ブーツの国の街角で

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#49

番外編:20代女子は初のイタリア旅行で何を見たのか?

文と写真・田島麻美

 

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「パスポート、取ったよ」。今年の初夏、20代の姪のM子が嬉しそうに宣言した。イタリア人の相棒と私は、かれこれ9年近く前から「早くローマに遊びにおいでよ!」と誘い続けて来たのだが、なかなか行動を起こさない彼女に、「たぶん、イタリアに興味がないのだろう」という勝手な結論を下していた。パスポート取得を機にそれが突如一変し、彼女のイタリア初上陸がにわかに現実味を帯びてきた。
8月に入って、「チケット取った」という連絡が入った。なんと一人で来るという。イタリア語はおろか、英語もなんだか怪しそうな彼女にとって、初の海外旅行、初のイタリア、しかも初の一人旅である。何もかも初めてづくしのこの旅で、彼女はいったいなにを見つけたのか? 20代女子の初イタリア旅行の顛末記をご紹介しよう。

 

 

 

 

 

なにはなくともスーツケース!?

 

 

   可愛い姪の初めての海外旅行を全力でサポートすべく、「わからないことがあったら何でも聞いてね」と伝えておいた私の元に最初に届いた質問は、「キャリーケースって、やっぱりファスナーじゃない方がいいの?」だった。そうか。彼女はスーツケースも持っていないのだ。サイズや規定の重量など、ひとしきりメッセージが行き交った後、「ところで航空会社はどこ?」と私が尋ねると、「航空券、まだ買ってません」。
   へっ? この展開は予想していなかった。旅に出る時は常に、「どこでなにをするか。いつ行くか。チケットは取れるか」を最優先で考える私にとっては、航空券よりもスーツケースが優先するということ自体が驚きである。スーツケースの大きさや重量の規定は航空会社によって微妙に異なるので、まずはチケットを買ってから航空会社のサイトで調べるか、無難なサイズをデパートの店員さんに尋くように言って会話を終了した。
  その後、何度となく姪とのちぐはぐなやりとりが続いた。張り切りまくっている叔母は、「どこに行きたい? なにをしたい? 美術館観たい? 食べたいものはある?」と質問しまくったが、姪からの返事は、「芸術、わかんないけど。とりあえず有名どころは押さえときたいです。あと、ティラミス食べたい。」というシンプルなもの。今どきの女子の関心事がなかなか掴めないことに悩みつつ、とりあえず大混雑が予想されるヴァチカン博物館とウフィッツィ美術館、ローマのお気に入りのレストランだけは予約した。うーむ。果たして気に入ってもらえるだろうか。

 

 

 

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2個まで預け入れOKだったスーツケースは、ピンクの小型とオフホワイトの大型だった。どこへ行くにもついて来るらしいミッキー&ミニーの巨大マスコットがローマの空港で女子パワーを発散していた。
 

 

 

 

 感嘆詞は5つ

 

 

   到着日、ローマのフィウミチーノ空港の出口でハラハラしながら待っていると、M子は13時間のフライトの疲れも見せず、「着いた!」と言いながら爽やかな笑顔で現れた。前日、イタリア各地に甚大な被害をもたらした未曾有の嵐があったため、内心気が気ではなかった私もほっと胸をなでおろした。とにかく無事に着いて良かった!
  翌日から、王道のローマ観光がスタートした。コロッセオ、フォロ・ロマーノを皮切りに、トレヴィの泉、スペイン広場、コルソ通りからパンテオン、ナヴォーナ広場…。彼女の希望した「有名どころ」を網羅する完璧なルートである。さて、どこがお気に召すだろうと思いながら案内する私の耳に頻繁に飛び込んできたのは、「ひょえー! デカっ! きれ〜い! おしゃれ〜! かわい〜!」という5つの感嘆詞。どうやら彼女はこの5つの言葉で全ての感動を表現できるらしい。一泊二日でフィレンツェへ行った時もこの5つの言葉を連発していた。ウフィッツィ美術館では、「きれ〜!」が特に多く、ウィンドー・ショッピングの最中は「おしゃれ〜!」が多かった気がする。どこへ行っても質問は出てこないので、心配性の叔母は先回りして知っている限りの情報、歴史、由来などを披露しまくったのだが、果たして彼女の関心を引くことができたのかどうか、今ひとつ実感が持てずに悶々とするばかり。
 

