究極の個人旅行ガイド バックパッカーズ読本

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#46

バックパッカーの大先輩、稀代の旅人たちの足跡

文・室橋裕和

 人類は太古から旅を続けてきた。
 文明が興った頃は、より安全な場所、実り多い土地への移住という旅だったろう。やがて聖地を目指す巡礼がはじまり、交易によって遠い街へと行き来する人々が現れた。他国への進軍、戦争もまた、旅のひとつの形態だ。
 定住地を離れて、危険を冒しても移動をしていく。見知らぬ場所に行こうとする。それは人類の遺伝子に刻まれた本能のようなものだと思う。未知の土地を歩き、旅をして、なにかを見つけたい。その好奇心と探求心が、人類をここまで進化させてきたとさえいえる。
 そんな人類旅行史の中でも、特筆すべき人々がいる。いわばバックパッカーの先輩といえる存在だ。彼らの足跡をたどってみると、コロナ後に出る旅がより楽しみになってくるだろう。

 

旅の偉人たちの足跡をたどる


 ヘロドトス(BC484年頃~BC425年頃)

 古代ギリシアの歴史家。世界7不思議のひとつマウソロス霊廟があったとされるハリカリナッソス(現トルコ・ボドルム)で生まれ、政争に敗れた後に、旅に出たと考えられている。イタリアやエジプト、フェニキア、バビロン、黒海……それらの土地で見聞きした風物や言い伝えなどを大著『歴史』にまとめあげた。
『歴史』は、アケメネス朝ペルシアと古代ギリシアの戦争を主題としているが、古代オリエント各地の優れたガイドでもあり、史上初めて体系的に編まれた歴史書・地誌でもある。フェニキア人たちがアフリカ一周を目指した航海や、ペルシアの駅伝制度が支えた交易や通信についても、いきいきと描写されている。

 

01
『歴史』(岩波書店)


 

 アレクサンドロス大王(BC356年~BC323年)

 ユーラシア大陸にまたがる大帝国を築き上げた若き英雄の人生は、旅そのものだ。故郷のマケドニアを出立してから、彼は大軍勢を率いて各地を転戦した。トルコ、イスラエル、エジプト、そしてペルシアを陥落させてもなお、進撃の旅は東へ東へと続き、現在のパキスタン、インドまでをも駆け抜けた。
 古代世界を代表する軍人であり、東西文化を融合させた功績も語られるが、それ以上に「未知なるもの」を追い求めた大旅行家であったと思うのだ。
 彼の10数年の旅については『アレクサンドロス東征記』ほか、実にさまざまなメディアで取り上げられている。オリバー・ストーン監督で映画化もされた。親しみやすいところでは『ヒストリエ』(岩明均)は、大王の書記官エウメネスを主人公とするコミックだ、
 また、いまも各地に大王の足跡が残る。エジプトのアレクサンドリアは彼が建設した都市だし、イランのペルセポリスは彼に焼き落とされ崩壊したままの姿をいまもとどめる。パキスタン北部のフンザは、マケドニア軍の末裔が住むともいわれる。史料をしっかり読み込んでから、そんな場所を旅すると、実に芳醇だ。

 

02
『アレクサンドロス大王東征記』(岩波書店)

 

 玄奘(602年~664年)

 中国の僧侶・玄奘は、仏教のルーツを目指してインドへと旅立った。目的は経典の原本を見つけることだ。
 長安を旅立ってからは苦難の連続だった。ゴビ砂漠の灼熱に焼かれ、酷寒の天山山脈を越えていく。シルクロードを伝って現在のタシケント、サマルカンド(ウズベキスタン)を通り、バーミヤンからガンダーラ(アフガニスタン)を経て、とうとう天竺、インドへとたどりつくのだ。
 そしてインド各地を旅しながら、仏教寺院を巡って経典を集め、さらに僧院に滞在して研究にも打ち込んでいるから、いまで言う留学だろう。こうしてたくさんの知見と資料を集めた玄奘は、17年の旅を終えて帰国した。
 その壮大な旅の記録をまとめたものが『大唐西域記』だ。そして、この書物をベースにして16世紀に書かれた冒険小説が、かの『西遊記』である。玄奘は「三蔵法師」という名で登場している。日本でも数多くの小説やコミック、アニメなどの作品の題材となった『西遊記』だが、その原点はひとりの僧が仏教を探求し続ける旅だった。

 

03
『大唐西域記』(東洋文庫)

 

 マルコ・ポーロ(1254年~1324年)

