究極の個人旅行ガイド バックパッカーズ読本

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#49

「日本の中にある外国」を旅する〈1〉小岩

文・室橋裕和

 旅に出られないなら、国内で外国気分に浸れるところに行ってみるのはどうだろうか。日本もいまや、およそ300万の外国人が暮らす国だ。彼ら外国人は各地でコミュニティをつくっている。本格的なレストランや現地の匂いそのままの食材店などを巡り歩けば、きっとそこが日本だということを忘れるはず。
 

 

下町の商店街の中にアジアの店が点在する

 江戸川区、小岩。東京都の東の果てである。新宿から30分と少し、JR総武線の駅を出ると、23区とは思えないローカルな空気感が漂う。南口のすぐ左手には看板が立て込む狭い路地があり、焼き鳥屋や風俗店や立ち飲み屋がみっしりと連なる。地蔵通りというらしい。昭和の匂い濃密な通りなのだが、その渋い佇まいの中にタイ・マッサージ屋も同居しているのが、小岩なのである。
 地蔵通りから小岩中央通りに入っていくと、やはり庶民的な商店街に、ポツリポツリとタイレストランがあり、フィリピンレストランがある。
 中国の店も点在しているが、日本語表記のない店も目立つ。「麻辣天天」「砂鍋米線」なんて漢字の店名だけが踊る。いったいなんの店なのだろうか。そばには中華系の食材店があり、中国人で賑わっている。八角の匂いのする店内をノゾいてみると、中国の野菜や果物、ものすごい種類の調味料、麺にお菓子に、ピータンや冷凍の餃子に中華風のドライフルーツ……そんな品々がびっしりと並ぶ。中国のスーパーマーケットにいるような気分だ。

 

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南口駅前からいきなり伸びる昭和ロード「地蔵通り」にもアジアの店がポツポツと

 

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食材店は中華、韓国、ネパール、ハラルといろいろ揃う。店内に入れば旅気分

 

日本の焼き鳥屋に並ぶ南アジア系の外国人たち

 南口にはいくつもの商店街があるようだが、次は昭和通りを見てみる。こちらも名前の通り、古き良き日本の商店街なのだが、その中に台湾のスイーツ店、ここ数年で首都圏各地に増加している蘭州ラーメンの専門店、そしてタイ料理屋もあったのだが、こちらの軒先ではタイの野菜が売られていた。マクアヤーオという長ナスだ。それいタイの唐辛子やオクラなどが並ぶ。食堂でもあり市場でもあるのだろうか。長ナスはひとつ50円と激安だった。
 この通りにもまた焼き鳥屋や立ち飲み屋が多く、店頭に炭火を置いて焼いている光景もよく見る。そこでなにやら持ち帰りの注文を頼んでいるのは南アジア系の外国人だった。

 

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焼き鳥屋や総菜屋でも外国人の姿。下町商店街に外国人が溶け込んでいる

 

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タイ料理屋で売られていた長ナス。安い……

 

どうして小岩にネパール系の人々が多いのか?

 南口でもとりわけ賑やかなアーケード商店街のフラワーロードを見ても、やはりネパール料理店の店頭が野菜の即売所になっている。ブロッコリーもアスパラも100円と異様に安い。そしてお代は傍らのペットボトルに投入するようだ。田舎の農村でよく見る無人販売所と同じなのであった。これが小岩アジアスタイルなのだろうか。
 近くにはやはり南アジア風の店番がいるリサイクルセンターがある。小岩で最近じわじわと増加しているのが彼ららしい。
「小岩って都心からもそこそこ近い割に家賃が安くて、それに商店街が大きくてなんでもあって、便利な場所じゃないですか。だから外国人にも好かれてるんじゃないですかねえ」
 と話すのは、南口の一角で食材店「ベットガット」を営むネパール人の店長。こぎれいな店内にはインド系のスパイスや米、豆、フルーツなどが所狭しと積まれている。ベトナム人を中心に東南アジアの客も多いとかで、フォーに使う米麺や、ヌクマム(魚醤)などもそろえている。
「ネパール人の場合ですが、ダンナさんは都心でコックやIT関連で働いている人が多いんです。働きはじめて生活が安定すると、家族を呼ぶようになります。奥さんはまだまだ日本語ができません。それでも暮らしのためになにかアルバイトをしたいと思ったら、千葉のほうに行くことが多いんです。外国人を雇っている工場がたくさんあるから。食品加工とか、総菜とかね。言葉がわからなくても働ける職場。そうやって奥さんは千葉で、ダンナさんは東京で働く。どっちにも行きやすいのが小岩。そんなネパール人家族が小岩にはおおぜい住んでいます」
 と店長。
 加えて、この雑然とした商店街の様子、おしゃれさゼロの生活感むき出しの感じは、どこかカトマンズやバンコクやホーチミンの下町にも共通するものがあり、居心地がいいのだろうと思う。アジアを旅したことのある人なら、きっと小岩は落ち着く街だろう。
「ベットガット」は食材店だが、奥が飲み屋にもなっている。ネパール風の水餃子モモや、羊のモツ炒め、羊肉ジャーキーなど現地そのままの味でなかなかいける。次々に食材を買い求めにやってくる近隣住みのネパール人やベトナム人を眺めながら飲んでいると、とうてい日本とは思えない。

