韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#46

ソウル北西部の下町、弘済洞散歩〈後編〉

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 前回(#45)に続き、ソウル北西部の下町、弘済洞(ホンジェドン)散歩を続けよう。

 

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弘済洞の路地裏。庭の確保が難しい住宅環境で、通りに観葉植物を並べるのは日本の下町と共通している

 

 

デポチプ(昔ながらの酒場)と呼びたくなる店に出合う 

 仁王市場の屋台で軽く一杯のつもりで飲んだ。昼酒は回りが早く、エンジンがかかってしまった。田舎町にあるようなこの市場なら、いい大衆酒場に出合えるのではと、屋台街を背に統一路の方角を見ると、右手に細い路地があった。

 その先には若者には素通りされそうなくたびれた店があり、地元のハラボジ(おじいさん)たちが酒盛りをしているはずだ。勝手に絵が浮かんでくる。韓国全土の酒場巡りを始めて十数年、かなり鼻がきくようになっているからだ。

 路地を進むと、ほらもう見つかった。店の名前は『チェウネ』。看板には赤字でスンデクッ(腸詰汁)、青地でチョングッチャン(納豆汁)と書いてある。曇りガラスの引き戸の中から少々しゃがれた笑い声が聞こえてきた。

 

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仁王市場の北西寄りの路地裏で見つけた『チェウネ』

 

 迷わず引き戸を開けると、想像通りの酒盛りが行われていた。4人がけのテーブルが3つ、6人がけのテーブルが2つ。席は8割がた埋まっている。ふだんは食堂なのかもしれないが、今日は日曜日。時刻は15時を回ったところ。朝早く目覚めるお年寄りにとっては今がゴールデンタイムなのだ。

 土日はいつも顔見知りの客が集まっているのだろうか。席が違ってもみな親しげに声をかけ合っている。平均年齢は80歳といったところだが、みな若々しい。最高齢はなんと94歳。180センチはありそうな体躯で、生成りのシャツをおしゃれに着こなしている。静かにチーズをつまみながらビールを2本空けて去っていった。一人客がいるのは居心地のよい店の証拠だ。

 いちばん軽そうな茹でイカをつまみにマッコリを飲む。女将やハラボジたちとの一期一会のおしゃべりが楽しい。主な話題は日本。領土問題や歴史認識の話などではない。今、韓国では日本旅行が人気があるので、「オレは福岡と別府と大阪に行った。おまえはどこ行った?」といったような情報交換である。

 新参者の私はとうの昔に若者を卒業しているが、この空間ではひよっこ扱い。こんな店を求めて十年以上前から韓国全土を歩いているのだが、ソウルにもまだまだいい店があったのだ。

 

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『チェウネ』の茹でイカ。お年寄りの憩いの場なので、若者向けの店とちがって、つまみが適量なのがいい

 

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『チェウネ』を後にして市場のほうに戻る筆者。この店ではメニューにない料理でも市場にある食材を持ち込めば作ってくれる

 

 

弘済洞のシンボル、ユジン商街物語 

『チェウネ』を出て左に進み、もと来た路地を道なりに右方向に進むと市場の外に出る。目の前を横切る統一路の歩道を右に進むと、手前に5階建てで横長の雑居ビルがあり、その後ろを高架自動車道が横切っている。

 

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右がユジン商街のビル。左が高架自動車道

 

 その雑居ビルこそが弘済洞のシンボル、1970年に建てられたユジン商街(ユジン・マンション)だ。外壁は色あせ、はがれ、しみも目立つ。実年齢の47歳よりだいぶ老けて見える。

 

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弘恩サゴリ(四つ角)から弘済橋までのびたユジン商街のビル

 

 今となってはありふれた住商複合ビルだが、高層マンションも少なかった1970年代のソウルでは画期的な建物でだった。その2年前、仁寺洞と鍾路3街の間に登場した住商複合ビル・楽園商街(ナグォンサンガ)は、ビルの下にトンネルのような車道があることで注目されたが、ユジン商街はその長さが220mもあり、しかも弘済川(ホンジェチョン)という川に沿って建てられているのが特徴。その威容はかつては“長い列車”と呼ばれたほどだ。1階の南側には市場風に青果店が並んでいる。

 

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中庭を挟んで二重の建物になっているユジン商街のビル。左手(北側)の建物は高架自動車道の建設とともに5階建てから3階建てに改修された

 

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北側から見たユジン商街と高架自動車道

 

 この横長の建物を見て城壁や防御壁を思い出す人がいたとしたら、なかなか鋭い。北朝鮮の南侵(韓国侵攻)にリアリティがあった時代、弘済洞はソウル北西部の防御拠点だった。ここの防御線が崩れると、そこから数キロの大統領府(青瓦台)やソウルの中心部が危険にさらされるからである。この建物の一階に壁がなく、柱が見えているのは、この空間に戦車配備を想定していたからだという。また、非常時にこの建物を爆破して北朝鮮の侵入を防ぐ狙いもあったそうだ。

