旅とメイハネと音楽と

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#52

南インド・チェンナイ美味いもの巡り旅〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

カルナータカ音楽の音楽祭「チェンナイ・ディッセンバー・シーズン」

 2017年12月24日の朝、僕はチェンナイのホテルの部屋で途方にくれていた。カルナータカ音楽(南インド古典音楽)の音楽祭「チェンナイ・ディッセンバー・シーズン」を12年ぶりに観に来たのは良いが、約三千以上とも言われる公演のうち、観たいアーティストも観るべきアーティストも、いつ、どの会場で観られるのかわからないままだったのだ。
 カルナータカ音楽を代表する大物アーティストたちはこれまでに何度も観ていたが、新人や現在注目すべきアーティストについては何も情報を仕入れないままだった。音楽祭の公式ウェブサイトは存在するものの、タイムテーブルは見にくく、しかも一部の大きな会場だけしか掲載されていない。以前は英字新聞の朝刊に当日のコンサート情報欄があったのだが、ちょっと見た限り、今回はそれも見つからなかった。主な公演のタイムテーブルが掲載された分厚い公式プログラムを手に入れない限り、いつ、どこで、誰が出演しているのかわからない。

 


カルナータカ音楽、20世紀最高の歌手、故MSスブラクシュミ


 それでも宿から徒歩5分の距離にある古典音楽の殿堂「ミュージックアカデミー」に通いつめれば、名のしれた名人たちによる素晴らしい演奏を冷房の効いた環境でゆったりと聴けることは間違いない。しかし、もっとローカルな会場、地域の公民館やヒンドゥー教寺院、個人経営の小さな音楽ホールなどでの音楽体験こそ、この音楽祭の醍醐味でもある。
 それに大会場では写真撮影を行うためには事前にメディア申請が必要となるが、小さな会場はその場でアーティストから許諾を取れば、ぜひ撮影して私達の文化を日本に広めて下さい!とばかりに協力的。旅先での資料集めが重要な僕にとって、大会場に行くだけでは不十分なのだ。

 

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古典音楽の殿堂ミュージックアカデミーでの格式高いコンサートの様子

 

tabilistamealsミュージックアカデミーの食堂。250ルピーのミールスが大人気

 

tabilistamealsミュージックアカデミーから徒歩5分の五つ星ホテル『Welcom Hotel』の朝食ブッフェから。南インドらしい豆と野菜の煮込み「サンバル」や米粉の発酵蒸しパン「イドリー」。そのほか、ムンバイのファストフード「パオバジ」のカレーソースなど、インド各地の朝食メニューが勢揃い!


 ふと思い立って、日本におけるカルナータカ音楽の伝道師、アキラジー(「ジー」とはインドの言葉で「さん」に当たる敬称)こと井生明さんにFBメッセンジャーで軽く相談してみることにした。
 アキラジーとは2001年末、初めてチェンナイを訪れた際、ミュージックアカデミーのチケット売り場で出会った。その翌年の年末にも同じ場所で再会し、以来、日本で行われるインド古典音楽のコンサート会場でも何度か再会した。その後、古典音楽好きがこうじて、彼はチェンナイに2年半滞在し、毎晩のように古典音楽を追いかけ、タミル語をマスターし、現地の古典音楽専門雑誌の専属フォトグラファーとなった。そして、自ら撮影した現代のカルナータカ音楽アーティストたちの写真集をインドで出版していた。近年はカルナータカ音楽のアーティストの日本招聘も行っている。この12月も当然、チェンナイに来ているはずだ。
 すると5分も経たないうちに「ようこそチェンナイへ。今日は13時半からミュージックアカデミーの撮影係なので、12時半にそこの食堂で会いましょう」と返事が来た。日本人で撮影係とはシーンに食い込んでるなあ! 僕は世界中どこに行っても、アキラジーみたいな人に助けられている。
 メッセージを送って一時間後のお昼の12時半、ミュージックアカデミーの食堂でアキラジーと再会を果たした。前回、彼と会ったのは、2014年のフジロック・フェスティバルのバックステージだった。僕はイスラエルのバンドBoom Pamを連れ、彼は本職のロシア語通訳としてトゥバ共和国のバンド、フーン・フール・トゥを連れていたっけ。
 お昼の定食「ミールス」のため長蛇の列を作るインド人を脇に、僕たちは甘いインディアン・コーヒーだけを頼み、食堂の席に着いた。するとアキラジーは脇に挟んでいた英字新聞を広げ、その場で見どころミュージシャンをいくつか教えてくれた。
「あれ、新聞にコンサート情報欄あったんですね! 探しても見つからなかったのに」
「当然ありますよ! フルカラーで1ページまるごと情報欄に拡張したんですよ! 以前はページの下半分で白黒印刷だったでしょう。だから見逃したのでは?」
「毎日1ページまるごとって……コンサートの数もそれだけ増えているってこと?」
「そうですよ。無料のプログラム冊子を一部持ってきたんですが、毎年、どんどん分厚くなってきてますww。この一月で一体何千の公演が行われてるか、誰もわからないほどです」

