越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#50

イラン・サナンダジュ~パランガン

文と写真・室橋裕和

 2017年末、イラン全土で巻き起こった反政府デモに巻き込まれ、さんざんな目にあった僕は、混乱を避けるために地方都市へと移動した。やってきたサナンダジュはクルド人たちの住む街だった。

 

 

立て続けに誰かが話しかけてくる街

 クルドの民はアグレッシブな人々であった。
 バザールや道端でいきなり声をかけてきては「オレの写真を撮るんだ」と迫ってくるおじさんに、これまで何人会っただろうか。一眼レフをブラ下げて歩いていると、ほぼ確実に撮影を求められた。その写真を送ってくれと求めるわけでもないし、彼らだってスマホは持っている。それでも僕の歩くところ撮影会となるのは、外国人なんかめったに来ないというクルド人地区サナンダジュの人々のサービス精神なんだろうか。
 ある日は博物館と歴史の古いモスクに行こうと宿を出たところ、20代半ばくらいの若いアニキに呼び止められた。珍しく英語がわかるようだ。
「もしかして、日本人かい!?」
 そうだと答えたときの彼の喜びようは、おおげさではなく飛び上がらんばかりであったのだ。
「日本は最高だよ! 家の電化製品はみんな日本製さ。日本のアニメもよく見てる。それにアメリカとガチでやった国だもんな」
 いずれもアジアをふらふらしているライターもどきには関係のない話なのだが、ほめられるのはやっぱり嬉しい。日本すごい=俺すごい。だいぶ歳の離れた若者に敬われるのは気分が良いものである。だが、彼の熱意は異様であった。
「博物館? そんなのつまんないよ。いまから家に行こう。家族を紹介するよ。母ちゃんが昼飯つくってくれるから。それと夜はどこかレストランに家族と一緒に行こう。明日は車でドライブがいいな……」
 待て、ちょっと待て。落ち着け。キミは僕の家族ではないのだよ。ご歓待はうれしいが、コミュ障でセンシティブな日本人はあんまりベッタリされると気疲れしてしまうのだ。やんわり断るが彼はあきらめなかった。
「インスタはやってる? WhatsAppは? IDはどっちも****だから検索して。時間があるときでいいから飯に行こう」
 会って5分の外国人を、どうしてここまで全面的に信じて家にまで招待しようとするのか。イスラムの教えのひとつには旅人を歓待せよというものもあるが、それにしたってクルド人は、全力でハグせんばかりの迫力に満ちていた。

 

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バザールで声をかけてきたおじさんは、中近東の名産なつめやしを売っていた

 

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こちらは青空市で雑貨を売っていたおじさんたち。やはり写真を撮るよう迫ってきた

 

 

クルドは独立すべきなのか?

 こうしてナンパしてきた男たちの誘いに僕は何度か乗ってお茶をした。イランではバザールでもどこでも紅茶とシーシャを楽しめるチャイハネがあるし、路上にも屋台の茶店をよく見かける。紅茶には棒状をした飴のような砂糖が添えられてくるが、これはサフランで黄色く着色されていてなかなかきれいだ。この砂糖を熱い紅茶に差し入れて少しずつ溶かしながらちびちび飲むと、街歩きの疲れも溶けていくようだった。
 このときのデートの相手は、サナンダジュ近郊にあるエタノールの工場に勤めているというアラム君。例によって日本での職業、住所、連絡先、家族構成、イランでの訪問先などなどひと通りの事情聴取を受けたあと、水を向けてみた。
「クルドは独立すべきだと思う?」
 厳しい統制国家イランにあって禁断のクエスチョンのような気もした。「国を持たない世界最大の民族集団」である彼らは、イランでもイラクでもトルコでも、迫害を受けているという。当然どの国もクルド独立を認めてはいない。
 饒舌だったアラム君は一瞬、詰まったあと、
「独立したらすばらしいとは思うけど、別に望んではいないよ。国は違うけど、いまは国境を越えて簡単に行き来できる。この前、僕もイラクのクルド人自治区に遊びに行ったよ。アルビルはここと違って発展してる街で驚いたね」
 なんて言うが、本心ではないような気がした。社交辞令のように思えた。イランでは政治的な発言には注意が必要だ。どこで秘密警察が見ているかわからない。相手が外国人でも建前しか言えない。その抑圧、息苦しさが、先の反政府デモの一因なのだろう。

