究極の個人旅行ガイド バックパッカーズ読本

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#50

「日本の中にある外国」を旅する〈2〉新大久保

文・室橋裕和

 新大久保=コリアンタウンというイメージを持つ人も多いだろう。しかし、それは街の一面に過ぎない。いまでは多国籍な人々が暮らす、インターナショナル・タウンとなっているのだ。街をひと巡りすれば、ベトナム、ネパール、中国、バングラデシュ、ペルー、チュニジアなどなど雑多な文化と出会える。海外に行けないいま、「旅欲」を満足させるにはうってつけの街といえるだろう。

 

もはや単なるコリアンタウンではない

 JR山手線・新大久保駅を出ると、目の前には大久保通りが東西に走っている。ここを右に行くか、左に行くかで世界はだいぶ変わる。
 右に進むと、いわゆるコリアンタウンが広がっている。日本人の若い女の子で賑わう観光地だ。韓国料理のレストランや、ハットグの屋台、アイドルグッズや雑貨やコスメや占いなどの店が密集する韓流テーマパーク。韓国好きなら迷うことなく右折して進もう。
 以前は大行列することもあった人気レストランでも、いまはコロナ禍のため並ぶことなく入れるだろう。観光客向けのおしゃれな店やカフェも多いが、本場そのままのカムジャタン(豚肉とじゃがいもの鍋)やチュクミ(イイダコ)、韓国風刺身などの専門店も数多く、日本で暮らす韓国人にも人気だ。
 いまではこうした店が数百軒も並ぶが、街としての歴史は浅い。ここまで大規模なコリアンタウンとなったのは、21世紀に入ってからだ。2002年に行われたサッカーの日韓ワールドカップと、2003年から日本で放映がはじまった韓国ドラマ『冬のソナタ』の一大ブームがきっかけだ。これで観光客が押し寄せるようになり、店がどんどん増え、急速にコリアンタウン化、観光地化が進んだのだ。
 それ以前も、戦後に住みついた韓国、朝鮮の人々が暮らしていたが、大きな外国人コミュニティをつくっていたわではない。食堂やキムチ屋や、国際電話屋や韓国の品を売る雑貨屋がちらほらあった程度のようだ。それがヨンさまによって激変していったのだ。

 

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たくさんの韓国料理店や韓流ショップが並ぶ新大久保だが、これはこの街の一面にしかすぎない

 

多国籍化の震源地「イスラム横丁」

 新大久保駅を出て左に進むと、そこはコリアンタウンとはかなり違った雰囲気だ。歩いているのは東南アジアや南アジア系の人々。イスラム教徒がよく着る真っ白で裾の長い服を着たおじさんの姿も見る。こちらのエリアは彼らアジア系外国人の、生活の街だ。観光地ではないのだが、アジアを旅したことのある人なら、きっとわくわくする場所だろう。
 駅から大久保通りを渡って、マツキヨの脇の路地を進むと、そこが新大久保アジア世界の中心地。通称「イスラム横丁」と呼ばれている界隈だ。賑わうハラル食材店の軒先では、ケバブとスパイシーな焼鳥がいい匂いをさせている。この焼鳥はバーベキュー・チキンと呼ばれ、1本100円だがかなりの大きさで、香辛料がまぶされていておいしい。チキンを食べながらあたりを見渡すと、歩いている顔ぶれが本当に多彩だと実感するだろう。
 中心となっているのはバングラデシュやネパール、インド系ムスリムの人々だ。ハラル食材店や外国人向けスマホショップなども密集しているので見て回ると楽しい。とくに『ジャンナット・ハラルフード』はスパイスの品ぞろえがとてつもなく充実しており、プロの料理人も訪れる店だ。
 ほかにもベトナム人や中国人やミャンマー人やタイ人なども行きかう。留学生に人気の「ベトナム・フォー」の軒先では、夜になるとバインミー(ベトナム風のサンドイッチ)の屋台も立つ。ミャンマー系の食材店もあれば、パキスタン料理の店もある。アジアごった煮の下町なのだ。
 こうしたアジア系の人々が急増したのも、ここ10年ほどだ。まず20年前に韓国人が大挙し、外国人を受け入れる土壌が地域につくられていき、その上に東南アジアや南アジアの人々が乗るように増えていったのだ。

 

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旅好きならきっとワクワクするイスラム横丁。新大久保駅のすぐそばにある

 

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ごちゃごちゃした看板もひとつひとつが多国籍なのだ

 

