ブーツの国の街角で

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#52

ソラーノ:山奥に潜む絶景の村を訪ねて

文と写真・田島麻美

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国土の周囲に美しい海、内陸には世界有数の名山が連なるイタリアには、古代ローマの時代から自然と人とが上手に共存して来た街や村がいくつも存在する。ウンブリア州やトスカーナ州には自然のままの地形を生かし、断崖絶壁の丘の上に築いた中世時代の城塞都市がたくさんあり、その唯一無二の景観はイタリアという国の多彩な魅力をさらに際立たせる要素となっている。
これまでイタリア各地で多くの「一度見たら忘れられない絶景」を見て来たと思っていた私だが、先日ふと目にした新聞記事で、実はまだまだ知らない場所がたくさんあることに気付かされた。その中の一つが、『トスカーナのマテーラ』と異名をとるソラーノ。山奥の断崖絶壁にそびえる絶景を求めて、トスカーナ州で最も美しい村の一つと言われるソラーノを訪れた。

 

 

 

中世の山岳城砦都市

 

  ローマの西北約110km、ソラーノは、別名『トスカーナのマテーラ』と呼ばれている。マテーラはバジリカータ州にある世界遺産の街で、石灰岩の侵食によって出来た渓谷に無数の洞窟住居(=サッシ)が重なり合う景観は、南イタリアの絶景の一つとして特に有名だ。そのマテーラの絶景に匹敵するというソラーノの村へは、ローマから車で2時間ちょっと。日帰りでも行ける距離に、そんな名所があったことを私は全く知らなかった。
  村が近づくにつれ、道路脇に『Città del Tufo(トゥーフォ=凝灰岩の街)』という看板があちこちに見えて来た。建築材として重用されている凝灰岩でできているこのエリアには、渓谷の断崖を見下ろすようにそびえ立つ村が点在している。中の一つであるソラーノの歴史はとても古く、先史時代に遡るという。紀元前3世紀には既にこの地でエトルリア人が暮らしていたという記録も残っており、「エトルリア時代の最盛期に栄えた古代文明の都市であった」と言われている。
  二つの渓谷の谷間を流れるレンテ川を見下ろす絶景ポイントは、グロッセート周辺を走る州道S.P22号線上の途中にあった。一見するとカーヴの脇に作られた小さな駐車場のようだが、実はここが「トゥーフォ地区考古学公園」の入り口になっている。健脚なら凝灰岩の洞窟群を真下に眺めながら、村から村へと山伝いに歩いて行くこともできる。考古学公園の中の自然遊歩道を歩いて行くと、目の前にいきなり絶景が開けてきた。白い霧でぼやけた緑の渓谷の断崖の上に、無数の穴が空いた巨大な岩が連なり、その上に段々に重なるように煉瓦造りの住居が連なっている。中世時代、このエリアの重要な城砦であった古代都市の幻想的な姿に、息を飲んで見入った。

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「サン・ロッコの断崖居住地区」と呼ばれる考古学公園の入り口。自由に出入りできるが、足場が悪い山の自然道なので、冬季や夜間の立ち入りは控えた方が無難(上)。ソラーノからヴィトッツァへ続く登山ルートの地図。凝灰岩の断崖絶壁の周囲をハイキングすることもできる(中)。公園内のパノラマ・ポイントから眺めるソラーノの村(下)
 

 

 

 

 強固な防衛システムに守られた旧市街

 

 

