ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#54

ステファンが旅する東京-神保町にて(後編)

ステファン・ダントン 
 

 

 

 ほっと一息つくときに、手元にあってほしいもの。

 私の場合は、コーヒーかビール、そしてタバコ。

 日本茶やワインは、もちろん大好きだけど、まちをぶらついたり、本を読んだりしてくたびれたときには、絶対にコーヒーかビール、そしてタバコ。私が数十年来の愛煙家だということを、親しい人はみんな知っている。

 「ソムリエや茶商の仕事に影響はないの?」と心配してくださる方にはこう言いたい。

 「私の味覚や嗅覚は、タバコとともにあっても少しも揺らがない」

 

 

タバコを買いたくて

 

 

 数十年来、一貫して同じ銘柄を吸い続けている。

 私がこだわるブランドのタバコは、どこにでも置いてあるわけではないから、鞄には必ず2、3パック入れておくのだが、この日に限って切らしていた。

 

 普段立ち寄らない場所であのタバコを探すのは至難の技かと思われたそのとき、古めかしい漢方薬局の店内に外国のタバコが並んでいるのが目に入った。私の嗅覚はこんな場面でも発揮される。「ここなら必ずある!」そう確信した私は店内に。友人たちもつられて入ってくる。

 

 店内には漢方薬剤の独特の香りが広がる。昔懐かしい掲示には知らない漢方薬剤の名前が連なり、奥には実験室のような調剤コーナーも見える。その店の入り口には、かなりのバリエーションのタバコが。目的の銘柄もあった。早速購入しようと3つ手に取ったところで、奥から上品なムードをまとった高齢の女性が出てきてくれた。

 

 450円のタバコ4つと100円のライター1つ。5千円札を渡したら、出してくれたお釣りが多いことに気づいた。

 「3850円もあるよ。おつりは3100円でいいんだよ」とお金を返そうとしてもなんだか納得できないような顔。紙とペンをお借りして、計算結果をお見せしながら、ああでもないこうでもないと話した末、ようやく750円を受け取ってくれた。

 「こんなやりとりがいいんだよな」

 世の中は便利になっていて、自動販売機やコンビニなら1分とかからずに同じものが手に入る。現金を出さなくてもカードやスマホ決済で買い物ができる。でも、「あの店で、あの人から、これを買った」という実感は薄くなった気がする。この店でのやりとりに、きっと10分以上を費やした。でも、この買い物は「経験」になる。思い出になる。

 日本に観光に来た友人たちは「いろんな場所にも行って、いろんな経験にチャレンジしたけど、あまり人と出会わなかったな。もちろんみんな礼儀正しく親切だけど、ナチュラルな感じのふれあいができなかったのが残念だ」という。この店での買い物は、一人の外国人としても、とてもエキサイティングだった。このニュアンスがわかってもらえるだろうか…。

 

 そういえば、今は少なくなったけど、以前はタバコを扱う薬局も多かったよな…。喫茶店といえばコーヒーとタバコ、という風景も過去のものになってしまうのか。どこかにオアシスはないものか。私たちは喫煙可の店を探して歩き始めた。

 

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漢方薬局のカウンターにて。薬ではなくタバコを購入。

 

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お釣りの計算をしているところ。

 

 

 

神田の老舗で世界のビールを飲みながら

 

 

 路地裏に入った私たち。「コーヒー&世界の地ビール」のサインに引き寄せられて「ミロンガ・ヌオーバ」という店に吸い込まれた。ダークなトーンの木の内装に椅子の赤い座面が印象的。意外と広い店内には心地よい空気とタンゴが流れていた。席に着いた私たちは、それぞれ別の国のビールとチーズの盛り合わせを注文した。冷えた銅のタンブラーにビールを注げば幸福感で胸がいっぱい。午後5時前のビールは格別なんだ。そしてタバコをくゆらせば、自然と気持ちはくつろいで。

 

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ミロンガ・ヌオーバの佇まいに惹かれた。雰囲気のいい路地。向こうに見えるラドリオという喫茶店にもあとで寄った。

 

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ビールを飲んでご機嫌な私。

 

 世界各国のビールを前に、私たちの話題は自然と2020東京五輪へ。

 「オリンピック期間中の東京のホテル室料、通常の6倍に設定しているところもあるらしい。とんでもない話だ。ホテルのプライドはどこにいったんだ!」とパリのホテル勤務の経験もある私が憤慨すると、「そんなんじゃ、わざわざ外国から来て、外国に比べれば狭くて簡素な部屋にとんでもない高額の支払いをしたという嫌な思い出を作ってしまうよね」「泥棒にやられたような気持ちにさせてどういうつもりだろう」と友人たちも同調する。