多国籍なレストランがびっしりと並ぶ

 新大久保駅のすぐ左の路地も面白い。歩いて行くとまず両サイドにタイ料理屋が2軒。右の『ソムオー』は野菜やハーブも上質なものを使っており、日本人だけでなく近隣住みのタイ人やベトナム人にも人気の店だ。左の『クンメー1』も本格的でメニュー豊富。
 さらに進むと見えてくる中華料理『朋来聚』は、店頭のガラスケースが目印だ。これは生簀で、中にはなんとザリガニが。中国では大人気のザリガニ料理を出してくれるのだ。ほかにも四川、東北など各地の料理が揃う。
 続いて、今度は右手に『アジア屋台村』が登場。現地色の強いローカルな店ばかりの新大久保にあって、こちらはいくらか入りやすいかもしれない。店内は東南アジアのフードコートにも似ていて、ひとつの店でベトナム、ネパール、タイ、インド、マレーシア、シンガポールの味が楽しめる。ちなみに経営者はネパール人とベトナム人のご夫妻。
 そして通りの奥、右手にある『ラトバレ』は新大久保に住むネパール人たちから「ここが一番おいしい」と評判の店。干した羊肉を炒めたスクティや、ネパール風の水餃子モモ、ネパール定食ダルバートがおすすめ。いつもネパール人で混んでいて日本人が誰もいないことも珍しくはない。

 

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外国人向けの小さなスーパーが新大久保には多い。見ているでも楽しい

 

日本に生きる外国人たちの暮らしぶりがわかる

 新大久保駅から大久保通りを西に歩いていくと、まさに外国人の生活の街という感じだ。中国人に人気のスーパーマーケット『華僑服務社』は中華食材の宝庫で、軒先に置かれた在日中国人向けの新聞もなかなか面白い。
 さらに『ドン・キホーテ』もあるが、この街の支店はアジア系の食材や調味料がやたらと充実しているのだ。
 並びにはネパール、バングラデシュの食材店が3軒。こちらもスパイスの宝庫だし、インドのお菓子とかカシューナッツ、デーツ、お茶なども充実していて、ついお土産に買ってしまいたくなる。店頭にきわまて雑な感じで野菜や果物が積まれているのも現地テイストでいい味を出している。ナゼかスマホやPCも扱っていて、よろず屋的な雰囲気だ。
 JR大久保駅のそばにも、やはりネパールやベトナムの店が密集し、また街で一番人気のケバブ屋『サライ・ケバブ』があり、いつも元気なトルコ人が出迎えてくれる。並んでいる客も多国籍。

 

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ネパール、ベトナム、それにケバブ屋も密集する。大久保駅前にて

 

台湾の巨大な廟まで

 JR大久保駅から南に延びるいくつかの路地の中にも、チュニジア料理『ハンニバル』などがあるのだが、南口目の前の道がなかなか楽しい。トルコ系アメリカ人の経営するシーシャ・バー『トーキョー・シーシャ』は中東や欧米人などいつも多国籍な客で賑わう。
 その奥には、ひときわ目を引く極彩色の建物がそびえる。これは台湾の廟なのだ。媽祖という神さまを祀っている。開いていれば誰でも入ることができるので、入り口で挨拶をして登ってみよう。階ごとに関帝、媽祖、観音と神さまが鎮座しており、台湾人は順番に参っていくのだそうな。ちなみに2階の関帝さまの左右にもたくさんの神々が居並ぶが、このうち月下老人は縁結びの神だとかで、日本人女性がやってくることも増えてきたという。
 この媽祖廟は日本に住む台湾人の心の拠り所でもあり、毎週日曜日には台湾の人々が集まってくるコミュニティにもなっている。また4階は仏教の観音さまがいるので、地域のタイ人やミャンマー人が参拝しに来ることもあるそうだ。また媽祖廟の先にはペルー料理店などもある。
 紹介したのは新大久保のほんの一部分だ。街をもっと歩けば、さらに広く深くエスニック世界は広がっている。これほど海外を旅している気分にさせられる街はほかにないかもしれない。

 

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大久保駅のそばにそびえる台湾媽祖廟。信者でなくても中に入れる

 

*お知らせ

『バックパッカーズ読本』編著者のひとり室橋裕和の新刊『ルポ新大久保』が9月10日発売予定。日本最大の多国籍タウン・新大久保に実際に住み、街のさまざまな日本人、外国人とふれあい、その実情や歴史を徹底取材します。

 

*本連載は月2回(第1週&第3週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*タイトルイラスト・野崎一人 タイトルデザイン・山田英春

 

 

『バックパッカーズ読本』編集部

格安航空券情報誌『格安航空券ガイド』編集部のネットワークを中心に、現在は書籍やWEB連載に形を変えて、旅の情報や企画を幅広く発信し続けている編集&執筆チーム。編著に究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』シリーズなど。

 

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