 

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インディアン・コーヒー。ステンレスのカップの表面に泡立っているのが基本。以前は猛烈に甘かったが、近年は健康志向の高まりとともに、砂糖抜きがデフォルトに

 

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アキラジーこと井生明さんが新聞朝刊のコンサート情報欄を読み解く!


「アキラジーのおすすめのアーティストを教えてよ」
「サラームさんもご存知のTMクリシュナやサンジャイ・スブラマニアムたちは今も第一線です。その上の世代のお爺ちゃん、おばあちゃんの世代もかろうじて健在ですね。ああ、今日はこのミュージックアカデミーでTNクリシュナン率いる老境ヴァイオリン・トリオが見られますよ。演奏が枯れまくって、ますます渋くていいと思います。
 それから若い世代の音楽家も次々に登場してます。ワシのおすすめは男性声楽家のアビシェーク・ラグーラム。まだ若いのに異次元に連れていかれるような恐るべきテクニックです。明後日の朝9時、マイラポルの寺院で歌いますから、一緒に行きましょう!」
 アキラジーはカルナータカ音楽についていったん口を開くともう止まらない。こうなったら、彼のおすすめアーティストを中心に追いかけるのが正解だろう。

 


現在人気実力ナンバルワンの男性歌手TMクリシュナ。今年は音楽祭には出演しなかった
 

tabilistamealsヒンドゥー教寺院の講堂で早朝に開催された、アビシェーク・ラグーラムの演奏会はこんなにローカル仕様!

 

tabilistameals寺院の壁に記されたコンサート情報。一月分決まっているのならウェブサイトに載せてくれよ!


 では、インド料理についてはどうだろうか? 例えばチェンナイらしいおかわり自由定食の「ミールス」とか?
「ミールスなら、ここの食堂も有名ですが、いつの間にか250ルピー(400円)に値上げしてるんですよ! けしからん!それでも平日からこれだけ沢山の人が並んでいるから美味しいのでしょうけど。この近くなら『マリス・ホテル』のミールスが150ルピー(240円)と安くておすすめです。ああ、一度カパーレーシュワラ寺院近くにある美味いベジタリアン・ミールス屋へ案内したいなあ!美味いんですよ!」
「日本を出る前にU-zhaan(タブラ奏者)に電話したら、うさぎや七面鳥のビリヤニを食べられるチェティナード料理の店を勧められたんだけど、知ってる?」
「それ、ワシがU-zhaanを連れて行ったところっス! そこも行きましょう!」

 

 撮影の仕事に向かうアキラジーといったん別れ、僕たちはインドの無印良品こと『Fabindia(ファブインディア)』で買い物し、マイラポルのオシャレなカフェで一休みした。そこでアキラジーから手渡された分厚いプログラムに目を通すと、夕方4時から、宿から10分ほどの距離にあるもう一つの大会場Narada Ghana Sabah(ナーラダ・ガーナ・サバー)で、大御所のサンジャイ・スブラマニアムが出演とある! いかん、のんびりしてる場合ではない! 急いで行かねば! 
 3時45分に会場に到着し、チケット売り場に行くとソールドアウトの張り紙が貼られていた! ガーン、残念!

