旅とメイハネと音楽と

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#44

テルアビブの人気シェフ・ユヴァルのレストラン〈1〉

文と写真・サラーム海上

 

テルアビブのアジア料理レストラン『Taizu』

 エルサレムの音楽フェス「メクデシェット」で撮影した写真をSNSに投稿すると、テルアビブの人気シェフのユヴァル・ベン・ネリアからメッセージが届いた。
「イスラエルに来てるなら、僕のレストラン2軒に顔を出さずに帰るなよ。テルアビブのグルメ・ツアーにも連れていくから時間を空けておけよ」
 はいはい、喜んで行きますとも! ユヴァルの料理のためなら、いつでもどこへでも! 
 ユヴァルは多くのイスラエル人同様に三年間の兵役の後、世界中を旅して回った。そして、東南アジアやインドの料理に出会い、イスラエルに戻って料理人となった。現在は三軒のレストランを経営し、テレビの料理番組にも登場するなど、有名シェフとなっているが、今も料理のリサーチのため頻繁にアジア諸国を訪れ、研鑽を続けている。
 彼のインディアン・フュージョン料理については連載24回 に書き記した。僕は2016年11月下旬、テルアビブ南部にある彼のアジア料理レストラン『Taizu』の「インド料理ナイト」を訪れ、インド人にはとても考えつかないような、イスラエル人ならではの斬新なインディアン・フュージョンのフルコースを満喫したのだ。それから10ヶ月後、再びユヴァルの料理を食べられるとはなんてラッキー! 前回一緒に行ったダンに言ったら、今回もついてくるに決まってる!
 
 2017年9月16日午前11時、僕はメクデシェットの取材を終え、5日間滞在したエルサレムのホテルをチェックアウトし、乗り合いタクシーのシェルートに乗って、テルアビブに戻った。正午過ぎには再びダンとヤルデンのアパートに到着し、荷物を下ろした。そして、午後はダンが経営するカフェ『Casino San Remo』で友人に再会し、夕暮れまでヤッフォのビーチで波の音を聞いて過ごした。夜8時半、仕事を終えたダンと一緒に『Taizu』へと向かった。

 

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エルサレムから5日ぶりにテルアビブのヤッフォに帰還。ビーチから徒歩五分、ダンの店『Casino San Remo』

 

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日本盤アルバムもリリースしているエチオピア系イスラエル人の歌手ギリ・ヤロがフラッと顔を出した

 

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ヤッフォのビーチは平日の午後にもかかわらず、人がいっぱい

 

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ダンのアパートから見たテルアビブの夕暮れ。まだ夏の空気が残っている


 高層オフィスビルの一階にある、天井の高いお店に足を踏み入れる。ウェイターに「ユヴァルの友人です」と告げると、前回と同じ、店内一番奥のバーカウンター席に案内された。バーテンダーにウイスキーのショットを用意されたので、駆けつけ一杯をクイっと飲み干していると、白いTシャツ姿のユヴァルが厨房から現れ、隣の席にチョコンと腰掛けた。
「今日は時間に余裕あるよね? 前回は日曜限定のインド料理だったから、今回はお店のグランドメニューを食べてもらうよ。その後は、ここから徒歩15分の場所に今年新しく開いたばかりの日本料理店『Yapan』に案内するよ。だから、くれぐれもここでお腹一杯にしないでくれよ」
 一晩で二軒のフルコース? まあ、こうなることはなんとなく予想していたので、昼食を抜いてきて本当に良かった!

