風まかせのカヌー旅

風まかせのカヌー旅

#47

フィナーレは花札で

パラオ→ングルー→ウォレアイイフルックエラトー→ラモトレック→サタワルサイパン→グアム
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文と写真・林和代 

 

 

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【Photo by  Osamu Kousuge】

 

 

 

2016年5月22日の朝4時。

 

 アラーム音で起きだすと、まあるい月はまだ輝いて、どこにも朝の光は射していなかったけれど、夜の気配は明らかに薄くなっていた。

 こうなると夜の逃げ足は早い。

  

 まずはセサリオやミヤーノ達を起こし、やかんをコンロにかけてお湯を沸かす。

 そして、差し入れのオレンジを果汁まみれになって貪っていると、あたりが青い光に包まれ始めた。

 目をこらすと、まだ暗い水平線上に、小さな三角帆の影を発見。

 よく見れば、あっちに一つ、こっちに一つ。

 他のカヌーも帆をあげて、もうじき始まるオープニングセレモニーに向けて準備をしているのだろう。

 

 沸いたお湯でコーヒーを淹れる頃には、空は見事なピンク色に染まっていた。

 あたりには、いくつもの三角帆が朝焼けをバックに漂っている。

 こんなにたくさんの伝統カヌーが集まっていたなんて。

 

 起き出して来たクルーたちはみんな、顔をオレンジ色に染めながら、いったい何隻いるんだろうと、三角帆の数を数え始めた。

 

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【Photo by  Osamu Kousuge】

 

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【Photo by Osamu Kousuge】

 

 

 

 太陽が水平線から顔をのぞかせると、マイスもドタバタが始まった。

 まずは、旗つけ。マストに伸びるロープに、あれこれと結びつけていく。

 マイスはパラオのカレッジPCC所属なので、パラオ共和国の国旗が必須。

 しかし、サイパン人も多いので、北マリアナ連邦の旗もあげる。

 セサリオたちの故郷サタワルはミクロネシア連邦なのでその旗も。

 

 あとはサイパンで誰かが作ってくれた、お揃いの黄色いTシャツを全員で着込む。

 かっちょいいスターコンパスのイラスト入りだ。

 私とエリーはさらにラバラバを巻いてお着替え終了。

 

 この数日、法螺貝を吹く練習をしていたディランが、また練習を始めた。

 最初の頃はてんで鳴らなかったのに、今やなかなかの音を鳴らしている。

 

 

 

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【Photo by Osamu Kousuge】

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入場行進直前のマイス。【Photo by Jack Diaz】

 

 しばらくすると、遠いビーチから、ぼんやりとアナウンスが聞こえ始めた。

 いよいよセレモニーが始まるらしい。 

 

 フェストパック側から無線が入り、入場する順番が伝えられた。

 私たちは3番目だそうだ。

 先頭は、開催地グアムの政府が、セサリオの兄トニーに頼んで作ってもらったグアムのカヌー。

 続いて、アメリカ在住のグアム人がサンディエゴで作って輸送して来たカヌー、

 そして、我々マイスとサタワルカヌー2隻。

 その後に、アリ率いるラモトレック船団や、プルワトなどなどが続くのだろう。

 

 湾の入口でスタンバイしていると、コールを受けて先に入港していく二隻の後ろ姿がチラと見えた。 ビーチでは想像以上の歓声が上がっている。

 そしていよいよ、アナウンスがマイスをコールした。

 図体が大きくて小回りが利かぬマイスには非力ながらもエンジンがある。そいつを使って我がマイスは、そろそろと、まっすぐに水路を進む。

 途中、地元の海の男たちがイカダや小舟に乗ってカヌーに近寄って来て、一時混乱するも、なんとか無事にクリア。

 やがて、会場となるビーチの様子が見えてきて、我々は動揺した。

 

 うわっ、たくさんいる!?

 1000人はいるんじゃない?

