ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#52

-ステファンが旅する東京- 神楽坂

ステファン・ダントン

 

 
 
 
 神楽坂の路地裏の中華料理店でビールと冷やし中華の遅めのランチをとった私たちは、神楽坂の日向の道へ戻った。
 

 

 

本のまち神楽坂

 

  

  神楽坂に戻るとすぐに可愛らしいブックカフェが目に入った。早速入ってみると、テーマ別に並べられた個性的な本の数々。1冊手に取ると周りの本も気になって、あれこれ見ているうちに本の世界に取り込まれ、頭の中にイメージの地図が広がっていくような不思議でおもしろい感覚に夢中になってしまった。
 パリに住んでいた頃、古い本や画集を集めるのが趣味で、古本屋巡りをしていた。読書が好きだから、日常的に本屋に通ってもいた。目的の本がありそうな店に向かい、それを手にできれば目標達成。だが、それぞれ個性的な品揃えの本屋で思いもかけない掘り出し物に出会うのが楽しみだった。「今日はどんな本に出会えるかな」と本屋に向かい、新しい何かに出会えたときの喜びは、本好きにはわかってもらえると思う。
 「かもめブックス」というその店で、パリにいた頃の本屋の醍醐味を思い出した。
 インターネットの普及のせいなのか、今、本が売れないという。本を探す、本と出会う、本を読む、という行為は、単に情報を得るためだけにするのではない、と私は思う。目的の情報の隣や後ろには、思いもかけないような広がりのある世界がある。インターネットはそれに気づかせてくれない。「世界を知ったつもり」にさせるトラップがそこにはあるように思う。だから私は今でも本が好きで本に対する愛を感じる本屋が大好きだ。聞けばこの「かもめブックス」という書店、本の校閲・校正を手がける会社が運営しているという。「なるほど、おもしろい本屋ができるはずだ」と感心した。
「かもめブックス」のすぐ前に「ラカグ」という商業施設がある。今は日本各地の食品や食器などが集められているが、もともとはすぐ隣にある新潮社の倉庫だったそうだ。
 周辺には他にも出版社や出版に関わる印刷や製本の会社が昔からたくさんあるという。「やはりここは東京のカルチェラタンだ」という思いを新たにした。
 

 

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「かもめブックス」の店先にて。                                         

                                           

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「ラカグ」前にて。ここの階段デッキに使われている材木は、多分船のデッキに使われているものだと思う。階段を登り降りするのが心地よい。

 


 

 

古きよき昭和の喫茶店


 神楽坂を下り始めると、すぐに汗が噴き出してくる。真夏の午後は散歩に向かないかもしれない。
「ちょっと涼みたいな」と弱音を吐く私を、友人が行きつけの喫茶店に案内してくれた。
 店の名は「フォンテーヌ」。明らかに私好みの昭和な看板。地下の店へと階段を降りる。ドアを開けると、低い天井と誰かのお宅にお邪魔したのかと錯覚するような手作り感満載の内装。ソファーに腰を落ち着けるとすっかりくつろいだ気分に。メニューもなんというか、昭和50年代のムード。ミルクセーキやオレンヂジュースなどなど。私はココアフロートを注文した。ここは東京のパリじゃない。昭和の東京だ。
 私は日本の喫茶店が大好きだ。チェーンの小綺麗なカフェではなく、店主が自分の趣味と好みで時間をかけて作り上げた喫茶店が好きなんだ。どんどん消えていくこういう喫茶店が愛おしい。この店もご夫婦で50年近く続けているという。
「なんでこういう魅力的な喫茶店がなくなってしまうのかな?」とつぶやくと、「古くなった設備を入れ替えたりしないといけないから難しいんだよ。それなら全部を改装してしまったほうが経済的なんだ」と友人が寂しい事実を教えてくれた。
 

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_MG_9947「フォンテーヌ」のメニュー。

 

_MG_9943魅力的なメニューの数々に悩む私。

 

_MG_9952ココアフロートをいただきました。後ろの写真はキャンディーズ!

