越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#48

ベトン~ペンガラン・フル

文と写真・室橋裕和

 タイとマレーシアの国境地帯は、実は10年あまりで6000人以上が命を落としたテロ多発エリアだ。度重なるテロのために荒廃したヤラーの街から、タイ最南端の国境ポイントを目指す。

 

 

石柱が立ち並ぶ殺伐とした街

 ずいぶん変わったガードレールだな、と思った。歩道と車道との間に、石柱の列が並んでいるのだ。直径は50㎝ほどだろうか。高さはおよそ1メートル。そんな石のでかい柱が、商店や家屋の前にダーッと並んでいる。酔っ払い運転の車が突っ込んできてもはじき返してくれそうだが、なんだか奇妙な景観だ。とくに商店街は石柱のために薄暗く、活気がない印象にも映る。
「ああ、それね。バクダンよけだよ」
 こともなげに先輩記者のS氏が言う。バンコク在住のベテランジャーナリストであり、僕の悪い友人でもある。この連載では#16などで同道している彼と、僕はタイ深南部ヤラーにいた。
「路上駐車した車やバイクに爆弾がしかけてあって、携帯電話の電波で起爆するのが流行りなんだよね。それであっちこっち爆破されまくったもんだから、ふつうのガードレールじゃなくて爆風に強いこういうタイプに変わったってわけ」
 まるでシリアかイラクだが、これがタイ深南部マレーシア国境3県の現状なのである。プーケットあたりではしゃいでいるビキニギャルや、バンコクの歓楽街でいやらしい顔をしているおじさんたちはぜーんぜん知らないかもしれないが、そこからマレーシア国境に向けて南下すれば、東南アジア最悪とも言われるテロ地帯となるのだ。

 

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ヤラーの街に圧迫感を与える石柱群。これがテロのもたらした光景だ

 

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いつどこで爆弾が炸裂するかわからない。それがヤラーの日常である

 

 

タイ深南部でテロがやまない理由

 石柱ガードは異様な上に、コンクリ製なので味気ない。それを市民も感じているようで、鮮やかにカラーリングされたものや、絵が描かれたものもたくさんある。ドラえもんのイラストに和まされたりもする。
 しかし、いまやそんな市民自体がいなくなりつつある。テロによって街はあちこちで破壊され、死傷者は増加の一途で、疎開する人々もまた多い。人口がどんどん減っているのだ。ヤラーは諦観漂う荒廃した街だった。
 S先輩は10年来、このテロ地帯を追っている日本人では稀有な記者のひとりだ。なにせ日本では、タイといえばオカマかリゾートばかりで、シリアスなテロ事件なんぞほとんど報道されることはない。たまにニュースになっても、「仏教徒の多いタイからの分離・独立を目指す、イスラム過激派によるテロ」という切り口でしか扱われない。しかし実態はだいぶ違うのだ。
 この地域に巣くうテロ組織と、軍・警察による利権争いが原因といわれている。その利権とは、麻薬をはじめとして、海運、売春、マレーシアとの密輸……。
 独立のためのテロというのは単なるお題目、利権争いの相手を狙った「攻撃」なのだ。またそれを装い、テロ組織の危険性を煽るために当局が自作自演で爆弾をしかけることすらあるという。
 とはいえ、実際に犯行に走るテロ組織の下っ端の若者たちの多くは、その行為が独立を目指す聖戦(ジハード)だと信じている。その根っこには「格差問題」がある。
 確かにこのタイ深南部には、かつてパッタニー王国という国があり、1902年にタイに併合された歴史がある。宗教も違うし、言葉もタイ語ではなくマレー系のマラユー語が主流だ。タイ語がうまく話せなければ進学や就職にも影響が出る。収入は、深南部とタイのほかの地域とではずいぶん差があるという。
 こうして若者が溜め込んだ不満の受け皿となっているのがテロ組織だ。パッタニー王国の再興なればすべてはうまくいくと洗脳し、テロ犯に仕立て上げていく。

 

