ブーツの国の街角で

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#55

テルモリ:アドリア海に突き出た小さな港町

文と写真・田島麻美

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アドリア海きっての景勝地・ガルガーノ半島のすぐ上にある小さな港町テルモリ。イタリアでもあまり知られていないが、トレミティ諸島へ渡るフェリーの発着地でもあるこの街は、海を愛する人たちにとっては「誰にも教えたくない隠れ家」的なバカンス地だという。4月下旬から9月までの夏のバカンスシーズンには、イタリア及び欧州各地から押し寄せる常連のバカンス客でごった返すらしいが、早春のこの時期はまだいたって静かでのんびりしている。アドリア海の小さな漁村の日常を体験しに、ローマから足を伸ばして2泊3日の旅に出た。

 

 

 

モダンな新市街と中世時代の集落のコントラスト

 

  ローマから特急と各駅電車を乗り継ぎ、約5時間かけてようやくテルモリにたどり着いた。鉄道の駅前には近代的な商店街と住宅街が広がっていて、漁村の風景はどこにも見えない。モダンなショーウインドウが並ぶ舗装道を3分ほど歩くと、広場の左手にようやく海が見えてきた。真っ青な水平線に誘われるように緩やかな坂道を下って海の方へ足を進めると、突き当りの道路の先に中世時代の城塞がそびえているのが見えた。ここが”ボルゴ”と呼ばれる古い集落の入り口だ。
  実は今回のテルモリ訪問にはもう一つの目的があった。最近日本でも知られるようになってきた「アルベルゴ・ディフーゾ(AD)」という分散型ホテルを体験するというもので、何でもこのテルモリの集落は、ADの登場によって深刻な過疎から見事に復活したのだそうだ。宿があるボルゴは、近代的な新市街と一つの道路を挟んで向かい合っている。城壁の中に一歩入れば中世時代からの古い建物が残る小さな集落、城壁を出ればショッピング・ストリートが並ぶモダンな住宅街。徒歩3分もかからない距離に、現代と中世の街並みが向かい合って存在している。過去と現在を一瞬で行き来しているような強烈な風景のコントラストがとても面白い。
 

 

 

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広い舗装道の両脇に、ショッピング・ストリートが広がる新市街(上)。道路を一本隔て、海に突き出すようにレンガの城壁に囲まれたボルゴがある。城壁の門の先には、中世以前からの小さな漁村の家並みが残されている(中上)。古くから漁師たちの住まいがあった集落は、20年程前には深刻な過疎化が進んでいたという。現在では、昔の面影を残して美しく修復された館が並んでいる(中下)。ボルゴの中心にあるサンタ・マリア・プリフィカツィオーネ大聖堂。12〜13世紀に建てられたロマネスク様式だが、起源はさらに古く、元はギリシャ神話に登場するカストルとポルックスに捧げられた神殿があったという(下)。
 

 

 

 

紺碧の海のパノラマが楽しめる遊歩道
 

 

  宿にチェックインを済ませ、軽くパニーノでランチにしようとバールを探したが、城壁内のボルゴには開いているバールが一軒も見当たらない。宿の女主人・マヌエラさんに、「手軽にランチが食べられるような店はありませんか?」と尋ねると、「ボルゴを出て、新市街に行けばたくさんありますよ」と言われた。マヌエラさんの話では、ボルゴ内には数軒のレストランとバール兼ジェラテリア、陶器の店などがあるが、どこも本格的な営業は夏季になってから。シーズンオフの今は、週末だけの営業、もしくは夏季に向けての改装・修理工事のため閉まっているのだという。身近な店で手早く昼食を済ませようと思っていた私は内心がっかりしたが、新市街のバールも歩いてみればたった4分ほどでたどり着き、移動は苦にならなかった。
  ランチを終えて、再びボルゴへ足を向ける。幸いお天気に恵まれ、太陽の日差しはまるで5月初旬のように温かい。アドリア海に突き出したボルゴの高い城壁に沿って作られた遊歩道では、犬連れの若者や手を繋いで歩く老夫婦、子ども達のグループなどがこぞって昼下がりの散歩を楽しんでいる。キラキラと輝く海の青さに惹かれ、私の足も自然と遊歩道を目指して進んでいく。
  城塞の下から始まる遊歩道を歩くと、180度の水平線が見渡せる。北側には長い砂浜のビーチが続き、ボルゴの東にはトレミティ諸島へ行くフェリー乗り場と地元の漁師たちの船が並ぶ港があり、南側にはヨットハーバーを備えたツーリスト用の港がある。ビーチ側と港側、どちらからも紺碧の海原と水平線のパノラマが見渡せ、爽快な午後の散歩を満喫することができた。

