韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#47

おっとり、ゆったり、忠清道人に出逢う旅

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 私の事務所の日本人スタッフが韓国の中西部、忠清道(チュンチョンド)に行くというので、「忠清道らしさが伝わる写真を撮って来てください」と頼んでおいた。

 韓国には北から江原道、京畿道、忠清道、慶尚道、全羅道、済州道と六つの道があり、さらに忠清道と慶尚道と全羅道は南道と北道に分かれている。

 冬季五輪が開かれる江原道、大統領を多く輩出している慶尚道、芸術や美食が発達した全羅道、海に囲まれたリゾート済州道など、それぞれタイムリーな話題や特徴があるが、忠清道となると、パッと思い浮かぶものがないのが正直な感想だ。

 もちろん、私は過去20年間、忠清南道も北道もくまなく歩いている。南道には黄海に面した季節外れに訪れるのがよい静かなリゾートがあり、黄海側を走る長項線は韓国らしい車窓風景が楽しめるお気に入りの路線だ。また、内陸には扶余(プヨ)や公州(コンジュ)など百済ゆかりの古都がある。

 北道には唐辛子の里・槐山(ケサン)やニンニクの里・丹陽(タニャン)が、そして南道北道ともに温泉が豊かだ。

 点として見れば、魅力ある観光資源がそろっているのだが、道全体としては訴求力に欠けるというのが実情だろうか。

 そこで今回は、とらえどころのないように見えるこの地域にもっと興味をもってもらえるよう、忠清道の風物や忠清道人の気質に関するエピソードをいくつか紹介したい。

 

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忠清南道の牙山(アサン)市にある外岩民俗村(ウェアムミンソクチョン)。背景には雪華山(ソルファサン)が www.oeammaul.co.kr(韓国語)

 

 

まずは忠清道の概要から 

 忠清道は、韓国では唯一海のない忠清北道と、全国で最も平均海抜が低く(100m)、リアス式海岸が西側の黄海に接している忠清南道とに分けられる。

 三国時代、全羅道とともに百済の領土だった忠清道(特に南部)は、475年に都が公州に移り、660年に百済が滅びるまでの約200年間、百済文化の中心地で、南進する高句麗、北進する新羅や百済がしのぎを削る激戦区でもあった。

 また、首都ソウルに近いため、朝鮮王朝時代には両班(支配階層)が多く住み、おだやかで礼儀正しく、“中庸”を是とする両班気質が忠清道人に受け継がれたともいわれている。そう、この中庸の精神こそが、忠清道人の等身大理解につながるキーワードかもしれない。

 

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外岩民俗村 牙山市松岳面外岩里84 09:00~17:00(11月~3月)、09:00~17:30(4月~10月) 無休 入場料2000ウォン

 

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外岩民俗村で見かけた年季の入ったパンアッカン(精米所)の建物

 

 

“忠清道両班”と“清風明月” 

 地方を旅するとき、私は現地のタクシー運転手さんにかならず「この街で食べるべきものは何か?」「見るべきものは何か?」と聞くのだが、忠清道では総じて、

「……さあ~……どうでしょうか、特にこれといって」

 のように返事が遅く、しかも、あやふやな言葉が返ってくることが少なくない。

 前述した中庸というのは、調和を意味するが、これは、角を立てず、強く主張せず、どっちつかずであるとも解釈できる。

 大統領選挙などでは、今年の春こそ忠清道でも左派候補が多く得票する結果となったが、いつもは慶尚道と全羅道が文字通り右と左に真っ二つに割れるなか、忠清道は毎回、中道からやや保守寄りといった傾向である。

 

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南道の温陽温泉市場は規模も大きく活気はあるが、商魂はあまり感じられなかった。路上で商う人々がみなおだやかだったのは忠清道気質か、それとも観光客慣れしているからか

 

 忠清人の印象は? とソウルの市井の人々に聞けば、「のんびりしている」「おっとりしている」「本音を言わない」のような回答が多く得られるだろう。総じて主張がはっきりしている(日本人から見た韓国人像は特にそうかも)といわれる韓国人のなかでも、忠清道人は自分の意志を積極的に表さない印象が強い。その背景については諸説あるが、なかでも興味深いものが二つある。

 前項で書いたように三国時代、この地は激戦区で支配者がたびたび変わったため、人々は状況を冷静に見つめながら行動しなければならなかった。そんなとき、不用意なひとことは命取りになる。当然、意思表示は控えめになり、何かを断わらなければならないときも婉曲に表現するようになったはずだ。これがひとつ目の説。

 また、朝鮮王朝時代は、激しい政争に巻き込まれるのを避けるため、いったん下野して、中央の様子をうかがいながら返り咲きを狙う両班が多かった。そんなとき、中央と適当な距離をとりながら、情報も入手しやすい忠清道は都合のよい場所だったため、ここに生活基盤を置く両班が集まっていた。先の見通しがきわめて不確実だった彼らは、慎重に言葉を選び、自らの主張は腹の中に留めるようになった。そんな気風が民間にも広がっていったといわれている。これが二つ目の説だ。