 

 

 

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ローマ観光のスタートはコロッセオから。この巨大さに、まずは圧倒された様子(上)。カンピドーリオの丘の上からフォロ・ロマーノを一望(中上)。夕暮れ時のトラステヴェレ。おしゃれなアーティスト系のショップが多く、ぶらぶら歩きが楽しい(中下)。花の都フィレンツェのシンボル、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のファサード(下)。
 

 

 

ありすぎて決められない

 

 

  最初の日の朝、「なにがしたい?」と聞いたとき、M子はしばらく考え込んだ末に「お買い物!」と言った。そうか。やはり「女子+イタリア=お買い物」なのだなと納得し、「ローマもフィレンツェも観光地の周りにたくさんお店があるから、ぶらぶら歩きながらお買い物もしようね。でもお店はあちこち分散していて一度通った道に戻るのは大変だから、気に入ったものがあったら即買いが鉄則だよ」と伝えておいた。
  有名ブランドが軒を連ねるコンドッティ通りでは、「楽し〜!」と歓声をあげていた彼女だが、なかなか店内に入ろうとしない。「試着だけでも大丈夫だし、買わなくても全然平気だから入って見てみれば?」と促したが足が動かないようなので、叔母はずんずんとマックス・マーラ、フェンディ本店などへ片っ端から突入した。私自身はブランド物にほとんど興味を持っていないのだが、そこはこれからがある若い女性のため。「見るだけでもいい。”イタリアで最高級”と言われるファッションに触れて見て欲しい」というのが目的であった。案の定、有名ブランドのショップは「おっしゃれ〜!」を連呼しただけで出てきたが、意外だったのは、小さな雑貨店やアクセサリーショップの5ユーロ程度の品物でさえ簡単には購入しなかったこと。「これ、かわい〜」と言いながら見入っていた文房具も、結局は買わずじまい。「お買い物がしたい」と言っていたのに財布の紐は非常に固く、ちょっとした土産物でさえじっくり考慮した挙句陳列棚に戻していた。

 

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コンドッティ通りでウィンドー・ショッピング。スーツ姿のイケメンドアマンの存在が、敷居を一層高くしているらしい(上)。歩き疲れたので、ローマの老舗カフェテリア『カフェ・グレコ』で一休み。歴史の重みを感じさせる重厚な内装とウェイターの優雅な動きに見惚れた(下)。
 

 

 

 

 

  私が「お買い物天国」と思っているフィレンツェでも同様で、一向に財布を開かない姪に、同行した相棒は、「Mちゃんはイタリアのものが気に入らないのかな」と困惑を募らせた。というのも、長年誘い続けてようやく実現したM子の初イタリア旅行の記念に、何か一つ気に入ったものをプレゼントしたいと相棒は密かに計画していたから。そのことを打ち明けるとM子はびっくりしながら、「だって全部かわいいし、おしゃれだし、欲しいものありすぎて決められないよ〜」と告白した。結局、旅の終盤に相棒の意を汲んで流行りのセーターを一枚選んだ。「ありがと。大事に着ます」と戦利品を見せた彼女に、「おー! やっと気にいったものが見つかったか」と相棒は満足気に破顔した。彼のイタリア人としてのプライドも、これでちょっとは持ち直したようだった。
 

 

 

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フィレンツェの中心シニョーリア広場。あらゆるタイプのショップがコンパクトに集まっている街は、お買い物に最適(上)。フィレンツェの伝統工芸品であるマーブル紙の実演を食い入るように見つめていた。このお店はかなりお気に召した模様(中)。M子撮影のショーウィンドウ。チョコレートやお菓子のデザイン、カラフルな色使いに感激しきり(下)。
 

 

 

 

レストランでは、「ちょっとお味見」が鉄則

 