 

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人気シェフ、ユヴァル・ベン・ネリアのアジア料理レストラン『Taizu』

 

tabilistayuval1左がユヴァル、右は案の定付いてきたダン。僕の友人の中でも最強の食いしん坊2人だ


 まずはアミューズから。「ラブネ」と呼ばれるフレッシュチーズを直径3cmのボール状に丸め、周りに飛び子と黒ゴマをまぶし、それをカリカリに揚げた米粉の生地でクルッと包んである。専用の木製の台に載っていて、極小のアイスクリーム・コーンのように見えるが、一口でパクりと口に入れると、味は当然甘くはない。

 飛び子はナンプラーやライムで味付けられ、東南アジアの味だ。しかし、ラブネは東南アジアには存在しない中東の食材だ。こうした奇抜なミクスチャーはユヴァルの専売特許と言っていい。クリーミーなラブネとカリカリの生地、そしてプリプリの飛び子やゴマの食感の違いも楽しめる!

 

tabilistayuval1アミューズ。ラブネのボールに飛び子と黒ゴマをまぶし、カリカリに揚げた米粉の生地でクルッと包んだもの

 

 英語のメニューを見せてもらうと、料理は「水、木、火、地、金」とカテゴライズされ、軽く繊細なものから、重く豪華なものの順番に並び、餃子や団子、春巻き、バンズ、タンドールなど、中華、タイ、ベトナム、インドの料理名も目立つ。
 最初の「水」のカテゴリーからは海老の蒸し餃子とマグロの刺身、そしてセビッチェが運ばれてきた。海老の蒸し餃子は半透明の皮の中に薄いピンク色の海老が透けて見える。口に入れるとプリプリの海老の身を何かの野菜がシャキシャキッと支えている。これは菊芋だな。さらにフェンネルが海老の甘みを強調している。菊芋は英語で「エルサレム・アーティチョーク」と言う。アメリカ原産の野菜がなぜ「エルサレム」と名付けられているのか理由は不明だが、イスラエルではよく目にする食材だ。

 

tabilistayuval1「水」のカテゴリーから海老の蒸し餃子

 

tabilistayuval1マグロの刺身。刺身の下には揚げたエシャロット、レモングラスと魚醤のソース

 

 セビッチェは中南米の太平洋岸の料理だが、近年ではヘルシーな料理として、世界中で人気が高い。新鮮な生の白身魚をぶつ切りにして、レモンやライムを絞り、みじん切りの玉ねぎやトマトと和えるのが普通の作り方だが、ユヴァルは得意のタイ料理をミックスしていた。なんと出来上がったセビッチェを冷たく冷やしたタイのレッドカレーのソースに沈めているのだ。そして、マイクロリーフ、煎った米、揚げ玉、スライスした赤かぶとキュウリ、唐辛子オイルで飾り付けられている。これは美味そう!
 スプーンですくっていただくと、レッドカレーは当然、辛く、酸っぱく、甘く、塩っぱい。その上、タイ料理に欠かせない生姜に似たスパイス、ガランガルがたっぷり効いている! 淡白なスズキの身によく合うし、揚げ玉や生野菜との食感の違いも楽しめる。これは中東料理ではなく、中南米と東南アジアのフュージョン料理だが、日本に戻ったら早速真似して作ってみよう。
「スプーンでソースごと食べて欲しいんだ。一口ごとに異なる食感が楽しめるだろう。このカレーソースはお店で毎日作っているんだ」

 

tabilistayuval1セビッチェは冷やしたタイのレッドカレーのソースに沈んでいる! 中東イスラエルならではのヒネリに唸らされる!


 次はの「木」のカテゴリーからは四品、海老のサラダと上海小龍包、ロブスター蒸し餃子、そしてランプステーキである。海老のサラダは軽く湯通しした大きめの海老を切り開き、青唐辛子、フライド・エシャロット、半熟卵、ココナッツフレーク、香菜、ライムとともに大きな葉っぱの上に花のように飾り付けてある。上からはココナッツミルクとカラメルソース。これはベトナム料理だろうか。

 

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続いて「木のカテゴリー」からベトナム料理風の海老のサラダ。カラメル、ココナッツミルク、ガランガルのソース。ライムをしぼって一口でペロリ!


