韓国の旅と酒場とグルメ横丁

 韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#50

南道から済州へ“幻惑の伏し目がち美女”〈前編〉

korea00_writer.gif 

 

 韓国では年末年始は単に西暦上の年が変わるだけで、公休日は1月1日のみだ。来年は1日が月曜日なので勤め人は土日月3連休だが、本当のお楽しみである旧正月休みはまだ先(2月15日~18日)である。

 一方、12月にソウルで会う日本人は忙しそうにしていながらも、正月休み前でどこかそわそわ、心が浮き立つのを隠せない様子だ。

 つい先日も、私の日本事務所の代表(日本人男性、55歳)が、年内にすべき韓国での打ち合わせや接待をほぼ終え、「コラムネタの取材もしてくるから少しは休ませてくれ」言いながら、ソウルを発った。

 行先ははっきり言わなかったが、お世話になった人へのあいさつも兼ねて“南道”に行くらしい。我が国には南道が3つ(忠清南道、慶尚南道、全羅南道)あるのだが、南道と言ったら、ほとんどの人が全羅南道を思い出す。

 いつもは一眼レフカメラを手放さない彼だが、たまにはふつうの旅行者のように旅したいとのことで、スマホで気まぐれに写真を撮ってくるという。以下はそんな彼の旅のレポートである。

 

 

厳寒のソウルを脱出、南へ  

01

12月11日と12日のソウルは夜の気温がマイナス10度以下に。たまたま鍾路3街の屋台街が全休していたため、通りはより寒々しく。いつもは賑わっている豚ハラミの人気店『味カルメギサル』(写真/本連載#26)も閑散としていた

 

 90年代末から20年がかりで、韓国全土、北朝鮮(平壌、開城)、中国東北部(延辺、長春、瀋陽、大連、旅順)、台湾全土を取材してきた。得難い体験だが、それは純粋な旅行をしていないということでもある。

 たまには気ままな旅がしたい。それに今のソウルは寒過ぎる。鍾路3街の屋台でガソリンを注入して温まろうとしたが、2日続けて屋台街が休みだった。がっくり。南へ逃げよう。ちょうど、全羅南道の木浦にはあいさつすべき人たちもいる(また仕事をからめてしまった)。

 

 

ムグンファ号に揺られる贅沢な時間  

02

大邱や釜山など慶尚道方面行はソウル駅発、木浦や全州、麗水など全羅道方面行は龍山駅発。事前購入する場合、龍山発のチケットはソウル駅でも買えるし、ソウル発のチケットは龍山駅でも買える。龍山駅→木浦駅の料金は26600ウォン(約2800円)、KTXの半分で済む

 

03

自分が乗る列車がホームに姿を現すと、少年のように胸が高鳴る。カートによる車内販売はないが、カフェカーと呼ばれる車輛が組み込まれていたらラッキー。車窓に設置されたカウンター席でビールやコーヒー、軽食を楽しむことができる

 

04

KTXと比べると明らかにゆったりしているムグンファ号の座席。足元のスペースも広々

 

 仕事なら迷わず新幹線のぞみに相当するKTXに乗るところだが、今回はこだまのようなムグンンファ号を選ぶ。木浦までKTXなら2時間半で行けるところを5時間かけて行く。そこに意味がある。仕事で旅情だ人情だと言っているくせに効率優先の移動ばかりしていては説得力がない。

 

05

龍山駅を出発した列車が漢江を渡ると、いよいよ旅の始まり

 

06

車窓にこんな野中の一軒家を見つけるのも楽しい

 

 龍山駅から12時55分発のムグンファに乗り込む。KTXと比べると、明らかにスーツ姿の男性客が少ない。この列車にはノートPCよりスポーツ新聞が似合う。目立つのはお年寄り、主婦、そして軍人だ。

 

07

聞きなれない駅名と出合ったら、スマホで検索してみたり

 

 車窓風景を楽しみたいので窓際を指定した。隣には40歳くらいに見える女性が座った。あとからやってきた老夫婦がチケットを見せながら、「そこは私たちの席なのですが」と言う。

