旅とメイハネと音楽と

旅とメイハネと音楽と

#54

南インド・チェンナイ美味いもの巡り旅〈4〉

文と写真・サラーム海上

 

カルナータカ音楽の若手声楽家アビシェーク・ラグーラム

 2017年12月26日朝7 時。前夜はチェティナード料理店ポンヌサミー・ホテルの料理が美味すぎて、少々食べ過ぎた。全ての料理が激辛だったせいか、さすがに胃もたれして、ホテルの朝食サロンに来ても食欲がわかないままだ。

 

IMG_4628チェンナイの下町マイラポルの寺院周辺にはお供え物屋が並び、毎朝、新鮮な花輪が飾られている

 

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食べ過ぎた翌朝のホテルの朝食。オレとしたことが、やる気なさそうでしょう!?

 

 フルーツをほんの少しだけお皿に取っていると、ウェイターから「食べ過ぎでしたら、メーティー・ウォーターがおすすめです。消化に良いですよ」と小さなグラスに入った薄い黄色の液体を勧められた。グラスの底に小石に似たメーティーが沈んでいた。 
 メーティーは日本ではフェヌグリークとして知られるスパイスで、マメ科の植物の種。古い日本語では「胡廬巴(ころは)」と呼んでいたらしい。独特の苦味と甘い香りがあり、僕には中東のイエメン料理やイスラエル料理で馴染み深い。インド料理においても、カレー粉の複雑な風味に欠かせない。薬効としては補腎、強壮、健胃効果が知られている。
 メーティーの種は固く、見た目は小石に似ているが、長時間水に漬けるとネバネバした成分が溶け出してくる。味は苦いだけで特に美味いものではない。そんなメーティー・ウォーターがホテルの朝食ブッフェではショットグラスに注がれ、実にオシャレに並べられていた。 
 グイっと一飲みすると、胃袋がスッと爽やかになった気はするが、やはり美味いものじゃなかった。

 

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消化促進にはメーティー・ウォーター。苦いだけで美味くはない

 

 早々に朝食を切り上げ、今日は朝からアキラジーが一押しするカルナータカ音楽の若手声楽家アビシェーク・ラグーラムを聴きに行く。と言っても、会場はいつものようなコンサートホールでなく、ヒンドゥー教の寺院に併設された集会場だ。 
 ホテルからスマホのタクシーアプリを使ってオートリキシャーを一台呼び出し、下町マイラポルにある会場 PKマハルへと向かう。リキシャーの運転手は古典音楽に全く興味がないので、音楽ホールの名前を伝えても全然道を知らず、これまでは到着するまでに何度も同じ道を往復したり、迷ったりするのが常だった。しかし、今ではタクシーアプリや Googleマップを使って、確実に最短で目的地に到着出来る!しかも、料金は18ルピーや26 ルピーなど定額で、「本当にこの金額で良いの?」とこちらが心配になるほど安い。ITはインドを大きく変えていく! 
 ホテルから2kmほど南東に細い通りを進み、開演20分前の8時40 分にPKマハルに到着した。PKマハルは奥に細長く、一番奥はヒンドゥー教の祭壇になっていて、上半身裸で下半身にルンギ(腰布)を巻いた宗教者たちが、何やら儀式の用意を行っていた。
 その手前の右の壁に沿って、左向きに質素なステージが組まれていた。ステージと言っても、横4m、奥行き1.8m、高さ25cm ほどの木製の台の上に古びた布を敷いただけだ。そして、空いている中央と左側のタイル張りの床がお客の入るスペースだ。既に先客が 30 人ほど床にダイレクトに座りこんでいた。青年男子が目立つが、彼らは古典音楽を学ぶ学生らしい。

 

IMG_4476この朝の音楽公演会場となったPKマハル。これじゃ外国人はコンサートホ ールだと思えないでしょう! 

 

IMG_4482朝8時45分にはこの日の主役アビシェーク・ラグーラムと伴奏演奏家たちがステージに登場。まだ客席はまばら

 

 奥の祭壇に近い場所に腰を落ち着けていると、ステージの真ん中に今日の主役アビシェーク・ラグーラムが現れ、あぐらをかいて座った。まだ少年と言っていいほどのあどけない顔つきだ。彼の右側にベテランのヴァイオリン奏者、奥にタンプーラ(基音を出し続ける弦楽器)奏者の美しい少女、左側には長髪でやたらガタイの良いムリダンガム奏者とガタム(ともにパーカッション)奏者が腰掛けた。楽器をセッティングしている数分間の間に、いつの間にか会場は老若男女のお客さんで満席となっていた。さて、どんな演奏を繰り広げてくれるのだろう! 
 9時になった瞬間、アビシェークが「ア~、アアー~♪」と即興的に歌い始めた。その出だしの一声からいきなり独特の世界を描き出す。これはすごい! 眼の前の何もない空間から、今この瞬間に歌、芸術が出現するのだ。あどけない顔からは伺えないほどの成熟した精神や宇宙が、彼の声を通じてキラキラとほとばしるように表現される。それを女性の声にも似たエモーショナルなヴァイオリンや、猛烈なパーカッションの二人が支えていく。これぞ聞きたかったカルナータカ音楽の最前線! この瞬間よりも次の瞬間! さらに次の瞬間!と、次々と坂を駆け上がっていくようなスリリングな音楽体験。

