ブーツの国の街角で

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#48

ムラーノ島・ブラーノ島 : 水上バスでアイランドホッピング

文と写真・田島麻美

 

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一年中がトップシーズンと言っても過言ではないヴェネツィア。ラグーンに浮かぶ華麗な迷宮を訪れてみたいと憧れる人は後を絶たず、最近ではキャパシティの問題やマナーを無視した旅行者の身勝手な振る舞いによって歴史地区の損傷が進み、頭を抱えたヴェネツィア市が市街へのツーリストの入場制限も検討し始める事態に陥っている。
美しい秋晴れが続く季節、10年ぶりにヴェネツィアを訪れた。トップシーズンは過ぎていたが、ヴェネツィア本島は噂通り、世界中からの観光客で溢れかえっている。立ち寄ったバールでヴェネツィア人の男性とおしゃべりをしたが、「今はこれでも落ち着いた方だよ。7・8月は小さな路地までツーリストがぎっしりで歩けたもんじゃない。とてもじゃないが、ここではもう生活なんてできないよ」と嘆いていた。よく「ヴェネツィア=テーマパーク」に例えられるが、生活者がどんどん新市街に逃げ出しているため、より一層テーマパーク化が進んでいるように見えるのかもしれない。ラグーンに浮かぶ「アドリア海の女王」は、中世時代からの美しさを今もなお保ち続けているが、旅先で生活者の息吹を感じたい私には何かが物足りない。そこで、あえてヴェネツィア本島を抜け出し、水上バスで小さな島々を巡ってみることにした。

 

 

 

 

 

乗りこなすのに苦労する水上バス「ヴァポレット」

 

 

 自動車の乗り入れが禁止されているヴェネツィア本島及び周辺の島々で、唯一の移動手段となるのが「ヴァポレット」と呼ばれる乗り合い船。運河のあちこちに停留所があり自由に乗り降りできるのだが、20以上の航路の全ての停留所を把握するのはツーリストには不可能だ。さらに、カナル・グランデ(大運河)を通るヴァポレットは停留所が左岸→右岸→左岸とジグザグになっているのもややこしい。航路Mapと地上Mapを見比べつつ、どの停留所が目的地に一番近いのか、事前に詳しく調べておく必要がある。料金も非常に高く、一番安い75分間有効のチケットが7,50ユーロもする。75分以内に的確に乗り継げる自信があるか、一回のみでOKという人ならこれで大丈夫だが、水上バスであちこちを見て回りたいという人には、24時間何度でも乗り降りできる一日券(20ユーロ)を購入した方がいいだろう。これさえ持っていれば、乗り間違えたりしても安心だ。
  自他共に認める方向音痴の私は、もちろん一日券を買った。サン・マルコ広場の先にある大きな停留所は、複数のヴァポレットが乗り入れしている。「ムラーノ島に行くのは何番? 14番で間違いないのね? どの桟橋から乗ればいいの?」チケット売り場のお兄ちゃんに何度もしつこく確認する。サン・ザッカリアの桟橋から14番の水上バスに乗り込む時にも、「これ、ムラーノ島に行くのよね?」と三度確認し、ようやく船内に乗り込んだ。
 

 

 

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朝から晩まで大勢の観光客で溢れかえっているサン・マルコ広場(上)。ヴェネツィアの交通手段「ヴァポレット」。ヴェネツィアではタクシーも救急車もパトカーも全て船(中上)。運河沿いの各所にあるヴァポレットの停留所(中下)。水上バスはヴェネツィア本島のみならず、周囲の小さな島々も巡回している。
 

 

 

 

 ガラス職人たちが隔離されたムラーノ島

 

 

