越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#53

ベトナム・ラオカイ~中国・河口

文と写真・室橋裕和

 一部のマニアには知られた国境ポイントが、雲南省の山中にある。「飲む、打つ、買う」トラディショナルな男の欲望を満たすための施設が立ち並んでいるのだ。そして僕は、国境を利用した犯罪に巻き込まれてしまうのだった。
 

 

ベトナム北部山地に開かれた国境へ

「さ、さ、寒い!」
 生意気にも一等列車なんぞに乗ってハノイを発った僕は、終点ラオカイ駅でコンパートメントから出たとたん、切れるような冷気に震えた。
 忘れていた。11月なのであった。ハノイはそれでもまだ日本よりは温かいが、そこから夜行列車で北上することおよそ260キロ。中国と国境を接するラオカイ省の終点までやってくると、もう北部山岳地帯の真っ只中。吐く息は白く、冷たい霧が漂い、すっかり晩秋の寒さなのだった。
 手を上げているバイクタクシーに応じて座席をまたいで走り出せば、息が止まった。歯が鳴る。それでも一気に季節を飛び越えたような痛快さもあり、寒さに身を縮まらせながらも笑みが込み上げてくるのだった。
 それになにより……このゲートである。いかにも国境という感じの堂々たる巨大な門がそびえ立ち、旅人をベトナムから中国へと送り出しているのだ。

 

01
南北に細長いベトナムの国土を走る統一鉄道の最北端を目指す

 

02
ラオカイ国境ベトナム側のでっかいゲートが国境感を盛り上げる

 

 

中華美人のお出迎えで中国に入国

 バイタクを降りてベトナム側のイミグレーションで出国手続きをし、そびえ立つ門を見上げる。刻まれたベトナム語をググッてみたら「ラオカイ国際国境」という意味だった。
 ノン(すげ笠)をかぶったベトナム人の行商のおばちゃんたちと一緒にゲートをくぐっていく。両国の国境線となっているナムティ河(南渓河)にかかる100メートルほどの橋を渡りきると、今度は中国のゲートだ。
 やや奇抜な三角ゲートに掲げられた、無味乾燥なゴシック系のフォントの漢字。
〝中国河口〟
 この先は偉大なる大中華だといわんばかりの漢字ゲートが旅人を睥睨する。国境マニアの挑戦心を煽る。この先は、ひと筋縄ではいかない中国の大地だ。ようし。
 勇んで中国の入国審査に挑む。係官は冷徹な表情を崩さない中華美人であった。中国にやってくるたびに思うのだが、イミグレの窓口には美人を意識的に配置しているように思えてならない。この国ならではのおもてなしなのか自慢なのかは不明だが、愛想がまったくなく、パスポートに出国スタンプを押すと無表情に投げ返してくる点も共通している。マゾには嬉しいサービスなのかもしれない。
 窓口には中国のイミグレ名物3択ボタンが設置されており『この係員の態度はいかがでしたか。1.最高 2.まあまあ 3.最悪 以上の中から選んでボタンを押してください』と中国語と英語で記されているのだが、本人を前にとても3番をプッシュする勇気はなく、1番を選んでイミグレを後にした。

 

03
中国の国境はなかなか先鋭的なデザインのところが多い

 

 

国際風俗タウン河口

 小さな街は、欲望にまみれているのであった。
 中国側の雲南省・河口へと入ると、そこに立ち並んでいるのは妖しげなマッサージ店、連れ込み宿風の旅社、そして白昼堂々と青空の下にてジャン卓を囲み、高らかに打牌の音を鳴り響かせている人々……当然のことながら卓に飛び交う現ナマ。QRコードじゃないのか。中国将棋やトランプにふけり、やはり金をやりとりしている連中も街の各所にいて、賭博を固く禁じた共産中国の威信を揺るがしている。これでいいのだろうか。
「保健用品店」と漢字の看板を掲げた店も多い。入ってみれば東西のエロDVD、バイブやローターなどさまざまな性具、精力剤、媚薬、ダッチワイフなどが並び、日本のアダルトショップと同じ生臭い香りが漂っているのであった。
 その欲望の中心点……とある薄汚れたショッピングモールの一角が置屋となっており、雲南や国境を越えてやってきた女子たちが春をひさぐスポットとなっていた。おもに中国各地から物好きのおじさんたちが集まってくるのだが、恥ずかしいことに日本人の変質者も相当数が混じっているらしい。
 極めてインターナショナルなエロタウンではあるのだが、近年は取り締まりが厳しく、少しずつ衰退していっているという。

 

04
中国語とベトナム語が踊るエログッズの店。皆さん好きですね……

 

 

まさかのワナが待っていた!

「ベトナムの入国審査を抜けたら、すぐ右に旅行会社があります。それが私たちのベトナム・オフィスです。そこでチケットを受け取ってください」
 笑顔も優しい旅行会社の紳士は、頑なに中国語オンリーの河口にあって、とってわかりやすい英語を話した。安心感があるというものだ。
 河口見聞を切り上げ、帰路も列車でのんびり帰ろうと思った僕は、街角の旅行会社に飛び込んで、ラオカイからハノイまでのチケットを手配したのだ。国境の向こうのベトナムの交通機関もアレンジできるという看板に誘われた。
 今夜は優雅な1等寝台で、車窓を見つめながら飲もう……宵の旅情を妄想しては高鳴る。きっといい酒になるに違いない。
 ふたつのゲートを行きと同様にくぐり抜け、ベトナムに再度の入国を果たしてみれば、確かに指定された通りに旅行会社があった。小さなブースだが、河口側と同じ社名を掲げて、かわいいベトナム娘が店番をしている。あれか。
「すみませーん」
 パスポートを提示すれば、すぐに用意されていたチケットが手渡された。しかし、それは3等おんぼろ自由席のものなのであった……。
 青くなった。「いや、予約したのは1等なんだよ。そのぶんの代金も河口で支払ってる!」ベトナム娘に詰め寄るが、困った顔でおろおろするばかり。彼女としては指示されるがままに発券したまでなのだろう。
 あの野郎……今度は怒りで顔が赤くなってきたのを感じる。流暢な英語を話したあの男の顔が浮かぶ。あいつが1等と3等の差額を呑んだに違いない。いますぐ中国に戻って抗議をしようかとも思ったのだが、また取って返して何度も同じところで出入国を繰り返すのは気が重い。越境マニアですら面倒さを感じてしまうのだから、一度ベトナムに渡った旅行者がだまされたと怒って舞い戻ってくる可能性はやはり低いのだろう。それを見越しての犯行なのだと思った。久しぶりにやられてしまった。

 まったく納得のできない、もやもやした苛立ちを腹に抱えて、3等自由席に揺られる。ふかふかのベッドではなく、大量の人民とともに木製の長イスに押し込められていた。もちろん横にはなれない。リクライニングすらない直角のイスである。
 ケツが痛い。腰も痛い。両側ともに太ったおじさんが迫り、実に暑苦しい。狭い。臭い。当然エアコンはない。車窓は汚れ果て、外の様子は伺えない。牢獄のようであった。僕は1等寝台の料金を払って、この拷問を受けているのである。
 ああ、ハノイまではあと何時間かかるのだろうか……。

 

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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