旅とメイハネと音楽と

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#53

南インド・チェンナイ美味いもの巡り旅〈3〉

文と写真・サラーム海上

 

クリスマス、Mysore Brothersのコンサートへ

 2017年12月25日、東京はきっとクリスマス気分に湧いているはず。しかし、ヒンドゥー教がマジョリティのチェンナイでは、町は全く平常モードだ。多分ショッピングセンターに行けば、派手派手なクリスマスのデコレーションが飾られているだろうし、今どきハリウッド映画の中の銀行強盗やテロリストしか着ないようなサンタクロースの仮装をした地元オヤジたちに「ハッピー・クリスマス・サール!」と巻き舌の英語で声をかけられるかもしれないが……。

 

tabilistaavartanaクリスマスでも平常通りのチェンナイの町

 

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ランチに入った東南アジア料理レストランでは、ウェイターが申し訳なさそうにサンタクロースの帽子を被っていた


 そんなけだるいクリスマスの日、カルナータカ音楽(南インド古典音楽)を聴きに行くか、地元のタミル映画を観に行くか、それとも美味いものを食べに行くか、僕にはその3つのチョイスしかない。要はまったく平常通りということだ。
 カルナータカ音楽の伝道師、アキラジーこと井生明さんにFBメッセンジャーで今日のおすすめコンサートを聞くと5分もしないうちに返信が届いた。
「今日は16時45分からヴァイオリンの兄弟デュオ、Mysore Brothers(マイソール・ブラザーズ)を観に行きましょう! 超絶リズムのムリダンガム(両面太鼓)奏者はK.V.Prasad、カンジーラ(小型タンバリン)奏者は、故ハリシャンカールの弟子、Amritです。場所はアディヤール川を超えた南側にある小さな音楽ホールです。車が必要なので、ナーラダ・ガナ・サバーの前で待ち合わせましょう!」
 16時にナーラダ・ガナ・サバー前でアキラジーと落合い、スマホのアプリで呼び出したタクシーに乗り込み、チェンナイの町を一路南下する。町を南北に二分するアディヤール川を渡ると、町の南側は学校や公園、宗教施設、政府の建物、そして瀟洒な住宅街が続いている。そんなティルヴァンミュール地区にある、高等専門学校付属の音楽ホールが今日の会場だ。定員が300人ほどの古いホールは8割方埋まり、冷房がギンギンに効いていた。
 入場料はなんと無料。インドでは古典音楽コンサートの主催者になることは名誉であり、お金持ちはこぞって大金を投じる。古典音楽ファン、そして僕たちのような外国人までが彼ら、タニマチの恩恵を受けることが出来る。日本のお金持ちが庶民のために歌舞伎や能や三味線の無料公演を開いてくれることなんてまずないというのに。これもインドのダイバーシティだなあ。

 

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クリスマスよりも州議会選挙のほうが市民の関心が高い。ミュージックアカデミー近くの壁面では、前日に別の政党が張った選挙ポスターを、剥がしては新たなポスターを張り直すという無駄な作業が毎日行われていた

 

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カルナータカ音楽の伝道師アキラジーは、すぐに地元のおっちゃんたちと仲良くなる!

 

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ティルヴァンミュール地区のSri Sankara Vidyashramam Matriculation Higher Secondary School付属音楽ホール。名前が長すぎる!


 定時とともにマイソール・ブラザーズと二人の打楽器奏者がステージに登場し、観客に一礼した後、ヴァイオリンを弾き始めた。その出だしの一音から僕は幻惑させられた。
 僕はデカン高原の古都マイソール出身のヴァイオリン兄弟デュオ、マイソール・ブラザーズを十数年前に一度観ていた。アフロヘアの兄、マンジュナートと弟のナガラージ、兄弟ならではの息の合ったユニゾンと緩急自在の展開に圧倒された覚えがある。
 十数年後の今回、二人のヴァイオリンはさらに脂が乗っていた。兄が無伴奏のソロ演奏を10~15分と続け、時に弟の力を借りながら、ラーガを展開していく。そして曲の後半に遊び心たっぷりの太鼓が加わり、一曲の長さは30分近くにも至る。演奏には純粋なカルナータカ音楽起源のものだけでなく、西洋クラシックやジャズからの影響も聞きとれ、音を通じて急速に変化する現代のマイソールの幻影が透けて見えるようだった。この時の演奏はフルレングスでYoutubeに投稿されているのでぜひ堪能してほしい。

 

tabilistamealsマイソール・ブラザーズ、夢幻ヴァイオリン兄弟蟻地獄! ただただ快感!

 

あの日の感動をもう一度! 昨年12月25日のマイソール・ブラザーズの演奏が1時間45分全部ネットにアップされていた! さすが電脳大国インド!

