東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#51

インドネシア・ジャワ島の鉄道〈3〉

文・下川裕治 写真・中田浩資

スラバヤ~バニュワンギ

 インドネシアの鉄道を制覇する旅。ジャカルタを出発し、南海岸のクロヤに出、そこから西進。スラバヤに着いた。インドネシア第2の都市である。

 翌朝、さらに西に向かった。目指したのはバニュワンギ。ジャワ島を走る列車の西端である。インドネシアの鉄道は、ジャワ島とスマトラ島しかない。インドネシアの鉄道の西端ということになる。このバニュワンギからバリ島へのフェリーが出航する。

 発車は早朝の4時25分だった。スラバヤとバニュワンギ間には、1日4本の列車が走っていた。そのうち1本は夜行である。この区間は7時間ほどかかる。1日で往復しようとすると、早朝の列車に乗るしかなかった。

 列車は5両編成だった。運賃は5万9750ルピア、約562円。ここまで安くなるのは全車両がエコノミという普通車だったからだ。切符は前日、スラバヤ・グブン駅の自販機で買っておいた。ここでもアルファベットのないパスポート番号と東京の電話番号を打ち込んだ。改札は問題なく通過できた。

 車内は半分ほど埋まっていた。乗客はすぐに寝はじめる。まだ外は暗い。

 もちろん僕も寝た。途中、明るくなって目が覚めるとパスルアンという駅だった。発車するとまた寝てしまった。停車駅は多い。スピードもそれほど出してはいない。つい眠りに誘われてしまうのだ。

 車窓には濃い緑の水田が、まるで絨毯のように広がっていた。遠くに火山のような独立峰も見える。よく見ると、田植えを終えたばかりのような水田と、穂をつけはじめた稲の水田が混在している。おそらく二期作か三期作なのだろう。日本のように、一斉に田植えをするような感覚がない。

 ジョンブルという、この沿線では大きい街をすぎると、列車は少しずつ高度あげていった。トンネルもいくつか抜ける。眼下に谷底を見おろす山岳地帯に入っていく。停車する駅には木材が積まれていた。途中駅に529メートルという標高の表示もあった。そこから列車は一気にくだった。終点のバニュワンギには11時40分すぎに着いた。

 その足でスラバヤに戻る切符を買う。

「またスラバヤまで戻るんですか」

 駅員が不審そうな視線を向けてくる。こんな表情にも慣れてきてしまった。インドネシアの列車にすべて乗るといった旅は、決して理解してもらえない。タイ、ミャンマーの列車旅で痛感していることだった。

 

バニュワンギ行き列車のエコノミ車内の様子を動画で。始発から終点まで乗った客は僕らぐらい?

 

 スラバヤに戻る列車は、午後1時半発だった。バリ島に渡るフェリー乗り場はすぐだった。以前、バリ島に滞在したバックパッカーたちのなかには、フェリーを使ってジャカルタに向かう人もいた。しかしいまはLCCが発達し、そんな旅行者もほとんどいないらしい。

 

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バニュワンギの港。ここからバリ島行きのフェリーが出航する。利用客は少ないとか

 

 同じ路線を戻る列車旅は高揚感が薄れる。車窓をぼんやり眺めていると、つい寝てしまう。気がつくと、激しいスコールが水田に降り注いでいた。午前中の天気はよかったのだが……。

 戻る列車には車内販売があった。夕方の6時すぎ、湯を入れたカップ麵を売りにきてくれた。ひとつ1万ルピア、約94円。腹が減ってくる時間帯である。盆に載せたカップ麵は、僕らが乗る車両でいつも売り切れてしまう。何回か来たが、その都度、この車両で盆からカップ麵が消えてしまう。そのうちに、売り切れてしまったのか、車内販売もなくなった。隣の車両には辿り着けなかった。そこに座る乗客は、車内販売があったことすら知らない。なんだか緩い列車だった。

 

 

スラバヤ市内の列車に乗る

 翌日はスラバヤ市内の列車を乗りつぶすことに時間を費やした。スラバヤには、スラバヤ・グブン、スラバヤ・コタ、スラバヤ・パサールトゥリという3つのターミナル駅がある。スラバヤ・パサールトゥリ駅近くを走ってる列車に乗っているとき、不思議な風景を目にした。高架路線になっていたのだが、横に家があるのだ。そこに人もいる。地上から高架路線の高さまで家を建てたことになる。高さでいえば3階建てである。

 駅に着き、その付近に行ってみた。細い階段をのぼり、最後は梯子をのぼると線路の上に出た。謎が解けた。高架路線に沿って建っていたのは2階建ての家だった。その家とどういう交渉をしたのかはわからないが、その上に違法建築の家を建ててしまったのだ。住んでいる人は、2階建ての家とは違う。出入口は線路側。水を運んでいる人もいたから、水道もないようだった。

 2階建ての上の部分にスラムができあがっていたのだ。廃材を組み立てたような家々の脇、ぎりぎりを列車が通過する。その瞬間を写真や動画に収めようと思った。人が立っていると危ないので、三脚の上にカメラを設置し、僕と中田浩資カメラマンは、家の間の隙間に身を寄せた。

 ところが近隣の住民が親切すぎた。雨が降りはじめたのだが、「そこは濡れる」と自分の家に招こうとする。なかにはご飯を食べろという人も出てきた。三脚から僕らが離れると、近くにいた子供たちが、忘れ物……ともってきてくれる。

「いや、そうじゃなくて……」

 彼らはわかっていたはずだ。列車とスラムの家々を一緒に撮りたいという僕らの意図を。しかし放っておけないらしい。

 彼らは貧しい。インドネシアの高度経済成長の底辺で汗を流している。仕事はつらいだろう。しかしそんなことを忘れて、僕らのために傘をもってくる。

「きっとこの国は大丈夫」

 雨に濡れながら列車を待つ間、そんなことを考えていた。

 

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高架脇につくられたスラム。住民は心が洗われるほど親切だった

 

 

*インドネシアの鉄道路線

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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