ブーツの国の街角で

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#53

番外編:年の瀬ニッポン再発見の旅

文と写真・田島麻美

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「新年をどこで迎えるか?」というのは毎年巡ってくる我が家の大問題である。相棒の休暇が何日あるかで大きく変わってくるのだが、今年のカレンダーでは「12日間」という微妙な日数。仕事終了と同時に飛行機に乗り、戻った翌日から仕事再開というのは疲れが溜まっている相棒には少々酷なスケジュールだ。とはいえ、「お正月はやっぱり日本がいい!」というのが私の本音である。二人して顔を付き合わせ仔細を吟味した結果、「短期の弾丸帰国でもやっぱり日本でお正月を過ごそう」ということで合意し、クリスマス直前にローマを脱出することにした。
私の目的は「家族とお正月を迎える」ことなので滞在中のプランなど必要ないのだが、イタリア人の相棒にとっては、「クリスマス休暇の海外旅行」である。13時間も飛行機に乗って行くからには、どこか知らない場所を訪れてみたいと思うのは当然だろう。この里帰りでも小旅行を考えていたが、困ったことに私も相棒も「人混みが大嫌い」である。年末年始の日本で混雑していない旅先などあるのだろうか? 短い期間でも旅行気分が味わえて、しかも人混みを避けてのんびり楽しむにはどうすればいい? 頭を絞って考えた年末の小旅行の顛末をご紹介しよう。

 

 

 

混雑を避けてゆったり古都巡り

 

   クリスマスイブに日本に到着し、時差ボケも抜けないまま新幹線に乗って目指したのは奈良。29日の土曜日からは日本中が正月休みの大混雑になることを予想して、その前に小旅行を楽しもうという計画だった。新幹線内での食事を毎回楽しみにしている相棒は、早朝の東京駅でいそいそと朝食を物色し、焼きたてパンのサンドウィッチを買ってのぞみに乗り込んだ。今回は二泊三日で奈良と大阪を訪れる。世界的にクリスマス休暇に突入しているこの時期、京都は外国人観光客で溢れかえっているだろうと予測して今回は見送ることにしたのだ。
   奈良へ着くと、毎年ローマのセミナーでお目にかかっている合気道のT先生が出迎えて下さった。
   私と相棒の大のお気に入りスポットである法隆寺を皮切りに、それまで知らなかった穴場スポットを巡るというT先生のご提案に、我々はありがたく従うことにした。奈良は駅周辺を除くと車がなければアクセスできないスポットが多いため、初めて日本を訪れる外国人観光客にとっては難易度の高い観光地である。加えて師走も押し迫ったこの時期は、日本人観光客も少ないだろう。「ここなら人混みを気にせずゆっくり散策を楽しめるに違いない」と考えた我々の予想は見事的中した。師走の多忙期にも関わらず、地元である奈良の案内を快く引き受けて下さったT先生のお陰で、ずっと行ってみたかった古都の穴場的スポットをのんびりと回ることができた。
 

 

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飛鳥時代を代表する木造建築である法隆寺の金堂。石を見慣れたローマ人の相棒には、古い木造建築が殊の外貴重に見えるようだ(上)。斑鳩の三塔の一つが残る法起寺は、のどかな田園風景の中にひっそりと佇んでいる(中)。日本最古の厄除け霊場である松尾寺(下)
 

 

 

 

おみくじ、御朱印、厄除けの鐘

 

 

