ステファン・ダントンの茶国漫遊記

ステファン・ダントンの茶国漫遊記

#51

-ステファンが旅する東京- 飯田橋

ステファン・ダントン

 

 

 
 
 中野区の小さなアパートに住んで留学生時代を過ごした1986年。あの頃から地下鉄に乗ってよく訪れていた場所がある。神楽坂だ。

 インターネットのなかった当時、母国フランスの情報を得る方法は少なかった。フランスの新聞や本を読みたくなると、飯田橋からも神楽坂からも近いアンスティチュ・フランセ東京(旧・日仏学院)にある小さな本屋へ行ったものだ。

 日仏学院やインターナショナルスクールがあったからなのか、昔からあの辺りにはフランス人が多く、フランス料理店も多かった。

 ちょっと昔を振り返りながら「東京の中のパリ」とも呼ばれる神楽坂を散歩しようと、真夏の日差しの8月のある日、友人と一緒にまずは旧・日仏学院へと向かった。

 

 

 

 

真夏の外堀通りで思うこと

 

  

   降り立ったのは地下鉄東西線の飯田橋駅。夏の日差しに照りつけられながら外堀通りへ。「来年のオリンピックではここをマラソン選手が走るそうだけど、大丈夫?」と心配になるほどの暑さだ。灼熱の外堀通りに一歩ふみ出すのもためらわれた。


 「お堀はあるけど、水が流れていないから、ちっとも涼しさを運んでくれないね。昔はどうだったんだろうね?」


 「目の前にあるカナルカフェのテラスは風が通って気持ちがいいんじゃない?」


 という友人たちの言葉で思い出した。


 「日仏学院の本屋で買った本をカナルカフェで読むのが楽しみだったんだよ。水があって緑があって目の前を電車が通る。そこでフランス語の本を読んでいると日常を忘れられたんだ。ちょっと寄ってみようか」


 ところがこの日はあいにくのお休み。


 「カナルカフェは大正時代にできたボートクラブから始まったんだ。欧米人のような体を作るにはスポーツやレクリエーションが大事だと考えた当時のオーナーが作ったんだよ。知ってた?」


 と豆知識を披露したけど中へは入れない。


 「外堀はパリでいえばセーヌだよ。内側にはお城や役所なんかがある保守体制の象徴。外側には学校や出版社なんかの新しいアイディアを交換する場所がある」


 私は、本の町で有名な神保町を含め、この辺りを東京のカルチェラタンだと思っている。


「私にとっての東京のカルチェラタンの象徴の一つ、日仏学院に向かおう」


_MG_9738飯田橋駅を出ると真夏の日差し。                                              

                                           

_MG_0066カナルカフェの閉じた門の前で。
 

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この下のテラスで電車を眺めながら本を読むのが楽しみだった。
 

_MG_9743外堀通りを歩く。暑くても私は日陰を歩かない。


 

 

日仏学院の夏休み

 

 旧・日仏学院に向かう坂道に入ると空気は一変。丘の上には昔からのお屋敷も多いせいか、そこここに木陰があって涼しい風も吹いてくる。

 フランスの施設らしく門のない構内に入ると、まるでフランスの避暑地のよう。あたりに人気もない。そうだ、もう夏休みなんだ。昔通った本屋もお休みだ。

 

 「学生時代、たまにフランス語が恋しくなることもあった。ここに来れば周りはフランス人だらけで環境そのものがフランスだった。フランス語の情報もほしかった。ここの本屋で1冊だけ選んだ本を読むのが楽しみだった」

 

 本の並ぶウインドウを覗きながら、つい当時を振り返っていた。
 

 

_MG_9748旧・日仏学院の足元には古い神社。このコントラストがおもしろい。

 

_MG_9754旧・日仏学院の構内は緑に溢れてフランスの避暑地を思わせた。

 

_MG_9757夏休みの学校に人気はない。

 

_MG_9771残念ながら本屋は休み。
 

_MG_9781ウインドウに並ぶ本を眺めるだけでも楽しい。

 

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フランスの夏休みと日本の夏休み

 

     日仏学院の構内には、そこここに椅子が置かれていて、本を読み思索にふける場所が準備されている。
 夏休みの校舎のテラスで藤の椅子に腰掛けて友人たちと一休み。

 

_MG_9791構内の木陰のテラスへ。

 

_MG_9798

椅子に腰掛けて本を開きながら夏休みの思い出を振り返る。

 

 


