ブーツの国の街角で

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#45

番外編 : 10月までの特別公開!夜のカラカラ浴場ガイドツアー

文と写真・田島麻美

 

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  長かった夏のバカンス・シーズンも終わり、ローマの街にも日常の喧騒が戻ってきた。とはいえ、まだまだ残暑は厳しく、一時の涼を求めて夜歩きをする人もたくさんいる。そんな人たちの為に、毎年8月〜10月初旬にかけてローマ市が用意してくれているとっておきのイベントが、美術館、博物館、遺跡などの夜間特別公開。いつもは見慣れた有名スポットも、暗くなってから入るとなんだか別の場所に来たようでドキドキする。こうした特別公開の際には、通常の見学ルートだけでなく普段は立ち入り禁止の場所にも入れたりするので、なおさら「特別」な感じがするのも嬉しい。以前、サンタンジェロ城の夜間特別公開で入場した際には、ヴァチカンから通じているローマ法王の秘密の通路を歩いて大いに感激した経験がある。今年もどこか面白そうなスポットが公開されていないかと調べたところ、カラカラ浴場が夜の特別ガイドツアーを実施していた。残暑厳しい平日の夜のひとときを特別なものにしてくれるスペシャル・ナイト・ツアーに参加してみた。
 

 

 

 

 

暗闇に浮かび上がる壮大な遺跡の勇姿にほれぼれ

 

 

 

   

 火曜日の午後9時ちょっと前、カラカラ浴場の受付に行くと既に長蛇の列が出来ていた。今年は8月21日から10月2日まで実施されている夜の特別公開は完全予約制で、毎日19時半から10分刻みでグループごとにスタートする。1グループ最大25名まで、英語とイタリア語のグループに分かれてそれぞれにガイドが付く仕組みになっている。ローマ市街の南端にあるカラカラ浴場は、旧市街の中心地にある遺跡と比べると地味な印象があり、正直言ってこれほどたくさんの参加者がいるとは予想していなかった私は驚いた。英語のグループではツーリストらしき人もいたが、イタリア語グループの参加者の大半は地元ローマの人達。慣れ親しんだ場所でも昼と夜とでは全く別の印象を受けるらしく、ライトアップされた巨大遺跡にみんな感嘆の声をあげている。
いよいよツアー開始時間。ガイドさんの案内のもと一人一人厳重なセキュリティチェックを受け、中へと足を踏み入れる。涼しい夜風を受けながら、暗闇のカラカラ浴場探検が始まった。

 

 

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期間限定のナイトツアーは10月2日まで毎日19時半〜22時半の間、グループ毎に入場する。HPから希望日時を探して予約し、現地でチケットと引き換える(上)。暗闇に浮かび上がるカラカラ浴場の勇姿は必見(中)。広大な浴場内には図書館やジムなどもあった(下)。
 

 

 

 

 一日6000人も入場した古代ローマの巨大娯楽施設

 

 

  ローマ帝国のカラカラ帝によって212年〜216年にかけて建設された巨大公共浴場の内部は、一見するとただのガランとした空間としか思えないのだが、ガイドさんの話を聞きながらこの巨大遺跡を眺めると、たちまち古代ローマの日常風景が目に浮かんで来るから不思議だ。ガイドさんは非常に博識であるだけでなく、語り手としても素晴らしい才能を備えた女性で、我々グループは彼女の声を聞きながら幻想的な夜のタイムトリップに誘われていった。
 カラカラ帝の公共浴場は、テルメ(=浴場施設)だけでなく、図書館、スポーツジム、食べ物や飲み物を売る屋台、マッサージ室、美容師など、リラックス&ビューティに関するあらゆる設備を備えた複合型娯楽施設だった。当時、ローマの人々は朝から午前中にかけて仕事をこなし、午後1時に浴場が開館すると同時にここへ駆け込んで来てはリラックス・タイムを謳歌したそうだ。入場料はパン1個と同等の格安料金であったため、貧富の差に関わらず誰でも気軽に利用することができた。216 年にオープンした当時は大きさ337 m ×333 m 、総面積約11万m² を誇り、1日の入場者数は6000人にも及んだという。
「午前中だけ働いて、午後は毎日こんなところでゆったり過ごすなんて、私たちよりずっと贅沢な暮らしぶりよね」と呟いた参加者の女性の言葉に、グループ全員が頷きながらため息を漏らした。
 

 

 

 

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体育館や浴槽内は色とりどりの石のモザイクや大理石の彫刻で装飾されていた(上)。高さは38.5mもあり、二階建て構造になっていたことを示す階段も残っている(下)
 

 

 

 巨大浴場の施設を巡りながら最も驚かされたのは、そのシステムである。カラカラ浴場は「循環入浴」の仕組みになっていて、中央通路の両脇にはそれぞれ「冷水浴場」と「常温浴場」、「温水浴場」があり、ルートにしたがって入浴することで血液の循環を良くする効果があったそうだ。浴場の手前にはジムがあり、人々はまずここで体を動かして汗をかき、それから常温プールでひと泳ぎ、その後温水浴場で体を温めてサウナに入り、冷水プールで火照った体を冷やす、という順路で浴場内を回っていた。「冷水浴場」は強い日差しが入らない東側に、「温水浴場」は午後の日差しが最も強く入る西側にあり、いずれも持続的に一定の温度に保てるように造られている。水の循環システムと機能的な浴場施設の設計は、現代の温泉施設にも十分適用できるだろう、と感心させられた。
 

 

 