 

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ネパール食材&レストラン「ベットガット」の人々。ここはネパール人たちが集まる社交場でもある

 

多国籍化の源流は錦糸町にある?

 北口も同様に、ごちゃついた商店街の中にアジア系の店が溶け込む。こちらは韓国が強いだろうか。コリアンタウンとしても知られる新大久保にもある名店『セマウル食堂』も見つけた。第一号店はこちららしい。そのそばには、ほとんどソウルか釜山の裏路地のような韓国おでん屋まであって、ソジュを傾けるおじさんたちで賑わう。
 その道路を挟んだ反対側は、フィリピンパブやらフィリピン料理レストランが並ぶ。本当にカオスな街なのだ。
 小岩に外国人が増加した理由のひとつは、4駅先の錦糸町だろう。東京東部の交通の拠点のひとつでもある錦糸町は昔からタイやフィリピンを中心としたアジア系パブがたくさんあった。そこで働く人々のために食材店やレストランや送金会社など、外国人のためのインフラが整えられていった経緯がある。そのインフラを頼りに、今度は夜の世界とは関わりのない外国人も増加し、錦糸町のコミュニティは拡大していった。
 ところが錦糸町がさらに発展し地価も上がっていくと、今度はその周辺部に人が移っていく流れができる。これは日本人も外国人も同様だろうが、外国人の場合はこぎれいなニュータウンよりも賑やかな下町を好む傾向があるようだ。
 だから歓楽街もあるターミナル駅の近くで、元気な商店街がある気取らない下町に、外国人コミュニティが広がっていく。たとえば新宿の近くの新大久保、池袋そばの十条や板橋、赤羽や池袋からアクセスしやすい川口近辺……それに錦糸町の周辺では小岩なのだろう。
 こんないきさつでフィリピン人やタイ人が小岩の「先住民」となり、外国人を受け入れるアパートなども多くなり、その上でいまネパール人やベトナム人も増えている。そんな図式が見えた。
 半日たっぷり歩いたシメは駅のそばのタイ料理「いなかむら」だ。東北部ウドンタニ出身のママさんが切り盛りしていて、日本人にもタイ人にも人気だ。狭い店はあっという間にいっぱいになり、タイ語と日本語が飛び交う。
 小岩はガラが悪いと言われがちな街ではあるのだが、旅に出られないストレスをけっこう晴らしてくれる。まだまだエスニックな店はたくさんあり、さらに増殖中だ。ちょっとした小旅行気分で出かけてみてはどうだろう。

 

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日本の居酒屋とタイ料理屋が融合したような「いなかむら」は評判の店

 

 

*本連載は月2回(第1週&第3週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*タイトルイラスト・野崎一人 タイトルデザイン・山田英春

 

 

『バックパッカーズ読本』編集部

格安航空券情報誌『格安航空券ガイド』編集部のネットワークを中心に、現在は書籍やWEB連載に形を変えて、旅の情報や企画を幅広く発信し続けている編集&執筆チーム。編著に究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』シリーズなど。

 

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