 

 

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ボルゴの城壁をぐるりと囲むように作られた遊歩道「ルンゴマーレ」(上)。北側には海岸線に沿って砂浜のビーチが続く。夏にはこのビーチいっぱいにカラフルなパラソルが並ぶ(中上)。テルモリの漁師小屋。伝統的な漁の方法で、この小屋の下に網を張って漁をする(中下)。東側にある港には漁師たちの釣り船が並ぶ。駐車場前には荷揚げされたばかりの魚介類の競りが行われる市場もある。トレミティ諸島へのフェリーもここから出発する(下)。
 


 

 

忘れられないシーフードの名店との出会い
 

  昼食後にたっぷり太陽を浴びながら歩き、宿に帰って夕食までの間に遅い昼寝を楽しむ。シーズンオフのこの時期、ボルゴではイベントなどは何も無い。店も開くかどうかは店主の気分次第なので、待っていても仕方がない。夕飯の店が心配だったが、これは3軒開いている店の1軒に予約を入れてもらったので、食いっぱぐれる恐怖からも解放された。ボルゴの通りには人っ子一人見当たらず、穏やかな午後の静寂に包まれている。窓を開けると、太陽で温められた柔らかな潮風が部屋の中に満ちてくる。ああ、なんて心地いいんだろう。にんまりしながら目を閉じ、ベッドに体を投げ出した。食べて歩いて、疲れたから寝る。時間も用事も一切気にせず、好きな時に好きなことができる贅沢を噛みしめる。こんなに満ち足りた気持ちになったのは何年ぶりだろうか。
 

 

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夕暮れのボルゴを歩く。ピンク色に染まった水平線の美しさに息を飲んだ。
 

 

  夕食の予約をした「オステリア・デントロ・レ・ムーラ」はボルゴのシンボル・スヴェーヴォ城のすぐ近くにあった。20席ほどしかない小さな店だ。笑顔で迎えてくれたシェフの案内でテーブルに着き、この土地の郷土料理が食べたいと言うと、「メニューは全部郷土料理です。魚介類は水揚げされたばかりの新鮮なものしか使いません。目の前の海で獲れたものだけ。冷凍物なんて一切使用しないから安心ですよ」と言われた。これは期待できそうだ。シェフと相談した結果、パスタは手打ちのフジッリの「ペスカトリーチェ」、メインにイカの詰め物の煮込み「セッピア・リピエーナ」を注文。オープンキッチンで働くシェフを眺めながら、皿が運ばれてくるのを待つ。
「さぁ、どうぞ!」と差し出された皿を見て驚いた。大きな魚が丸ごと1匹、その上にたっぷりのトマトソースで絡めた手打ちのフジッリがテンコ盛りされている。「この魚は何?」と訊ねると、ウエイターのお兄ちゃんはきょとんとした顔をして、「ペスカトリーチェですよ。アドリア海の名物の魚です」と教えてくれた。メニューを読んで「ペスカトーレ(漁師風)」のパスタと勘違いしていたのだが、「ペスカトリーチェ」は魚の名前で、アンコウの一種であることがわかった。
  ナイフとフォークで魚をほぐすと、真っ白な身が現れた。この身をトマトソースで絡めてパスタと一緒に口に入れる。グロテスクな外見とは裏腹に、白身の魚は淡白で繊細な味わい。ふわっふわの白身は口に入れると蕩けそうなほど柔らかく、ほんのりと甘い。アルデンテのパスタと魚のダシが効いたトマトソースが邪魔になるかと思いきや、これが見事なコントラストを醸し出し、なんとも表現しがたい美味しさである。この皿一つで、店の実力は十分に理解できる。セコンドのイカの詰め物もパスタに負けず劣らずのクオリティで、私は嬉しい驚きとともに味わった。この味は絶対に忘れられないだろうな、と密かに感動していたら、私の後ろの壁に『イタリアの”忘れられない10のオステリア”』という新聞記事が掛けてあり、イタリア全土の名店の中から選ばれた1店としてこの店が紹介されていた。この味を「忘れられない」と思ったのは私だけではないようだ。

 

 

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漁や海を思わせるアイテムで装飾された『Osteria Dentro Le Mura』の小さな店内(上)。私がペスカトーレと勘違いした絶品郷土料理『Fusilli con Pescatrice(ペスカトリーチェのフジッリ)』(中上)。『Seppia Ripiena』はミンチにしたイカゲソをパンとチーズ、ハーブであえてお団子にし、イカの中に詰め直してトマトソースの中で3時間以上煮込んだもの。イカの柔らかさと舌触り、濃厚なソースは感動ものの美味しさ(中下)。オーナーシェフのアントニオ氏を挟んで、左がソムリエのアラン君、右がアシスタントのアントニオ君(下)。