 

tabilistameals2017年度チェンナイ・ディッセンバー・シーズンの公式プログラム。以前は観光局で手に入ったが、現在は音楽祭のパトロンであるサリー屋(呉服屋感覚)など一部の店だけで無料配布

 

tabilistamealsミュージックアカデミーと並ぶ古典音楽の殿堂、ナーラダ・ガーナ・サバー

 

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サンジャイのチケットはソールドアウト!ガーン!

 

 その場で呆然としていると、売り場のおばちゃんから“1200ルピー(1900円)のチケットが二枚キャンセル出たわよ!”と声をかけられた。結構な値段だが、旅は一期一会だ! 二枚下さい! 握りしめたチケットを案内係のおっちゃんに見せると、なんと最前列に案内された。これは想定外!
 12年ぶりに観るサンジャイ、スタートからパワフルに歌い出す。5分ほどの短い曲だが、正確無比なピッチと重戦車のようなパワーがたっぷり感じられる! 5~6曲、短い曲を続けた後、今度は無伴奏の即興歌唱を20分以上歌いきり、その後にリズムが加わり、一曲約1時間の即興へと展開していく。まるでジェットコースターに乗っているようだ。圧倒的なパワーと緻密にコントロールされた世界観。終了後はしばらく席から立てなかった。

 


TMクリシュナと並ぶ実力派男性歌手サンジャイ・スブラマニアム


 

『マリス・ホテル』のベジタリアン・ミールス

 そのままナーラダ・ガーナ・サバーに残り、夜7時からは南インド伝統舞踊「バラタナティヤム」の中堅どころの公演を観たが、サンジャイが素晴らしすぎたのか、踊りは全く印象に残らず、途中で中座した。
 ホテルに戻る道の途中、アキラジーからベジタリアン・ミールスが安くて美味いと聞いたマリス・ホテルの前を通り過ぎた。南インドで「ホテル」とは多くの場合、宿泊できるホテルではなく、食堂を指すのだが、ここはいわゆる泊まれるホテル、2つ星くらいのビジネスホテルだった。前夜は前回の連載で書いた超高級レストランで散財したので、今夜はベジタリアン・ミールスで節約しよう。
 駐車場の奥から狭い入り口を入ると、レストランはガヤガヤと人が行き来するロビーの奥にあった。扉を開けると、そこそこ広い店内に50人以上の地元の人たちが、薄暗い蛍光灯の灯りのもと大声で話しながら、ミールスや軽食ティファンをつっついている。ほとんどが子供と両親という家族連れで、外国人は僕たちだけだ。
 テーブルの間の通路にはお客と同じくらいの数の従業員が忙しそうに行ったり来たりしている。注文を取る係、料理を運ぶ係、ミールスのおかずのおかわりを盛り付ける係、残った料理を片付ける係、床を掃除する係と、そして番台に座って暇そうにテレビを見ているキャッシャー係と、全て役割が分かれているのがインドらしい。
 ベジタリアン・ミールスとミネラルウォーターを頼むと、まず折りたたんだバナナの葉が運ばれてきた。葉を広げ、コップの水をティッシュに湿らせて、葉の表面の埃や汚れを取っていると、最初に小さなステンレスのカトラリーが5つ運ばれてきた。葉っぱの奥に並行に並べる。左から豆と野菜の煮込み「サンバル」、野菜のカレー「コランブ」、薄めたヨーグルトの「バターミルク」、ミルク粥、そして、タマリンドと胡椒のスープ「ラッサム」だ。
 続いて豆の粉のクラッカー「パッパル」と全粒粉の揚げパン「プーリー」が手前にストンと投げ込むように置かれ、ご飯係がパラパラと炊いた長粒米を葉っぱの手前の真ん中に盛り付け、上に精製バターの「ギー」をタラリとかけてくれる。
 それからおかずが三種類。1つ目はじゃがいもとトマトをマスタードシード、カレーリーフで炒めたもの。2つ目はさやいんげんとにんじんと玉ねぎをココナッツフレークとマスタードシード、カレーリーフで炒めたもの。3つ目はウリとトマトをココナッツミルクで炒めたもの。おかずが並んだ後、最後にプレーンヨーグルトときゅうりの和え物が添えられ、この店のベジタリアン・ミールスの全貌が明らかとなった。

