旅とメイハネと音楽と

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#45

テルアビブの人気シェフ・ユヴァルのレストラン〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

日本フュージョン料理レストラン『Yapan』へ

 2017年9月16日午後10時、友人のダンと僕は人気シェフのユヴァルに連れられテルアビブ市内南部のロスチャイルド通りを歩いていた。ユヴァルのアジアンフュージョン料理レストラン『Taizu(タイズ)』で11皿を満喫して既にお腹一杯なのに、次は彼がこの年にオープンしたばかりの日本フュージョン料理レストラン『Yapan(ヤパン)』に案内すると言うのだ。中東の国、イスラエルから見た日本料理には興味あるが、全てはお腹の具合との戦いだ!

 

tabilistayuval1ユヴァルとダンとともに夜のテルアビブ裏通りを歩き、ヤパンへと


 歩いているうちに、胃腸の消化がすすんでくれたらと思っていたが、ヤパンはタイズからたった5分ほどの距離だった。豪華なオフィスビルの中にあるタイズと異なり、ヤパンは遊歩道沿いの路面店。ガラス張りの窓からはバーカウンターにあふれるお客さんの様子が伺えるし、お店の外の壁沿いにもズラッとテーブルが並び、満席だ。

 

tabilistayuval1ヤパンに到着。既に飲み過ぎでカメラを持つ手がふらふら。ブレた写真ですみません!


 店に入ると、横長の店内の中央に細長いコの字型のバーカウンターが陣取り、その外側に40人ほどのお客さんが腰掛け、賑やかに食事を楽しんでいる。壁は打ちっぱなしのコンクリートに金属の鋲を幾何学的に打ったデコレーション、高い天井からは掛け軸に見せかけた金属メッシュや風鈴に見せかけたLEDライトが吊る下げられている。

 日本をモチーフにしているが、イスラエルでは手に入りにくい和紙や竹や木ではなく、金属やコンクリートに置き換えて再現している。どこか80年代のハリウッド映画「ブラック・レイン」に登場する日本を思い出す内装だ。そんなカウンター席に腰を下ろした途端、バーテンからウィスキーのショットが手渡された。もう、いきなりですか!

 

tabilistayuval1ヤパン店内。コンクリートのグレーと掛け軸の間接照明の組み合わせがどこか映画『ブラック・レイン』で描かれた空想の東京っぽい

 

「ここがヤパンだ。タイズの料理と同じく、僕が旅をして味わった料理を、僕なりのインスピレーションで作っている。昨年、サラームに案内してもらった日光や東京での料理体験を元にした料理もあるからね。さあ楽しんでくれよ」
 最初に運ばれてきた前菜のフィッシュ・タルタルからして驚いた。インドの駄菓子パーニープーリーに用いる小麦粉生地の揚げボールに、うずらの卵とまぐろのすき身が入っているのだ。しかも味付けはポン酢!

 本物のパーニープーリーは中にカレー味のマッシュポテトを入れ、タマリンドで味をつけた汁をかけて一口でツルッといただく。カリカリした上げボールが口の中でフニャフニャと溶けて、まったりカレー味のじゃがいもと、甘酸っぱいソースの対比もナイスで、インド滞在中一度は食べたくなる。路上の屋台や映画館の売店などで人気の庶民向けの駄菓子である。実はユヴァルはもう一つのお店タイズでもパーニープーリーを元にしたインディアン・フュージョン料理を出していた。プーリーの中に香菜とマンゴーチャツネとマサラでヅケにした刺身を刻んで入れていたのだ(連載第24回参照)。そのアイディアを日本料理に応用しているのか!
「サラームはタイズでもこの料理のバリエーションを食べているから、あまり驚いてくれないね。ところでポン酢の柚子はイスラエル産なんだ。近頃やっと地元産の柚子が手に入るようになったんだよ」

 

tabilistayuval1フィッシュ・タルタルはインドの駄菓子パーニープーリーにうずらの卵とまぐろのすき身!

