台湾の人情食堂

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#51

わたしの台北 街ものがたり〈2010年〜〉

文・光瀬憲子

 私が台湾で暮らしていた十年ほどのあいだに、日本ではすっかり韓国をはじめとするアジア旅行ブームが定着していた。2007年に台湾との再スタートをきった私は、リハビリでもするように2泊、3泊と台湾への小旅行を始めた。

 かつてそこに暮らしていた事実はあったけれど、友だちと週末を利用して訪れる台湾はまったく違った場所に見えた。かき氷を食べるために行列に並ぶ。夜市で日本語のメニューがある豆花店を訪れる。

 また少しずつ、台北の風景を頭に刻むことが楽しく思えてきた。

 

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今やすっかり台北のシンボルとなったTAIPEI101。このランドマークができて、台北東部にはモダンなエンタメ施設や商業施設が増えた

 

 

台湾と再び向き合うことで、克服すべきふたつのこと

 台湾をふたたび訪れるようになった私には、2つの目標があった。

 ひとつは、台湾の血を分けた娘が「台湾に行きたい」と言ったとき、ためらうことなく連れていけるくらい心のリハビリをしておくこと。

 そしてもうひとつは、大嫌いだった「お酒」を台湾で飲めるようになること。

 最初の目標は案外早く達成することができた。小学校高学年になった娘が自ら、「台湾に行ってみたい」と言い出したからだ。幼い頃に台湾を離れてしまった娘は、台湾のことも北京語もあまり覚えていないが、それでもどこかで台湾に手招きされているような感覚が残っているようだった。そして、台湾を再訪して豆花や魯肉飯を食べると、「この味知ってる!」と興奮した。寧夏夜市も、朝市も、彼女にとって初めての場所ではない。頭のすみっこに焼き付いていた記憶が呼び戻されたのかもしれない。日本の小学生にしては好き嫌いなく台北の屋台料理をなんでも平らげ、でこぼこの歩道も、夜市にうろつく野良犬を恐れることもなく、台北の風景に溶け込んだ。

 2つめの目標。嫌いだったお酒を好きになること。これは、アルコールを摂取できる体質を作るという意味ではなく、1つめと同じように心のリハビリだ。私の元夫は酒飲みだった。アルコール度数が30パーセント以上もある焼酎のボトルを一晩で空けてしまうほどの酒飲みだ。それだけが離婚の原因だったわけではないが、一端を担っていたと思う。

 それもあって、私はお酒と、お酒を飲む人が嫌いだった。日本に帰国してからは忘年会も打ち上げもウーロン茶で乗り切った。新たに男性と知り合っても、酒好きというだけでNGだった。

 でも40歳を過ぎて、お付き合いで日本の庶民的な居酒屋や食堂に出入りするようになると、酒を出す店の雰囲気がとても好きな自分に気づいた。赤ちょうちんや、焼き鳥のカウンター、そして、そこに座るサラリーマンの先輩と後輩の他愛ない会話や愚痴。そして同時に、実は日本酒の甘みも、芋焼酎の豊かな味わいも、けっして嫌いでないことがわかった。食べず嫌い、飲まず嫌いというやつだ。ピザよりも、モツ煮のほうが性に合っている。彼氏とワインよりも、隣の席のおじさんと乾杯するほうが楽しい。

 

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台北西部の艋舺の風景。20年前と変わらないはずだが、かつてはこの街にに魅力を感じるほど大人ではなかった

 

 

艋舺(万華)との出合い

 私はふたたび通い始めた台湾でも居酒屋を探すようになった。そして見つけたのが艋舺(万華)という下町だ。

 龍山寺や華西街観光夜市があるため日本人にも馴染みがある台北西部。20代の頃に何度も訪れたはずの街なのに、なぜか40代になって訪れると、まったく違った風景に見える。けばけばしいだけだと思っていた龍山寺に、鈍く光る柱や天井があることに気づく。街角で客を引く女性たちが、わりと高齢だったことを知る。もしかしたら、私よりずっとお姉さんかもしれない。龍山寺前の公園で将棋をするお年寄りが日本語を話すことだって、昔はあまり気に留めていなかった。

 

 

大衆酒場が教えてくれたこと

 そんな40代の目線で見る台北の街、人々の顔。そして、今だからわかる美味いメシ、旨い酒。気づいたら、そんなものを探して、台北の街や台湾の各地を歩き回り、旅の本を書くようになっていた。列車に乗り、旅をするなかで、私はお酒が人の心を溶かすことを知った。小さな居酒屋で台湾人と知り合い、米酒と呼ばれる焼酎や、さらには保力達(パオリータ)と呼ばれる台湾独特の薬酒を飲み、カウンターの隣りに座った常連客と言葉を交わす。「へえ、日本から来たの?」「台湾、楽しいか?」 北京語で聞かれることも、台湾語で聞かれることもある。ときには、日本語で話しかけてくれることもある。地元のおじさんたちと酒を酌み交わし、笑顔になり、心が溶けていく。そうだ、私はこんな台湾が好きだったんだ、と思い知る。あのとき、離れ離れになってしまったけれど、元夫もこんなふうに心を溶かすために酒を飲んでいたのだろうか。

