東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#54

インドネシア・スマトラ島の鉄道〈1〉

文・写真  下川裕治

メダン~ランタウ・プラパット~タンジュン・バライ

「ソールドアウト」

 タンジュン・バライの発券窓口の女性の声が無慈悲に響く。インドネシアの列車でははじめてのことだった。

 スマトラ島の列車には、売り切れがある。そこから迷走がはじまった。

 ジャワ島のジャカルタから、いったん日本に帰国した。ジャワ島には未乗車路線が残ってしまったが、それは別の機会に乗るしかない。その前にスマトラ島の路線制覇をめざすことにした。インドネシアの鉄道は、ジャワ島とスマトラ島を走っている。路線はジャワ島のほうが長いが、スマトラ島にも数路線があった。

 ジャワ島の路線の多くはつながっていた。うまく路線を組めば、効率のいい列車旅も可能だった。しかしスマトラ島の列車は、北部、南部、西部に分かれ、それぞれが独立していた。その間の移動はバスか飛行機になる。力技で乗りつぶしていく世界だった。

 北部路線から乗りはじめることにした。起点はメダンになる。

 日本からメダンに向かう飛行機を調べた。LCCのエアアジアが圧倒的に乗り継ぎがよく、安かった。マレーシアのクアラルンプール乗り換えになるが、深夜に東京を発つと午前中にはスマトラ島のメダンに着く。といってもLCCの夜行便。背もたれが倒れる角度は少なく、前の座席との幅も狭い。そのなかで眠らなくてはならない。60歳を越えた体には堪える。

 重い体で到着したメダンのクアラナム空港を眺めた。比較的新しい空港だった。2013年に完成している。そしてスマトラ島で最初に乗る列車は、空港開港と同時に運行をはじめたエアポートレイルリンクだった。

 特急型の車両だった。首都のジャカルタでさえ、空港と市内を結ぶ列車は走っていない。スマトラという島に抱いていた、どこかインドネシアのなかの後進地方といったイメージが一気に崩されていく。スマトラの列車はレベルが高いかもしれない。運賃は10万ルピア、約880円とインドネシアの列車にしては高かったが。

 

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空港からメダンに向かう列車の入り口。発券窓口にはスマトラ美人

 

 50分ほどでメダンの駅に着いた。まずランタウ・プラパットまでの幹線に乗ろうと思った。この路線は、幹線から2本の支線が小枝のようにのびていた。これが難物だった。駅で渡された紙1枚の時刻表に視線を落とす。日本の感覚では、幹線の分岐駅から支線の終点までローカル列車がピストン運行する。しかしインドネシアはタイ同様に、メダンを発車した列車が、幹線を走って支線に入っていく。乗りつぶしというこの旅を嘲笑うかのようなダイヤが組まれているのだ。

 たとえばタンジュン・バライ。幹線のキサラン駅の次がタンジュン・バライである。短い支線なのだ。しかし運行されているのは、メダン発タンジュン・バライ行きという列車だった。つまり起点はすべてメダンなのだ。このダイヤをどう組み合わせれば効率よく乗りつぶせるのか……。面倒だった。

 最初にメダンからランタウ・プラパットまでの幹線に乗り、その車内で時刻表と首っ引きでスケジュールを組もうと思った。

 直前に切符を買ったせいか、ビジネスクラスしか席がなかった。終点まで12万5000ルピア、約1100円。今後の日程を考えれば乗るしかなかった。

 列車は午前10時30分、定刻に発車した。南に向けて走りはじめる。メダンの街並みを抜けると、延々と続くアブラヤシのプランテーション地帯に入り込んでいく。この列車はビジネスクラスとエコノミという普通車の編成だった。エコノミは通路を挟んで左右に2人席と3人席。ビジネスクラスは左右2人ずつ。大きな違いはこれだけに映った。ビジネスクラスというほどでもない。運賃が高いせいか座席は2割も埋まっていない。2人分の席を使える。体を横にすると、すぐ眠ってしまう。車内はジャワ島同様、シャープの家庭用エアコンが6台ついていて心地いい。東京を発ってから満足に寝ていないのだ。ときどき目を覚まし、アブラヤシに目をやる。時刻表を見ながら、ルートを考えようとするのだが、脳に澱が溜まったかのように動きが悪い。気がつくとまた寝入っていた。

 

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ビジネスクラスといってもこんなもの。おばさんのいびき、聞こえてきそう?

 

タンジュン・バライに向けて南下する。最後部から線路をぼんやり見ていた

 

 そんなことを繰り返しているうちに、列車は終点のランタウ・プラパットに着いてしまった。さて、この先……。いくつかの選択肢があった。列車でしばらく戻り、支線に乗り換えてタンジュン・バライに向かう方法。ここからバスでタンジュン・バライに向かい、明日、そこから乗車する。

 バスを選んだ。列車を使うと、明日、延々と同じルートを戻らなくてはならず効率が悪そうだった。

 タンジュン・バライに着いたとき、すでに日が暮れていた。駅も閉まっていた。翌日の切符を買うことができない。ここに1泊した。翌朝、タンジュン・バライ駅に向かう。そこで聞こえてきたのが、「ソールドアウト」だったのだ。

 

*インドネシアの鉄道路線

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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