 上海小籠包は中華と中東料理の驚きのミックスだった。小籠包の中身は仔牛の頬肉をミックススパイスとともに長時間かけて柔らかくなるまで煮込み、いったん冷ましてゼラチン状にしてから、ザクロ濃縮液とともに皮に包み、蒸し揚げていた。一口食べると、皮の中から、スパイシーな仔牛のエキスとザクロ濃縮液が口の中にビュっと飛び出してくる! 作り方こそ中華料理だが、味はペルシャ料理じゃないか! ユヴァルやるなあ!

 

tabilistayuval1上海小籠包。仔牛の煮汁とザクロ濃縮液によるペルシャの味が口の中にビュっと! 
 

 ロブスター蒸し餃子は温かい餃子と冷たいトマトのガスパッチョスープが別々に運ばれてきて、目の前で餃子の上にスープを回しかけてくれる。餃子の周りにはタピオカと砕いたピーナッツも浮かんでいて、ガスパチョからはベルガモットの香りも漂う。これも大きなスプーンでスープごとすくっていただく。口の中でロブスターの甘味がトマトの酸味とぶつかって美味いなあ!
「イスラエル人はパンチの効いた味が好きだから、このように2つの別々の味や温度をバランス良くぶつけるのがガツンと効くんだよ」

 

tabilistayuval1ロブスター蒸し餃子。冷たいトマトのガスパッチョをかけていただく
 

 ランプステーキは表面だけ焼いた肉をあえて薄くそぎ切りにし、ナンプラー、青唐辛子、レモングラス、ライム、生姜の甘酸っぱい東南アジア系ソースをかけてある。トッピングはしょうが、煎り米、香菜など。日本的な牛のたたきとも言えるし、味はベトナムの牛のしゃぶしゃぶ「ボーニュンヤム」を思い出す。

 

tabilistayuval1ランプステーキ。表面だけ焼いた肉を薄くそぎ、甘酸っぱいベトナム系ソース
 

 三番目のカテゴリー「火」からは三品。エルサレム・ミックス・サンド、ムール貝のチリソース、マグロのバンズが届いた。
 蒸籠に入った小さな小さなエルサレム・ミックス・サンド。連載22回でレシピを取り上げているが、鶏肉とレバーとハツを鉄板で焼き、スパイシーに味付けたものをサラダとともにピタパンに詰め込んだイスラエルの誇るB級グルメである。ここではそのアジア版。小さなピタパンの中身は乳飲み仔牛のレバーを薄切りにして唐辛子、ナンプラー、ライムなどともに炒めたもの、刻んだエシャロット、香菜、ミントが付け合せだ。東南アジアの味がイスラエル料理の姿で表現されている。

 

tabilistayuval1「火」のカテゴリーから乳飲み仔牛のレバー焼きを詰め込んだエルサレム・ミックス・サンド

 

 ムール貝のチリソースは、シンガポール名物のチリ・クラブの蟹をムール貝に置き換えたもの。バターでカリカリに揚げたバゲットが柔らかいムール貝と良いコントラストだ。

 

tabilistayuval1ムール貝のチリソース。シンガポール名物のチリ・クラブをそのままムール貝に

 

 そしてマグロのバンズはチュニジアの揚げパンのサンドイッチ「フリカッセ」が元ネタだ。本来はツナと茹でたジャガイモ、オリーブ、ハリッサが具材だが、ユヴァルはマグロのスキ身、サンバルソースで味付けた茹でたかぼちゃ、揚げ卵、そしてモロッコの塩レモンに置き換えている。これもチュニジアと東南アジアを行き来するような味だ! すばらしい! 

 

tabilistayuval1マグロのバンズ。チュニジアの揚げパンのサンドイッチ「フリカッセ」を元に、マグロのスキ身、サンバルソースで味付けた茹でたかぼちゃなど。中東版ネギトロ手巻き?

