韓国の旅と酒場とグルメ横丁

 韓国の旅と酒場とグルメ横丁

#48

韓国デビュー気分で旅するソウル・京畿道・江原道

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 私の事務所の日本人男性スタッフ(55歳)が、ソウルと京畿道、そして、来年2月9日に開幕する冬季五輪の舞台・江原道を、世界各国の若いインフルエンサーたちと一緒に旅してきた。今回は、1989年の初訪問以来、28年がかりで韓国全土を歩いてきた彼が、1990年代の韓国の姿を思い出しながらつづったレポートをお送りする。

 

ソウル、景福宮と韓服コスプレ  

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景福宮での韓服コスプレをおおらかに楽しむ、ロシア、中国、台湾、香港、タイ、ベトナム、インドネシア、アメリカ、ブラジル、フランスなどのインフルエンサーたち

 

 初めて韓国に来たのも紅葉の季節だった。

 ソウルは大都会でありながら、東京とは比べられないほど空が青く、黄色く色づいた銀杏の葉がよく映えた。

 当時は韓国で見物するものが今のように多様化していなかった。こちらが意識し過ぎたのかもしれないが、何を見ても植民地時代の悪行を突きつけられているような気分になりがちだった。その居心地の悪さは景福宮の中庭に杭を打つように建てられた旧・朝鮮総督府庁舎や、東京駅と似た造りの旧・京城(ソウル)駅舎を見たときピークに達した。

 

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1993年に撮った光化門と、その後ろにそびえる旧・朝鮮総督府庁舎。この2年後に庁舎は撤去され、建物の一部は忠清南道天安市の独立記念館に展示されている

 

 その28年後、かつて朝鮮総督府庁舎が建っていた中庭を、花のような韓服を着た若いインフルエンサーたちとともに歩く。髪の色、瞳の色、肌の色はさまざまだが、みな自分に似合う服色をよく知っている。中国から来た立派な体躯の若者は本物の王様のようだ。いまどきの韓服は原色一辺倒ではなく、淡い色も揃えているため、金髪の女性が着てもまったく違和感がない。笑顔でさまざまなポーズを決めるインフルエンサーたち。この場所に対してなんの憂いもない彼らがうらやましかった。

 1995年に朝鮮総督府庁舎が撤去されたとき、正直、善悪はともかく歴史は歴史。その物証は残したほうがいいのでは? と思ったものだが、韓国では唐楓(タンプン)と言われる紅葉を背に韓服コスプレをおおらかに楽しむ彼らを見て、思い直した。やはり撤去してよかったのだと。

 

 

旧・京城駅舎とソウル路7017 

 KTX(高速鉄道)が発着する新ソウル駅舎の右手に残る旧・京城駅舎もだいぶ趣が変わった。数年前まで駅前にはホームレスとその予備軍らしき一団がたむろしていて、日本帝国主義の象徴だった勇壮な駅舎も地に落ちた感があった。

 しかし、この春、駅西側にある万里洞と、東側の南大門市場を結ぶ、全長約1キロの高架遊歩道「ソウル路7017」が完成してから、このクラシックな駅舎はインスタ映えするスポットとして脚光を浴びた。

 

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ソウル路7017から撮影した旧・ソウル駅舎。現在の正式名称は『文化駅ソウル284』で、イベントや展示スペースとして使われている

 

 ライトアップされた夜の駅舎をバックに記念撮影したり、ベンチで肩を寄せ合って囁きあったりするカップル。小さなステージで行われるライブに拍手を送る家族連れ。ソウル路に設置されたピアノで久石譲の『菊次郎の夏』のテーマを弾く少年……。かつては万引き少年の逃走経路だった高架自動車道(#39参照)は、今やフュージョン料理や流行りのスイーツが食べられるカフェが点在するペデストリアンデッキ(広場兼横断歩道橋)に生まれ変わったのだ。

 

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ソウル路7017の夜景。散策には日本語のボランティアガイドが同行する徒歩ツアーも利用できる。要予約で最大10人まで申し込み可。詳細は下記で。

http://japanese.visitseoul.net/walking-tour

 

 この駅舎は韓国でいう“日帝強占期”の証人としての役目を終え、ふつうの観光スポットになったのかもしれない。のんきな日本人はそんなふうに考えたのだった。

 

仁寺洞→三清洞→北村→西村 

 90年代後半までの仁寺洞は、表通りには商店が連なっていても、一歩路地に入ると、韓屋(伝統家屋)の民家がたくさん残っていた。そう、今人気がある益善洞(#03参照)のような街並みだったのだ。

 

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1999年の仁寺洞の姿。当時は書画骨董の店が連なる枯れた印象の街だった。路地裏には雰囲気のある酒場があり、個展を開いた作家たちがそこでよく打ち上げをしていた

 