 

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ちょっと良いカフェの紅茶セット。サフラン砂糖棒とお菓子つき

 

 

断崖に築かれたイラク国境の村へ

 アラム君いわく、アルビルに至る国境は外国人は通過できないんじゃないか、とのことだった。そもそも僕はイラクのビザを取ってきていない。知人の記者は「イラクのクルド人自治区は中央と管理体制が違うし、ノービザでも意外に入れるかもよ」と言ってはいたが、さすがに現在のイラクに忍び込む気にはなれない。
 そこで、せめて国境気分を味わおうと、イラクが間近に迫るパランガン村に行ってみることにした。公共の交通機関がほぼないということなので、サナンダジュのバスターミナルからタクシーをチャーターし、荒々しい岩山の中を走ることおよそ2時間。
「ここだぜ。あとは車は通れない。歩いていきな」
 日に数度やってくる乗り合いタクシーの停車場だという広場で降ろされ、そこから砂利道を下っていく。なんだかトレッキングのようだと思いつつ尾根を歩いていくと、やがて見えてきたパランガン村の光景に思わず立ち止まった。
 山の中腹からふもとの谷間まで、その斜面いっぱいにレンガ造りの家が密集しているのだ。山と村とが一体化している。山肌にびっしりとへばりついた家並みは、下から数えてみると20層以上に達する部分もあった。
 この景観にしばし圧倒されたが、おかしなことに気がついた。人気がまったくないのだ。村に入り、狭い石畳の道を右に左に、階段状になっているところを上へ下へと迷い歩くが、遊んでいる子供たちがちらほらいるだけでひたすらに静かなのだった。周囲には畑が広がっていたから、農作業にでも出ているのかもしれない。
 それでもときおり庭先で煮炊きをしている一家がいたりして、ここでも例外なく食事を勧められた。サナンダジュに帰る時間もあるのでお茶だけに留めたが、クルド人の親切はここでも同様だった。
 複雑に入り組んだ道を歩いていくと、ぽっかり広がった庭先に出ることもある。ある家庭のこの庭は、下層の家の屋根になってもいる。家の構造は共有されているのだ。そんな庭で子供たちが走り回っているが、騒音問題は起きないのだろうかと日本人的なことを考えてしまう。
 細い階段が続くこの村では車もバイクも自転車も入り込めないため、荷を運ぶのはいまでもロバだ。ときおり観光客も来るのだが、宿もなければレストランもない。商店はタクシーが待機している場所にひとつあるばかりで、ここに移動販売の車がときおりやってくるだけ。実に不便なのだ。なぜこんな場所にこんな村を築きあげたのだろうか……。

 

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山と融合してしまったパランガン村。ひたすらに静かでなんだか不気味だった

 

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食事に誘ってくれた一家。水道は井戸で、かなりきつい暮らしぶりのようだった

 

 

最後の最後まで迫ってくるクルドの民

 さあて、出発だ。クルドの国境地帯を抜けて、テヘランへと戻ろう。サナンダジュのバスターミナルで発車時間を待っていると、
「日本人かい?」
 振り返ると身なりのよい若者が満面の笑みで握手の手を差し出してくる。
「日本の友人ができて嬉しい。お茶を一杯おごらせてくれ」
 会って2秒で友達になってくれるのはいいが、もう10分でバスが出るのである。イランのバスは意外にきっちり時間通りに発着する。すんません、そんなわけで……。
「なにを言ってるんだ! バスなんて待たせておけばいいんだよ。それよりお茶のほうが大事だ。さ、行こ」
 さすがは各所で武力闘争も続けている戦闘民族クルド人、その強引さにたじろいだが、バスに乗り遅れるわけにはいかない。丁重に、しかしきっぱりお断りすると、彼は明らかに落胆し、憮然とした顔で去っていった。
 日本人はなんとつきあいの悪いやつなのか……そう思っているのだろう。クルドの大地では殺到する歓待にどこまで応じるか、が大きなテーマなのかもしれない。

 

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クルドは料理もいけた。こちらはシンプルながら、はちみつ、チーズ、バターいずれも土地のもので朝食の定番

 

 

*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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