 

IMG_4456終了後、楽屋でカメラを向けると、関係ないオッチャンが真ん中に入り込んでいた。多分有名人なのだろう……

 

 

チェティナード料理店『Ponnusamy Hotel』

 演奏は18時半に終わった。この後もオートリキシャーを飛ばせば、他の会場の公演にまだ間に合うが、これほど濃密な演奏を聞いてしまったら、もうほかは要らない。今日はここまでにして、クリスマスらしく美味いものでも食べに行こう!
 友人のタブラ奏者、U-zhaanに勧められていた、いや、実のところはアキラジーがU-zhaanを連れていき、U-zhaanが美味さに感動したというチェティナード料理店『Ponnusamy Hotel(ポンヌサミー・ホテル)』を目指した。

 

IMG_4459夜のチェンナイをオートリキシャーで北上

 

 前回も書いたが、南インドで「ホテル」と言えば、宿泊出来る「宿屋」を指すだけでなく、「食堂」を指すことも多い。『ポンヌサミー・ホテル』は後者である。この店はチェンナイ市内に3店舗あるが、ミュージックアカデミーから徒歩圏内の支店に向かった。
 一年を通じて暑いチェンナイでは、エアコンの効いた中級以上のレストランは、窓ガラスが全面スモーク加工され、その内側には分厚い遮光遮熱カーテンを張り、外から中が覗き込めない仕様の店が多い。今では慣れてしまったが、中の活気や美味そうな料理の様子を全くうかがえないままに、真っ暗なお店に足を踏み入れるのは、最初のうちは勇気がいった。しかし、この店はそうした伝統的な造りとは異なり、日本のファミリーレストランのように明るいガラス張りで、一部目張りはしてあるものの、外から店内の賑やかな様子をうかがえるような今どきの造りとなっていた。
 黒い大理石のテーブルに案内され、A4サイズ両面カラー一枚ペラ紙のメニューを渡される。そこには、ベストセラー、朝食、ティファン(南インドの軽食)、前菜、グリル、BBQ、メインコース、パン、ご飯もの、麺、チェティナード特別料理、中華料理、添え物、デザート、ドリンクというカテゴリーに沿って、ベジタリアン料理、ノンベジタリアン料理がびっしり、数えると240種類以上も箇条書きされていた。
 近年日本でもインド料理好きの間で注目されつつあるチェティナード料理とは、タミル・ナードゥ州南部シヴァガンガイ県の一地域チェティナードの伝統料理を指す。この地域は南インドで最も乾燥した気候を持つ。そのため、赤唐辛子と各種スパイスの使用量が多く、南インドで最も辛く、香り高い料理と言われている。僕はチェティナードを訪れたことがなく、料理もチェティナード・チキン・カレーしか食べたことがなかった。前菜からメインまでチェティナード料理づくし、さっそく注文しようか!

 

IMG_4461お店のメニュー 

 

 前菜のセクションを見ると、「チキン65」、「フィッシュ65」、「ラビット65」、「プローン65」など「65」という品目が目立つ。これはスパイシーな衣を付けて油で揚げた南インド風の唐揚げを指す。
「65」の由来は、調理の過程が65段階存在するためとも、65種類の食材が必要なためとも言われている。するとメニューにある「チキン555」という料理は、作るのに555過程、もしくは555種類の食材が必要なのだろうか?などと、どうでもいいことを話していると、ウェイターが近づいてきて「65でお迷いなら、今日はクリスマスの特別メニュー「七面鳥65」もありますよ。ジビエがお好きなら「ウズラ65」もおすすめです」と言う。よし、その2品行ってみよう。
 しかし、その後の料理の選定は困難をきわめた。鶏料理だけでも「チキン・ロースト」、「チキン・スペシャル」、「チリ・チキン」、「チキン・カレー」、「チキン・マサラ」、「カントリー・チキン・フライ」、「カントリー・チキン・マサラ」、「ポンヌサミー・チキン」と、とてつもないバリエーションがある。しかもそれがすべてチェティナード料理だというのだ。どれを頼めばいいのだ? 軽くパニックを起こし始めた僕を見て、すかさずアキラジーが助け舟を出してくれた。「この店は蟹料理がおすすめなんです。僕の大好きな蟹料理を二種類、それからビリヤニとパロタも行きましょう」
 
 チェンナイの中級レストランにはアルコールは置いていないので、塩とライムをしぼったソーダ水で乾杯していると、10分ほどで次々と料理が運ばれてきた。
 まずはクリスマスの特別料理の「七面鳥65」から。カリカリに揚がったマサラ味の衣と、ほろほろでさっぱりした七面鳥の食感の差が面白い。付け合せの赤玉ねぎのスライスともよく合う。そう言えば、七面鳥は英語では「トルコ」を意味する「ターキー」と呼ばれている。しかし、トルコ語では「インド」を意味する「ヒンディー」と呼ばれている。さらにヒンディー語では「ペルー」と言うそうだ。ペルーではなんと呼ばれているのだろうか?

