究極の個人旅行ガイド バックパッカーズ読本

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#43

マレーシア・ロックダウン体験記

文・室橋裕和 写真・柚平幸紀

 ふだんはバックパッカーたちも多いマレーシア西部のペナン島。しかしコロナ禍のいまは厳しいロックダウンが敷かれ、旅行者もわずかばかりで、街はゴーストタウンのようになってしまった。そんなペナン島の中心都市、ジョージタウンの安宿街に足止めされている日本人バックパッカーが、現状を語ってくれた。
 

 

マレーシア出発直前にロックダウン 

「ペナン島にこもって、そろそろ1か月になります」
 とZOOM越しに語るのは、日本人旅行者の柚平幸紀さん。『バックパッカーズ読本』のシリーズでは、2014年刊行版に作品を掲載していただいた漫画家でもある。
 年に何度かアジアを旅しており、今回もマレーシアやタイなどを回るはずが、コロナ・パンデミックによって前進が阻まれてしまった。
「ペナンは1泊だけのつもりでした。すぐタイに行く予定で空港に向かったら、マレーシア人の友人から『活動制限令というのが出された』と知らされたんです。すでにチェックインを終えて、飛行機に搭乗直前だったのに、フライトキャンセルとなってしまいました」
 3月18日のことだった。そのまま空港から市内に逆戻りとなった。さらにタイやシンガポールなどの周辺国も次々と入国制限がはじまり、柚平さんは行き場を失った。以降、厳しい外出・営業制限が課される活動制限令が敷かれたペナンに、図らずも「沈没」している。

 

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普段はバックパッカーで賑わうジョージタウンの中心部、ルブ・チュリア通りも閑散

 

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コムタ周辺はジョージタウン有数のショッピングスポットだが人はまばら

 

安宿のドミトリーに引きこもること1か月 

 柚平さんのロックダウン生活の拠点となっているのは、ペナン島の北東部に位置する中心都市ジョージタウンだ。18世紀以降、東西貿易の拠点として栄えた街で、インド、中華、イスラム、イギリスの文化が混じりあって歴史を紡いできた。いまも往時のさまざまな建築物や寺院がたくさん残り、街全体が世界遺産となっている。
 その昔は、ここジョージタウンからインド・マドラス(現チェンナイ)まで、船が出ていたのだ。東南アジアからインドに渡る、最短で最安の手段だった。だからこの街は、バックパッカーの基地でもあり、大規模な安宿街が形成されてきた。いまでこそ航空網の普及によってインド洋航路が廃線となり、バックパッカーの数はだいぶ減ったが、それでもジョージタウンはマレーシアでも一番の安宿街がある地として知られている。
「それが、いまではゲストハウスもホテルもほとんど開いていません」と柚平さん。ジョージタウンの安宿街はルブ・チュリアという通りを中心に広がっているが、歩く人は少なく、がらんと静まり返っている。ときおり走るバイクはフードデリバリーのものばかり。それぞれ母国もロックダウンされて帰れなくなったバックパッカーたちが、少数ながら滞在している。白人が多く、日本人は見ない。
 ドミトリーを持つような安宿だけが数軒かろうじて営業を続けており、柚平さんもそこに投宿している。ベッドひとつ1泊25リンギット(約610円)だ。どこかに引っ越そうにも、ほかに選択肢はほとんどなく、1か月ずっと同じ宿で暮らしている。
 活動制限令の発令直後は、島内を巡回するバスであちこち見て回ったりもしたそうだが、そのバスも本数が減っていった。ジョージタウンのランドマークであり、大型ショッピングモールやフードコートなども入った高層ビル・コムタも閉鎖となった。島を一望できる展望台ペナン・ヒルや、世界遺産の建築物群などの観光スポットも当然すべて閉まり、行くところも限られてはいるのだが、
「目の前の現実が面白くて」
 さほど退屈は感じていない。柚平さんは毎日、食事や日用品の買い出しなど「認められた」外出の際に、すっかり様子の変わったジョージタウンを歩き回っており、ロックダウン下の人々の多くがハマっている動画サイトやゲームなどもあまり必要とはしていない。ときどき、日本の友人とスカイプで話している。
 コンビニやスーパーマーケット、小規模な市場は営業していて、生活必需品は手に入るという。ただし、いまや必須マナーともなったマスクはやはり品切れ。柚平さんは手持ちの布マスクを洗って使っている。消毒液、インスタント麺も品薄だ。

