越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#55

ブルネイ→マレーシア→ブルネイ→マレーシア3国境越えの旅〈後編〉

文と写真・室橋裕和

 

 東南アジアの中でもとりわけ影の薄い国ブルネイは、ボルネオ島の一角に領土を持っている。で、その国土は大きくふたつに分かたれているのだ。西のメインランドと、東のテンブロン地区。どちらもマレーシア領に食い込むように広がっているが、地続きではない。テンブロン地区は周囲をマレーシアに囲まれた。いわば飛び地だ。
 僕はこの飛び地を突っ切り、いくつもの国境を突破する旅に出た。

 

 

首都から30分でマレーシア国境

 首都バンダル・スリ・ブガワンを出た国際バスは、進路を西へ取る。道の左右はしょぼくれた低層の住宅街だ。天然ガスで潤うリッチ国なのだから、タワマンが天を突いているかと思いきや、国民はいたって庶民的な暮らしをしているのであった。
 街の規模も小さい。家並みの切れ間からは濃厚な茶色をしたブルネイ河の流れが見える。熱帯のジャングルが街のそばまで迫る。そして郊外に広がるわずかな田畑を通り過ぎると、もうマレーシア国境なのであった。バンダル・スリ・ブガワンから20キロほどだろうか、30分も経たないうちにバスを降ろされ、密林のただ中に輝く白亜のイミグレーションに行くよう運転手に促される。ようし、第1チェックポイントだ。
 じっくり見聞したいところではあるのだが、これがなかなか慌しい。ブルネイの出国事務所で手続きをして、すぐにバスに乗り込み、数百メートル走ってマレーシア側に入ると、またバスを降りて今度は入国審査だ。乗客たちは南国らしからぬテキパキさで出入国していき、のんびり写真を撮っていたのは僕くらいである。申し訳なくなってバスに戻ったが、パスポートにはすでにふたつのレアスタンプをいただいている。まさにマニアのボーナスステージだ。

 

ブルネイ河をボートでカッ飛ばすのが観光客の数少ないアクティビティのひとつ。首都のすぐそばにこんな世界が広がる

 

 

ブルネイからマレーシア、さらにブルネイへ

 マレーシアに入ると、明らかな変化がひとつ。酒があるのだ。国境を越えてクアラ・ルラーの小さな街に入ったとたん、居並ぶ食堂にはジョッキ片手にだらしなく笑うおじさんたちの姿。まだ早いから営業はしていないのだろうが「Bar」と看板を掲げた店もある。
 同じイスラム教国のブルネイとマレーシア。ブルネイはけっこう厳しい戒律主義で、表向きにはアルコールはいっさい飲めない。しかしマレーシアは世俗主義だ。中華系も多いし、コンビニでもどこでも酒が買える。ブルネイのおじさんたちはそんなマレーシアに、飲みたくなったら国境を越えて出向くようなのだ。
 国境酒場で一杯やりたくはあったが、国際バスは停まってはくれない。西側ブルネイと東側ブルネイに挟まれたマレーシア領の快適な道路を走っていく。天然ゴムの林が広がる。ときおり小さな村が見えたりもするが、車窓はえんえんと濃い緑の世界だ。
 そしてリンバンの街で何人かの乗客が乗り降りしてから、バスは再びブルネイ領に突入していく。テンブロン地区である。マレーシア領は1時間と走っていない。国境の連続じゃないか。わくわくしてくる。テンションが上がる。
 パスポートを手に第2チェックポイントに向かい、マレーシアを出国。バスに戻って、国境線となっているバンダルアン河を越えると、再びのブルネイである。まるでスタンプラリーだ。どんどんとパスポートのページが埋まっていくのがたまらない。
 そしてテンブロン地区に入ると、明らかに緑と、空気との、濃度が増したのだ。

 

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リンバンの街で乗り込んできた学生たちは、ブルネイを通り越して向こう側のマレーシアの街コタキナバルまで部活の大会に向かうのだとか。テンブロン地区のマレーシア側国境オフィスにて

 

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こちらはテンブロン地区ブルネイ側の入国事務所。トラディショナルな高床式であった

 

 

国立公園を横断してマレーシアに抜けていく

 ボルネオ島は「地球の酸素タンク」と呼ばれている。世界で3番目にデカい、ほとんど大陸サイズの大きさのこの島は、大部分が熱帯雨林で覆われている。木材輸出目的の伐採も進むが(その大部分を輸入しているのは日本だ)、それでも原初の自然が残り、ジャングルは二酸化炭素を吸収して酸素をつくりだしている。だからなのか、空気がうまいのだ。
 とくにテンブロン地区は大半が国立公園に指定されていて、生態系の保護が進められている。民家はわずかで、いまも太古のジャングルが続く。バスに乗っているだけでも、その深さの一端くらいは見て取れる。
 ときどきすれ違うバンはエコツアーのものだ。ブルネイやマレーシアの旅行会社では、テンブロン地区でのラフティングやジャングルトレッキング、リバーサファリなどを主催しているという。希少種のひとつテングザルが人気らしい。
 ……なんてことにのんびり思いを馳せる間もなく20分ほど走ると、もうテンブロン地区を横断してしまったらしい。今日いったい何度目のバスの乗り降りなのか、第3チェックポイントである。
 なんだかありがたみが薄れてきたが、それでも本日5つ目=ブルネイ出国、6つ目=マレーシア入国のスタンプをゲットすると、やはり達成感に包まれる。
 そして思わぬ祝福、7つ目のスタンプがパスポートにしっかりと押印されたのである。えっ、なにそれ。返されたパスポートを慌ててめくってみる。
「ENTERED SABAH」
 シンプルに、それだけの青。サバ州入域スタンプであった。
 ボルネオ島の北東部マレーシア領サバ州は、かつて少数民族が細々と暮らす場所に過ぎなかったそうな。19世紀になるとイギリスが進出して「北ボルネオ会社」を設立、後にイギリスの保護国とされた。マレーシア領となったのは1963年のことだ。
 サバ州には半島部マレーシアとはやや異なった、こんな歴史があることから、いまでも高度な自治権がある。だからこうして入「州」スタンプだって持っているのである。
 ふふ、また勲章がひとつ。ややかすれていてデザインもしょぼいが、それでもテングザル並みに希少であろう。
 怒涛の国境越えをクリアして、最後に素敵なお土産までいただき、あとはサバ州の州都コタキナバルを目指すだけだ。僕はバスの中で、一挙7つのスタンプが増えたパスポートを飽くことなく愛でた。

 

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マレーシア・サバ州へのイミグレーション。なかなか立派であった

 

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国際バスの行き先表示を見ると興奮してしまうのは僕だけだろうか

 

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この旅ではブルネイとマレーシアのハンコが乱打されていった。左下にはサバ州入域を証する「ENTERED SABAH」(かすれてる)のスタンプも

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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