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兵士が警戒にあたる様子はタイ深南部の至るところで見られる

 

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子供たちが書いたのだろうか。ドラえもんはテロ地帯でも子供たちを守るのだ

 

 

テロ現場でもたくましく生きる人々

「で、泣くのは一般市民というばかり」
 S先輩の案内でヤラーの街を見てまわる。100メートル四方はあるだろうか。街の中心部にある広々とした空き地は、爆弾テロで破壊されたビルを解体、撤去した跡なのだという。
 だが、そんな空き地に隣接して、たくましく営業を続ける我がセブンイレブンの雄姿。入ってみれば、そこにはタイのどの街とも変わらない日常がある。カップラーメンに湯を注いでいる人、寝転んで漫画を読んでいる小学生、アイスを選んでいるヒジャブ姿のギャルたち……僕も列に並んでパワー系飲料M150を買い求めた。
 セブンイレブンの前にはガイトート(揚げ鶏)の屋台が出ており盛況だが、S先輩いわく、
「この屋台、どんだけまわりで爆弾ハジケてもここで営業続けてるんだよね」
 という根性なので、応援の意味も込めて3本ほど、もち米と合わせて買い求め、荒んだ街を眺めながらの昼飯とした。揚げたニンニクがたっぷりトッピングされていて香ばしい。

 

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テロにも負けないおばちゃんのガイトート屋

 

 

いよいよタイ最南端の国境を越える

「テロが続けば当然、軍や警察の予算も増えるでしょ。だからテロ組織を完全につぶすことはせず、だらだらとお互い対立を続けている」
 そう話すS先輩の運転で、国道410号線を南下していく。予算がばら撒かれるのは治安関係だけではないようで、ジャングルの合間を縫っていくこの国道も、交通量の少なさの割にえらく広々としていてきれいだ。最近つくりなおされたらしい。どうも「テロが続いているほうが美味しい」という人たちがたくさんいるようだ。
 2時間ほどで到着したベトンの街でも、やはり大規模な爆弾テロが発生している。かつては国境を越えてタイに夜遊びにやってくるマレーシア人のための国際エロタウンとして賑わいを見せていたのだが、近頃は寂れている。僕だってもし、ここでテロに巻き込まれて名前でも報じられようものなら、身に覚えはなくとも買春野郎の汚名を背負うことになってしまうだろう。歓楽街を目指す客が激減するのも無理はない。
 そんなベトンから西に5キロほど走ると、国境だ。
 重苦しい旅ではあったが、イミグレーションを見ればやはり昂揚してくる。丘の頂に立つ、タイの伝統建築をモチーフにした白亜の建物。ここが、タイ最南端の国境ポイントなのである。数多のタイ国境が胸に去来する。深南部もとうとう、僕の制圧下だ。またひとつ増えたレアハンコを愛でる。

 

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立派なイミグレーションビル。通行する人のほとんどは自家用車で、ドライブスルーのように行き来していた

 

 

タイよりもずっと整備されてはいるが

 マレーシアに入国すると、景色がずいぶんと変わった。なんというか、こざっぱりしているのだ。タイのごちゃごちゃ感がない。こざっぱりと整備され、街並みはゆとりを持ってつくられ広々としており、空が高い。人もまばらだ。いろいろなものの密度が、タイよりずっと薄い気がした。味気ないようにも思うが、整然と片づけられた気持ちよさもある。
 そしてタイ語が消えて、マレー語と英語のアルファベット、漢字の世界となる。華僑が多いのだ。タイにも中華系の人々は多いが、マレーシアに入るとことさらに存在感を増す。
 なによりの違いは、こちらではテロは起きていないことだ。あくまでタイ国内の騒乱なのだ。空気もヤラーに比べるとずいぶん弛緩している。警備兵の姿もない。
 あの国境は、さまざまな意味で「壁」なんだ……そう実感した。

 

07

マレーシア側の小さな街ペンガラン・フル。数軒のホテルと食堂があるのみ

 

 

 

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*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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