 今では懐古趣味を満足させる建物にしか見えないユジン商街のビルに、こんな歴史があったとは驚きだ。

 

 

垢ぬけない店名についつい足が止まる商店街 

 ユジン商街を右手に見ながら横断歩道を渡り、右に進むとそこは弘済初等学校(小学校)に至る通りだ。ソウルに定着しようとした朝鮮戦争避難民たちやソウルで一旗揚げようと上京した地方出身者がこの地に集まった70~80年代、この辺りはまさに庶民のための繁華街だった。

 

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弘済洞の商店街で見つけたトッポッキ 

 

『대지식당(大地食堂)』、『우정미용실(友情美容室)』など、田舎に行かないとなかなか見られない野暮ったい看板が続いていて飽きない。ヒマそうな床屋のおじさんに「古いお店が多いですねえ」と話しかけると、「李朝時代の看板だよ」というお約束のジョークが返ってくる。

 100年以上の歴史がある店も珍しくない日本では、40年など歴史とは言えないかもしれないが、政治的に比較的安らかな時代になってから30年くらいしか経っていない我が国では40年前は昔々なのである。

 

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弘済初等学校に至るさびれた商店街で出合った『大地食堂』。玄関マットがきれいなので現役のようだ

 

 レンガの外壁に瓦屋根をのせた2階建ての建物に、『美都飯店』という漢字の看板がかけられている。中華料理店だ。開業は1968年なので私と同世代。看板の脇に「華商」と書かれているのは華僑の経営であることを示している。雰囲気のある店なので、ビールでも一杯と思ったが、すでに廃業していた。

 

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漢字の看板が鮮烈な中華屋さん『美都飯店』

 

 前回書いたように、弘済洞は朝鮮王朝時代、中国に至る街道の出発点だったところだ。華僑の店が残っていたら浪漫が感じられたのに……。建物はそう朽ちていないので、再開を望みたい。

『美都飯店』を通り過ぎてしばらく行くと、少々場違いな感じのオレンジ色の看板が目に入る。その名も『super size coffee』。コンビニ兼カフェというハイブリッド型コンセプトの店である。まだ何も注文していないのに、トイレをこころよく使わせてくれるやさしい夫婦の店だ。コーヒーや生のフルーツジュースが2000ウォン~とは下町らしい良心価格。散歩の途中で立ち寄るのにいいだろう。

 

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『super size coffee』は小学生にとっては駄菓子屋、地元の高齢者にとっては喫茶店のような存在

 

 

火葬場の町 

「弘済洞には大きな火葬場があったんだ。遠くからでもよく見える煙突からいつも煙が立っている。それが日常風景だったね」

「子供のころは弘済川で泳いだんだよ。いい遊び場だった」

 この町を歩きながら拾い集めた古くからの住民たちの言葉だ。

 弘済初等学校から北東へ10分ほど歩いたところにある弘恩初等学校の近くには70年代まで火葬場があった。1925年、日本人によって建てられた施設だ。そのため、他所の人が弘済洞と聞けばすぐ火葬場を思い浮かべるほどだったという。永登浦や千戸洞と聞けば色町を連想する人が多いように……。いずれも嫌悪施設の一種であるのがもの悲しい。

 

 

清から出戻った女たちの弘済川哀史 

 ユジン商街や高架自動車道に沿って東西に流れる弘済川。ユジン商街の東の端を横切る弘恩橋から親水公園になっている川辺に降り、川の水にふれてみた。

 この川には“還郷女”という悲しい物語がある。イ・ビョンホンとキム・ユンソクのダブル主演でヒット中の映画『南漢山城』の題材である丙子の乱(1636年から1637年にかけて清が朝鮮王朝に侵入、制圧)で清に拉致され、のちに帰国した朝鮮の女性を還郷女と呼んだ。彼女たちは戦争の被害者だったが、朝鮮社会では清で貞節を失った者として忌避され、むごいことに両班(貴族階級)の家では彼女たちに自決を強要したりした。16代国王仁祖は還郷女に弘済川で体を洗い心身を清めるよう命じた。それ以来、弘済川には体を洗おうとする還郷女が詰めかけたという。

 

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高架自動車道に覆われ、どこか寂しげな弘済川には悲しい物語が

 

 同じ下町でも永登浦(ヨンドゥンポ)や千戸洞(チョノドン)は商圏の規模が大きく、流行に追随しようとするところがあり、しかも色町が残っていたりする。それに比べ、弘済洞はどこかのんびりしている。人が住むところといったらいいだろうか。悲喜こもごもの歴史逸話をはらんだこの町、韓国リピーターにはぜひ歩いてもらいたい。

 

*2018年1月27日(土)と28日(日)、名古屋の栄中日文化センターで本コラムの筆者、鄭銀淑(チョン・ウンスク)が講座を行います。テーマは「韓国の酒と肴」。詳細は追って本コラムやTwitter(twitter.com/Manchuria7)で、お知らせします。

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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