ブーツの国の街角で

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#46

ピラーノ(ピラン): ブーツの国を飛び出して、スロヴェニア半日トリップ

文と写真・田島麻美

 

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  「大陸」という言葉の意味を生まれて初めて実感したのはトリエステを訪れた時だった。今から15年以上も前のことだ。ローマから特急列車に6時間近く揺られてたどり着いた国境の街だったが、旧市街を歩いている限り北イタリアの他の街と違った雰囲気は感じられなかった。「国境の街=エキゾチックな空気」と勝手に思い込んでいた私は肩透かしを食らったような気分になったのだが、それが早合点だったことを思い知ったのはトリエステのバスターミナルへ行った時だった。中長距離バスの発着点であるバスターミナルには、オーストリア、ブルガリア、クロアチア、スロヴェニア、ハンガリー、ルーマニアなど、トリエステと周辺の国々の各都市を結ぶバスがずらっと並び、夜遅くにもかかわらず大量の人々が我先にと降り立ったり、乗り込んだりしていた。オレンジ色の電灯に照らされた行き先の読めないバスに大きな荷物を抱えて乗り込む人々を眺めるうちに、自分がどこの国にいるのか全くわからなくなったことを思い出す。今ここで、ひょいとあのバスに乗り込めば、1時間もしないうちに言葉も通じない全くの未知の街へたどり着けるのだ。そう考えると、ちょっと鳥肌が立つような興奮を覚えた。
 15年前は叶わなかったバスの「半日海外旅行」だが、今回ようやく体験する機会に恵まれた。トリエステから「ひょいと」バスに乗って訪れた、スロヴェニアの港町ピラーノをご紹介しよう。

 

 

 

 

片道6ユーロの海外旅行

 

   

 トリエステのバスターミナルで、「直通で、日帰りで行ける外国の街」を探してみると思いの外たくさんの選択肢が見つかったのだが、ターミナルのバスの行き先を見ても、そこが一体どんな街なのか全く想像できない。イタリアの隣国スロヴェニアは、1991年に旧ユーゴスラビアから独立した国で、観光地としての知名度はまだあまり高くない。私自身この国に関する知識は皆無で、「スロヴェニアって、何があるんだろう?」と首をひねりながら、ただ行き先を眺めるばかり。このままでは埒が明かないのでチケット売り場で尋てみると、「ピラーノ(=ピラン)なら1時間ちょっとで行ける」と言われた。しかし、行きは直通バスがあるが帰りは乗り継ぎになるという。「あの、スロヴェニアってイタリア語通じます? チケットはどうやって買えばいいの?」不安顔で聞いた私に、窓口のシニョーラは、「大丈夫よ。ピラーノならイタリア語も英語も通じるわ。着いたらすぐ、時刻表を確認してね。ピラーノからカポディストリアまでローカルバスが1時間に2本ぐらいは出てるから、まずはそこまで行って。カポディストリアのターミナルでトリエステ行きに乗り継げばOKよ。チケットは車内でも買えるから」と笑顔で教えてくれた。「今から行けば11時前には着くし、ピラーノは小さな街だから3〜4時間の滞在でも楽しめるわよ」と言われ心は決まった。行きの直通バスのチケット代は5,90€。海外旅行の交通費としては格安だろう。ちなみに「パスポートは必要? 税関はある?」という質問に対しては、「基本的には何もないが、万が一のために身分を証明するものを持っていけ」と言われた。
 

 

 

 

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トリエステのバスターミナルにある時刻表の一部。カッコ内のイタリア語表記を見なければ、発音することもできない文字が並んでいる(上)。ターミナルでバスの到着を待つ人々。イタリア、スロヴェニアの人だけでなく、ツーリストも混じって非常に国際色豊か(下)。
 

 

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中距離バスの車内。運転手はスロヴェニア人だが、イタリア語が通じてホッと一安心(上)。30分ほどで高速を降りた途端、全ての道路標識がスロヴェニア語になった(下)。
 

 

 

 

 