 

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映画『モンガに散る』の舞台となった清水厳祖師廟。この境内にある昼飲み居酒屋は地元の人たちの心のよりどころ

 

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お酒が飲めるようになってはじめて、居酒屋で台湾のお年寄りから戦時中の武勇伝を聞くことができた

 

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「若い頃は無茶もやったさ」そうやって朗らかに笑いながら旅人を招き入れてくれる常連客

 

 私は台北中を歩き、お酒の置いてある店を探した。艋舺の清水厳祖師廟という小さな廟の境内に、今は閉店してしまったが「祖師廟口自助餐」と呼ばれる昼飲み居酒屋があった。その向かいには、今も常連客を魅了してやまない「祖師廟口牛肉大王」。昼過ぎに訪れると、たいていは顔見知りが小皿料理をつまみに一杯ひっかけている。同じく艋舺の梧州街には夜になるとビールが飲める海鮮屋台が並ぶ。涼州街の慈聖宮でも境内でビールや焼酎を楽しむことができる。その先々で、店の女将さんや地元の常連客が旅行者の私をあたたかく迎えてくれる。

 

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今はなき「祖師廟口自助餐」。昼過ぎには馴染みの客が集い、和やかな酒宴が繰り広げられた

 

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自助餐の灯は消えたが、祖師廟口牛肉大王はなお健在。絶品の牛肉炒めと牛モツスープに遠方からも足を運ぶファンがいる

 

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艋舺にも新しい風が吹いている。若者が中心となり、艋舺の伝統を残しつつおしゃれなカフェやミュージアムがオープン

 

 

地方へのまなざし

 台北では飽き足らず、私は地方でも美味いメシ、旨い酒を探して歩いた。嘉義の東市場は台湾最大規模を誇る朝市だ。大鍋で煮込まれた牛すじをツマミに一杯やる。

 

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ここ十年で地方の魅力も覚えた。嘉義東公有市場の牛モツスープ店で朝から台湾の薬酒「保利達」を一杯

 

 台南にも地元の男たちが集まり、虱目魚(サバヒー)をツマミにワイワイ飲める食堂がある。高雄の廟の境内では生ビールがジョッキで飲める。港で漁師のおじさんたちに混じり、ビールをおごってもらったりもした。

 阿里山の山奥はアクセスこそ悪いが、先住民の営む民宿で彼らの郷土料理とお手製の酒が飲める。

 

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台湾とふたたび深く関わるようになって先住民族の文化にも触れた。台東の先住民男性が率いる秘湯ツアーに参加

 

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山で暮らす先住民族にとっては山中での料理もお手の物。登山で疲れた身体にサバ缶うどんが染みる

 

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阿里山で民宿を営む先住民男性。山で採れた野菜や魚の料理、お手製の果物酒などを振る舞ってくれる

 

 私はけっして大酒飲みではないが、台湾を旅するとき、少しのお酒は旅行者に勇気をくれる気がする。

 

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地方をめぐるようになり、各地の伝統儀式も目にした。これは台東で旧正月後に行われる寒単爺の祭り。一晩中爆竹が鳴り響く

 

 一度は傷つき、嫌いになった台北だからなのか、それとも私が歳を重ねたからなのか、この十年で私の目に映る台北は大きく変わった。そこに暮らす人々のファッションはアカ抜けした。おしゃれなカフェやシネコンもたくさんできた。でも、旅人におおらかで、優しい台湾人の心はずっと消えずに、私たちを待っている。

 

*今年の5月~7月、名古屋の栄中日文化センターで台湾旅行講座(計3回予定)の開講が内定しました。詳細は追ってお知らせします。

 

 

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*本連載は月2回(第1週&第3週金曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:光瀬憲子

1972年、神奈川県横浜市生まれ。英中日翻訳家、通訳者、台湾取材コーディネーター。米国ウェスタン・ワシントン大学卒業後、台北の英字新聞社チャイナニュース勤務。台湾人と結婚し、台北で7年、上海で2年暮らす。2004年に離婚、帰国。2007年に台湾を再訪し、以後、通訳や取材コーディネートの仕事で、台湾と日本を往復している。著書に『台湾一周 ! 安旨食堂の旅』『台湾縦断!人情食堂と美景の旅』『美味しい台湾 食べ歩きの達人』『台湾で暮らしてわかった律儀で勤勉な「本当の日本」』『スピリチュアル紀行 台湾』他。朝日新聞社のwebサイト「日本購物攻略」で訪日台湾人向けのコラム「日本酱玩」連載中。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/  近況は→https://twitter.com/keyword101

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