 それが大きく変わったのは2004年だ。安国駅方向から表通りを150メートルほど歩いて左手にあった書画店『東西』から『スド薬局』の手前まで連なっていた韓屋の一角が撤去され、『サムジキル』という4階建ての大型ショッピングモールが建てられた。

 それを機に表通りには洋風のカフェやのコスメショップが続々登場し、土日ともなるとカップルや家族連れ、子どもの姿が目立つようになった。仁寺洞の明洞化である。

 

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仁寺洞通りでチマチョゴリを着こなすブラジル人女性たち。この街にはいたるところに韓服レンタル店があり、店頭にはたいてい日本語の案内が掲示されている

 

 仁寺洞は韓国らしさを脱ぎ捨てると同時に、勢力を拡大していくように見えた。街の名前こそ違うが、景福宮の北東に接する三清洞や、そのさらに東側の北村、そして、この数年で外国人が多く訪れるようになった景福宮の西側一帯の西村は、いわば第二、第三の仁寺洞なのである。

 何かを得るために何かを捨て去り、大胆に変化していくソウルの街並みを直視するのも、大人の旅の妙味だろう。

 

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景福宮の西側(西村エリア)にある韓屋ヒーリングカフェ『ソルガホン』では、足湯や漢方茶が楽しめる。日本人に人気のある通仁市場の東側出口の前を横切る大通りの向かい側。鍾路区昌成洞155 電話02-738-3366 11:00~22:00 無休

 

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『ソルガホン』の漢方茶(ホット)は、お菓子付きで10000ウォン

 

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インフルエンサーツアーの歓迎レセプションに登場した歌手のエリック・ナム(在米コリアン)。彼が欧米のインフルエンサーたちにも知られていたのには驚いた。いまや韓流は、日本アニメとともにアジアだけでなく欧米でも人気なのだ

 

 

京畿道、韓国民俗村(龍仁市) 

 1989年に初めて韓国を訪れたとき、ソウル以外の街を見てみたいと出かけたのが、京畿道の水原市だった。当時はソウル駅から在来線で小一時間かかったのではないだろうか。駅前から出ている民俗村行きの送迎バスにドキドキしながら乗り込んだのを覚えている。

 民俗村で初めてチョガチッ(草ぶきの家)の村を見たときは、おとぎ話の世界に迷い込んだような錯覚に陥った。異文化とはいえ、やはり隣りの国どうし。どこか懐かしさを覚える風景は目でも心でもすっと受け入れられた。

 

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20年ぶりに訪れたが、変わらぬ魅力に安堵した『韓国民俗村』(京畿道龍仁市)

http://www.koreanfolk.co.kr/multi/japanese/

 

 その後、民俗村には2度ほど出かけ、4度目となる今回は20年ぶりだったが、本物のトンドン酒を飲ませる店が大箱のレストランのようになっていたこと以外、大きな変化はなかったのでホッとした。

 民俗村に来たら、まずはパンフレットで農楽(打楽器を打ち鳴らしながら豊作を祈る舞い)、綱渡り、馬の曲乗りの公演時間を確認するといい。どれもパフォーマンスのレベルが高く、時間を忘れて楽しめる。

 

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『韓国民俗村』の馬の曲乗り(武芸馬術)

 

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さまざまな打楽器の音に魂を揺さぶられる『韓国民俗村』の農楽。中央は帽子に付いたヒモを新体操のように回すパフォーマンス

 

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『韓国民俗村』の綱渡りの妙技

 

 民俗村はどんなガイドブックでも紹介されているベタな観光施設だが、素通りするにはあまりにも惜しい。ソウル+アルファの訪問地として日程に加えたいところだ。

 

 

江原道、餅づくり体験 

 韓服を着てはしゃぎ、ヒーリングカフェでもおしゃべりが止まらず、民俗村でのパフォーマンスに嬌声を上げる若きインフルエンサーたちが黙々と取り組んだのが、平昌市『静江園』での料理体験だった。この日は豆の粉を多く使い、手で成形する江原道式の松餅(ソンピョン)づくりを体験した。

 

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江原道平昌市の料理文化体験施設『静江園』。他にビビンパやコチュジャンづくり、キムチ漬けなども体験できる

http://www.jeonggangwon.com/index_jp.do

 

 中国、台湾、香港など中華文化圏の若者たちが揃ってギョウザのような形にしたのには笑ってしまったが、欧米の若者たちにとって餅をこねるのは粘土細工のようなものなのだろう。星形をつくる人、ハート形をつくる人、あるいは目鼻を付けて顔のようにする人など、その自由な発想には感心させられた。

 

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成形した松餅は、蒸すときに松の葉を添え、香りづけする

 

 ある程度年齢のいった日本人なら、法事のとき親族が本家に集まってつくった月見団子を思い出すのではないだろうか。もう30年も前の話だが、ふだんはけっして仲がいいとはいえない親戚どうしが、このときばかりはどういうわけか和気あいあいと団子をこねていたのが印象的だった。法事の場所は長野県。偶然にも今、松餅をこねている江原道と気候風土がよく似たところだ。

