東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#48

ベトナムの観光列車・ダラット鉄道

文・下川裕治

ダラット~チャイマット

 この種の列車に乗らなくていけないかどうか……。少し迷う。俗にいう観光列車である。東南アジアの列車にすべて乗るという目論見に加えるべきなのか。

 観光列車にはふたつの流れがあると思う。純然たる観光列車としてスタートしたものと、かつては普通の列車だったのもが、運休や廃線に晒され、一部の区間が観光列車として生きのびているもの……。

 ベトナムのダラット鉄道は後者だった。やはり乗らなくてはいけないのかもしれない。

 ダラットは標高1500メートルの高原都市である。植民地時代、フランス人はそこに住む少数民族を蹴散らすようにして避暑地をつくった。川を堰き止めて湖をつくり、教会を建てた。その周りを別荘が囲むようになり、街が形成されていった。そしてダラットまでの鉄道を敷いた。

 ハノイとホーチミンシティを結ぶ路線のタップチャプが始発駅。そこからダラットまでの約84キロの鉄道だった。開通したのは1932年である。

 ダラット鉄道はベトナム戦争時代に、当然、破壊された。その後、南北ベトナムは統一され、鉄道は少しずつ復旧されていったが、もともと高原リゾートを結ぶ路線で、生活路線ではない。困窮するベトナム経済のなかでは、ダラット線は忘れ去られていった。

 ダラット鉄道の話がもちあがるのは、ドイモイを経て、ベトナムが経済成長の軌跡に乗ってからだ。ベトナム人が涼しく、欧米風の街並みのダラットを訪ねるようになっていく。とくに若いカップルの間で人気が高まる。日本の軽井沢のようなものだろうか。

 しかしそのときすでに、鉄道の時代は終わっていた。ベトナム人の足はバスや飛行機に変わりつつあった。

 そこで開通したのが、観光列車としてのダラット鉄道だった。ダラット駅からチャイマット駅までの7キロの区間。走りはじめたのは1997年だった。

 

 ホーチミンシティからバスで向かった。朝6時に発車したバスは、午後の1時にはダラットのバスターミナルに着いた。篠突く雨が降っていた。涼しいというよりむしろ寒い。厚手のシャツとジャンパーを着こみ、売店の温かいコーヒーを啜った。

 翌朝は晴れてくれた。日曜日だった。週末を選んだのはわけがあった。ダラット鉄道は完全な観光列車で、乗客が25人以上集まらないと運行されなかったのだ。

 駅舎は街の中心から少し離れていた。敷地に入ろうとすると、警備員のようなおじさんに呼び止められれた。ブースを指差された。そこに出向くと、撮影料が5000ドンという表示が出ていた。25円ほどだから、気楽に払ってしまったが、列車に乗る人は払う必要がないのかもしれない。

 

植民地時代を演出した3両を古びた機関車が牽引する。ホームにいるのは写真が目的の観光客たち

 

 きれいな駅舎だった。フランスがつくった避暑地の駅である。前庭には花壇がつくられ、ベトナム人たちのスマホのシャッター音が響いていた。

 構内の切符売り場に急いだ。窓口に切符を買う列ができていた。運行しているようだった。運賃表が掲げてある。ハードシートが往復で10万8000ドン、約542円。その切符がほしいと伝えると、売り切れ、といわれてしまった。その上のランクのソフトシートもなく、空いているのはVIP2のクラスだけだという。わずか7キロの路線でVIP席というのも……とは思うが、空いていなければしかたない。運賃は13万5000ドン、約677円だった。

 終着のチャイマット駅まで20分ほど。列車は丘陵地帯につくられたビニールハウスの間を進んでいく。ここは高原野菜や菊の産地なのだ。途中に停車駅はなにもない。乗客の多くは、チャイマット駅近くの寺に参拝する。チャイマット駅の停車時間は約50分。そしてダラットに折り返す。

 観光列車はかくも異質な世界だった。

 

前半写真1

インスタ映え狙いの駅周辺。駅舎からフランスの威信が伝わってくる?

 

前半写真2

ハウス栽培のレタスはホーチミンシティへ。菊は日本にも送られるという 

 

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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