韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#43

韓国料理の代表格、サムギョプサル30年史

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主菜+多様な副菜という韓国料理の美点を日本に定着させた立役者ともいえる サムギョプサル焼き

 

 筆者が日本留学を終えてソウルに帰り、韓国の食や旅についての本を書き始めた1998年、韓国に遊びにきた日本の友人をサムギョプサル(豚三枚肉、豚ばら肉)の焼肉店に連れて行ったことがある。

 日韓ワールドカップ(2002年)や韓流(2004年~)の数年前だった当時、日本人にとってサムギョプサルは目新しい食べ物だった。焼肉といえばプルコギや骨付きカルビなどの牛肉を連想する人が多かったが、牛肉は当時の韓国でもけっして安いとはいえず、当たりはずれも少なくなかった。

 しかし、サムギョプサルは日本人に対して百発百中といっていいほど、「美味しい」「香ばしい」とウケがよかった。韓国がIMFの管理下にあった頃なので、価格破壊が叫ばれ、「IMF価格、サムギョプサル5000ウォン」などと書かれた垂れ幕もよく見かけた。豚肉の安定した美味しさ、そして、キムチやナムル、サンチュなどのつきだしの豊富さは、日本人に韓国を“飲食天国”として印象付けた。

 その後、サムギョプサルは韓国料理の体表格となり、特に韓流以降は東京の新大久保をはじめとする日本のコリアンタウンの看板メニューとなっていったことは、みなさんよくご存じだろう。

 

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メニューに「生(セン)サムギョプサル」と書かれていたら、それはもちろん生肉ではなく、冷凍していない肉という意味

 

 

普及し始めて30余年、歴史の浅いサムギョプサル焼き 

「肉でも食べながら一杯やろうか」というとき、私たち韓国人が思い浮かべるのはたいていサムギョプサルなのだが、じつは韓国でサムギョプサルを焼いて食べる歴史はそう長くない。筆者の記憶では食堂で初めて食べたのは1980年代半ば、大学生になったばかりの頃だった。

 それ以前、豚肉は蒸したり、煮込んだりして食べるのが一般的だった。韓国北部の炭鉱では、肺疾患の原因になる粉塵を豚肉の脂が体外に排出してくれるという俗説があったため、鉱夫たちが脂身の多いサムギョプサルをよく食べたが、蒸し煮したりすることが多く、焼くのは一般的ではなかった。

 サムギョプサルが外食メニューとして広く定着し始めたのが80年代からだとすると、その歴史はまだ30余年に過ぎないことになる。

 

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サムギョプサルを焼いているうちに肉に焦げ目がついてくるのを見るのが楽しみという人も少なくない

『大学路アリラン』(ソウル大学路)。鍾路区蓮建洞178-1 TEL 02-764-8600 11:00~22:00 1人分15000ウォン

 

 

プロパンガス普及と対日輸出品からの除外で脚光を浴びる 

 ソウルの西部、麻浦(マポ)にある孔徳(コンドッ)駅の近くには、ソグムクイ(豚肉の塩焼き)やテジカルビ(味付け豚焼肉)を出す店が集まっている。いずれも朝鮮戦争後の1950年代半ば以降にできた店だが、当時使われていた部位はサムギョプサルではなく、塩焼きの肉の部位はモクサルと呼ばれる豚の首から前足の付け根あたりまでの肉だった。

 1970年代になると、韓国の食堂にプロパンガスが供給され始めた。その安定した火力は当然、豚肉を焼くことにも用いられた。それまでは主に蒸し煮されていたサムギョプサルがガスで焼かれ始めたことは想像に難くない。溶けた脂の煙を上げながら焼かれるサムギョプサルの美味しさを知る人が増え、80年代にかけて外食メニューに進化していったのだろう。

 

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サムギョプサル焼きといえばニンニクがつきもの。そのまま焼く場合とアルミホイルにゴマ油といっしょに包んで蒸し焼きにする場合とがある

 

 じつはサムギョプサルの台頭には日本も関係している。韓国で大規模な養豚場が造成され始めた1970~80年代、豚肉は対日輸出品目のひとつだった。輸出されたのは豚の皮を剥いで脂身を5ミリ以下にしたいわゆる正肉だった。当時の日本では脂肪や皮を食べる習慣がなかったからだ。日本に行くことができなかった脂の多いサムギョプサルは韓国で安く流通し、それがサムギョプサル焼きの消費を促進させたというわけだ。

 庶民の焼肉として定着したサムギョプサルは、2003年にアメリカで発生した狂牛病騒動の反動で、その消費をさらに増大させた。

 

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キムチとサムギョプサルをいっしょに焼くスタイルは日本でも定着している

 

 意外に思われるかもしれないが、サムギョプサルは豚一頭のわずか20%の部位に過ぎない。90年代と比べると価格は上昇し、庶民の食べ物という称号もあやしくなっているが、ブランド化している韓国産牛と比べればお手頃なので、今も焼肉の主役の座に座り続けている。

 

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豚の脂の旨味と発酵が進んだキムチは相性抜群

 

 

海を越えたサムギョプサル 

 筆者が日本留学生だった1997年頃、アルバイトしていた埼玉県の焼肉店では豚肉を焼いて出すなど想像もつかなかった。当時の日本の焼肉店は、毎月の給料日の後や祝い事があったときなどに牛のカルビやロースを食べてぜいたくをするところというイメージが強かったからだ。

 筆者の帰国後、『冬のソナタ』や『宮廷女官チャングムの誓い』のブームを経て、訪韓日本人が増大。本場の味を覚えた人のニーズに応え、日本の焼肉店や韓国料理店ではサムギョプサルが必須メニューとなったようだ。

 

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香ばしさがさらに増す、ワラ焼きサムギョプサル(全羅南道光州)。サムギョプサルの店は競争が激しいので、さまざまな差別化が図られている

 

 2008年に東京の新大久保を訪れたとき、ハングルの看板を掲げた韓国料理店の密集度の高さに驚いたのはもちろんだが、ほとんどの店がサムギョプサルを目玉にしていることにさらに驚いた。

 日本でもサンチュが栽培されるようになり、入手が容易になったので、家庭でもサムギョプサルを焼いて葉っぱで巻いて食べることも珍しくないと聞く。日本行きの船に乗れなかった70~80年代のサムギョプサルを思うと、まさに隔世の感がある。

 

 

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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