 

 

赤城神社から思い出の白銀公園へ

 

   再び地上に出た私たちは、自然と涼を求めて緑の多い方向へ歩き出した。日本の街中には意外と自然が多い。こんもりした緑が見えたらたいがいが公園か神社やお寺だ。私たちがたどりついたのは「赤城神社」。思いの外、社殿が新しくモダンなムードだと思ったら、先ほど訪れたばかりの「ラカグ」を手がけた有名建築家・隈研吾の作品なのだそうだ。階段の傾斜がゆるくて奥にある社殿の上に広がる空の見え方が気持ちいい。「古くからある神社を、モダンに改築して、なおかつ心地よいアットホームな空間にしているのがこのまちらしいな」と感想を述べつつ神社の裏手の路地へ。
 

 

_MG_9907赤城神社にて。神社の手水がこんなに気持ちいいとは!

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赤城神社でお参りをする私。

 

 


  路地を進むとなんだか見覚えのある風景が。


「この先に白銀公園というのがあるはず。昔住んでいた中野のアパートにはもう1人フランス人がいて、その彼女が公園のそばに住んでいたから遊びに来たことがある」

 

 昔からの学生街だったからか、外国人に対する壁が低かったのか、当時から不動産を借りやすいまちとしてフランス人の間でも有名だった。

 この日、この場所に来るまで思い出すことのなかった33年前の出来事。あれも夏だった。


 

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_MG_9894思いでの白銀公園にて。

 

 

東京のパリで山梨のワインを

              

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 日が暮れてくると、ワインを飲みたくなる。幸いここは東京のパリ。フレンチの店はいくらでもある。友人の店も何軒かあるから電話してみたが、軒並み夏の休業中。


「この季節だ。仕方ない」とはじめての店にチャレンジすることにして、以前から気になっていた甲州ワインをウインドウに並べているビストロ「ルバイヤート」へ。時刻は午後5時すぎ。店の外にもちょっと飲めるスペースがある。そこで一杯飲ませてもらおうと様子をうかがっていると、向かいの店から桃を抱えた女性が出てきて「こんにちは」と声をかけてくれた。「こんにちは」と返しながら「感じのいい方だな。でも今日はこちらの店にお邪魔するので……」と思っていたら、その女性が「ルバイヤート」に入っていく。入っていきながら「よかったら中へどうぞ。山梨から送ってくれた桃を近所に配っていたところなんですよ」とおっしゃる。ちょうどよかった。「甲州をボトルでお願いします。できればその桃をつまみに出してくれればうれしいな」と軽口を叩くと、「冷やしてきますね」と快く応じてくれる。自然で心地よいやりとりが、日本なのになんだかフランスにいるようで。


 店内から出てこられたご主人はシニアソムリエ。自らグラスにワインを注いでくれた。冷えた白ワインがグラスに作る水滴がすでにご馳走。みんなで乾杯しながらちょっとだけワイン談義を。実は私もソムリエなので……。


 「この店では山梨のワイナリーのものをとくに仕入れています」とご主人。
 「日本のワインは評価が高いですよ。とくに甲州の白ワインはね。フランスのようにヨーロッパの乾燥した土壌の低い位置で育つ品種を日本で同じように育てるのは難しい。でも甲州は高い位置で育つ日本のブドウだから品質が安定する。日本の風土に合っている」と私。
「日本のブドウは糖度も高くなりにくいから、一度濃縮してから醸造しなければならない。だからコストがかかることを知らない人も多い」とご主人。
「山梨のワイナリーは日本らしいワインの作り方をよく研究してよいものを作っていてすばらしい。見せ方、売り方の点でも見習うところが多い。見習わなければならないのは、私が携わっている日本茶業界なんですが…」と私。

 そうこうするうちに、ご夫人が冷やした桃を切ってきてくれた。2本目のボトルも空いていく。東京のパリで山梨のワインと山梨の桃。シェフと思わぬ競馬談義をできたのも実に楽しかった。そうこうするうち、日も暮れかけて少し涼しくなってきた。ボトルも空いた。

 日本のパリといわれる神楽坂を堪能した1日をここで締めくくろう。ほろ酔いの帰り道、次は日本のカルチェラタンの総本山、神保町にでも足の伸ばそうかと考えていた。

 

 

_MG_0116路地を入ったところにある「ルバイヤート」。

 

_MG_0123店のウインドウに飾られた甲州ワインのボトル。

 

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山梨産の桃(左)と山梨のワイン「甲州」(右)。夏の夕暮れの白ワインは格別。

 

_MG_0127店主のうめたにご夫妻と。

 

_MG_0130お店を切り盛りするうめたにさんと。

 

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。お楽しみに! 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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