越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#47

タイ・シンコン

文と写真・室橋裕和

 リゾート地ホアヒンの南には、日本人がきっと誰も訪れたことのないタイ・ミャンマー国境がある。しかしバイクで疾走してやってくると、意外にも大きなマーケットがあり、国際国境への格上げも想定されている場所だった。

 

 

国道4号線サバイバルレース

 僕はタイの国道4号線をバイクでかっ飛ばし、南へひた走っていた。南北タイをつなぐマレー半島の大動脈ではあるのだが、片側たったの2車線なのである。だから自動車や、荷台に人を満載したピックアップトラック、取り憑かれたように暴走していくロットゥー(乗り合いバン)、大型のバスなどがひっきりなしで、路肩を慎重に走っている僕をびゅんびゅんと追い抜いていく。
 ときおり、巨大なトレーラーやトラックの不吉な影がサイドミラーに現れる。またか、と思い、スピードを落として身体を低くする。鉄の塊がうなりを上げて右側すれすれを通過していくと、巻き起こる暴風で吹っ飛ばされそうになる。そこへトイメンからノーヘル3ケツのバイクが逆走してきて、息が止まる。ブレーキを絞る。すれちがった3ケツどもは、どう見ても中学生かヘタしたら小学生だった。
 タイの田舎の幹線道路は、上下の車線が中央分離帯で遮断されており、数百メートルから数キロにひとつ設置されているUターン・ポイントまで互いに行き来できない。だから逆走はバイクに限ってはほとんど黙認されている。制服姿の白バイが逆走してくることも珍しくはない。ついでに誰もが、ふだんはのんびりしているタイ人とは思えないくらいぶっ飛ばすし、交通マナーはあってなきがごとし。とっても神経を使うタイ・ツーリングなのであった。

 

 

タイが最も狭くなる場所

 僕はとある取材でビーチリゾートの広がるホアヒンを訪れていた。タイの地図を見てみるがいい。ホアヒンの南100キロほどの位置で、南北に細長いタイの国土がキュッと引き絞られ、まるでつまめそうなくらいに細くなっているのだ。グーグルマップを拡大してみれば、その最狭部はおよそ20キロ。タイ湾から西に向かってたったの20キロで、ミャンマーに達してしまうのである。このセクシーなくびれに、以前からそそられていたのだ。
 そしてミャンマー側を見てみれば、こちらにも道路が通じ、なにやら構造物が並び、そこが開かれた国境ポイントだということを示している。外国人の越境はできないようで、どんなガイドブックにだって載っていない。そのレア感もたまらない。
 バイクに乗ってホアヒン各地を回っていた僕は、取材を終えると国道4号線に駆け出した。旅行会社にレンタルバイクを返してバスターミナルに行くよりも、このまま突っ走ったほうが速かろう。たったの100キロだ。

 

01

国境ポイントの存在を知らせる看板に胸が躍る。いちいち写真を撮ってしまう

 

 

知られざる国境市場に興奮

 排気ガスで顔面べとべとになるころ、4号線に堂々掲げられた看板を見上げて、その下を通過する。
「Sing Kong Border →Myanmar」
 右に行くとミャンマー。右に行ったら違う国。日本ではありえない事実にわくわくする。
 右車線に躍り出て、右折レーンから国道1039号線に突入すれば、世界が一気にゆるやかになった。ヤシの林、収穫を待つ田んぼ、放牧されている牛の群れ……木造の民家の合間に、青空マーケットが広がっている。肩に入っていた力が抜ける。交通量はほとんどなく、田園風景の中をゆったりと走ること20キロ。
 見えてきた。山間部へと上っていく道路の麓に、コンクリのでっかいゲートがかかっている。ミャンマー国境だ。来た来た。興奮しながらもスピードを落として微速前進。国境地帯はナーバスである。外国人が越境できないポイントはなおさらだ。
 警戒されないよう、恐る恐る近づいてみると、思いのほか賑わっていた。国境市場だ。バイクを停める。ミャンマー側に伸びる道路の左右に、カフェやレストランが並ぶ。ミャンマー茶を出している店もあった。
 マーケットもなかなかでかい。売っているのはミャンマーの産品で、とくに木工製品が目立つ。家具、雑貨、キッチン用品……ミャンマー特産のチーク材だろうか。そのほか宝石や金、観葉植物や園芸関係、パームシュガー、服や日用品などに混じって、チラホラと象牙らしきものがあるのが恐ろしい。
 客はタイ人だが、店員はみんなロンジーという巻きスカートを履いたミャンマー人ギャルだ。ホッペに塗ったミャンマー名物の化粧品タナカがなんともかわゆい。タイ語とは違う、ミャンマー語の舌ったらずな感じの語感が心地よい。ギャルたちの中には彫りの深いインド系の顔立ちもいて、ミャンマーの向こうには南アジア世界が広がっていることを感じさせる。

 

02

国境ゲートを視認! あの白亜の門の向こうがミャンマーだ

 

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国境マーケットの一角。奥に見えるのはまさか、ワシントン条約の禁制品じゃないよね……

 

04

ミャンマー産の石鹸や化粧品を売っていたギャルのホッペにもうっすらとタナカ

 

 

国際国境へのアップグレードを現在申請中

 市場も大きいし、両替所もあれば、ミャンマー各地に向かうロットゥーも発着している。なかなか立派な国境なのだ。
 しかしゲートのそばにもイミグレーションはない。両国の国民が通過するために必要なボーダーパスという書類を発給する建物があるだけだ。
「毎年、外国人も通過できる国境にしてほしいってお願いはしてるんだけど、なかなかねえ」
 タイ側のボーダーパス発給所で働いていた女の子は、いきなり現れた外国人にも警戒することなくそう教えてくれた。タイは地域の活性化のために国境を外国人にも開けて、バンバン開発したいらしい。そこでこの国境を持つプラチュアプ・キーリーカン県から国に申請をしているのだが、
「国はOK。でもミャンマー側が、調整が済んでいないっていっつも却下。でも、来年こそはって思っているの」
 自治体の内幕をぺらぺらと話すと、彼女は去っていった。夕方5時。国境が閉まる時間だった。市場も次々とガラガラとシャッターを下ろし、ロンジー姿の店員たちがゲートをくぐってミャンマーへと帰っていく。
 あの向こうに行けるのはいつの日か。発給所の彼女が言うように、その日はけっこう近いのかもしれない。

 

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仕事が終わったら国境を越えて帰宅。彼女たちも立派な国際ビジネスパーソンなんである

 

 

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*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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