 

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リアカーからポン菓子の袋がこぼれ落ち、観光客がそれを拾い集める一幕。温陽温泉市場で

 

 忠清道人の優雅さを指して、「忠清道両班」などと言ったりするが、これは中庸を重んじ、ゆっくり言葉を発し、ゆっくり歩くという両班らしい行動様式と、控えめな忠清道人のイメージが重なるからだ。もっとも、今、忠清道両班といったら、「浮世離れしている」「世間知らず」のように皮肉として使われることも多いのだが。

「忠清道両班」と並んで忠清道のイメージを伝える言葉として有名なのが、「清風明月」だ。これは両班たちが好んで詩に詠んだ言葉で、清らかな風のなかの美しい月のようにやわらかく、高邁。さわやかな風や美しい月などの風流を愛でる精神などを意味している。

 この四文字は観光PRの場などでキャッチフレーズとしてよく使われているが、十年ほど前には、マッコリの商品名にも採用されている。

 

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温陽温泉市場のはずれには足湯があり、誰でも利用することができる

 

 

白馬江(ペンマガン)の悠々たる流れ 

 忠清道を代表する観光を挙げるとすれば、やはり白馬江の川下りになるだろう。

 

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皐蘭寺船着き場から百済の帆船を模した遊覧船(2000ウォン)で10分ほどかけてクドゥレ船着き場まで行くのが基本コース

 

 白馬江は南道の扶余郡を流れる錦江(クムガン)の下流に当る。川下りは、新羅と唐の連合軍によって滅ぼされた百済の宮女たちが身投げした落花岩(ナッカアム)を眺めたり、皐蘭寺(コランサ)をお参りしたりしながらのつかのまの船旅だ。

 

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クドゥレ船着き場の「クドゥレ」は大国という意味で、それが日本に伝わって百済(くだら)になったという説も

 

 滅亡する百済の悲しみを伝える白馬江たが、その悠々とした流れは、のんびりした(優雅な)忠清道人の気質とよく重ね合わせられたりする。公州出身の詩人イム・カンビンは白馬江を抱く錦江を次のように詠っている。

 

 ソンビの足どりのように流れる錦江

 感情をむやみに表に出さず

 あふれることもなく、ゆったり流れる 

                         ※ソンビ=在野の文人

 

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船上から落花岩を望む。皐蘭寺船着き場から少し山登りをすれば、宮女たちが飛び降りたといわれる落花岩の崖まで行ける

 

             

忠清道出身の有名人 

 日本人にも知られている忠清道出身者を思い出してみよう。

 大統領こそ50年以上輩出していないが、昨年までの10年間、国連事務総長を務めたパン・ギムンは北道の陰城(ウムソン)出身だ。彼に対する評価はさまざまだが、中立性が求められる国連の要職に忠清道出身者が就いたのは偶然とは思えない。

 

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第8代国連事務総長パン・ギムンの蝋人形。ソウルのロッテホテル向かいにある蝋人形博物館『GREVIN』所蔵

 

 エンターテインメントの世界に目を向けると、『ホジュン 宮廷医官への道』『宮廷女官チャングムの誓い』『イ・サン』など多くの時代劇をヒットさせたイ・ビョンフン監督は南道の燕岐郡(現・世宗特別自治市)出身だ。

 私は十年ほど前、単独インタビューをしたことがあるのだが、監督が好きな映画として、イ・ヨンエ主演の『春の日は過ぎゆく』(ホ・ジノ監督)を挙げていたことを思い出す。この映画は舞台こそ忠清道ではなかったが、韓国の素朴な田舎の風景と若い男女の心のうつろいが繊細に描かれた、まさに“清風明月”な作品だったと思う。

 

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忠清北道の清州市、大清湖のほとりにある文義文化財団地(ムニムナジェダンチ)で出会った、わら細工をするハルモニたち

 

 芸能界では俳優のキム・ハヌル(丹陽)、クォン・サンウ(大田)、クム・ボラ(唐津)が思い浮かぶ。絶対的な美男美女ではなく、どこかとぼけたようなキャラクターがハマるこの3人に、私はなんとなく忠清道らしさを感じてしまう。

 

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忠清北道の清州市、朝鮮戦争避難民が集まって暮らしたタルドンネ(傾斜地にできた庶民の住宅街)を壁画村にした水岩ゴルの路地裏で

 

 日本人とも親和性がありそうな忠清道人の気質。そんな無形文化にふれる旅にぜひ出かけてみてほしい。

 

 

*取材協力:有限会社プランネット、忠清南道観光マーケティング課、忠清南道観光協会、忠清北道文化体育観光局観光航空課

 

 

*2018年1月27日(土)の16:00~18:00、28日(日)の10:30~12:30と13:30~15:30、名古屋の栄中日文化センターで、鄭銀淑(チョン・ウンスク)が講座を行います。テーマは「韓国の酒、肴、酒場」。詳細は追って本コラムやTwitter(twitter.com/Manchuria7)で、お知らせします。

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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