 

tabilistamealsマリス・ホテルのベジタリアン・ミールス。バナナの葉の上に全部置いてくれるのがうれしい

 

tabilistamealsミールスのメインのおかず三種。じゃがいもとトマトをマスタードシード、カレーリーフで炒めたもの

 

tabilistamealsさやいんげんとにんじんと玉ねぎをココナッツフレークとマスタードシード、カレーリーフで炒めたもの

 

tabilistamealsウリとトマトをココナッツミルクで炒めたもの

 

 いただきま~す! シンプルな野菜炒めばかりで、凝ったものは一つもないけれど、薄目の味付けでなかなかに美味いじゃないか! しかも当然、おかずもご飯もお代わり自由。これが150ルピー(240円)って、前夜のレストランの約50分の1の値段だよ。
 インドはダイバーシティの国と言われるけど、本当に振り幅が大きすぎる。今後はチェンナイで食に困った時は(困ることはないけれど)、迷わずミールス屋に駆け込もうっと。

 

tabilistamealsバナナの葉の上ですべてのおかずをご飯に混ぜて食べる。混ぜたほうが確かに複雑な味になる

 

tabilistamealsチェンナイ南部カパーレーシュワラ寺院のゴプラム(塔門)。色とりどりの神々が!

 

*チェンナイのミールス編、次回に続きます!

 

 

そうめんかぼちゃを使ったモロッコ料理

 今回の料理はインド料理ではなく、夏に出回る野菜、そうめんかぼちゃを使ったモロッコ料理だ。クミンと砂糖を入れたスパイシーなトマトソースで野菜を柔らかく炒め煮にする「トゥクトゥーカ」のバリエーション。

そうめんかぼちゃのモロッカンペースト

【材料:4人分】
そうめんかぼちゃ:中1個(500g)(5cm幅の輪切りにし、種を抜いておく)
トマト:大1個(へたを取り、ざく切り)
にんにくのみじん切り:2かけ分
EXVオリーブオイル:50cc
トマトペースト:大さじ1
クミンパウダー:小さじ1
塩:小さじ1
砂糖:小さじ2
パセリみじん切り:1枝分
香菜みじん切り:2枝分

EXVオリーブオイル:50cc
パセリみじん切り:1枝分
香菜みじん切り:2枝分

【作り方】
1.大きな鍋に湯を沸かし、沸騰したら、塩をひとつかみ入れ、(ともに分量外)輪切りにしたそうめんかぼちゃを入れる。
2.そうめんかぼちゃがほろほろと崩れ、実が柔らかくなるまで煮えたら、取り出して、冷水にさらした後、皮を落とし、実の部分だけをザルに入れ、水をしっかり切る。
3.フライパンにEXVオリーブオイル、トマト、にんにく、トマトペースト、クミンパウダーを入れ、火にかける。へらで混ぜながら炒める。
4.15分ほどで半分に煮詰まったら、塩と砂糖で調味し、2のそうめんかぼちゃを加え、よくまぜあわせてから、火を止める。室温に冷ます。
5.平皿に盛り付け、香りの良いEXVオリーブオイルを回しかけ、パセリと香菜みじん切りで飾り付けたら出来上がり。パンですくっていただこう。冷蔵庫で冷たく冷やしてもなお美味しい。

 

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そうめんかぼちゃのモロッカンペースト

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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