越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#52

【番外編】アジア陸路国境図説ガイド

文と写真・室橋裕和

 ふたつの国が陸で国境を接して、人が互いに行き来する場所……陸路国境。そこはいったい、どんな場所で、通過するにはどういった手続きが必要なのか。そんな基本的なことをすっ飛ばして連載を続けてきてしまったことを反省し、今回はアジアの陸路国境というものを解剖してみたいと思う。
 

 

国境ってどんな場所なのだろう

「ふたつの国が、ひとつのラインで接しあってんでしょ。そのラインが国境なんだよね。じゃ国境に沿ってずーーっと柵とかカベとかがあるの? それとも警備兵かなにかがダーッと並んでんの? 行き来できるのは決められたイミグレーションだけ? それともイミグレーションは、国境に面してあちこちにたくさんあるの? 陸の国境って見たことないから、いまいちイメージがつかめない」
 当連載を読んだという知人にそう問われて、僕はいまさらながらハッとした。「国境を越える」という行為に囚われるあまり、現場を知らないビギナーを置き去りにしてきたことに気がつかされたのだ。
 50回以上も連載を続けてきて、国境の一般的で具体的な姿かたちを描写し解説することをせず、ひたすらにマニアックな越境情報の羅列に終始していたのである。
「ビザとかいるの? 空港とどう手続きが違うの?」
 さらに畳みかけられ、僕は反省を深めた。
 そこで今回は番外編として、陸路国境とはなんぞや、どういう場所にあり、越境手続きはどう行なうのか、図解も併せて解説しようと思う。「陸路」「国境」なんてキーワードで検索すると、このエッセイが上位に来ることを狙ってのものであることはナイショだ。

 

 

古来からの街道上にある「関所」

 さて、まずは陸路国境という場所を視覚的に捉えていただきたく、恥ずかしながら手書きの参考マップを掲示する。アジアの場合はたいていこうした感じだと考えていただければと思う。

 

01
国境は「国際国境」と「ローカル国境」からなる

 

 まず僕の知人の問いに答えていくと、国境を接している両国でも、そこらじゅうで越境できるわけではない。場所は決められている。それは国を越えて、古来から使われてきた交易ルート、大きな街道筋に位置していることが多い。現在の国境線が確定する前から、人が歩き、隊商が行き来し、モノや情報がやりとりされていた道……そこはいまでも地域の大動脈として機能しているのだ。で、その大きな道路の国境線上に、イミグレーションが設置されており、現代社会では人間は出入国手続きを、荷物は通関手続きを受けなくてはならない。
 こうした国を越える主要道路にある国境は「国際国境」であることが多い。国境を接している両国の人々だけでなく、そのほかの第3国のパスポートを持っている人も通過できるポイントだ。
 そして街道というものは、毛細血管のように張り巡らされている。国を越えていく道路の中には、小さなものもたくさんある。ささやかな町や村の一角に、小屋のようなイミグレーションが設置されている場所もけっこうあるのだ。そして人々は、パスポートではなく両国の越境だけに使える簡素な書類を手に(ときにはそんなものもなく手ぶらで)日常的に国を行き来している。「生活国境」ともいうべきローカルな場所で、第3国人の通過はできないところばかりだ。外国人の管理はやはり大きな国境で、というのが普通である。
 それでも経済発展に伴い、毛細血管だった道路が太く成長し、ローカル国境が国際国境に格上げされることもある。近年ではタイとミャンマーの間で、いくつか国際国境がオープンした。マニアのフロンティア・スピリットが刺激される出来事であった。
 国境線に沿って、数は少ないが交通がさかんな「国際国境」と、国際国境よりやや多く、地元の人が通過する「生活国境」がいくつか点在する。そんな姿がアジアでは一般的だ。

 

 

ゆるいのか? 意外に管理されているのか?