   サン・ザッカリアの桟橋を出発してから約50分、ムラーノ島最後の停留所Murano Faro(ムラーノ・ファーロ)に着いた。島内には6つの水上バスの停留所があるが、この後もう一つの島ブラーノへ渡る船はファーロの停留所から発着するのでここで降りることにした。中央にある大運河と橋で繋いだ小さな9つの島で構成されているムラーノ島はヴェネツィア本島によく似た形をしているため、”小さなヴェネツィア”とも呼ばれている。現在約4500人の島民が暮らしているが、その大半は世界中に知られた「ヴェネツィアン・グラス(=ムラーノ・グラス)」の職人や商人たちである。
  ソーダガラスを使用した吹きガラス製法が特徴のムラーノ・グラスは、そのカラフルで繊細かつ高い硬度により中世時代から欧州始め世界各国の王侯貴族に愛されてきた。ガラス製品は当時のヴェネツィア共和国にとって非常に重要な輸出品だったのだが、1291年にヴェネツィア中心街のガラス工場で火災が起こり、以後ヴェネツィアのガラス職人たちはムラーノ島へ強制移住させられてしまう。ヴェネツィア共和国のこの決定の背景には、ほとんどの建物が木製であった当時のヴェネツィア本島の安全上の理由のみならず、世界中の垂涎の的であったガラス製品の技術を国外に流出させないようにする意図も含まれていた。ガラス職人とその家族は厳重に監視され、島外へ出るには特別な許可が必要だったそうだ。
  この話を聞いた時、なんら悪事を働いたわけでもないのに強制的に島流しにされた職人たちがとても可哀想だと思った。実際、多くの職人たちが監視をすり抜けて国外へ脱出した、という記録も残っている。その一方で、島に残留したガラス職人たちには、様々な特権と利益も与えられたという。新しい技術やデザインなどで功績をあげた職人には手厚い褒賞が与えられたため、島内に軒を連ねるガラス工房は互いに切磋琢磨し、その後、素晴らしいシャンデリアやガラスのテーブルといった名品を生み出すことになる。「災い転じて福となす」を実践して見せた職人たちの魂に思わず胸が熱くなる。
 

 

 

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大小さまざまなガラス工房が集まるムラーノ島。工房と販売店を併設している店では、有料もしくは無料でガラス作りの実演も見学できる(上)。小さな島々はいくつもの橋で結ばれている(中上)。それぞれ特徴のある工房の作品を見比べながら島歩き。ウィンドーショッピングだけでなく、島内にある12世紀の教会なども訪れて見てほしい(中下)。路地で出会ったグラスハープのアーティスト。『ハリー・ポッター』の幻想的なテーマ曲が広場に響いていた(下)

 

 

 

 

島のレストランで味わう新鮮なシーフード

 

 

 

   ムラーノ島で朝の散歩を楽しんだ後、次の目的地であるブラーノ島を目指して再び水上バスに乗った。ムラーノ島とブラーノ島を結ぶ唯一のラインである12番の船に揺られること約40分、赤・青・黄色とカラフルな家々が集まるブラーノ島に到着。ちょうどお昼ご飯の時間だったので、島歩きは後回しにしてとりあえずレストランを探すことにした。
  ムラーノ島もブラーノ島も規模はとても小さく、曲がりくねった運河に沿ってショップやレストランが軒を連ねている。いずれも入り口は狭いが、京都の町屋のように奥が長く、広くなっている。太鼓橋を渡って運河の左右を歩き回るうち、雰囲気の良いレストランを発見した。島のレストランはどこも地元のシーフードを出す店がほとんどでお値段もさして違いはないので、ランチの店は雰囲気重視で選ぶことにした。太陽の光が降り注ぐ気持ちの良い中庭のオープン・テーブルで、冷たい辛口の白ワインと共に新鮮なシーフードを味わう。アサリやエビ、ムール貝をふんだんに使ったパスタ、魚介のフライなど、漁師の島ならではの素材を活かしたシンプルな料理を楽しんだ。
 

 


 

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ムラーノ島からブラーノ島へ渡る唯一のラインは12番。本数が少ないので、1日で両方の島を見たい人はムラーノ島到着時に時刻表を確認してから島歩きを始めよう(上)。ヴェネツィア本島、ムラーノ島、ブラーノ島の定番料理といえばシーフード。魚介類をたっぷり使ったパスタやカリッと揚げたフライがおすすめ(中・下統一)。
 

 

 

色とりどりの家並みと繊細なレースの島

 

 