 

IMG_4495朝9時とともにアビシェークによるアーラープ(無伴奏の即興部分)が始まった

 

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別に面白い表情をしたくてしているのではなく、即興で歌の決め技を披露している瞬間

 

 気がつくと、大きなカメラとビデオを首から下げたアキラジーが、ステージの左後ろに立ち、両手でリズムを取りながら、アビシェークの歌に合わせて、恍惚とした表情のまま頭を左右に揺り動かしていた。アキラジーのリアクション、まるで現地人!
 僕はアビシェークや伴奏者たちの動きを観ていたり、時に目をつぶりながら、音に集中し続けた。周りの観客たちも多くが音に集中していた。それがアビシェークたちにも通じたのだろう。一曲の長さは一時間を超え、アビシェークは時に涙ぐんでいるようにも見えた。そのピークに合わせるかのように、奥の祭壇で火が炊かれ、チリンチリンと鈴が鳴らされ、僧侶たちが手に持ったランプを振り回す。 

 

tabilistameals会場の左奥ではヒンドゥー教の儀式が同時進行中

 

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若い男性客が目立つが、彼らはカルナータカ音楽の生徒さんたちらしい 

 

 なんとこの朝の公演から70分のラーガが Youtubeで閲覧出来る。50 分過ぎの盛り上 
がりはまさに宇宙的! 騙されたと思って、最初から流しっぱなしで聴いてほしい。

 

 

 公演が終わったのは正午前。長かったようで、終わってしまえばあっという間の三時間だった。終了後は寺院の僧侶がアビシェークたちにお布施を渡し、お客さんもステージに駆けつけ、しばらくは挨拶が続きそうだ。

 

tabilistameals観客とステージ上のミュージシャンたちの息があった瞬間 

 

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正午に終了し、僧侶からお布施が振る舞われた 

 

 

安くて美味いベジタリアン・レストラン『ニティヤ・アムルタム』

 PKマハルの外に出ると、アキラジーに話しかけられた。「この近くにミールスが安くて美味い店があるんですよ。行きましょうよ!」 
 Meals or Die! ミールスの美味い店と聞いて、黙ってはいられない! もちろん行きましょう! 
 アキラジーに連れられ、下町の裏通りをてくてくと歩き始めると、すぐに目の前に壮麗なゴープラム(塔門)で知られるカパーレーシュワラ寺院が見えてきた。ヒンドゥー神話に由来する極彩色に塗られた神々の彫刻がゴテゴテに飾られたゴープラムは一度見たら忘れられない。その寺院の一本北側の通りにベジタリアン・レストランの『ニティヤ・アムルタム(Nithya Amirtham)』があった。

 

IMG_4607PKマハルを出てマイラポルの細道を歩く

 

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数分歩くと、目の前に壮大なカパーレーシュワラ寺院のゴープラムが見えてきた!

 

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ゴープラムのアップ。彫刻はヒンドゥー神話の神々の物語から

 

 一階に入ると左側がお菓子売り場になっていて、右側は空調のない喫茶スペース。僕たちは2階のエアコンの効いた食事スペースに座り、150ルピー(約245円)のベジタリアン・ミールスを注文した。 
 5分もしないうちに、最初に運ばれてきたのはトマトスープだった。マサラ・スパイスを用いていないシンプルなスープ。酸っぱさによる食欲増進効果があるのだろうか。 
 続いて運ばれてきたのは直径 35cm ほどのステンレス製の円形のお盆。今度こそミールスだ! 大きなお盆の底には丸く切り抜かれたバナナの葉が敷かれ、その上に円周を内側から囲むように直径7cmの小さな円形のカトラリーが11個並び、さらに内側には5cmのカトラリーが3つと、7cmが一つ、隙間に4つに折りたたんだローティー(チャパティー)が置かれている。 
 11個のカトラリーにはそれぞれ、野菜と豆の煮込みサンバル、トマトと胡椒のスープのラッサム、じゃがいものマサラフライ、青菜の茎とココナッツフレークのポリヤル、バターミルクの酸っぱい野菜スープ、冬瓜とタマリンドのコランブ、トマトとタマリンドのコランブ、豆の煮込みのダール、長粒米のピラフ、ヨーグルト、甘く煮込んだ豆が盛り付けられている。そして内側の4個にはギー、ライムの漬物のアチャール、赤唐辛子粉ときな粉に似たガンパウダー、ケチャップのようなチャツネなど、調味料がちょこんと盛られている。 
 これらの小さなカトラリーを全て大盆の外周に沿ってテーブルの上に取り出し、大盆の真ん中のスペースを空けると、ウェイターがパッパル(豆粉のクラッカー)とともに、パラパラに炊かれた長粒米をバサバサっと落としていく。そこに好みのおかずをぶっかけ、チャチャっとかき混ぜていただくのだ。前々回の原稿で紹介したマリス・ホテルの同価格のミールスと比べると、おかずの種類が多いだけでなく、油が少なくさっぱり味で格段に美味い。これならもたれた胃にも本当にやさしい。

 

tabilistamealsニティヤ・アムルタムのベジタリアン・ミールス。これにデザートまで付いて 150 ルピーとは安い!