 国境線は、河だったり山の稜線だったり湖の中間点だったりと「自然の境目」を利用しているところが多い。そのほうがきっとお互い納得しやすく、管理しやすいのだろうと思う。
 国境に沿って柵やバラ線が張り巡らされているところもけっこうあるが、それもイミグレーション付近だけだ。ズラッと警備兵がいるわけでもない。もちろん軍や警察は常にパトロールしてはいるのだが、少しイミグレーションを離れれば無人だったり、さえぎるものもなく国を分かつ小さなせせらぎがあるばかりだったり、緊迫感はぜんぜんない。アジアの場合おおむね「これが国境? ホントにあっちが別の国?」と感じるゆるさなのだ。
 しかし、その異国感の乏しいあちら側は、別のルールに支配された場所であり、ときに時差さえあり、言葉や経済力や宗教も違うというギャップが、国境の面白さのひとつである。
 その気になればカンタンに突破できてしまう国境ラインもたくさんあるのだが、密入国のメリットがあるのは逃亡犯くらいのものなので、地元の人も正規の国境を通過している。そしてどんな田舎でも農作業の人々や国境警備の兵士など、意外に人目はあり、完全にゆるゆるというわけでもない。

 

02
タイとミャンマーの国境も、大きなイミグレーションを外れればこんな感じ。向こう側がミャンマーだ

 

 

どうやって国境を越えていけばいいのか

 さて、陸路での出入国の実際だが、まずは国境地点まで移動する必要がある。外国人旅行者が通る大きな国際国境であれば、まず間違いなく周辺の街からバスや鉄道や乗り合いのバンなど、なにか公共の交通がある。僕が好んで訪れるようなマイナー国境となると、定期の交通がなくクルマをチャーターしないと行けないところもけっこうある。僻地の旅はお金がかかるのだ。
 国境に着くと、両国の人々が入り乱れ、雑然とした空気が漂う。市場が形成されているところも多い。これは貧しい国から、豊かな国に出店しているケースが目立つように思う。国境は人と物資とマネーが行き交う場所なのである。そして現代の関所・イミグレーションの建造物を見上げれば、この先にまだ見ぬ国が……という高揚感をきっと覚える。

 

03
イミグレーション周辺はこんな様子。僕にとってはアメージングな空間である

 

 出入国の手続きは空港と変わらない。陸路だからといって特別な許可を求められるところはアジアではほとんどない。「空路の場合はビザ不要だが、陸路の場合は要ビザ」という国境も昔はあったが、いまは少なくなった。
 さて、まず出国だ。イミグレーションの建物の中には出国、入国それぞれの手続きをする窓口がある。パスポートを提出すれば、オーバーステイでもしていなければすぐに出国スタンプが押されるだろう。出国カードにある「フライトの便名」は空欄で構わない。荷物検査は中国などを除いてほとんどない。
 そしてイミグレーションを出て、次の国のイミグレーションに向かっていく。国境というのは中心となる国境線からお互いに数十メートルときには数キロ、緩衝地帯が設置されているものだが、ここをときには徒歩で、ときにはバスやバイクタクシーで移動するのだ。あやしげな客引きが声をかけてきたりすることもあるが、この人たちはいったいどちらの国の人で、どうして好き勝手に国境を行き来しているのだろう……などといつも思う。
 そして新しい国のイミグレーションで、入国審査となる。到着ビザを取得するなら専用の窓口がある。ただし申請に顔写真が必要な場合、国境では撮れないことも多いので注意。
 入国スタンプをもらったら、これにて陸路国境越えはコンプリートだ。目の前には新天地が広がっている。不安と心細さを感じつつ、一方で闘志が湧き上がってもくる。国境越えは、旅が次なるステージに入ったことをこれ以上なくわかりやすく、そして興奮を伴って教えてくれるのである。
 両替用の窓口があるなら利用しよう。いまは国境にATMがあって現地通貨を手に入れられるところも増えた。闇両替というか施設両替屋の皆さんはずいぶん減っている。なにもなければ近くの商店などで両替してくれるだろう。
 SIMカードを売っているところもあれば、ないところもある。なければ最寄りの街で入手しよう。イミグレーションを出ればなにか交通があるはずだ。バスもタクシーもいなかったら、イミグレ職員でも誰でも相談すれば、きっとどうにかなる。
 こうして旅人は次の国へと足を踏み入れていく。ものごとをひとつひとつクリアし進んでいく、どこかゲーム的な面白さに加えて、文化や民族や社会の境界を垣間見られる興味深さもあり、僕はこの経験を繰り返しているのだ。

 

04
わかりやすいゲートが旅人の挑戦心を煽るタイ~カンボジアのポイペト国境

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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