役ではないでしょうか。

 

次回、東京「西荻窪」その2です。

 

 

 

 

■「鞍馬」

 

 

住所/杉並区西荻南3-10-1

 

問い合わせ/03-3333-6351

 

http://nishiogikurama-soba.jp

 

 

■「はつね」

 

 

住所/杉並区西荻南3-11-9

 

問い合わせ/03-3333-8501

 

 

■「坂本屋」

 

 

住所/杉並区西荻北3-31-16

 

問い合わせ/03-3399-4207
 

 

 

*この連載は毎月25日に更新です。

山本さん顔

山本益博(やまもと ますひろ)

1948年、東京・浅草生まれ。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論が『さよなら名人藝―桂文楽の世界』として出版され、評論家としてスタート。幾度も渡仏し三つ星レストランを食べ歩き、「おいしい物を食べるより、物をおいしく食べる」をモットーに、料理中心の評論活動に入る。82年、東京の飲食店格付けガイド(『東京味のグランプリ』『グルマン』)を上梓し、料理界に大きな影響を与えた。長年にわたる功績が認められ、2001年、フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを受勲。2014年には農事功労章オフィシエを受勲。「至福のすし『すきやばし次郎の職人芸術』」「イチロー勝利への10ヶ条」「立川談志を聴け」など著作多数。 最新刊は「東京とんかつ会議」(ぴあ刊)。

 

 

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