東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#49

インドネシア・ジャワ島の鉄道〈1〉

文・下川裕治 写真・中田浩資

ジャカルタ~クロヤ

 東南アジアの鉄道をすべて乗り切る。最後の難関はインドネシアだ。あるデータによると、東南アジア各国の鉄道の総距離は、ミャンマー6107キロ、タイ5327キロ、インドネシア4684キロになっている。どう算出しているのかがいまひとつわからないが、実際に乗ってみると、この数字は眉に唾をつけて眺める性格が染みついてしまう。総距離数がわかったところで、そこを実際に列車が走っているかどうかは別の話なのだ。そのあたりは、ミャンマーで痛いほどに味わっている。

 まあ、あまり気にせず、乗り進めていくしかない。タイはしばしば滞在しているので、事前にかなりの路線に乗っていた。ミャンマーはご存知のように苦労しながら、なんとか完乗間際まで近づけた。インドネシアは事前に乗った区間は多くない。ゼロスタートに近かった。

 インドネシアの鉄道は、ジャワ島とスマトラ島を走っている。それ以外の島に線路はない。まずジャワ島からはじめることにした。

 ミャンマーに比べれば、はるかに多くの情報が手に入った。インドネシア国鉄のサイト、古賀俊行氏の『インドネシア鉄道の旅』(潮書房光人社刊)には、日本人がわかりやすい路線図や時刻表まで載っていた。発行が2014年で、実際に行ってみると、運行時刻はかなり変わっていたが、ルートを組み立てる上では参考になった。

 ジャカルタのスカルノハッタ空港から、ジャカルタのコタ駅に向かった。ここから、ジャワ島の南海岸に面したクロヤ方面に向かうことにした。

 

 

ジャカルタで買ったフライドチキンはひと味違う? ライスと一緒に手で食べる。インドネシア風

 

 コタ駅はとんでもなく混み合っていた。週末の夕方、ジャカルタに遊びにきた若者が家に帰る時間帯だった。

 ジャカルタの駅の構造がよくわかっていなかった。長距離列車専用の窓口がみつからず、列ができている窓口に並んだ。列の先がどこ行きの列車の切符売り場なのかもわからない。そもそも今日、どこまで進むことができるのか職員に訊くしかなかった。行き先を決めて列につけないのだ。それに、押し合いへし合い状態が拍車をかける。窓口の職員の優しさに頼るしかなかった。

 1時間近く列に並んだだろうか。やっと順番がやってきた。

「クロヤ方面。どこまで行けますか?」

 職員はなんの迷いもせず、こういった。

「チカンペックまで」

 とにかく先に進みたかった。チカンペックまでの切符を買った。

 乗り込んだのはエコノミと呼ばれる、日本でいうところの普通列車だった。運賃は5000ルピア、約42円。この安さはうれしかった。

 夕方6時すぎに発車した列車はかなり混みあっていた。若者が多い。人口2億人。インドネシアは若い国だ。そのエネルギーが車内に弾ける。後ろのボックス席では、白いヒジャブを被った女子学生たちの合唱が聞こえてくる。その健全さに、身の置き所を失ってしまう。東京の電車のなかで、はすっぱな女子高生を眺めているおじさんは戸惑ってしまうのだ。ヒジャブというのは、インドネシアのイスラム教徒の女性が被るベールである。

 チカンペックに着いたのは9時をまわっていた。発券窓口で、この先へ行く列車を訊き、ジャカルタ・コタ駅の状況がわかってきた。僕が並んだのは、エコノミ専用窓口だったのだ。だから駅員はなんの迷いもなく、チカンペックといったのだ。急行は別の窓口になっていた。

 チカンペックの駅員は端末を叩き、こういった。

「夜の11時発の急行に乗れば、プルワカルタまで行けます。19分乗るだけですけど。でも高いですよ」

「高い?」

「7万5000ルピア」

 日本円にすると705円ほどだった。距離が短いため、急行料金が割高になってしまうのだろう。ジャカルタから乗ったエコノミ車は、3時間ほど乗って42円である。たしかにインドネシア感覚では高い。

 少し焦っていた。できるだけ短い日数で、インドネシアの列車を乗りつぶそうと思っている。今回はジャワ島だけだが、1週間ほどの日数しかない。

 先に進むことにした。

 翌朝、プルワカルタの駅でクロヤまでの切符を買った。そしてホームに出、僕はしばらく立ち尽くしてしまった。目の前には、廃車になった日本の車両が3段ほどに積みあげられていたのだ。電車の墓場だったのだ。

 ジャカルタ市街地は、日本の援助で電化が進み、日本から大量の中古電車が譲渡されていた。JR、東京メトロ、東急、都営地下鉄……。日本を走っていたときのままの姿でジャカルタを走っていた。

 僕のような年代の旅行者には、懐かしい電車ばかりだった。若い頃、その電車に乗って通勤していた。

 ジャカルタの電車に乗ると、あの頃が思い出されてしまう。会社を辞めようか……終電の窓に映る顔を眺めながら呟いていた日々が蘇ってしまうのだ。

 しかしもともと中古車両である。その寿命はそう長くない。老朽化し、使い物にならなくなった車両は、このプルワカルタ駅に運ばれてくる。そしてクレーンで積みあげられ、南国のスコールと強い日射しに晒されて朽ち果てていくのだ。

 よく見ると、積まれた車内には、背の高い草が生えはじめていた。鉄は錆び、やがて崩れていく。なんだか見てはいけないものを目にした気分だった。

 クロヤ行きの列車は定刻に姿を見せた。列車は丘陵地帯を越え、クロヤに着いたときは、日はすでに沈んでいた。

 

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いくら暑くても、いくら年をとっても、インドネシアの女性はヘジャブ

 

後半写真2web

朽ち果てていく日本車両。ジャカルタ周辺には、こんな日本車両の墓場がまだあるという

 

*インドネシアの鉄道路線

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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