女性「たぶん一本前か後の電車じゃないでしょうか?」

老夫婦「いやあ、間違いないはずだけど、二重発券かな?」

女性「そんなことはないと思いますが。乗務員が来たら聞いてみましょう」

 そんなやりとりが続く。隣りの女性はめんどくさそうなそぶりも見せず、ていねいに対応していて、とても好感がもてる。

 彼女の言う通り、老夫婦はやはりひとつ前の列車に乗ってしまったようだ。丁重にわびながら去っていく二人。あたたかな視線で見送る女性。彼女は老夫婦が下車すると、すやすやと寝息をたてはじめた。ちらりと寝顔を拝見。朝鮮半島の女性は伏し目がちが美しいと書いていたのは『ソウルの練習問題』の関川夏央だっただろうか。隣りの女性も例外ではなかった。いいぞ、いいぞ。この人なら、怪しい韓国語をあやつる日本人の話し相手になってくれるのではないか。そう思って機をうかがっていた。きっかけはなんでもいい。ここが日本の居酒屋なら、「これ、醤油ですか? ソースですか?」と聞くところだ。

 結局、彼女はそれから20分もしないうちに列車を降りてしまった。

 残念。

 

金堤の女人  

 色情より旅情だ。

 そう思い直して車窓を眺める。忠清南道の論山駅、江景駅(本連載#34) を過ぎた辺りから、少し雪の残る田園風景が続く。韓国最大の穀倉地帯、全羅北道に入ったのだ。

 

08

全羅道らしい田園風景。冬景色も味があるが、夏の鮮やかな緑のじゅうたんも見もの

 

 全羅道に向かう湖南線という路線は、益山駅を過ぎたところで右と左に泣き別れる。この列車は木浦行きなので右、左に行くとビビンパで有名な全州(「旅する&恋する韓国ドラマ」#21)、日本でも話題になった映画『哭声』の舞台・谷城、そして、2012年にEXPOが開かれた麗水に至る。

 列車が金堤駅で停車する。地平線で有名な街だが、ここで、ある人を思い出した。

 取材コーディネートを担当した世界の居酒屋を紹介するテレビ番組に登場した、よろずや兼酒場『ソウル食品』(本連載#36)の女将(55歳)である。番組では韓国南部からソウルに上京と説明していたが、彼女の故郷がここ全羅北道・金堤なのだ。

 

09

全羅北道・金堤駅。市内にはこの地の農業を掌握し、産物の多くを日本に送った商人たちが住んだ日本家屋が残っていて、観光スポットとなっている

 

 多くの大統領を輩出した慶尚道と比べ政治的に不遇で、農業をはじめとする第一次産業に頼るしかなかった全羅道の人々は長らく貧しい暮らしを強いられた。道民の多くはソウルや釜山などの大都市に職を求め、特に女性は飲食店で働くことが多かった。鍾路の『ソウル食品』の女将もその一人だ。

 店の周辺の零細工場街の酔客たちを冷静にさばき、黙々と料理を作る彼女は、韓国だけでなく日本の飲兵衛たちのハートもつかんでしまった。女将がかいがいしく立ち働く姿を見ながら飲む酒は格別である。子供のころ、親戚が自宅に集まって宴会が始まると、台所に立ち通しだった母親を思い出す。

 そういえば彼女も伏し目がちで憂いたっぷりだ。テレビではよく笑っていたが、ふだんはほとんど笑顔を見せない。90年台、『週刊プロレス』の名物編集長だったターザン山本言うところの“誘いながら待つ、待ちながら誘う”タイプだ。いや、たぶん誘ってはいない。妄想である。

 

10

ソウル清渓川脇の零細工場街にある『ソウル食品』で、朝早くから店先を掃除する金堤出身の女将

 

 色情より旅情だった。

 再び車窓に目をやる。

 全羅北道は韓国でも有数の米どころだが、金堤は麦(ポリ)の産地としても有名だ。『地平線 黄金ポリ焼酎』の存在を知ったのは6、7年前だが、米で作った酒が主流の韓国で、はたして麦焼酎が受け入れられるのかどうか疑問だった。