 

  僕は料理写真の撮影も仕事のうちなので、指が汚れないようにスプーンやフォークを使って食べるが、アキラジーはもちろん指食だ。右手の指の第一、第二関節だけを使って、おかず数種とご飯を美しく混ぜ合わせ、パクパクと口にかきこんでいく。おお、名人芸だ! そんなアキラジーの様子を撮影していると、隣のテーブルにいたツルッパゲ頭に白く長いアゴヒゲ、でっぷりと太った、まるで七福神の布袋さまのような容姿をしたヨーロッパ人のオッチャンがアキラジーに話しかけてきた。

 

tabilistamealsアキラジーの見事な指食さばき! 

 

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アキラジーの隣には西のカルナータカ音楽番長、ラルスジー(「ジー」は「さん」を意味する敬称) 


「君とは5年くらい前にも話したことがあるけど、毎年フェスティバルに来ているねえ」 
「ええ、雑誌『Sriti』(カルナータカ音楽の専門雑誌)のカメラマンもやっているんです」  
「ほお、それはすごい。ワシの名はラルス、スウェーデン人じゃ。インド古典音楽好きがこうじて、この近くにアパートを借りて一年の半分はこちらで暮らしているんだよ。そうだ。食後にワシのアパートに遊びに来ないか?」 
 カルナータカ音楽狂いの二人、いったん話が始まると止まることを知らない。「2013年12月のミュージック・アカデミーでのTMクリシュナが云々」、「いや、そのときは僕も観ていたけど、ラーガ@@@が素晴らしかった!」などなどなど。 
 インド人すら知らないカルナータカ音楽の奥の細道、トリビアを聞きながらのベジ・ ミールス。僕は世界中どこに行ってもこんなケッタイなオヤジたちに囲まれて旅と食事 を続けているのだ。
 最高のカルナータカ音楽とやさしくて種類の多いベジタリアンおかずのおかげで、ご飯を一回お代わりするほどには胃腸が回復した。食後に、小さなアイスクリームとパーン(ビンロウ)がサービスで付いてきた。ニティヤ・アムルタムは本当に安くて、美味くて、良心的な店だ。

 

tabilistameals食後はラルスジーのアパートの屋上へ移動 

 

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ラルスジーの趣味はカルナータカ音楽鑑賞と朝顔栽培。世界中の様々な朝顔の品種を育てているのだ!

 

 

レンズ豆のモロッカン・サラダ

 さて今回の料理レシピはレンズ豆のモロッカン・サラダ。フランス料理に使う皮付き の茶色いレンズ豆をたっぷりのお湯で茹でて、みじん切りの玉ねぎやパセリを和えて、 ワインビネガーやレモン汁、オリーブオイル、そして、モロッコらしさを表すクミンパ ウダーで味付けたもの。 
 この9月に大阪で行った出張メイハネでは、大量に用意しすぎて余ったレンズ豆を元に、その場でパパっと作ったら大好評だった。

 

■レンズ豆のモロッカン・サラダ

【材料(作りやすい分量)】

ブラウンレンズ豆:1/2 カップ 
紫玉ねぎのみじん切り:1/2 個分(100g) 
パセリのみじん切り:2 枝分
赤パプリカのみじん切り:1/2 個分 
ワインビネガー:30cc 
レモン汁:大さじ1 
EXV オリーブオイル:50cc 
塩:適宜 
胡椒:小さじ 1/2 
クミンパウダー:小さじ1/2 
パプリカパウダー

【作り方】

1.ブラウンレンズ豆は水洗いし、ザルにあげておく。鍋にたっぷりのお湯を沸かし、塩をひとつかみ入れ(ともに分量外)沸騰したら、レンズ豆を加え、弱火で30分、柔らかくなるまで茹でる。 
2.茹で上がったレンズ豆をザルに上げ、室温に冷ます。 
3.ボウルにレンズ豆、紫玉ねぎ、パセリ、赤パプリカ、ワインビネガー、レモン汁、EXV オリーブオイル、塩、胡椒、クミンパウダー、パプリカパウダーを入れ、よく混ぜ合わせる。 
4.冷蔵庫で冷やして出来上がり。

 

IMG_8161レンズ豆のモロッカン・サラダ

 

*チェンナイ編、次回に続きます!

 

*サラームの中東料理満腹イベント「出張メイハネ」次回は11/11(日)、筑波山ムクムクにて、仔羊一頭の熾火蒸し焼きに挑みます! その他アースオーブン料理も盛り沢山! 詳細は以下↓をご覧ください。

http://www.chez-salam.com/2018/08/20181111sun-出張メイハネ筑波山ムクムク/

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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