 

 そこには、想像を超えるたくさんの人々が集まっていた。

 中には、艶やかな揃いの民族衣装を身につけ、歌い踊りながら歓迎してくれる女性たちもいる。

 

 彼らは、はるばる遠い島から伝統航海術でやってきたカヌーの民を歓迎しつつ見物に来ているのだろうが、見物されている我々もまた、夢中であちらを見物していた。

 どちらも写真やビデオを撮りまくり、妙な気分である。

 

 しかし、気がきく男性クルーたちは、いち早くビーチ側のキャットウォークに立ち、人々に手を振っていた。それを見て、我々こそ見物される側なのだと改めて思い至ったので、私も旗を振ってみる。

 ディランは、今こそ船首に立って法螺貝を吹けと皆に言われたが、謎に照れてしまい、隠れるように座って地味に吹いていた。

 

カヌー入場2
陸から見た入場中の我がマイス。【Photo by 海工房(ビデオより切り取り)】

 

 と、不意に威勢のいいチャントが聞こえてきた。

 すぐ隣にいるサタワルカヌーからだ。

 見れば私のサタワル兄弟たちがオールを手に、驚くほどよく通る声でチャントを叫び、踊っていた。  

 俄然、活気付いた。

 ビーチからも歓声が上がる。

 

 サタワル語だから意味はわからぬが、お邪魔します的な意味合いの伝統的なチャントかな。

 なんて思いながら聞いていると、聞き覚えのある単語が‥‥。

 さらによーく聞くと、なんと、聞き取れるではないか。

 それは、こう言っていた。

 

「ウメ! サクラ! マツキリッポゥ!」

 

 すなわち、梅、桜、松・桐・坊主。

 

 花札の役だ!

 

 日本統治時代に入った花札が今もサタワルで人気のなのは知っていたが‥‥。

 

 花札の役を連呼しながら、晴れやかに入場。

 この意味のなさ! さすがサタワル人である。

 

 いよいよマイスが近づくと、ビーチにいた民族衣装の女性陣が改めて別の曲を歌い始めた。

 よく通る、美しい声。

 そこにハウリング気味のマイクでアナウンサーが割り込み、セサリオの名を盛大に呼ぶと、ビーチから歓声が上がった。

 さすがマウの息子。有名人らしい。

 停泊したマイスから降り立ったセサリオはゆっくりと海を歩いてビーチに上がり、人混みの中に消えた。

 ここでグアムの偉い人、伝統的には酋長であるべきだけど、グアムにはいないのできっと知事さんあたりに、正式にフェスティバルへの到着の報告と受け入れ要請をし、承諾された。

 この瞬間、この伝統航海が正式に終わったのである。 

 

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ご挨拶を済ませてマイスに戻るセサリオ。見物人は色とりどり。

 

 

 セサリオが戻ると、我がマイスはモーターボートに曳航され、そのビーチを離れた。

 他のカヌーはみなセレモニー会場となったビーチに停泊して上陸したが、マイスは大きすぎてそれができなかったのだ。

 結局我々は、近くにあるコンクリート製の、人もまばらな港に投錨。

 

 こうして我々の2ヶ月半に渡る航海は終了した。

 そしてここから、マイスクルーとしてのフェストパック・デイズが始まったのであった。

 

IMGP1510ビーチに入場した離島のカヌー。手前のイカダに乗った派手な装束のおじさんが、入場してくるカヌーにいちいち近づいて、後ろにいる警備する船の人に叱られていたが、ちょっとカッコよかった。

カヌー入場9
ずらりと並んだカヌーたち。それぞれ到着のチャントを披露した模様。
ヤップ州の離島からはサタワル、ラモトレック、チューク州の離島からはプルワト、ホーク、他に、グアムと私たちパラオ、そしてマーシャルからも参加した。
【Photo by 海工房(ビデオより切り取り)】


 


*本連載は月2回(第1&第3週火曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

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クルー1クルー2

 

 

 

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林和代(はやし かずよ)

1963年、東京生まれ。ライター。アジアと太平洋の南の島を主なテリトリーとして執筆。この10年は、ミクロネシアの伝統航海カヌーを追いかけている。著書に『1日1000円で遊べる南の島』(双葉社)。

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