 

 もちろん、高く売れるなら高く売るのが商人ではある。でも、1回だけの高額取引で売り逃げするのは、ホテルのようにサービスを提供する施設には似合わない。お客様と長い関係を築くことにプライドを持つのはホテルも日本の旅館も一緒のはず。常に一定の価格で一定のサービスを提供するのが当たり前。閑散期に来てくださったお客様に手厚いサービスをするのが当たり前。もちろん通常よりも満室率が高くなるために人員の補充などが必要にもなるだろうから、その分を合理的な割合で上乗せするなら納得できる。だが、6倍はやりすぎだ。根拠がない。

 

繝偵y繝シ繝ォ縺ィ繧ソ繝上y繧ウ繧定ュー隲悶・縺贋セ帙↓ビールとタバコを議論のお供に。

 

 

 ビールでほろ酔いになりつつヒートアップする私たち。観光客の誘致もいいが、どこかチグハグな最近の日本の象徴として「築地から豊洲への移転」が槍玉に上がった。

 「東京観光の目玉、セリを見ようと早起きして豊洲へ行ってみたら、ガラスで隔てられた遠く向こうに、メダカみたいに小さなマグロが転がっているように見えて、ちっとも臨場感がなかった」という声は多い。市場らしい活気を期待していたら肩透かし。市場の喧騒のすぐ横で新鮮な魚介を食べるのが観光客の楽しみでもあったのに、それも分断されてしまった。市場にとって観光は二次的要素だから市場機能を優先するのは仕方のないことだけど、観光客が求める「リアルな体験」の場としての要素を残せなかったものか。

 

 よそ行きでなくていい、ナチュラルな「おもてなし」を観光客は求めている。本当の情報を求めている。リアルな体験を求めている。だが、それを計画して作るのは難しいこともわかる。わかるけど…。

 

 ビールを飲みつつ議論をしたら、本格的にお腹がすいてきた。

「神田らしく天ぷらでも食べに行こうか」と席を立つ。

 

 

 

 

 

地道な定食屋でディナーを

 

 

 靖国通りを渡った北側は、古書店街とはまた違ったムードを持っている。小さな会社や飲食店が多くなる。

 

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靖国通りを越えるとまちのムードが変わる。小さなビルの合間に問屋や商店が並ぶ。正面右側の白いビルは、ギャラリー。

 

 

 そんなまちにある有名な天ぷら屋さんに向かったのだが、あいにく満席。お腹を空かせた私たちは、とある定食屋に入った。表から見える無駄なものの一切見当たらない厨房とカウンターは「ここは絶対うまい」と教えてくれていた。

 

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狙いを定めた定食屋の店先にて。


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メイン、スパゲティ、キャベツ、すべてが完璧なバランスだった。

 

 メニューは確か4種類くらいだったと思う。とんかつ、メンチカツ、生姜焼きまたはそれらの盛り合わせ。私はメンチと生姜焼きの盛り合わせをいただいた。清潔な厨房内で寡黙にテキパキとはたらくご主人と、話しかけても無駄なことはしゃべらないおかみさん。油ヨゴレ一つない清潔な店内とともに、過不足ないことをよしとする職人のプライドを感じた。出てきた料理も想像以上においしかったし。満足した。

 

 求められるものを一定の水準で提供する。当たり前のようで難しい仕事だ。それを突き詰める職人魂にふれ、東京の職人のまちに足を伸ばしたくなってきた。

 

 私たち一行は再び神保町の古書店が並ぶ通りに戻り、今度は「ラドリオ」という喫茶店に入った。ウインナーコーヒー発祥といわれる店で、老舗でありながらさまざまな年齢層のお客で賑わっている。あまりの居心地のよさに、友人との談義が続いた。そして、「そうだ。職人のまちに行ってみたいな」という私に友人が「浅草橋あたりがおもしろそうだから、涼しくなったら行ってみよう。案内するよ」と答えてくれた。

 次の小旅行も楽しみだ。

 

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食事の後に立ち寄った喫茶店「ラドリオ」。

 

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ウインナコーヒー発祥の店で実際に味わってみる私。うまかったのは言うまでもない。

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。お楽しみに! 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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