  M子のイタリア滞在中、ローマでもフィレンツェでも、私のお気に入りのレストランやピッツェリアを食べ歩いた。ローマ料理の定番カルボナーラ、オッソブーコ、ティラミスに始まり、フィレンツェでは1.5kgのビステッカ・アッラ・フィオレンティーナも味わった。「どれもこれもおいし〜!」と言って食べてくれたM子だが、その食の細さは見ていて心配になるほどだった。食いしん坊のイタリア男もドン引きするほどの大食漢である私と血が繋がっているとはとても思えない。「量がすごい。多すぎ」と言う彼女のために、私と相棒がそれぞれ一皿づつ注文し、M子はそれらの皿から一口づつ「味見」するだけ、というのがレストランでの鉄則となった。
  しかし、デザートにだけはこのルールは適用されなかった。イタリアへ来る前から、「ティラミス食べたい!」と言っていたとおり、カルボナーラで満腹になった後でもティラミスだけは「うーん、濃厚!」と満足げに平らげた。叔母の私が肉料理で味わう至福感を、彼女はティラミスで体感したようだった。20代女子にとって、「甘いものは別腹」という法則は今も昔も変わらずに生き続けているらしい。
 

 

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ローマに来たら最初に味わって欲しい「カルボナーラ」。姪のために注文したが、ほとんど私が平らげた(上)。本場の「ティラミス」。まったりと濃厚な味わいが衝撃的だった模様(中上)。フィレンツェ名物「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」は最低1kgからのオーダーが常識。控え目に、3人で1.5kgを頼んだ(中下)。骨付きでじっくり焼き上げた赤身のステーキは絶品!(下)。

 

 

 

 

色々すごかったし、美味しかった

 

  M子の一週間のイタリア滞在は、文字通りあっという間に過ぎて行った。「せっかく13時間も飛行機に乗って来るんだから、せめて2週間はいなよ。そうすれば、ヴェネツィアとかナポリとかにも行けるよ」と口を酸っぱくして説得を試みたのだが、何しろ彼女にとっては初めての海外旅行である。「1週間=長期旅行」というイメージがあったのか、あるいは航空券が1週間以内の往復だと安かったからなのか、とにかく頑なに1週間という日数を変えようとはしなかった。
「若いので、短時間でも集中して遊びます!」と言った彼女の言葉を実践するように、ローマの旧市街中を歩き回り、夜景散策もし、フィレンツェに行き、ローマ料理とフィレンツェ料理、ジェラートとティラミスとピッツァを食べ、ラストはヴァチカン博物館とサン・ピエトロ大聖堂で締めくくった。生憎天気が悪く、私が望んでいた「爽快なローマの青空」を見せてあげることができなかったのが唯一の心残りだが、それ以外はまぁ、なかなか盛り沢山のプランだったと思う。但し、それはあくまで私の感想であって、M子自身がどう感じていたのかは今ひとつはっきりわからないまま、帰路に着く姪を空港まで送って行った。
「またいつでも来てね。待ってるから」と私が言うと、「うん! いろいろ、ありがとーございました!」と笑顔で答えたM子。紺色のブレザーにベージュ色のフレアスカート、ローヒールのパンプスという姿でボーディング・パスを手にした彼女は、なんだかすごく優雅で大人びて見える。いつでもどこでも楽チンパンツにウォーキングシューズの叔母とは大違いだ。財布の紐の固さといい、旅のファションといい、若い彼女に見習うことがたくさんあることに気づかされる。「じゃぁ」と軽く手を振りながらセキュリティを通っていく後ろ姿を見た時、なぜだか胸がぐっときて、不覚にも涙が出そうになった。もう、女の子じゃない。立派な大人の女性になったんだな。
  無事に日本に帰国したM子が、初のイタリア旅の感想をSNSで伝えて来た。
「色々すごかったし、美味しかったし、私の語彙力では伝えきれない」と書かれていた。彼女なりに何かを感じ取ってくれたのであれば、叔母は本望である。しかし、そんな感動コメントの最後に、旅の間ずっと彼女がびびっていたイタリアの古い木製エレベーターについての一行が。
「とりあえず、エレベーター怖かった」。
  彼女にとってイタリアは、「色々すごくて、美味しくて、エレベーターが怖い国」とインプットされたのであった。
 

 

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 今回の旅のハイライト「サン・ピエトロ大聖堂」(上)。人気のピッツェリアで味わうイタリアの本格ピッツァ。生地も具も何もかも違う、と驚いていた(下)。
 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回12月13日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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