 

tabilistayuval1こちらがインドのパーニープーリー

 

 二品目は可愛らしい手鞠寿司。鮭、炙り鮭のハラミ、鯛、漬け鮪の4つそれぞれに異なったハーブやマイクロリーフで飾りつけてある。ハラミには自家製の柚子胡椒まで! 僕は普段から日本食に思い入れが少ないのと、日本を離れてまだ一週間なので、あまり感動はないが、中東にいながらこれほど繊細な寿司が食べられるなんて!
「知っての通り、イスラエルでは寿司が大流行している。テルアビブに寿司屋が何店舗あるのか、誰も数を数えられないほどだ。それでも、日本に行って食べる寿司はまったく別物だね。日本では街角のカジュアルな寿司屋でもネタの質が高いことに驚かされるよ」

 

tabilistayuval1四種類の手まり寿司。それぞれにソースも薬味も異なっている


 三品目はレタスとクレソンを使ったシンプルなサラダ。イスラエルではトマトやキュウリ、パセリ、パプリカなど、鮮やかな緑黄色野菜を使ったサラダが一般的だ。緑黄色野菜の値段が高い日本では、キャベツやレタスなど安価で淡い色の葉野菜がサラダの主役となるが、それがかえってユヴァルには新鮮に映ったのだろう。

 味付けは自家製のカツオ出汁や麹(こうじ)を加えたマヨネーズ、さらに食感を際立たせるためにピーカンナッツを散らし、パルメジャーノチーズをふりかけてある。

 

tabilistayuval1レタスとクレソンのサラダ。ドレッシングは出汁と麹を入れたマヨネーズ


「麹は厨房にある発酵器で四日間かけて作っている。ちょっと見てみるかい?」
 と言ってユヴァルはお店の右奥にある厨房に案内してくれた。12畳ほどのこじんまりした厨房では、若いシェフがステンレス製の焼き鳥用グリルでケバブのような巨大サイズの焼き鳥を焼いていた。グリルの上には三枚に開いた魚の背骨が干してある。これは魚の出汁に用いるのだろう。その左奥の壁の棚の上に大きな発酵器が設置されていた。スイッチを切り、蓋を開けると、中にはガーゼに包まれたお米がたっぷり詰まっていて、黄色っぽく変色している。発酵が進んでいるのだ。
「麹作りは昨年、サラームたちが案内してくれた日光の味噌屋を参考して始めたんだ。きっと次に来る頃には自家製の味噌も味わってもらえるはずだ」

 

tabilistayuval1厨房の中央に陣取るのは特別オーダーした大型焼き鳥グリル!

 

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麹は大型の発酵器で4日かけて仕込まれていた

 

tabilistayuval1ガーゼに包まれた麹! 次回訪れた時には味噌が出来ているといいなあ!


 2016年12月、僕はユヴァルをつれて、日光へと一泊二日のグルメツアーに出かけた。奥日光名物の『峠のすいとんや』(現在は閉店)ですいとんや熊肉の串焼きを食べ、造り酒屋や味噌屋に立ち寄り、露天の温泉に浸かり、日光の自然と美味いものを満喫したのだった。その時の経験が彼の料理に生かされているなんて嬉しい限りだ。

 

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2016年12月、ユヴァルとともに日光へ一泊二日のグルメツアー。町の造り酒屋にて

 

tabilistayuval1ユヴァルは日本で食べた料理からインスピレーションを受けたという


 カウンターに戻ると、焼き鳥と天ぷらの二品が同時に運ばれてきた。先程厨房のグリルで焼かれていた巨大サイズの焼き鳥三本はお皿に斜めに刺さった状態で供された。焼き鳥と言うよりまるで生け花のような豪快なプレゼンテーションだ。そして、焼き鳥というよりはシシケバブのような巨大サイズである。
 部位は左から牛の睾丸、仔牛の胸腺(シビレ)、豚バラ肉。タレはタヒーニを使った甘じょっぱいゴマダレで、これは懐かしい日本の味。牛の睾丸はイスタンブルのメイハネでも時々目にする。ニュルっとした食感とクリーミーな味の珍味だ。仔牛の胸腺はフランス料理でもごちそうとされ、プルプルした食感。逆に、この中で一番珍しいのは豚バラ肉だ。ユダヤ教の食事規範であるコシェルートでもイスラーム教のハラルでも豚肉はタブーとされている。しかし、近年のイスラエルではそのタブーも消え始めた。欧米料理やアジア料理を通じて豚肉の味を覚えた世俗派が増え、更に90年代以降、旧ソ連邦からイスラエルへ流入したユダヤ人も豚肉を常食していた人たちが多かったためだ。
 日本で「焼き鳥」と言えば、その名とは異なり、鶏だけでなく、豚肉や様々な内臓までを串焼きにしてお酒のつまみとして楽しむ料理である。ユヴァルの「焼き鳥」も日本の「焼き鳥」のエッセンスを上手く掴んでいた。

 

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まるでシシケバブのようなジャイアント焼き鳥!左から牛の睾丸、仔牛の胸腺、豚バラ肉

 

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食パンの白い部分だけを使った一口サイズのサンドイッチ「サンド」、思えば、これも日本にしか存在しない洋食だ。具材は豚肉の甘辛炒めと千切りキャベツ。日本の街角のパン屋で買える三角サンドイッチそのままの味