   日本で神社仏閣を訪れるたび、おみくじと御朱印をいただくことを無上の喜びとしている風変わりなイタリア人の相棒は、今回の奈良訪問に備えてローマから御朱印帳を携えてきていた。
奈良での初日、T先生お勧めの「斑鳩の三塔」を巡りつつ、法隆寺、法輪寺、法起寺で順調に御朱印を集めてホクホク顔だった相棒。「御朱印のどこが好きなの?」というT先生の問いに、「筆をするすると滑らせて、美しい文字ともデザインとも言えないものが目の前で出来上がって行くのを見るのが好き」と答えた。のどかな田園風景が広がる奈良の町をゆったりと散策するうち、夕暮れも近づいてきた。今日はここまでかな、と思った時、T先生が「まだ間に合うかも」と言って日本最古の厄除霊場と言われる松尾寺へ連れて行って下さった。参道の長い石段を息を切らせながら登っている時、相棒が突然「しまった! 御朱印帳を車に忘れてきた!」と叫んだ。走って取りに行ってくると言い張っていたが、「今から車に戻ったら閉山時間になっちゃうよ」と私が言うと、渋々ながら同意。御朱印はお寺で用意したものをいただいて貼ればいいじゃない、と言う私に、「いや。それじゃ意味がないんだ」と悲しそうな顔をした。松尾寺の本堂にお参りし、御朱印をいただきに行くと、お坊さんに「お参りは初めてですか?」と聞かれた。「こちらにお参りするのは初めてです」と答えると、「ではお一人一回、厄除けの鐘を撞いて行って下さい」と言われた。相棒に通訳すると、「えっ? 勝手に鐘を撞いてもいいの?」とちょっと驚いた様子だったが、「厄除けの鐘」だから撞かなきゃいけないみたいよ、と言うと嬉しそうに破顔する。御朱印を目の前で書いてもらえなかった無念も、この鐘の一撞きで綺麗さっぱり晴れたようだった。その甲斐があったのか、翌日、長谷寺で引いた可愛いねずみのおみくじは「大吉」。私が訳すおみくじの言葉に神妙な顔つきで聞き入った後、「よし。わかった」と満足気に頷いていた。
 

 

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おっかなびっくり「厄除けの鐘」を撞くローマ人(上)。数日後に迫った初詣に備え、大忙しで作業を進める長谷寺の僧侶達(中上)。藤原鎌足公をご祭神とする談山神社は『大化の改新』の談合が行われた場所。歴史の古さに圧倒される(中下)。相棒の大事なコレクションである御朱印帳とねずみのおみくじ(下)

 

 

 

浪速の極寒バスツアー

 

  二日目も朝から長谷寺、談山神社という貴重なスポットに連れて行ってもらい、短いながらも非常に充実した時間を過ごさせていただいたことに感謝しつつ、奈良を後にした。次の目的地はローマで知り合った友人一家が待つ大阪。慣れない関西の私鉄を乗り継ぎ、空が暗くなり始めた頃ようやく目的の駅に着いた。
  初めて日本を訪れた際に一度大阪を訪れている相棒だが、その時に体験した「道頓堀のネオンとお好み焼き&たこ焼きの美味しさ」は今でも鮮明に覚えているらしい。大阪へ着くや否や「今夜はお好み焼きやで」と言われて一気にテンションが上がった。ローマで知り合い、もはや親戚同然のお付き合いをしている友人一家と鉄板を囲み、ビールとお好み焼きで大満足の夜を過ごす。
  大阪での我々の目的は友人一家に会うことと「食べること」で、それ以外は何も考えていなかったのだが、「おもろそうなツアー見つけたで」という友人の言葉に乗っかって、翌日は大阪市内を巡るバスツアーに参加することにした。大阪城や桜ノ宮公園をバスの中から眺めるコースは、東京の「はとバスツアー」に匹敵する王道の観光ルートだ。お上りさん気分でウキウキと出かけたのだが、集合場所へ向かう途中、空からチラホラ白いものが舞い降りてきたのを見て青ざめた。「雪だ、雪!!」滅多に雪を見ないローマ人の相棒は大喜びしているが、我々が乗る予定のバスは「水陸両用のオープンバス」。屋根だけは付いているが窓はなく、しかもコースの途中からは大川を渡る船に変身するという最新型である。「はぁ〜い、皆さん! こんな寒い日にようこそ!」元気なガイドさんの案内でバスに乗り込んだ我々は、事前にもらったカイロを握りしめ、来るべき寒さに身構えた。川の駅を出発し、大阪城を堀の外からチラ見しながら、バスは快調に大通りを飛ばして行く。すでに寒さで固まっているツアー客を盛り上げようと、浪速のガイドさんが飛ばし続ける元気いっぱいのギャグを全く理解できない相棒は、時々拍手を送るのが精一杯。
  我々の祈りが天に届いたのか、天気は徐々に回復し始めた。微かな陽光が射し始めた時、ツアーのクライマックスが訪れた。桜ノ宮公園に着くと運転手と船長が入れ代わり、さっきまで道路を走っていたバスは船に早変わり。「スプラ〜〜シュ!」というガイドさんの掛け声と同時に、大川の中に突っ込んで行く。そこから造幣局、なにわ三大橋、大阪の高層ビルの群れを眺めながら、しばしのクルージングを楽しんだ。極寒でなければ、さらに欲を言えば、これが桜の季節ならきっと最高だったと思う。それでも「観光バスに乗って王道のルートを回る」というのは、見知らぬ街を気楽に楽しみたい旅行者にはとても便利な手段であることを再発見した。ローマに戻ったら、市内の名所を巡る観光バスに乗ってみようと心に決め、浪速の極寒バスツアーは終了した。