 隣国イタリアでも知られていない夏の高級バカンス地

 

 

  カポディストリアで30分以上の休憩を挟み、バスはピラーノへ。所要時間1時間半と聞いたが、実際にはこの休憩時間がなければ1時間弱で着けるということか。そういえば、夏の間はトリエステの港からピラーノ行きのフェリーも出ていて、水路なら30分で着けるらしい。そう聞くと、外国というより隣町といった方が近いような気がする。
 とはいえ、バスの車窓を通り過ぎる標識や店の看板の文字は全く理解できず、一体どこをどう走っているのやらさっぱりわからない。道路脇には新しい建物が多く立ち並んでいて、大型のショッピングセンターやスーパーなどで時々目に馴染んだブランドの看板を見つけると、ちょっとだけホッとする。緑豊かな田園風景、イタリアよりずっと整備されている道路、家々の庭先も美しく整えられていて、「スロヴェニアって、なんだかとても暮らしやすそう」という印象を抱いた。
 乗り継ぎターミナルを出発して20分ほど経った頃、坂道の急カーブの先にいきなり真っ青な海が見えた。アドリア海に突き出した煉瓦色の屋根が並ぶ小さな港街は、イゾラという名前らしい。ピラーノはこのイゾラに隣接している。イゾラからピラーノへの道中には、予想もしていなかった光景が広がっていた。真っ青な海岸線に沿って建ち並んでいたのは、「ハワイか?」と見まごうばかりの巨大高級ホテルの数々。小さくてのどかな港街、と勝手に想像していた私は衝撃を受けた。海が大好きなローマの人々の間で、バカンス先としてピラーノの名前が出たことはないが、これほどの高級リゾート地がこんなに身近にあったとは。早くも大発見をしたような気分になってきた。
 

 

 

 

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バスの車窓に広がるアドリア海とイゾラの街のパノラマ(上)。ピラーノが近くにつれ、プールやジャグジー、ビューティセンターを備えた巨大高級ホテル群が現れる(中)。ピラーノのバス停留所から眺める美しいアドリア海(下)。
 

 

 

 

 

アーティストがひしめく旧市街

 

 

  ピラーノのバス停に降り立つと、目の前には真っ青なアドリア海が広がっていた。ヨットやカラフルなボートが停泊する港を横目に海岸線を歩き、街の入り口タルティーニ広場に着いた。インフォメーションセンターで地図をもらい、ブラブラと街を散策。治安はとても安全ですれ違うツーリストも皆リラックスしている。爽やかな潮風に吹かれて歩くのも心地いい。
 明るい白、ピンク、イエローの壁が建ち並ぶ旧市街は狭い坂道が多く、ところどころにヴェネツィアン・ゴシック様式風の美しい建物があったり、真っ白な大理石の彫像が飾られた小さな広場があったり、迷子になって歩くのがとても楽しい。イタリアの田舎街に似ているが、この街の雰囲気はもっと軽やかだ。道の両脇にあるショップをのぞいてみると、絵画や手作りのアクセサリーを売る店が多くて驚いた。量産されたお土産品を売る店はほとんどなく、どれも「一点物」を揃えた工房やギャラリーばかり。店構えこそ小さいが、アーティストが集まる通りはどことなくハイセンスな空気を感じさせる。
  海と街を見渡せる高台のサン・ジョルジョ教会を目指して坂道を登っている時、どこからか澄んだハープの音色が聞こえてきた。きつい登り坂に、あえてこんな軽やかなBGMを流すとは粋な計らいだ、と密かに感心した。きっと教会がCDでも流しているのだろう、と思っていたのだが、坂道を登りきったところで遭遇したのは正真正銘、本物のハープ奏者だった。アイルランド人らしい女性が奏でる爽やかで軽やかなハープの音色に聴き惚れながら、眼下に広がる赤い屋根と青い海のコントラストに目を細めた。
 

 


 