 続いての天ぷらは何やら白子のように見えるが、牛の脳味噌の天ぷらとのこと。茹でた羊の脳味噌はイスタンブルのメイハネでも一般的だが、天ぷらでいただくのは初めてだ。イスラエルには日本と同じ大根は存在しないため、大根おろしの代わりにコールラビのすりおろしを入れた天つゆに点けていただく。すると食感も白子そのままのクリーミーさ。散らした青海苔が獣の臭みを取ってくれる。
「僕は日本料理を誰かから習ってはいない。だから僕の料理は全然正統派の日本料理じゃないね。僕が実際に食べた日本料理からインスピレーションを受けて自分なりに作り上げた創作日本料理だよ。だから、手厳しく批評するなよ(笑)」

 

tabilistayuval1牛の脳味噌の天ぷら。メニューには海老や野菜の天ぷらも掲載されていた


 気がつくと7品目、「ナベ」と名づけられた魚と野菜の煮物。醤油とみりんの甘じょっぱくもやさしい味付けは奥日光『峠のすいとん屋』のすいとんを思い出した。
「しっかり日本の味になっているかい? しょっぱすぎず、甘すぎず、ニュートラルな日本の味に? イスラエル人は辛さ、酸っぱさ、甘さ、全てに極端な味を好むんだ。日本料理は中途半端に感じるらしく、なかなか理解してもらえないんだよなあ。寿司以外の日本料理がこの国で浸透するにはまだ時間がかかると思うんだ」

 

tabilistayuval1魚と野菜の煮物「ナベ」。オレとしたことが珍しく写真がブレブレです。飲み過ぎ、食べ過ぎに注意!

 

 締めは日本風のカレーソースにトッピングは地中海ならではのタコの炭火焼き。カレーのルーは三日間煮込み、独自調合したスパイスで仕上げているという。辛さ控えめ、甘さ強め、そして、ビーフシチューのような奥深さ、本当に日本のカレー・チェーン店そっくりな味がした!
「甘すぎやしないかい? 日本のカレーの味をビシっと決めるのは少々難しいんだ。トッピングはタコの炭火焼きのほかにも、チキンカツかポークカツも選べるんだ。僕が前回の日本でカツカレーを必死に探していたことを覚えてるだろう?」
 そうだった! カツカレーやカレーうどんを食べたいという彼のため、日光の二日目には「金谷ホテルの百年ライスカレー」を食べに出かけたのだ。老舗のホテルに伝わる、約100年前、大正時代に書かれたレシピを現在まで用いた、地域の隠れたグルメである。カレーソースには野菜などの具材は入っておらず、古めかしい銀のポット(正式名称は「グレイビーボート」らしい)に注がれ、平皿の上には白米と虹鱒のフライがのせられていた。ヤパンのカレーは、まさにこの時のカレーを思い出す日本人にも懐かしい味だった。

 

tabilistayuval1タコの炭火焼きをのせたカレーライス。具材の入らないカレーソースはまさに、古い日本カレーからの影響だ

 

Tabilistayuval1そしてこちらが日光名物、金谷ホテルの百年ライスカレー。虹鱒のフライをトッピング

 

 ヤパンの料理はどの料理も日本で食べる日本料理とは、使う食材もその組み合わせも若干異なっている。しかし、醤油、酒、みりん、出汁、醤油、味噌、砂糖という基本的な味付けは日本料理そのものだ。それでいて、大食いのイスラエル人も納得する大きめのポーション。ヤパンは日本食が恋しくなった日本企業の駐在員にも、寿司以外のバリエーション豊かな日本食を試したいイスラエル人にも満足いただけるだろう。


 さて、二軒のレストランで約20品目を食べ、その間にウィスキーのショットを6杯とワインも一人一本以上を飲んでいた。すでにお腹ははちきれんばかりだし、頭もグルグルと回っている。そろそろ帰ろうか?
「何言ってるんだよ! 僕は今やっと仕事が終わったんじゃないか。この後、もう一軒行こう!」
 まだまだ元気なユヴァルとダンに引っ張られ、夜のテルアビブ徘徊は続くのだった………。

 

tabilistayuval1もう一軒行こう!と夜の町へ。二人ともタフだなあ……
 

tabilistayuval1テルアビブの人気FM局兼ライヴスペースの『Teder』。町の重要ミュージシャンが常に出入りしている
 

 

*イスラエル編はまだまだ続きます。次回はユヴァルのテルアビブ・ランチ案内です!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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