 

 しかし、11品も続くと、さすがに腹が一杯になってきた。この後、もう一軒行くなら、ここらで打ち止めにしないと……と思っていると、最後の一品、12品目はメニューにない料理が運ばれてきた。中に牡蠣を入れてタンドールで焼いた一口サイズのナン。牡蠣の磯の香りがたまらない! 手で持って一口かじると、濃密な牡蠣のミルクがブチューっと口の中に飛び込んでくる?! 味付けはインドのガラムマサラと地中海のアイオリだ。これも美味い! 1個でなく、2個、3個と食べたい!

 

tabilistayuval1締めは牡蠣を入れてタンドールで焼いた一口サイズのナン。メニューにはのってない!

 

tabilistayuval1ナンを噛み切ると、牡蠣のミルクがブチューっと!

 
「イスラエル人は手で持って食べる料理が大好きなんだ。エルサレム・ミックス・サンドやファラフェル・サンドは両手で持って、背中を丸めて食べるのさ。でも、西洋のハンバーガーだとなぜか背筋を真っ直ぐ伸して食べるんだ。おかしいだろ? 僕のお店はファインダイニングだけど、背中を丸めて食べて欲しいね。さて、そろそろ『Yapan』に向かおうか。あちらでもたくさんの料理が待ってるよ。腹ごなしに少し歩こうか」
 いやはや、テルアビブに戻ったその日から美食天国、というか美食地獄! 連れのダンはデブだから大丈夫だろうけど、この後どうなっちゃうんだオレ?

 

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『Taizu』のカウンターバー席。ショットの飲み過ぎに注意!

 

 

『Taizu』で食べたセビッチェを再現

 

 さて今日の料理は『Taizu』のセビッチェを舌コピーしてみたよ! さすがにタイのレッドカレーは僕は作り慣れないので、輸入食材店で売られているレッドカレーペーストを使った。ガランガルはアジア食材店で手に入るが、なければ生姜で代用しよう。

 

■タイ・レッドカレー・セビッチェ

【材料:作りやすい量】
真鯛またはスズキ、刺身用:150g
ライム汁:1個分
塩:少々
にんにくのすりおろし:1/2かけ分
赤玉ねぎ:1/4個(薄切り)
タイ・レッドカレー・ペースト:20g
水:100cc
ココナッツミルク:50cc

青唐辛子:1/2本(1mmの輪切り)
ガランガル(なければ生姜で代用):2cm(1mmの薄切り)
ラディッシュ:2個(1mmの薄切り)
きゅうり:1/4本(皮を縞にむいてみじん切り)
ピーナッツ:10粒(軽く刻んでおく)
マイクロリーフまたはベビーリーフ:少々
香菜:少々
塩味揚げ煎餅:1枚(細かく砕いておく)
ラー油:少々

【作り方】
1.小さな鍋にサラダ油を熱し、タイ・レッドカレー・ペーストを入れ、焦がさないように炒め、水を少しずつ加え、溶く。火を止めて、ココナッツミルクを加えてから、小さなボウルに移し、氷水を張ったボウルに浮かべ、冷やしておく。
2.別のボウルにライム汁、塩、にんにくのすりおろしを入れてよく混ぜる。
3.真鯛は2cm角に切り、塩ひとつまみ(分量外)をふりかける。赤玉ねぎは薄切りにして水でさらした後、よく水を切る。
4.真鯛と赤玉ねぎを2に入れ、白身が白くなるまで数分おく。
5.深皿の中央に真鯛と赤玉ねぎを置き、周りに1のレッドカレー・ソースを回しかける。
6.青唐辛子、ガランガル、ラディッシュ、きゅうり、ピーナッツ、マイクロリーフ、香菜、砕いた揚げ煎餅で飾り付け、ラー油を垂らして出来上がり。

 

料理
サラームが再現したタイ・レッドカレー・セビッチェ。炒った米と揚げ玉の代わりに塩味揚げ煎餅を使った。手軽に食感の違いを表現出来た。
 

 

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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