 海運と交易で栄える13世紀のヴェネツィアでは、商人たちが大きな力を持っていた。発達しつつあるシルクロードを行き来して各地の物産を売買し、物珍しい品を追い求める彼らはまた、旅人でもあった。
 そんな商家に生まれたマルコは、父、叔父とともに中東から中央アジアを踏破し、パミール高原やタクラマカン砂漠を越えて、3年をかけて中国へと至る。そこはモンゴル皇帝クビライ・カーンが支配する元だった。
 クビライに歓待された一行は、そのまま元の官吏として仕えることになる。いまでいう現地採用だろうか。マルコたちは元の各地を使節として訪れるよう命じられ、雲南やインドシナ半島、スリランカまで帝国を旅して回った。およそ17年間に渡って元で暮らし働いた、稀有な西洋人だったのだ。
 24年の旅を終えて帰国したマルコは、ジェノヴァとの戦争に従軍。捕虜となってしまうのだが、収監中に運命的な出会いを果たす。捕虜の中に小説家ルスティケロ・ダ・ピサがいたのだ。彼はマルコから聞いた旅の話をもとにして『東方見聞録』を執筆、世界的なベストセラーとなった。
 この本の中では、インドやインドネシアの豊かな香辛料、黄金の国ジパングなども紹介され、ヨーロッパ人の好奇心を刺激した。このことは大航海時代に人々をアジアに向かわせる原動力のひとつになっただろう。

 

04
『東方見聞録』(平凡社)


 イブン・バットゥータ(1304年~1369年)

 モロッコの港町タンジェに生まれた彼の最初の旅は、メッカ巡礼だった。だが北アフリカを横断し、エジプトからアラビア半島へとたどるうちに、彼は旅の魔力に取り憑かれてしまうのだ。
 そのまま帰国せずに旅すること、およそ30年。メッカから北上し黒海、カスピ海を経て中央アジアを越えてインドに入り、さらに海路で東南アジアへ。泉州から中国に上陸すると、北京まで達した。
 イスラム法学者でもあった彼は、インドでは官吏に任命されるなど、各地で地域の君主や行政関係者とも親交を深めている。
 恐るべきは帰国後で、故郷を懐かしむ間もなく、すぐに次の旅へと出発している。ジブラルタル海峡を渡ってスペインを回り、アフリカ大陸に戻るとサハラ砂漠を縦断してマリを旅した。それからようやく腰を落ち着けて、紀行の執筆に取りかかったといわれる。
 彼は、カイロ、イスファハン、タブリーズ、イスタンブール、エルサレム、スリランカ、杭州など、現代のバックパッカーに人気となっている土地にも滞在している。旅と合わせて彼の旅行記を読み、14世紀との違いを探したい。

 

05
『大旅行記』(東洋文庫)


 

 松尾芭蕉(1644~1694年)

 彼の足跡もまた、現代のバックパッカーにどこか通じるところがあるようにも思う。とりわけ、およそ半年をかけて東北から北陸を巡った「おくの細道」の旅だ。
 時代を代表する俳人は、1689年(元禄2年)に江戸の街を出立する。46歳の頃だというから、ずいぶんと遅くなってからの旅立ちだったようだ。
 北へ北へとさすらっていく芭蕉は、かつての古都や名だたる城下町で、ときに観光を楽しみ、ときに土地の人々と交流し、行く先々で俳句を詠む。なんとも優雅なように思えるが、その目的は名歌の題材(歌枕)となった土地を訪ねることだ。そうした場所を旅して、さらなる俳諧の世界を開こうとしたのだ。
 約600里(2400キロ)に及ぶ旅の中で、芭蕉はいまも語り継がれる名句をいくつも残した。そのルートをたどる旅も人気だ。まったく同じ行程を、彼と同様に歩いて旅する人もいるくらいなのだ。各地に、芭蕉の句碑や銅像などもあって、自分も一句、詠んでみたくなる。

 

06

『おくの細道』(岩波書店)

 

 河口慧海(1866年~1945年)

 彼の旅立ちのきっかけは、玄奘と似ている。僧としての経験を積むうちに、釈迦の言葉がそのまま書かれた原本に触れたくなったのだ。サンスクリット語とチベット語の経典を手に入れて研究すべく、神戸港から大陸に渡った。その行程には、バックパッカーになじみの深い街がいくつも登場してくる。
 シンガポール経由でカルカッタ(現コルカタ)に上陸すると、まずはダージリンに1年ほど滞在してチベット語を学ぶ。その後ブッダガヤからネパールに入り、カトマンズ、ポカラへと旅していく。
 問題は当時のチベットが鎖国していたことだ。そこで闇ルートを使い、ヒマラヤを踏破して、何度も命の危険に見舞われながらもついにチベットへ入る。これが日本人初のチベット旅行といわれる。
 カイラス山へ巡礼した彼は首都ラサに入り、セラ寺で念願の仏教学徒として学びはじめる。帰国後、6年間に渡ってチベットを旅した記録は1904年に『西蔵旅行記』として刊行され、いまもリニューアルされて読み継がれている。
 ちなみにチベットに行く前に河口慧海が住職を務めていた五百羅漢寺は、いまも東京・目黒の名刹として知られている。

 

07
『チベット旅行記』(白水社)

 

 

*本連載は月2回(第1週&第3週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*タイトルイラスト・野崎一人 タイトルデザイン・山田英春

 

 

『バックパッカーズ読本』編集部

格安航空券情報誌『格安航空券ガイド』編集部のネットワークを中心に、現在は書籍やWEB連載に形を変えて、旅の情報や企画を幅広く発信し続けている編集&執筆チーム。編著に究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』シリーズなど。

 

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