  ソラーノに着いてレンガの高い壁に挟まれた迷路のような旧市街を歩き始めると、先細りになった道の正面のはるか上方に古い時計台が目についた。時計台は何やら巨大な一枚岩のように見える。よくよく目を凝らすと、その巨大な一枚岩の上に豆粒のような人影が見えた。あの上に登れば、渓谷と村の全景が見晴らせるかもしれない。思い立ったら登らずにはいられない性分のため、早速時計塔を目指すことにした。
  苔の生えた石のアーチをくぐったり、おとぎ話に出てきそうな可愛い中庭を覗いたりしながら旧市街を歩く。ちょっと不思議だったのは、通りの壁の所々に、世界各国共通の『非常口』の緑色のマークがあること。『Via di Fuga(避難ルート)』と書かれているところを見ると、どうやら地震などの災害時のために取り付けられているようだ。住民でさえ非常用ルートの標識が必要なのか、と考えると村の道がどれほど複雑な迷路になっているのか想像できる。見晴らしのよい大通りがないので、壁の標識と矢印だけを頼りに、迷子になりながら歩くこと20分。ようやく目的の時計台がある『Masso Leopoldino(レオポルディーノの岩塊)』にたどり着いた。
  村の北西の端にそびえるこの要塞は、村を挟んで正面にそびえるオルシーニ城塞とともに周辺一帯の重要な資産である凝灰岩を管理し、侵略者から守るための防衛システムとして機能していた。岩塊の上に登ると広いテラスが現れ、その高台からは凝灰岩の穴だらけの断崖と渓谷の下を流れるレンテ川、折り重なるように続くレンガの屋根、そして正面にそびえる城塞の全てが見渡せる。なるほど、ここからなら狭い道を行き来する全ての人影を捉えることができるが、この吹きさらしのテラスで見張りをさせられるのはかなりキツいだろう。中世の時代から、この要塞で周囲の安全を守ってきた警備兵達に同情せずにはいられなかった。
 

 

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 村はずれから対面にそびえるレオポルディーノの岩塊を望む。豆粒のような人影が見えた(上)。映画のシーンに出てきそうな可愛らしい中世の街並み(中)。迷路のような通りのあちこちで見かけた「避難ルート」の矢印(下)
 

 

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA要塞の上のテラスはかなりの広さ。正面にはさらなる高台にオルシーニ城塞がそびえている(上)。正面の断崖には無数の洞窟、眼下には渓谷を流れるレンテ川が一望できる(下)。
 

 

 

繊細な美しさと温かさを備えた手描き陶器

 

 自然の中に溶け込んだ旧市街の絶景を楽しんでいたが、どうやら雲行きが怪しくなってきた。吹きさらしのテラスで雨に濡れてはたまらない。大急ぎで降りて再び迷路の旧市街を歩き出す。雨足が強くなってきたので一休みできるバールでもないかと探したが、通りは人影もなくひっそりと静まり返っている。困ったな、と思いながら歩いていると、目の前にポッと灯りがついたお店があった。とにかく雨宿りをさせてもらおう、という下心を隠して店内へ入ると、鮮やかな色合いが美しい見事な手描き陶器の数々が目の中に飛び込んできた。「うわー、キレイ!」思わず叫び声が上がる。大の陶器好きな私にはたまらない空間が広がっていた。自然の花や草木をモチーフとした素朴でカラフルな手描き陶器は、見ているとどれもこれも欲しくなってしまう。これは危険だ。突然の大人買い衝動を抑えるため、お店のご主人らしい優しげな紳士・モレーノ氏とおしゃべりをすることにした。
「どれもこれも素敵ですね。ソラーノの伝統工芸なんですか?」と尋ねると、紳士は柔らかな声で、「いえ、村の伝統工芸というわけではないんですよ。でも全て私と共同経営者のラウラのオリジナル作品です」と言った。滑らかな曲線が手に優しい色鮮やかな陶器は、ヴェネツィアの陶工ベアトリーチェ・バンダリンの技術を受け継いだラウラさん、モレーノ氏の二人が、1980年からソラーノで製作を続けているものなのだそうだ。店名の『L'atelier di ceramica Bandarin(バンダリン陶器工房)』は、師匠であるバンダリン女史への敬意を込めてつけられた。
「ソラーノは美しい自然に囲まれた静かな中世の村。ここは我々のインスピレーションの源なんですよ。デザインは古い伝統的なものをそのまま使うのではなく、古いデザインからインスピレーションを得て新しいものを作り出す、というのが私たちのスタイル。誰にも真似できないオリジナリティがあるんです」。世界中に顧客を持っているそうだが、モレーノ氏はその名声に驕ることなく、あくまでも謙虚な口調でお店の歴史を語ってくれた。ちょっと衝動が落ち着いたところで、改めて店内をぐるっと見渡す。ああ、やっぱりうちに連れて帰りたい! 悩みに悩んだ末、真っ赤なケシの花の柄が可愛いブタさんの貯金箱を購入。大皿もピッチャーも欲しかったけれど、それは次回のお楽しみにとっておくことにした。


