韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#49

11枚の写真で感じる「江原道の光」

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 観光とはその土地の光を観ること。

 大学で観光学を専攻していたとき、そう教わった。

 観光と聞くと大型バスや博物館、美味しいものを食べることなどをイメージするが、光を観るのだと思うと、手あかのついた「観光」の二文字に重みが感じられる。

 私は韓国の光を見つけるために全国を旅しているが、江原道には特に思い入れがある。父が仕事の都合で江原道にいたとき、38度線に近い楊口郡で生まれたのが私だからだ。

 先日、私の事務所の日本人男性(55歳)が、江原道を1週間ほど旅してきた。今回は、そのとき撮った11枚の写真を元に彼がつづったレポート「江原道の光」をお送りする。

 

 

建築物を通して、空と大地と人をつなぐ  

 

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〈01〉『Museum SAN(ミュージアム サン)』のウォーターガーデンにあるカフェテラス

 

 江原道を旅するようになって20年が経過するが、北部らしいやせた土地、ジャガイモ、過疎という印象がなかなか抜けない。

 韓国映画でも不遇な主人公が赴任する(飛ばされる)のはたいてい江原道だ。その例は、チャ・スンウォン主演の『ぼくらの落第先生』、チェ・ミンシク主演の『春が来れば』、ヤン・ドングン主演の『最後の狼』、アン・ソンギとパク・チュンフン主演の『ラジオスター』など枚挙にいとまがない。

 そんな江原道の印象を大きく変えたのが、今回訪れた『Museum SAN(ミュージアム サン)』だ。まぬけな話だが、高名な建築家・安藤忠雄が設計したものが韓国にあることを知らなかったどころか、安藤忠雄の作品自体、ほとんど見たことがない。

 だが、原州市にあるこのミュージアムに予備知識は不要だった。白眉はウォーターガーデンにあるカフェテラス。建築物を通して大地と空と人をつなげるという作家の精神が如実に伝わってくる作品だった。

 

 

女優さんですか?  

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〈02〉『Museum SAN』のウォーターガーデンにあるカフェテラスから江原道の山々を望む

 

「写真を撮ってくださる?」

 カフェテラスで、サングラスをかけ、白いコートを羽織った妙齢のご婦人に話しかけられた。歌うような声。同世代の友人らしき二人と一緒だ。三人ともこの空間が似合い過ぎる。

 スマホを受け取り、画面越しに見ると、話しかけてきた女性がサングラスを外した。

「女優だ」

 そう直観した。このミュージアムに入ってから、ずっと “考えるな、感じろ!” モードになっている。間違いない。真っ白いコートやサングラスを嫌味なく身に着け、この空間をまるで自分のためのセットのように感じさせる人が、素人のわけがない。

 韓国映画には詳しいほうだが、緊張しているせいか名前が出てこない。

「女優さんですよね?」

 のどまで出かかったが、野暮かと思い言葉を飲み込んだ。

 スマホを返すとき、「(ちゃんと写っているか)確認なさってくださいね」と言うのが精いっぱいだった。五十過ぎのおっさんが、ニキビ面の中学生のようにぽっとなったのだ。

 

 

絵の中の田舎のよろずや  

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〈03〉『Museum SAN』のペーパーギャラリーに展示されていた韓紙のちぎり絵 

観覧時間10:30~18:00(入場券販売は~17:00) 月曜休館 入場料28,000ウォン 原州市月松里オークバレー2ギル260 http://www.museumsan.org/newweb/index.jsp

 

 ミュージアムの展示物で目に留まったのは、韓紙のちぎり絵と思われる風景画だった。

 田舎のどこにでもありそうな通りを、引きで描いている。左から旅行者らしき二人組や登下校時の小学生、工事現場で働く男らしき者二人。後ろ姿のおばさんが何かを運び込もうとしている建物には「ヒョンデ・シュポ(兄弟スーパー)」と書かれている。シュポとは大資本のコンビニが行き渡っていない地域ではまだまだ存在感のある、小さなよろずやである。

 首都ソウルの中心部でも、複雑に路地が入り組んだ零細工場街にはまだこんな店が残っている。江原道の田舎町を歩く機会があったら、一度は入ってみるといい。主人から近くのマッチッ(旨い店)や安宿に関する情報が聞けるかもしれない。

 田舎のよろずやは大衆酒場の役割も果たしていることが多い。日本でいう“角打ち”のようなものだ。地元の農夫たちが店内の簡易テーブルでマッコリでも飲んでいたら、相席させてもらおう。都会の人のように外国人なれしていないので、話し相手になってもらえるはずだ。言葉なんて「マシッソヨ(美味しい)」と「コマッスミダ(ありがとうございます)」だけでじゅうぶんだ。

 韓国での飲み歩きや地方旅行が好きな日本人に人気のある映画『昼間から呑む』に、こんな場面があった。江原道を傷心旅行中の主人公が、山奥のよろずやでバスの便について主人らしきハルモニに尋ねる。ハルモニは「この辺りには虎が出るから気を付けたほうがいい」と言う。そう、かつての江原道のイメージは、朝鮮半島に実在した虎が出そうなところなのだ。

 

冬の海、ラーメン、ソジュ  

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〈04〉光州民主化運動の実映像が使われたことで大きな話題となったドラマ『砂時計』の撮影地、正東津(ジョンドンジン)駅前の浜辺

 

 90年代の人気ドラマ『砂時計(モレシゲ)』の撮影地として、今も人気なのが韓国でもっとも海に近い正東津駅だ。ここの砂浜のテーブルに、捨ててあるようにも、飾ってあるようにも見える焼酎の空き瓶を見つけ、再び映画『昼間から呑む』のセリフを思い出した。