 

tabilistamealsクリスマス特別メニューの七面鳥65。ベサン粉(ひよこ豆の粉)にマサラをたっぷり混ぜこんで、油で揚げた衣がクリスピー!

 

 次は「ウズラ65」。インドの鶏は日本の地鶏のように味が濃いことが多いが、ウズラはそんなインドの鶏よりもさらに野趣あふれる味わいだ。赤い色の肉を細い骨ごとムシャムシャと食べてしまえ!

 

tabilistamealsウズラ65。野趣あふれる味に、細い骨までカリカリと食べてしまった。

 

 続いての前菜は「クラブ・ロリポップ」。蟹爪の殻を割って衣を付けてフライにしたもの。棒付きの飴の形なのでロリポップ。これも65と同様に衣の部分がマサラ味で、ジューシーな蟹肉の甘さとの相性が抜群!

 

tabilistamealsクラブ・ロリポップ。蟹爪肉のフライ。見るからに美味そうでしょう!

 

 そして、お待たせのメインディッシュ、渡り蟹一杯をまるごと使った「クラブ・マサラ」だ。
 鶏料理のバリエーションを知ると、蟹料理にも「クラブ・カレー」や「チリ・クラブ」、「クラブ・フライ」などがあってもおかしくないのだが、メニューにあるチェティナードの蟹料理は「クラブ・マサラ」一つだけ! なぜなんだ? その理由は大きなワタリガニの硬い殻をバキバキと割って、蟹肉と暗褐色のグレービーを一緒に口にした瞬間に判明した。
 美味い!美味すぎる! 黒胡椒、マスタードシード、カレーの葉、コリアンダー、にんにく、生姜、玉ねぎ、そして大量の油と塩と赤唐辛子。いわゆる南インド・スタイルのマサラ・グレービーとプリプリの蟹肉からあふれる肉汁が混じり合い、甘さと辛さと油っぽさが口いっぱいに広がる。その上、蟹の旨味はビリヤニやパロタを食べても、口直しにソーダを飲んでも、しばらく後まで口の中に残り続けるほどパワフルだ。

 

tabilistamealsそして、こちらがクラブ・マサラ。暗褐色のマサラ・グレービーが蟹の肉汁にパーフェクトマッチ!

 

 渡り蟹の殻は分厚く、硬くて、割るのも大変だが、一度この味を知ってしまうと、バキバキ~ムシャムシャ~チュルチュル~と食べ続けるのを止められなくなる~! 南インドの禁断の味とでも呼ぼうか。この店に蟹料理のバリエーションが存在しない理由は、この一品だけで完全勝負が出来るからに違いない!

 

tabilistameals定番のチキン・ビリヤニ。南インドの炊き込みビリヤニらしく、黄色い色が均等に染まっている

 

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南インドの渦巻き状パン、パロタのバリエーション。パロタを一旦ボロボロと割いて、玉ねぎ、マスタードシード、カレーの葉などとともに油で炒め焼きしたもの。お好み焼のようなものか? カロリー倍増!

 

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クラブ・マサラが美味すぎる! 蟹の殻の分厚さをご覧あれ!

 

 

イスラエルのサラダを作ろう

 今回もインド料理ではなく、イスラエルでいただいたゆで卵と玉ねぎとスマックのサラダを作ろう。ゆで卵と水でさらした赤玉ねぎ、炒った白ごまのめずらしい組み合わせ。味付けは中東のユカリにあたるスマックで!
 
■ゆで卵と玉ねぎとスマックのサラダ
【材料:4人分】
卵:4個
赤玉ねぎ:1個(1mmの薄切り、水にさらしておく)
緑オリーブ:40g(軽く刻む)
松の実:20g
白胡麻:40g
青唐辛子:2本(へたと種を取り、1mmの輪切り)
スマック:小さじ2
オリーブオイル:50cc
レモン汁:大さじ2
にんにく:1/2個(すりおろし)
パセリ:みじん切り(大さじ2)
胡椒:適宜
塩:適宜
【作り方】
1.松の実、白胡麻はフライパンやオーブンで軽く色づくまで煎る。
2.卵は7分茹でてから、流水にさらし、殻をむき、縦に四つ切りにする。
3.大きなボウルに、薄切りにして水を切った赤玉ねぎ、緑オリーブ、1の松の実と白胡麻、青唐辛子、スマック、オリーブオイル、レモン汁、すりおろしたにんにく、みじん切りのパセリ、胡椒、塩を入れ、よく混ぜ合わせる。スマックやオリーブは塩気があるので、塩の加減に注意。
4.平皿に3の2/3量を敷き詰め、四つ切りの卵を美しく並べ、上に残りを散らす。

 

ゆで卵と玉ねぎとスマックのサラダゆで卵と玉ねぎとスマックのサラダ

 

*チェンナイ編、次回に続きます!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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