  ブラーノ島は、ラグーンに浮かぶヴェネツィアの島々の中でも私が特に気に入っている島だ。面積はとても小さく、1時間もあれば島を一周できてしまう。ゴシック、ルネッサンス、バロックと、それぞれの時代の豪華絢爛な建築が集まるヴェネツィア本島とは対照的に、どこまでもシンプルで可愛らしいカラフルな建物が並んでいるブラーノ島は、ぶらぶら歩くだけでなんだかおとぎ話の世界に迷い込んだような気分にさせてくれる。どうしてこんなにカラフルな色の家が並んでいるのか? 土地の人に聞いてみたところ、2つの説があることがわかった。
理由その1:毎朝、男たちが漁から戻った時、濃い霧の中でもすぐに自分の家を見分けられるようにカラフルな色で塗り分けた。
理由その2:かつて、島のほとんどの住民は同じ名字を持っていたため、家の色を塗り分けることで同名の混乱を避けるようにした。
  どちらも真実味がある説である。ともあれ、このカラフルな家々がシンボルともなっているブラーノ島では、外壁の色を勝手に変更できないよう厳しく管理されているそうだ。家主が色を変えるにはヴェネチア市の許可が必要で、その際は隣家とは違う色で塗られなければならないのだとか。
 

 

 

 

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 おとぎ話の世界に出てきそうな可愛らしいブラーノ島の家並み。家の色は家主の個性の現れでもあったそうだ。鮮やかな色使いは、濃い霧の中でも見分けられるようにという意図がある。
 

 

 

 

  人口2500人弱、漁師の島であるブラーノ島はまた、ムラーノ島のガラス製品と肩を並べる高級レースの生産地としても知られている。「メルレッティ(Merletti)」と呼ばれるレースは、16世紀からブラーノ島の女性たちによって受け継がれてきた伝統的な手工芸の技術である。空中に浮いているような立体的な編み方が特徴で、一つの製品を仕上げるのに7段階もの工程を経る必要があり、それぞれの工程ごとに専門の編み手がいる。要するに熟練の技を持つ女性が7人いなければ一つの作品を仕上げることができない、という訳だ。花嫁のヴェールやテーブルクロスなどの大作を作るのには2〜3年もの年月を要するというから、その作業の緻密さは推して知るべしである。これだけの労力と時間をかけるのだから、ブラーノのメルレッティは非常に高価だ。手のひらサイズの小さなものは数万円、大きな作品ともなれば数十万円、数百万円するものもある。老舗のショップで店頭に腰掛けてレースを編んでいるおばあちゃんを見かけたら、ぜひ手元をのぞいて見てほしい。ブラーノ・メルレッティの緻密で繊細な作業の一部を知ることができるだろう。高齢化が進む島では、この技術を受け継いでくれる後継者の不足が深刻になってきているそうだ。何世紀にも渡って受け継がれてきた大切な島の財産が、どうか失われませんように。そう祈りながら、息を詰めておばあちゃんの手元を見つけ続けた。
 

 

 

 

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 上記の写真はブラーノ島の土産物屋で売られている手頃なレース製品。これらは「ブラーノのメルレッティ」ではないので要注意。本物のメルレッティは島内の大きな専門店へ行けば実演が見られる(写真撮影不可、という所が多い)。また、「メルレット博物館」には芸術品と呼ぶのにふさわしい貴重な年代物のメルレッティ作品が多数展示されている。
 

 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ヴェネツィア・サン・マルコ広場のヴァポレット(水上バス)停留所サン・ザッカリア(San Zaccaria)からムラーノ島の終点ファーロ(Murano Faro)まで約50分。最短ルートはヴェネツィアのフォンダメンテ・ノーヴェ(Fondamente Nove)から4.1番、4.2番のラインでムラーノ島の最初の停留所コロンナ(Colonna)まで20分前後。どの停留所から乗るか、どのルートを経由するかで移動時間に大きな差が出てくるので、事前に調べてから出かけるようにしたい。
ムラーノ島からヴェネツィア・サン・マルコ広場までは14番の船でダイレクトに戻ることができる。所要時間1時間強。
 

 

 

<インフォメーション>

ヴェネツィア本島及び水上バスに関する情報(英語サイトあり)
https://www.veneziaunica.it/

 

ムラーノ島に関する情報(英語)
https://www.comune.venezia.it/en/content/murano

 

ブラーノ島ツーリスト・ガイド(英語)
https://www.isoladiburano.it/en/

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回11月22日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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