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 旧市街の道は狭く曲がりくねった上り下りが続く(上)。鮮やかな黄色が可愛いスロヴェニア郵便局の配達用自転車(中)。昔、住民たちの生活の支えであった井戸が残る5月1日広場。水は大変な貴重品であったため、正義と監視の大理石像が井戸を守っている(下)。
 

 

 

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絵画のギャラリーや手作りのアクセサリー、陶器の工房などが軒を連ねる旧市街(上)。丘の上の教会の前で演奏していたハープ奏者の女性(中)。展望台からピラーノの旧市街とアドリア海見下ろす(下)
 

 

 

 

 

本当は内緒にしておきたい魅惑のリゾート地

 

 

   1時間ほど歩いて街の中心部を見尽くしたところでそろそろ休憩したくなった。事前に確認したバスの時刻表によると、トリエステへ行くバスは午後2本しかなく、乗り継ぎのターミナルまでの移動も考えると、もうあまり時間は残されていない。本当はゆっくりランチを楽しみたかったが、時計を見るとどうやら無理そう。ならばせめて海を見ながらカフェタイムを満喫しよう、ということで海辺へ向かって降りて行った。
  港から灯台まで伸びている海辺の通りは、季節外れの海水浴客でごった返していた。もう夏のバカンスは終わったと思い込んでいたし、まさかローマからはるばる北上してきてこんな光景に出会うとは思ってもみなかった私は思わず絶句した。砂浜はないのだが、真っ白な岩場から海へ入るための足場と小さな階段が10mおきに作られていて、子どももお年寄りも難なく海水浴を楽しめるようになっている。海水は青く透明で温かく、思わず飛び込みたくなるのも頷ける。目の前の美しい海で気持ちよさそうに泳ぐ人々を眺めつつ、カフェでアイスコーヒーをすすっている自分が可哀想になって来た。「もう夏はとっくに終わったと思ってたのに」とウェイターのお兄ちゃんにぼやくと、「ピラーノのベストシーズンは9月と10月だよ。8月はバカンス客でごった返すしレストランもホテルも値段が高いから避けた方がいいね。地元の人達はバカンスのピークが過ぎてからゆっくり海を楽しむんだよ。去年は暖かくて11月まで泳げたけど、平均的には10月までは海水浴が楽しめるよ」と教えてくれた。
  これは良い事を聞いた。来年、夏が終わる頃に水着を持ってこっそりここへ戻って来よう。おしゃれなホテルも透明な海も美味しいシーフードも格安で独り占めするぞ! そう誓って席を立ち、後ろ髪をぐいぐい引かれながら泣く泣く帰りのバスに乗り込んだ。
 

 

 

 

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おしゃれなカフェやレストラン、リゾートホテルが並ぶ海辺の通り(上)。どこまでも透明な海の美しさと設備の素晴らしさに感動!(中)。バカンスのトップシーズンである7•8月はホテル代も値上がりするが、この時期を外せばイタリア国内より遥かにお手頃な値段で季節外れのビーチ・リゾートを満喫できるそうだ(下)。

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

ローマ・テルミニ駅からトリエステまで高速鉄道と各駅電車を乗り継いで約5時間。トリエステ駅前にあるバスターミナルからピラーノまで直通バスで1時間半。ピラーノはイタリア語読み、スロヴェニア語ではPiran(ピラン)と表記されている。乗り継ぎバスを利用する場合はトリエステ〜カポディストリア(Capodistria、スロヴェニア語ではKoper)〜ピラーノ(Piran)のルートで往復できる。7〜9月上旬まではトリエステ=ピラーノ間を高速フェリーが巡航、所用約30分。
 

 

 

<参考サイト>

・ピラーノ観光情報(英語サイトあり)
予約・インフォメーションのサイト(英語)

https://www.portoroz.si/en/home

 

 

音声ガイドとMapでピラーノの街歩きが楽しめる無料アプリもある(英語あり)
Google PlayかApp Storeから“Nexto Guide”というアプリをダウンロードし、Piranoを選択すればOK。街の見所を網羅できるコースが用意されている。
 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回10月25日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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