東南アジア全鉄道走破の旅

東南アジア全鉄道走破の旅

#47

再開されたカンボジア鉄道

文・下川裕治

カンボジア国鉄の列車が再び走りはじめた

 かつてカンボジアには列車が走っていた。プノンペンを起点に、ポイペトとシアヌークビルを結ぶ2路線だった。この列車には乗ったことがなかった。しかし噂は聞いていた。とにかくひどい列車のようだった。長い戦乱が続き、放置されたような線路を、老朽化した車両が走っていたという。到着時刻の予測も立てにくい遅さだったらしい。それでも運賃は安く、車内は混み合い、外国人旅行者も屋根に乗らざるをえなかったという。

 しかしさすがに列車を走らせることが難しくなったようだった。2009年に完全運休に入ってしまった。

 政府は線路や列車を修復し、再び運行を開始すると発表した。しかしカンボジア人の多くは、眉に唾をつけて聞いていた。その様子を見ていた僕は、こう思ったものだった。

「カンボジアには永遠に列車は走らないな」

 大船に乗った気分だった。

 大船?

 東南アジアの全鉄道を制覇する──というこの企画である。頭のなかから、カンボジアは外していた。どうせ走ることはないだろう……と。

 この連載は当初の予定が大幅に遅れている。元凶はミャンマーである。未乗車路線は若干残っているものの、マレーシア、ベトナム、タイと列車に乗り、ミャンマーに転戦した。ところがそこで、列車が走っている区間を探すことからはじめなければいけないミャンマー国鉄に足をとられてしまった。その迷路から足が抜けない状況に追い込まれてしまったのだ。

 そのあたりは、『東南アジア全鉄道制覇の旅 タイ・ミャンマー迷走編』という文庫にまとまったが、そんなことをしているうちに、カンボジア方面からの話が届いてしまう。

「列車が走りはじめるらしいよ」

 カンボジア国鉄は、カンボジアのペースで修復を続けていたのだ。

「もっと早く本を発刊すれば、カンボジアの列車には乗らなくてもよかった……」

 天を仰いだが、2016年の末、列車は走りはじめてしまった。乗るしかなかった。

 運行がはじまったのは、プノンペンとシアヌークビルを結ぶ区間だった。2017年の9月にカンボジアに向かったが、その時点での運行は週末だけだった。まだ試運転の域なのだろうか。

 

 列車は朝の7時にシアヌークビルを発車した。機関車の後ろに貨物車が1両、そして客車が2両。その日はその後ろにコンテナを積む台車が連結され、その上に乗り合いトラックが載せられていた。

 

列車の先頭から最後尾までを動画に収めようとしたのだが、1台のバイクがやってきて……

 

後半2

客車は2両。この日はその後ろに貨物の台車。これを積んでプノンペンまで行くらしい

 

 雨季の激しい雨のなかを列車は発車した。運賃は7ドル。ボックス型のシートは7割方埋まっていた。プノンペンまでは263キロ。そこを7時間ほどかけて走る。平均時速は40キロにも満たない。海に沿ってしばらく走った列車は、やがて内陸へと進んでいった。

 車内は冷房が効いていた。1車両にパナソニックの家庭用エアコンが4台備えられている。雨で窓を開けることができなくても、車内は普通に快適だった。

 発車する前、駅に置いてあったパンフレットを開いた。そこには時刻表も載っていた。それは溜め息が出るほどシンプルな内容だった。シアヌークビルとプノンペンの間に、停車駅はカンポットとタケオというふたつの駅しかないのだ。はじめ特急のような扱いで、いくつかの駅を通過するのかと思った。しかし車窓に目を凝らしていても、駅舎らしきものがみつからないのだ。資料を見てみた。シアヌークビルを発車してしばらくすると、ヴェアーレーンという駅があることになっている。見逃してしまったのだろうか。

 もともとカンボジアの列車は駅が少なかった。戦乱のなかで多くが破壊されたとも聞く。しかし……。

 気がつくと寝入ってしまった。車内が涼しかったことや、ミャンマーの列車のような揺れがなかったためかもしれない。しかし、乗り込んだときから感じていた、肩透かし感もその一因のように思う。再び走りはじめたカンボジアの列車は、アジアの感覚からすると、面食らうほど普通だった。

 メンテナンスに7年近くを費やして走りはじめた列車である。新幹線とはいわないが、なにかの特徴がなければ、バス便に勝てない。しかし運賃は7ドル。5ドルという格安バスや10ドルを超える豪華バスがしのぎを削る区間のなかでは影が薄い。所要7時間というのは、バスより遅い。乗客を引きつける要素がなにもないのだ。

 列車のなかでとろとろとしているうちにプノンペンに着いてしまった。この街に10年暮らす日本人と会った。シアヌークビルから乗った列車の話をした。

「普通? それカンボジアではすごいことですよ。普通ができない国なんですから」

 これをカンボジア式進化というのだろうか。

 

後半1

運行は土曜と日曜だけ。それにしては、駅の売店が充実するのはカンボジアですな(途中駅のカンポット駅)

 

 

 

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発行:双葉社 定価:本体639円+税

 

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*本連載は月2回(第2週&第4週木曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応大学卒業後、新聞社勤務を経て『12万円で世界を歩く』でデビュー。著書に『鈍行列車のアジア旅』『不思議列車がアジアを走る』『一両列車のゆるり旅』『タイ語の本音』『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ』『「裏国境」突破 東南アジア一周大作戦』『週末バンコクでちょっと脱力』『週末台湾でちょっと一息』など、アジアと旅に関する紀行ノンフィクション多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。WEB連載は、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週日曜日に書いてるブログ)、「クリックディープ旅」(いまはユーラシア大陸最南端から北極圏の最北端駅への列車旅を連載)、「どこへと訊かれて」(人々が通りすぎる世界の空港や駅物)「タビノート」(LCCを軸にした世界の飛行機搭乗記)。

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