韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#45

路地裏散歩好きを魅了する、弘済洞〈前編〉

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 ソウルの下町散歩が好きな人なら、かつては漢江の南側の中心地だった永登浦(ヨンドゥンポ)や東の外れの千戸洞(チョノドン)くらいは行ったことがあるかもしれない。

 どちらも日本の東京でいえば北千住や赤羽にも通じる猥雑さが魅力だが、今回はもうちょっと力の抜けた下町、ソウル北西部にある弘済洞(ホンジェドン)を歩いてみよう。想像力とサラムネムセ(人の匂い)に敏感に反応する感性をお持ちの大人におすすめのエリアだ。

 

  ソウル西大門区の片隅に、離島のように取り残され、

  裏山から雉の鳴き声が聞こえる、弘済洞という町がある

    ――詩人キム・クァンギュの『ソウルの雉』(1983年)より

 

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弘済洞駅の1番を出て歩道をそのまま進み、バーガーキングの角を右に折れ、突き当りを左折した先に仁王市場の南側の入り口がある

 

 弘済洞は、仁寺洞のある安国駅から北西方向にわずか4駅。仁王山(イナンサン)の西側にある。旧市街の中心部から地下鉄で20分くらいのところなので、上の詩のような陸の孤島という感じは今はしない。弘済駅のある大通り「統一路」はバスや自家用車の洪水だし、通り沿いには飲食店が入った雑居ビルが切れ目なく並んでいる。

 しかし、山がとても近いことと、高層ビルがほとんどないせいで、中心部とはだいぶ雰囲気が違うことは、日本から来た旅行者でもすぐに気付くだろう。

 

 

出会いと別れの町 

 朝鮮王朝時代、漢陽(今のソウル)と中国を結んだ義州大路(ウィジュデロ)という街道があった。別名、燕行路(ヨンサンロ)。弘済と義州(現在の北朝鮮・新義州)をつなぐ千里の道だ。南北が分断されたままなのでピンと来ないかもしれないが、韓国と中国大陸は地続きなのだ。

 この義州大路の出発点が、漢陽を取り囲む城壁の西側にあった敦義門(今の西大門)の北側の峠に建っていた弘済院だ。弘済院(1394~1895)は朝鮮王朝時代の国立旅館。今でいえば国際会議などが行われる最高級ホテルである。中国から朝鮮を訪れた使臣一行が漢陽に入る前、あるいは漢陽を出るときに身体を休めたところだ。

 今の弘済駅2番出口の近く、弘済洞138番地の路地裏には弘済院址(跡)と書かれた石碑が残っている。ここで幾度も行われたであろう餞別宴(歓送会)の様子を想像してみるのもいいだろう。

 弘済院がなくなったあと、その周辺には旅人を対象にした酒幕(酒場兼宿屋)が軒を連ねるようになった。そのなかには色酒家(接待婦付きの酒幕)もあり、興味本位で店内をのぞきこむ人もいたという。この辺りの色酒家が繁盛したため、漢陽の城内(今のソウル旧市街中心部)には二番煎じの店ができるほどだった。

 

 

実りの秋、市場で「朝鮮」野菜を愛でる 

 弘済駅の2番を出て逆方向に進む。統一路の歩道では露天商が野菜や穀物、果物などを売っている。近くに市場がある気配だ。五穀百果が実る秋らしく、クリやリンゴがぴかぴか光って美味しそう。

 

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統一路沿いの歩道には地べたで野菜などを商う人の姿が

 

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仁王市場(イナンシジャン)はソウルではなかなか見られなくなった広場型市場

 

 1番出口を過ぎ、バーガーキングの角を右に曲がると、その辺の路地はもう仁王市場の延長線だ。60年代にできた市場の多くは通路を挟んだ両側に商店や屋台が並ぶ縦長の市場だが、この仁王市場はソウルではもはや珍しい広場型の市場である。

 巨大な体育館のような空間に屋台や露天商がずらっと並んでいる。以前行った江原道・寧越(ヨンウォル)の西部市場を思い出した。

 

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唐辛子、キュウリ、タマネギなど、ありふれた野菜でも並べ方によっては楽しく見える

 

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みずみずしさが伝わってくるダイコン

 

 韓国のお盆である秋夕(チュソク)前の日曜ということもあり、食材が豊かに見えて楽しいが、それにしては人々の往来が少ないのがちょっと寂しい。みんなEマートに行ってしまったのだろうか。 

 山積みになったホウレンソウの前に「美味しい土種(ドチョン)の朝鮮ホウレンソウ」と書かれた札が立っている。朝鮮大根、朝鮮白菜など、朝鮮という言葉が土種(在来種)を強調する意味で使われていて、風流を感じる。

 

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美味しい土種、朝鮮シグムチ(ホウレンソウ)と書かれている

 

 

こぎれいな屋台でスンデとマッコリ

 市場の北側の一角にスンデクッパ(腸詰の汁かけ飯)、手打ちのククス(麺)などの看板を掲げた屋台が集まっている。日曜の昼下がり、マッコリや焼酎を楽しむおじさんたちの笑い声が響いている。

 

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仁王市場の北側に集まっている屋台街

 

 私も昼酒をいただこうと座った屋台は、40年間この市場とともに歩んできた全羅道出身のお母さんと娘さんがやっている『湖南チッ』。ふだん鍾路辺りで、この辺りのクッパは安くて量が多いなどとよく書いている私だが、ここのスンデクッパはソウル中心部とは比べられないほど盛りがいい。これぞ市場の情だ。私の地元、ソウル東部の千戸市場(チョノシジャン)に匹敵する。

 クッ(汁)とパ(ごはん)が別々に出るタロクッパを頼んだ。今日はお母さんが休みなので、娘さんが私の目の前のまな板で、豚のさまざな部位を切って土鍋に入れ、骨とモツのダシが出たスープを加えて煮てくれる。ほどよく熱が通ったら、器に肉を盛り、ドゥルケ(エゴマの実)と濃い緑のニラをたっぷりのせて出してくれた。

 クッパは昔から市場メシの華だ。まずは豚の各部位の肉をつまみながらマッコリをいただく。頭、耳、鼻、頬、首肉など、見た目も香りもそれぞれ違う。食感もいろいろで、これでマッコリ一本くらいすぐ空いてしまう。

 肉をあらかた食べ終えたら、残った汁にごはんを投入。それをスプーンで、かきこむのが醍醐味だ。汁が足りなかったり、冷めてしまったりしたら、「クンムル チョッコム トォジュセヨ(スープもう少しください)」 と言えば、あつあつのやつを足してもらえる。冷めたスープを飲ませるのは無粋、不人情という韓国飲食の情緒である。

 

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屋台街にある「湖南(ホナム)チッ」のスンデクッ6000ウォン(ごはん付き)

 

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「湖南チッ」のスンデ盛り合わせ5000ウォン

 

 マッコリ一本と市場メシですっかりいい気分になってしまった。

 時刻は午後三時を少し回ったところ。このまま帰れるわけがない。さらに弘済洞を散策して、もっともっとサラムネムセを感じなければ。

 

(次号に続く)

 

 

*2018年1月27日(土)と28日(日)、名古屋の栄中日文化センターで本コラムの筆者、鄭銀淑(チョン・ウンスク)が講座を行います。テーマは「韓国の酒と肴」。詳細は追って本コラムやTwitter(https://twitter.com/Manchuria7)で、お知らせします。

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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