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巨大浴場の中央部分。両脇に冷温に分かれた浴槽がある(上)。浴場内を彩っていた緻密なモザイク画の一部。この巨大施設の床から天井までが、こうしたモザイク画で装飾されていた(下)

 

 

古代ローマの建築技術に舌を巻く地下施設

 

 

 

  ガイドさんの話に聴き入りながら贅と技術の粋を尽くした広大な浴場施設を眺め歩いていると、ここで楽しそうに談笑する古代ローマの男女の姿が目に浮かんで来るようだ。元老院の議員もパン屋の親父も、裸になれば皆同じ人間。庶民も貴族も関係なく、1人の人間として自由で気楽な時間を満喫しているローマ市民の日常を想像すると、やはり羨ましさが募る。
地上施設の順路を回り終わったところで、ガイドさんが、「では、これからカラカラ浴場の心臓部へ入りますよ!」と言って怪しげな地下空間の入口へと我々を誘った。恐る恐る階段を降りて行くと、巨大なトンネルのような地下空間が現れた。
ガイドさんの説明によると、この地下空間には「ハイポコースト」と呼ばれる古代ローマのセントラルヒーティング・システムがあったそうだ。地上の温浴槽の水は古代ローマの水路から浴場に引かれていたが、その水を石炭を燃やして温め、常に40℃近くの温水を浴槽に満たせるようにしていたらしい。それだけでなく、冬季はこのシステムを使って施設内の床暖房も行われていたというから驚きだ。セントラルヒーティングは古代ローマ人の発明の中でも特に重要なものとして知られているが、これほど広大な施設を全てセントラルヒーティングで温めていたとは。古代ローマ人の建築技術の高さに、今さならがら舌を巻いた。
 

 


 

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カラカラ浴場の心臓部がある地下への入口(上)。ローマで最も大きいと言われる地下空間。ここで石炭を燃やし、地上の温水や床を温めていた(中)。カラカラ浴場を装飾していた貴重な大理石の彫刻は、風雨に晒されないよう現在は地下に展示されている(下)。
 

 

 

 

本邦初公開!ミステリアスな秘密の神殿
 

 

 

   コースの随所に展示された現代彫刻家マウロ・スタッチョーリの彫刻やオブジェを鑑賞しつつ、カラカラ浴場の地上・地下の隅々まで見てこの遺跡の真の偉大さがやっとわかって来たツアーの終盤。「ここを一般に公開するのは今回が初めてです」と言われて秘密のスポットに案内された。真っ暗な裏道の先にある真っ黒の鉄の門の前には、物々しく2人の警備員が待機している。この先に一体何があるのだろう?
おっかなびっくり歩を進めた先に現れたのは、古代ローマの秘儀宗教「ミトラ教」の地下神殿。今だに多くの謎が残るミトラ教は、太陽神ミトラスを主神とする宗教で、古代インド・イランに起源を持つ。信者は男性のみで、信者間には7段階の層位があり、入信を希望する者は試練を伴う儀式を行わなければならなかったそうだ。古代ローマの、しかもこんな公共の浴場の地下に秘儀宗教の神殿があったとは。さらに、この神殿ではミトラ教の秘儀である「聖牛供儀」も行われた。ミトラス神に牛を供物として捧げ、信者がその血を浴びるというおどろおどろしい儀式だ。それが実際に行われていた場所を覗き込みながら、なんだか背筋がゾクゾクして来るのを感じていた。見てはいけないものを見てしまった。そんな、ちょっとホラー&ミステリーな世界を覗き見して、残暑の夜の特別ガイドツアーは終了した。

 

 

 

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コースでは『センシティブな環境』と題されたマウロ・スタッチョーリとカラカラ浴場のコラボ展示も見られる(上)。秘儀宗教ミトラ教の神殿跡。床のモザイク装飾の他、かすかに壁画なども残っている(中)。生々しさが残る「聖牛供儀」が行われていた場所。儀式ではここで神に捧げられた牛の血を浴びたとか(下)。
 

 

 

 

 

★ MAP ★

 

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<アクセス>

カラカラ浴場の入り口・チケット売り場は カラカッラ大通り(Viale delle Terme di Caracalla) 52 番地。コロッセオ、フォロ・ロマーノからは徒歩10分程度。メトロの最寄り駅はB線のチルコ・マッシモ。そこからカラカッラ大通りをまっすぐ進む。徒歩約5分。
 

<インフォメーション>

・夜間特別公開は10月2日まで。完全予約制。
予約・インフォメーションのサイト(英語)

http://www.coopculture.it/en/events.cfm?id=721

 

 

 

 

 

*この連載は毎月第2・第4木曜日(月2回)の連載となります。次回10月11日(木)掲載予定です。お楽しみに! 

 

 

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田島麻美 (たじま・あさみ)

千葉県生まれ。大学卒業後、出版社、広告代理店勤務を経て旅をメインとするフリーランスのライター&編集者として独立。2000年9月、単身渡伊。言葉もわからず知り合いもいないローマでのサバイバル生活が始まる。半年だけのつもりで暮らし始めたローマにそのまま居座ること17年、イタリアの生活・食文化、歴史と人に魅せられ今日に至る。国立ローマ・トレ大学マスターコース宗教社会学のディプロマ取得。旅、暮らし、料理をメインテーマに執筆活動を続ける一方、撮影コーディネイター、通訳・翻訳者としても活躍中。著書に『南イタリアに行こう』『ミラノから行く北イタリアの街』『ローマから行くトスカーナと周辺の街』『イタリア中毒』『イタリア人はピッツァ一切れでも盛り上がれる』他。

 

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