 しかし、ネットで検索すると消滅するどころか、さらに商品のバリエーションが増えている。どの地方に行っても韓国焼酎は似たり寄ったりなので、多様化は喜ばしい。

 

11

全羅道地域の山は総じてなだらかなのだが、ときにはこんな稜線も見られる

 

 夕闇迫る全羅道で心地よい揺れに身をまかせていると、『旅に出る ゴトゴト揺られて本と酒』(椎名誠)という本の題名を思い出した。旅好き、酒好きにはたまらないタイトルだ。

 取材ではない純粋な旅を標榜しているからには、今まさに酒を飲みたいところなのだが、木浦であいさつしようと思っているお役人さんが一席設けてくれるというので、それまで我慢する。酒を美味しくする大事な要素のひとつは飢餓状態なのである。

 

 

苦悩を突き抜け歓喜に至れ  

 列車が長城駅、光州松汀駅、羅州駅を過ぎる。終点の木浦駅までもう一息だ。

 

12

ホンオ(エイ)の集積地として知られる羅州の駅を過ぎたところにある咸平駅。咸平は食肉牛が売買されるセビョク・シジャン(未明から開かれる市場)があることで有名

 

 じつは木浦に行く理由はもうひとつあった。

 今春、ようやく引き揚げられたセウォル号の姿をこの目で確認し、手を合わせたかったのだ。

 事件のちょうど一年前、本コラムの筆者・鄭銀淑とともにあの船に乗り、仁川から済州へひと晩がかりで渡ったのは楽しい思い出だ。三等客室のあちこちで繰り広げられる乗客たちの酒宴に混ぜてもらい、語り、笑い、歌まで披露した。

 それだけにあの事件は大きな衝撃だった。いまだに心に大きな澱みがある。引き揚げられたあの船の姿を見れば気持ちに整理がつく。そんなふうに思っていた。

 事件のことを思い出して少し気分が重くなったが、飲み、歌い、踊る遊興文化が発達した木浦に憂いは似合わない。今夜は、釜山から列車やバスを乗り継いで木浦までやってくる友人(30代後半)と待ち合わせしているのだからなおさらだ。

 友人はもともと鄭銀淑の本の熱心な読者だ。我々が「こんな僻地の酒場のことを書いても、実際に来られる読者がいるのだろうか」と思いながら紹介している店にも平気で行ってしまう。もともと口数が少ないうえ、韓国語もほとんど話せないのに、地元の酔客たちと楽しいときを過ごせる達人である。彼と一杯やるのも楽しみだ。

 

13

KTXが開通し、いまやすっかりスタイリッシュになった木浦駅ホーム。それ以前の“最果て感”のあった駅舎が懐かしい

 

14

5時間の旅をともにしたムグンファ号に別れを告げる

 

 まもなく18時、列車はKTX仕様で垢抜けした木浦駅のホームに入っていった。

(続く)

 

*取材協力:全羅南道観光課『全羅道訪問の年』TFチーム、全羅南道文化観光財団

 

*1月27日(土)と28日(日)、名古屋の栄中日文化センターで本コラムの筆者が講座「韓国、酒とつまみと酒場の話」を行います。日程は27日の16:00~18:00、28日の10:30~12:30、13:30~15:30の計3コマ。お申し込みは電話(0120-53-8164)や下記サイト、窓口で。

http://www.chunichi-culture.com/programs/program_166125.html

 

 

*本連載の一部に新取材&書き下ろしを加えた単行本、『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』が、双葉社より好評発売中です。ぜひお買い求め下さい!

 

kankoku_h1

『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』

定価:本体1200円+税

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週金曜日)の予定です。次回もお楽しみに!

 

 

korea00_writer

korea00_writer.gif

紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

紀行エッセイガイド好評発売中!!

korea00_book01

うまい、安い、あったかい 

韓国の人情食堂

korea00_book02

港町、ほろ酔い散歩

釜山の人情食堂

isbn978-4-575-31182-2

韓国ほろ酔い横丁 

こだわりグルメ旅

 

 

 韓国の旅と酒場とグルメ横丁
バックナンバー

その他のTRAVEL

ページトップへ戻る

ページトップへ戻る