韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#44

韓国料理と葉っぱの話

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サンチュでおかずを巻いてパクっと 

 韓国料理の象徴的なビジュアルといえば、キムチや唐辛子の鮮烈な赤とコントラストを成す青々とした葉野菜だろう。なかでも肉や刺身などのおかずを包むサンチュは食卓を豊かに彩る名脇役だ。

 

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全羅南道の離島、蓋島(ケド)の食堂の女将が畑でつんでくれたサンチュ

 

 主菜を葉野菜などで包んで食べることを意味する「サム」の文化は古書にも見られ、その歴史は長い。今も韓国の名節テボルム(陰暦の1月15日)のとき、葉野菜でごはんを包んで食べるのはその名残りだ。福(ポッ)を包む(サム)ことから、ポッサムとも呼ばれる。

 

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サム用の葉野菜をつむ、サムギョプサル専門店の女将(全羅南道、光州)

 

 今でこそソウル市内ではなかなか見られなくなったが、私が子供の頃は自宅の裏の畑で栽培したサンチュなどの葉野菜が食卓に並ぶのは珍しいことではなかった。今でも地方の食堂に行くと、店の女将さんといっしょに庭先でサンチュをつんだりすることがある。

 

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サムパッの一例。肉だけでなく魚や煮物、練り物など、なんでも葉っぱで包む

 

 この十数年間、心身の健康を意味するウェルビーイング(well-being)という言葉が流行り、サムが主役のサムパッ専門店も増えたが、日本からの旅行者に身近なサムといえば、やはりカルビやサムギョプサルなどの焼肉だろう。肉をサンチュやケンニ(エゴマの葉)で巻くスタイルは日本のコリアンタウンでもすっかりおなじみだ。

 

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テジプルコギ(豚焼肉)に添えられた葉野菜(大邱)

 

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焼いたニンニクやごはんとともにテジプルコギをサンチュで包む

 

 

朝鮮王朝時代の文献にサンチュで肉を巻く記述が 

 サムはいつ生まれたのだろう?

 朝鮮王朝時代の逸話や伝承がまとめられている『於于野譚』(1622)には、「手のひらにサンチュの葉を敷き、その上にごはんと赤い味噌と焼いた肉をのせて食べる」という記述がある。だが、これが外食文化として定着するのは、ずっと後のようだ。

 朝鮮半島の肉食文化は北部地方で先に発展したといわれているが、北朝鮮ではサムは一般的なのだろうか? 私は北朝鮮から韓国に来た脱北者たちとの交流が多く、母の故郷でもある北の食文化について話を聞く機会が多いのだが、40代以上の脱北者でサムを経験したことがある人はほとんどいなかった。彼らは韓国に来て、誰もが肉を葉野菜で包んで食べているのを見て、とても不思議に思ったという。

 

 

韓国の焼肉店でサンチュを出すようになったのはいつから? 

 ソウルの孔徳駅近くで60年以上商いを続けている豚焼肉専門店『麻浦チンチャ元祖チェデポチッ』のキム・イルク代表に話を聞いた。

 焼肉にサンチュを添えるようになったのはこの店が最初で、時期は1960年代末か1970年代初頭だという。それ以前、肉に添えられたのは、ニンニク、酢入りのコチュジャンくらいだった。

 

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『麻浦チンチャ元祖チェデポチッ』(ソウル麻浦区孔徳洞255-5)のテジカルビとサンチュ

 

 また、1974年の『京郷新聞』に連載されていたシン・サンウンの小説『徘徊』には、テジカルビ(豚カルビ)を出す焼肉屋の風景がよく登場する。そこには「肉を注文をすると細長く割いたネギ、ニンニクとコチュジャンとキムチ、それに炭火が運ばれてくる」という記述が見られた。サンチュらしき葉野菜は登場しない。

 そして、今や乙支路4街のプルコギと冷麺の有名店である『又来屋』でも、70年代にはサンチュは出していなかったという。80年代に目覚ましく発展した漢江の南側、江南に大箱の高級カルビ店ができ、そこがサンチュを出すようになってから、又来屋に来る客が「この店はサンチュを出さないのか?」と文句を言うようになり、それに応えるように提供し始めたという。

 

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乙支路4街駅近くの路地裏にある高級焼肉店『又来屋』

 

 外食にサムが定着したのは韓国が経済的に大きく成長した80年代と見てよさそうだ。それ以前の我が国がまだ豊かとはいえなかった頃、葉野菜は今のように高価ではなかった。ぜいたくな外食、しかも高価な肉を食べに来たのに、野菜に執着する人は多くはなかっただろう。

 しかし、“漢江の奇跡”と呼ばれる高度成長とともに懐に余裕ができると、味に変化を求めたり、健康を考えたりするようになる。どうやらそのあたりにサムが台頭した理由がありそうだ。

 

 

日本映画と韓国映画、劇中の「サム」名場面 

「焼肉を葉っぱで巻くという食べ方は映画で初めて知った」という日本の知人の言葉を思い出した。それは韓国ではなく日本の映画『タンポポ』(伊丹十三監督)だった。食を題材とした風変わりな映画で、私もDVDを持っているので見直してみた。

 山崎努扮するトラック運転手と宮本信子扮するラーメン屋主人が、焼肉屋でデートしている。テーブルでは骨付きカルビが炭火で焼かれている。宮本がトングで骨をつかみ、ハサミで肉を切り取る。左の手のひらに大きなサニーレタスを広げ、右手のわりばしで肉をのせ、サニーレタスでていねいに包んで山崎努に手渡す。山崎はぶっきらぼうにそれにかぶりつく。ソウルオリンピックの3年前、1985年の作品だから、本場の食べ方をいち早く日本で紹介した貴重な場面だったといえるだろう。

 韓国でおかずを葉っぱで包んで異性に手渡すというのは、かなりの親密さを表す行為だ。夫婦とか恋人どうしでよく見られるが。ありふれた場面だけに、韓国映画ではあまり印象的な場面はなかったような気がする。

 唯一思い出したのは、日本でも人気のあるホン・サンス監督の初期作品『カンウォンドの恋』(1998年)だ。警察官と女子大生が海辺の店で刺身を食べる場面。警察官はイカらしきものに酢入りコチュジャンをつけ、生ニンニクを添えてケンニで包んで手渡す。女子大生は匂いを気にしてか生ニンニクを取り去る。男と女のその後の展開を想像させる場面だ。

 

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魚介類はいわば海の肉。刺身も葉野菜で巻いて食べる。写真は釜山チャガルチ市場近くの屋台で食べたイカ刺

 

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唐辛子やニンニクで濃厚に味付けされたイカを豆モヤシといっしょにサンチュで巻く。ソウル永登浦で

 

 韓国人でも思わずつばを飲み込む『タンポポ』のサム場面と、どこか艶っぽい『カンウォンドの恋』のサム場面。サムのダイナミズムと情緒を再確認するためにも、ぜひチェックしてもらいたい。

 

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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