 

 

江原道、宿坊体験(テンプルステイ) 

 なんでもにぎやかに楽しむインフルエンサーたちだったが、テンプルステイ先の普賢寺(江陵市)に向かう坂道を登るときは、少し表場が堅いように見えた。ブルース・リー(李小龍)の映画『燃えよドラゴン』が世界を席巻したときから、寺院は東洋の神秘の象徴だったのだろう。見学だけならともかく、一宿二飯を経験するのだから緊張するのも無理はない。

 過去に二度、韓国でテンプルステイを経験したが、いずれも海に面した寺だった。今回は遠くに東海岸が見えるとはいえ、江原道らしい山寺である。

 

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江陵市の普賢寺(ボヒョンサ)に着き、最初は神妙にしていたが、改良韓服を着たとたんにカンフーポーズをとったアメリカとフランスの女性。彼女たちにとっては寺=少林寺なのだろうか。テンプルステイに関する情報は下記で

https://www.templestay.com/

 

「テンプルステイのよさは、君たちのような若者にはわかるまい」

 寺でのユニフォームである改良韓服にそでを通し、キャーキャー言っているインフルエンサーたちに心の中でつぶやいた。本来はスマホも寺に預け、下界との接点を絶つべきなのだが、Wi-Fiがつながらなければ彼らは屍同然だ。今回は韓国の魅力を世界に発信するためということで寺側が大きく譲歩。かくして、シャッター音とお経が交錯する夜のお勤めとなった。

 

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バイキング式で供された料理にはニンニクやショウガなどは使われていないが、韓国料理らしく味にアクセントがあり、とても美味しかった。食べる楽しみがあれば2泊、3泊のステイも問題なさそう

 

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普賢寺での読経タイム。参加者の中には他の信仰をもつ人もいたようだが、特に不自由なく寺での時間を過ごしていたようだ

 

 テンプルステイのハイライトは、奉仕活動という名の「図画工作」である。数珠づくりと小さなランタンづくりから好きなほうを選ぶ。前回のステイ(同じ江原道の洛山寺)で初めて数珠づくりを体験し、穴の開いた玉にひたすらヒモを通すなんて退屈だなどと思いながら始めたのに、すっかりのめりこんでしまった。こうした単純作業が精神の安定につながるということを久しぶりに実感した。滅多に料理をしない人がたまに厨房に立つと忘我の境地に達するようなものだろうか。

 

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数珠づくり体験。百八つの玉にヒモを通すだけの単調な作業だが、大きなリラックス効果が得られた

 

 工作の後は、住職を囲んでの茶会が催された。法話などという難しい話はない。世間話である。時計の針は夜の8時を回ったところ。いつもならビールや焼酎で調子に乗っている時間に、韓国茶を飲みながら他愛のない話をする。これがじつに楽しい。中国からの参加者がカバンから鉄観音茶を出してきて、飲みましょうという。図らずも韓中お茶合戦となった。さすがインフルエンサー、盛り上げ上手である。私も日本の緑茶を持ってくればよかった。

 

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住職とのお茶会。難しい法話は少なく、リラックスして楽しめた

 

 大きな声では言えないが、テンプルステイのときはこっそり酒瓶を仕込んでくるのが常である。いい年をした男が9時にしらふで眠れるものか。今回は山で飲むのにふさわしい野イチゴの酒を買ってあったのだが、読経→数珠づくり→和やかなお茶会ですっかり心が安らかになり、開栓せず日本に持ち帰った。

 翌朝は6時に起床。昨晩は酒を口にせず、早起きしただけなのだが、優等生にでもなったような気分だ。朝食をいただいてから住職とともに裏山を散歩した。紅葉を愛で、落ち葉を踏みながら歩く。「五月の鯉の吹き流しのようにすがすがしい」とは、こういう心持ちをいうのだろう。

 次回のテンプルステイでは2~3泊はしたい。今度はスマホの電源も切ったままにしたい(自信はないが)。そんなことを思いながら山をおりた。

 

 近いからいつでも行けると韓国旅行を先送りにしてきた中高年のみなさんには、冬季五輪を機にぜひ韓国に出かけてみてもらいたい。今の韓国は、テンプルステイをはじめとする大人向け観光資源の宝庫なのだから。

 

取材・写真協力:ソウル観光公社、京畿道、江原道 http://japanese.visitseoul.net/index

 

 

*2018年1月27日(土)と28日(日)、名古屋の栄中日文化センターで本コラムの筆者が講座「韓国、酒とつまみと酒場の話」を行います。日程は27日16:00~18:00、28日の10:30~12:30、13:30~15:30の計3コマ。お申し込み受付は11月27日(月)から。twitter.com/Manchuria7でも告知します。

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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