 

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一つ一つ丁寧に、心を込めて作られている陶器たち。成型から焼き上げまで、全てこの工房兼ショップの中で行なっている。作品には、モレーノ氏の優しく温かな人柄がそのまま染み込んでいる。
 

 

 

洞窟のあるレストランで郷土料理に舌鼓

 

 モレーノ氏の作業を飽きることなく見るうちに、いつの間にか雨も小降りになってきた。そろそろお腹も空いてきたので、「どこか近くに美味しい郷土料理を食べられるレストランはありませんか?」と尋ねてみた。モレーノ氏がオススメしてくれたのは、村の外れにある小さなお店「オステリア・デル・ボルゴ」。モレーノ氏のお墨付き、しかも親切に予約までして下さったので、大きな期待を胸に席についた。地元の素材を使った伝統料理を2品オーダーし、皿が運ばれてくるのを待つ間、テラス席の向こうに見えるエトルリア時代の洞窟住居の崖を窓越しに眺める。晴れていたら、このテラス席で絶景を眺めながら食事が楽しめるのだろう。風雨の天気が恨めしい。ちょっとガッカリしたが、最初の皿を目にした途端、そんなマイナス気分は吹っ飛んだ。
  シコシコの歯ごたえが病みつきになる手打ちパスタ「ピチ」は、旬のポルチーニ茸の芳醇な香りとまろやかなソースのとろみが絶妙にマッチし、この上なく美味である。この一皿で私の気分は一気に上昇、続いて登場したイノシシのシチューで最高潮に達した。爽やかなハーブでとろとろになるまで煮込んだシチューは、頬っぺたが落ちそうなほど美味しかった。
  食後、店内にちらっと見えているライトアップされた洞窟についてお店の人に尋ねたところ、「これは昔の洞窟跡ですよ。どうぞ入って見てください」と言われた。好奇心に駆られて洞窟内へ降りて行くと、予想外に広々としている。空気はとても冷たく、まさに「自然の冷蔵庫」といった感じだ。遥か昔のエトルリア人は、こんな洞窟で暮らしていたのだろうか。素晴らしい郷土料理だけでなく、ソラーノの自然と歴史も体感できるオステリアで豊かなランチタイムを過ごせた幸運に感謝した。
 

 

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村の下方端、テラス席からはサン・ロッコの洞窟住居の崖が見渡せる位置にある『Hosteria del Borgo』(上)。郷土の伝統と旬の味が合体した「ポルチーニ茸とソーセージのピチ/Pici con Funghi Porcini e Salsiccia」(中上)。頬っぺたが落ちそうなほど美味しかった「イノシシのシチュー/Cinghiare al Buglione」(中下)。店内の一部に残っている凝灰岩の洞窟は見学も可(下)。
 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ソラーノへのアクセスは公共交通機関を利用するととんでもなく時間がかかる。ローマから各駅電車とローカルバスを4〜5本乗り継いで6時間弱、しかも時刻は不規則なのでオススメしない。一方、レンタカーを利用すればローマから2時間弱で行けるので日帰りも可能だ。E45号線でオルテへ向かい、そこからSS675号線でヴィテルボ経由SP7、SP8号線でボルセーナ湖を右手に見ながら州道SR312、SR74でSan Quirico/サン・クイリコを経由しSorano/ソラーノへ。
 

 

<参考サイト>

ソラーノ観光情報(英語)
https://www.visittuscany.com/en/destinations/sorano/

 

バンダリン陶器工房(英語)
http://toscana.artour.it/en/aziende/bandarin-atelier-of-artistic-ceramics/

 

オステリア・デル・ボルゴ(伊語)
http://www.hosteriadelborgo.it/

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回は2019年1月24日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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