 「フランスも今夏休みだね。ステファンは子どもの頃どんな夏休みを過ごしていたの?」

 


 「プロバンスの親戚の家に行って、桃農園を手伝ったり森で遊んだりしていたよ。海へも行った。お母さんの花屋も毎年1カ月間お休みだったから一緒に行くこともあった。塾になんて行かなかった。リヨンという都会にいては味わえない体験をたっぷりしたよ」

 

 ふと自分の子どもたちが小さかった頃のことを思い出した。周りの子どもたちは夏休みでも勉強が中心で、塾へ行ったりしていたが、私は「外で遊ぶことが一番大事な勉強だ!」と海や山で遊ばせることに積極的だった。自分の夏休みの経験が今の私の大事な糧になっていると確信していたからだ。

 

 フランスの夏休みは農家を中心に考えられていた。小麦の収穫時期は夏のはじめ。子どもたちにも手伝わさないといけないし、収穫が終わったらたっぷり休んでもらわないといけない。だからフランスの夏休みは今でも長い。
 休むときにはしっかり休むことを、日本も少しずつ考え始めているようだが、子どもたちはどうだろう? しっかり夏休みを満喫できている子どもがどれだけいるだろう?

 

「ステファンの日本の夏休みの思い出は?」

 

 そう聞かれて思い出したのは留学するよりも前の1983年に遊びに行った京都の夏。とんでもなく暑かった。案内してくれた友人もヘロヘロだった。金閣寺の近くで入った茶店で食べたざるそばに救われた。はじめてのざるそばの冷たさと喉越しに恋した。冷たい麺のおいしさをはじめて知った夏だった。

 

 「ざるそばだよ。冷やし中華も大好きだ。日本の夏休みは冷たい麺類がないと始まらないよ」

 

 「昔ながらの中華屋が神楽坂にあるんだけど、行ってみる?」

 

 「もちろん! おなかも減ったし行ってみよう」
 

 

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神楽坂の石畳の路地は涼しげで。

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店の軒先に吊るされた風鈴。

 

 

 普段なら歩くところだけどあまりに暑いので、飯田橋から地下鉄に一駅乗って神楽坂へ。


 中心の通りから一歩入ると涼しげな石畳の路地が続く。家の玄関には風鈴やホオズキが下げられている。日本の夏の風物詩。ところが風も吹かない猛暑の午後。風鈴の音もセミの声すらも聞こえない。
 

 

神楽坂の中華料理店にて

 

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 たどりついた中華料理店は午後遅めの時間というのにほぼ満席。

 着席するやいなや「冷やし中華と瓶ビール!」と注文した。

 出された冷やし中華は、もはや糸とはいえないほどの極太の錦糸卵とチャーシューがたっぷり乗った個性的なもの。一口すすると酸っぱさ抑え目のたれが食欲をかきたてる。

 涼しい店内でビール片手に頬張ると至福のひとときがやってきた。

 昔懐かしい内装の店内から外を見やると、路地の緑と相まって、まるで避暑地のロードサイドで冷やし中華を食べているような気分になった。
 

 

IMG_6606SS個性的な冷やし中華。

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真夏の午後のビールと冷やし中華のマリアージュは最高! のコピー

真夏の午後のビールと冷やし中華のマリアージュは最高!
 

 

「神楽坂にこんないい店が残っているとは知らなかった」


「神楽坂のよさって、こういう昭和のムードとフランスのおしゃれさが渾然一体となっているところだよね」

 

「本屋はもちろん出版社、印刷会社がたくさんあって、大学も近いことも神楽坂のムードを作っているよね」

 

 友人たちと話しているうちに、もう少し神楽坂を歩いてみたくなった。

 この続きは次号で。

 

 

*この連載は毎月第1・第3月曜日(月2回)の更新連載となります。お楽しみに! 

 

写真/ステファン・ダントン    編集協力/田村広子、スタジオポルト

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ステファン・ダントン

1964年フランス・リヨン生まれ。リセ・テクニック・ホテリア・グルノーブル卒業。ソムリエ。1992年来日。日本茶に魅せられ、全国各地の茶産地を巡る。2005年日本茶専門店「おちゃらか」開業。目・鼻・口で愉しめるフレーバー茶を提案し、日本茶を世界のソフトドリンクにすべく奮闘中。2014年日本橋コレド室町店オープン。2015年シンガポールに「ocharaka international」設立。著書に『フレーバー茶で暮らしを変える』(文化出版局)。「おちゃらか」http://www.ocharaka.co.jp/

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