 

 

郷土の味に出会える火曜日のメルカート

 

   翌朝、宿でマヌエラさんに、「昨夜のオステリアは素晴らしかった!」と絶賛すると、「テルモリの魚介類は最高でしょう? そういえば、今日は火曜日だから魚市場が出るわよ。良かったら行ってみれば?」と言われた。なんでもテルモリでは漁師は夜、海に出て漁をし、夜中のうちに競りを終えて翌朝市場に並べるのだそうだ。土日は漁をしないので、月曜の夜に獲れた魚を一般人が買えるのは火曜の朝。そのため、火曜日の朝の魚市場は週のうちで一番活気があるのだとか。おすすめに従って、早速市場が開かれている新市街の広場へ向かった。市場は鉄道の駅を挟んだ2箇所で開かれているというので、朝の散歩がてら両方行ってみることにする。
  ボルゴから歩いて5分ほどの新市街の広場に着くと、ピチピチした新鮮な魚介類がずらっと並んでいる。「シニョーラ!獲れたてだよ!味は保証付だよ!」と早速声をかけられた。買っていきたいのは山々だが、生憎旅行者なので諦めるしかない、と言うと、周囲にいた魚屋のお兄ちゃん、おじいちゃん達は「あ〜」とがっかりしながら頷く。「ところで、ペスカトリーチェってどの魚?」昨夜のパスタを思い出しながら尋ねると、お兄ちゃんはさっと魚を取り上げ、「これだよ。写真撮って!」とポーズを構えた。なんとも開けっぴろげというか、人懐っこい人達である。私がシャッターを切っていると、今度は隣の魚屋のおじいちゃんが肩をツンツンつついて、「あっちにもいろんな魚があるよ」と教えてくれる。ペスカトリーチェを始め、ヒラメやたくさんの種類のイカ、タコ、エビ、シャコ、見たこともないような色鮮やかな魚など、アドリア海の海の幸が勢揃いした市場は、見るだけでも楽しい。広場には、魚を中心に近郊の酪農家が特産の「カチョカヴァッロ」をはじめとするチーズを売る屋台や果物、野菜の屋台も出ていた。魚屋の爺さんの猛烈なおすすめで、私もカチョカヴァッロとトリュフ入りペコリーノを買った。ローマの食材屋ではお目にかかれないほど新鮮で高品質なチーズが3分の1程度の値段で買えて、朝から大満足。
  お買い物を想定して持参した携帯用リュックを開き、早速獲物を詰め込む。さて、次は駅の反対側で開かれているというもう一つの市場へ行ってみるか。チーズで重くなったリュックなど気にもせず、火曜の朝のトレジャーハンティングにワクワクしながら軽快なリズムで再び歩き出した。
 

 

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毎週火曜日の朝に開かれる新市街のティモテオ広場の市場(上)。珍しいアドリア海の海の幸は見るだけでも興味深い(中上)。地元の魚「ペスカトーレ」を手にポーズを取る魚屋の兄ちゃん(中下)。特産品の「カチョカヴァッロ」を売る酪農家の屋台(下)。
 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>
ローマから特急・急行でFoggia/フォッジャまで行き、そこから各駅電車でテルモリへ。ミラノからはボローニャで乗り換える。いずれも乗り換えの待ち時間などを入れるとローマから最短で4時間半、ミラノからは最短で5時間15分ほどかかる。ローマからはテルモリへ直行するバスがティブルティーナ駅前のバスターミナルから出ている。所要時間は約4時間。遅延・乗り継ぎの失敗が起こりがちな列車より、本数は少なくとも直行で行けるバスの方が便利かもしれない。
 

★テルモリの街をアルベルゴ・ディフーゾ(分散型ホテル)という観点から紹介した記事が、TABILISTA内の「石巻/牡鹿半島」に寄稿されています。『イタリアの過疎の集落を蘇らせた「アルベルゴ・ディフーゾ」体験』はコチラから。

<参考サイト>
テルモリ観光情報(いずれも伊語)
https://www.termolituristica.com/

http://www.comune.termoli.cb.it/turismo.html

https://www.moliseturismo.net/luoghi/termoli/

オステリア・デントロ・レ・ムーラ/Osteria Dentro Le Mura
https://www.osteriadentrolemura.it/
 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年3月14日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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