「冬の海でカップラーメンをすすりながら、焼酎を飲むのが最高なんだ」

 この場合のラーメンとはもちろん辛ラーメンのような唐辛子をたっぷり使ったもの。焼酎はソジュ、夏でも冬でも冷やしてストレートで飲むあれだ。冷たい海風を受けながら、刺激物を喰い、刺激物を乾すという韓国らしいマゾヒスティックな飲食情緒としか言いようがないが、このよさは体験してみないとわからない。この季節、江原道の海辺でぜひ試してみてほしい。

 

 

江原道といえば、鱈、蕎麦、豆腐  

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〈05〉ごはんが進むファンテクイ。甘辛いタレでカリッと焼かれている

 

 この十数年間、江原道の横城や大関嶺の韓牛(日本の和牛に当る韓国のブランド牛)がクローズアップされたため、この地の食文化のイメージはだいぶ変わった。だが、それ以前の江原道の食材と言えば、かつて東海岸で豊富にとれたスケソウダラ、土地がやせているため、あまりとれない米の代わりによく食べられる蕎麦と豆腐である。

 

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〈06〉平昌市の料理文化体験施設『静江園』のメミルジョン(蕎麦粉のチヂミ)。この施設ではソンピョン(松餅)やビビンパ、コチュジャンづくり、キムチ漬けなども体験できる 

http://www.jeonggangwon.com/index_jp.do

 

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〈07〉江陵市の草堂スントゥブ村でいただいた、大豆がふわっと香るスントゥブ

 

 タラは寒干しされたものをあっさりしたスープ(ファンテクッ)にしたり、甘辛いタレにくぐらせて焼いたり(ファンテクイ)して食べる。

 蕎麦や豆腐は日本のそれに極めて近い風味だが、食べ方が違う。蕎麦粉は小麦粉に混ぜてジョンにしたり、麺に甘辛いタレをかけて混ぜて食べたりする。豆腐はにがりの代わりに海水でゆるく煮固め、スントゥブにする。

 いずれも“ごちそう”感は乏しいが、その土地が産したものを生(き)で楽しむ大人向けの食材である。

 

 

古刹でステイ(宿坊体験)  

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〈08〉洛山寺(ナクサンサ)、賓日樓の丹精(タンチョン) http://www.naksansa.or.kr/

※テンプルステイ全般に関する情報は→https://www.templestay.com/

 

 数年前、済州の薬泉寺で初めて体験して以来、二度目のテンプルステイは、薬泉寺と同じ海に面した寺、洛山寺(襄陽)だった。

 90年代に韓国の王宮や寺院で初めて丹精を見たときは、正直、受け入れがたいどぎつさを感じたのだが、十年、二十年と見続けているうちに、青い空と丹精のコントラストは鮮烈な韓国的ビジュアルとして心に刻み込まれた。洛山寺はこれに波の音が加わり、神々しさを増している。

 

 

比丘尼との時間  

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〈09〉自己紹介代わりにチュッパチャプスを配り、少し緊張していた参加者をリラックスさせた洛山寺の比丘尼

 

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〈10〉食事はバイキング式。古刹でいただいたチョンガッキムチは苦くて甘い、人生の味がした

 

 テンプルステイを体験するとわかるが、韓国の僧侶は日本の僧侶と比べると、総じて大らかな人が多いように思える。日本では法事の席で住職の隣に座るだけでもどこか気づまりな感じがしてしまう。日本では「僧侶は威厳を感じさせるべし」とでも教育されるのだろうか。

 韓国の僧侶は外国人であるにも関わらず、リラックスして接することができる人が多いのはなぜだろう。檀家制度にしばられていないせいなのか、理由はよくわからない。それでいて、浮世の人ではない気配を強く感じさせるのは韓国の僧侶のほうである。今回、終日相手をしてくれたのが比丘尼(尼僧)だったため、その印象はより強かった。

 テンプルステイというのは仏教修行の真似事をすることなのだが、特に難しいことは何もない。一泊二日なら、鐘つき、読経(夜と朝)、食事(夜と朝)、数珠やランタンづくり、お茶会、朝の散歩などが基本メニューだ。

 わかりにくい法話もほとんどない。おおざっぱに言えば、目の前にあるものごとをあたりまえだと思わず、ひとつひとつに感謝していれば幸福に近づけるという、誰もが受け入れやすい話をしてくれる。

 目の前の何かに感謝しなければならないとしたら、そのひとつが日々の糧だろう。夕食の席で、歯ごたえのあるチョンガッキムチをかじりながらそう思った。

 

ご来光  

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〈11〉運がよければ洛山寺の敷地内から日の出が拝める

 

 日の出を見ることは日韓に共通する観光メニューなので、もはや特別なものとは感じなくなってしまった。

 しかし、早起きして僧衣(改良韓服)を身に着け、尼僧の話を聴きながら散歩した後に、海に少しずつ紅がさす様子を観ていると、厳粛な気持ちになってくる。そして、「ありがとうございます」などという柄にもない言葉が心に浮かんでくる。

 

 冬季五輪の開催時に限らず、一度は出かけてみたい江原道。今回取り上げた『Museum SAN』と『洛山寺テンプルステイ』を軸に、ぜひ旅程を組んでみてほしい。

 

*取材協力:在日本大韓民国大使館、Vector Inc.、株式会社サントラベル

http://www.suntravel.co.jp/

 

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http://www.chunichi-culture.com/programs/program_166125.html

 

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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