 


 

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朝から冷え込み、川の駅についた途端に雪が降り始めた(上)。上沼恵美子ばりのトークで固まったツアー客を必死で盛り上げてくれたガイドさん(中上)。ツアーのクライマクス「スプラッシュイン!」。ツアー客を乗せたバスはそのまま川の中へ(中下)。真冬の大川をゆったりとクルーズして行くオープン窓のバス(下)。
 

 

 

ローマ人を唸らす関西の味の数々

 

  奈良と大阪で、全く趣向の異なる滞在を楽しんだ私達だったが、二つの町で共通していたのは「美味しい食べ物がいっぱいある」ということ。自他共に認める食い道楽の我々は、「旨いものがある所ならどこでも天国」と考える人間である。その点、関西地方は我々の期待を裏切ることはまずない。粉物料理が豊富な大阪は、パスタ、ピッツァ、パンがメインのイタリアと共通するところが多く、従って、お好み焼き、たこ焼き、うどんといった料理はほとんどのイタリア人が大好きなメニューである。相棒も例外ではなく、今回も大阪ではお好み焼きとカレーうどんを「ブォーノ、ブォーノ!」と言って嬉しそうに平らげていた。一方、奈良では予想外の嬉しい発見があった。T先生が、「年末で開いている店が少なくて。こんな所ですみませんね」と言いながら連れて行って下さったのは、おばあちゃんが一人で切り盛りする田舎の定食屋さん。メニューはなく、座ったら「今日の定食」がさっと出てくる。メインの焼き魚に野菜たっぷりのお味噌汁、香の物、サラダと酢の物の小鉢が一つの盆の上にきっちり収まっている。この定食に、イタリア人の相棒は、「すごい。フルコースじゃないか! どれもこれも美味しいし、バランスも取れてて素晴らしい!」と感激した。「こんなもんですいません」と謙遜する店主のおばあちゃんに、イタリア語で必死に感動を伝えようとする相棒。最後は、「オイシカタ。ゴチソーサマデシタ!」と片言の日本語でおばあちゃんにお礼を言い、なんとか気持ちを伝えることに成功したようだった。
  その翌日も、彼は思いがけず「初体験」の味に出会った。ランチに立ち寄った店で頼んだ「ひつまぶし」がそれ。彼が特に驚いたのは、鰻の蒲焼を乗せたご飯に最後に出汁をかけて食べる、ということ。最初はどこか疑わしそうな目つきでじっと丼を眺めていたが、思い切って出汁をかけて食べるや否や「ブォニッシモ!」と呟いた。ちょっと味見させて、と言うと、嫌そうな顔をされた。挙句、「キミはどうして今までこんな美味しいものを教えてくれなかったんだ」と非難された。関西にまた一つ、彼が好物を発見した瞬間である。これから後、彼は「奈良」という地名を聞くたびに、このひつまぶしを思い浮かべるに違いない。
  旅を楽しむには、何も特別なイベントなど必要ないのだということを、今回改めて思い知った。気の合う仲間がいて、見慣れない風景があって、みんなで囲める美味しい料理がある。それだけでもう、満足できる要素は揃っているのだ。これといった計画もなく出かけた年の瀬の小旅行で相棒の新鮮なリアクションに触れるうち、忘れていたニッポンの良さを再発見した私であった。
 

 

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日本旅行の思い出の味の筆頭にあげられる「お好み焼き」はイタリア人の大好物。(上)。「うどん」も同様にイタリア人受けが良い料理の一つ(中上)。今回の大ヒットだったおばあちゃんの「なんてことない定食」。小鉢の種類の豊富さと素朴な味わいが大いに気に入ったらしい(中下)。「ひつまぶし」の意外性と斬新さ、プレゼンテーションの美しさにもひたすら感動していた(下)
 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年2月14日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること19年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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