 

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感染を防ぐための注意が記された看板がいたるところに

 

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持ち帰りのみ営業している食堂。店内に入れなくするため、テーブルや椅子でバリケードのような仕切りをつくっている店もある

 

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「ソーシャル・ディスタンス」はあっという間に世界共通の言葉になった

 

警察が巡回し、夜間外出を取り締まる 

 食事は宿の近くでまだ営業しているインド人の屋台が多いそうだ。ナシカンダールという定食で、トレーに並べられたおかずから好きなものを選んでごはんに乗っけるスタイル。ペナンの名物でもある。もちろんテイクアウトのみの営業で、宿に持ち帰って食べている。
 ほかに中華やマレーなどもあるが、開いている店はルブ・チュリアで5、6軒ほど。近隣も含めてほとんどの店を食べつくしてしまったが、
「いまの状況では、食の選択肢が少ないなんて言うのはぜいたくな悩みかも」
 と話す。
 こうした店も夜7時を過ぎるころには姿を消す。警官が巡回するようになり、帰宅するよう指導して回る。2、3人でたむろしている人々には、集まらないように注意もする。そして夜8時からはいっさいの外出ができなくなる。夜間外出禁止令が出ているのだ。
 ドミトリーに戻ると、中華系マレー人と、イタリア人の泊まり客がいるが、あまり会話もなく、それぞれの世界で過ごしている。近くの安宿では、ほんの数名しかいない客に、ほかの宿に移ってもらって営業をやめる動きも出てきているそうだ。
 異例の沈没生活だが、とりたてて困ることはない。ロックダウン直後は両替商が閉まって慌てたが、ATMはやはり夜8時までだが稼働している。
「あえて言えば、床屋がやってないくらいですかね」
 そう語る柚平さんの髪は確かにだいぶ伸びていた。

 

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片っ端から閉まった両替商。銀行は開いているが両替業務は行っておらず、ATMだけが頼り

 

帰国するためのハードルは? 

 治安の悪化は感じていない。そもそも出歩く人がまばらだ。それでも、
「お客がいなくなったが街を流しているトライショー(自転車タクシー)が、お金やたばこをせびってくることがあります。それと寸借詐欺のような、カラの財布とIDを見せてきて『バイクが壊れたからお金をくれないか』なんて人もいました。断ると別の外国人に食い下がっていましたね。何度もペナンに来ていますが、ああいう人は見たことがありません」
 と、日々の生活費に困る人々が出てきているようだ。
 マレーシアの活動制限令は何度か延長され、いまのところ5月12日まで続く。柚平さんは旅を続けるか、帰国するか悩んだままペナンで過ごしてきたが、仕事もあるしそろそろ帰らざるを得なくなりそうだ。マレーシアへの入国はいっさいできないが、現在は出国はできるのだ。
「航空便が激減したためか、一時期はクアラルンプール→東京のチケットが片道8万円とか10万円に値上がりして、それもあって帰国をとどまってきました。いまは3万5000円くらいに落ち着いてきたので、帰ることを考えています」
 ただし、そのための手続きはなかなかに面倒だ。まず、州をまたいでの移動が禁じられているため、許可を取らなくてはならない。航空券を取ったら、ペナンにもある日本領事館に行って、これから日本に戻る人間であるという証明書をつくってもらう必要がある。これを持って最寄りの警察署で、州を越えて移動するための届け出を行う。これでようやくクアラルンプール行きのバスに乗れるのだが、便数は激減しており不定期の運行だ。乗客はもちろん「移動許可」を得ている人に限定される。そうしてクアラルンプールに着いても、果たして営業している宿はあるのか……。
 加えて日本に着いたら、今度は検疫が待っている。入国制限地域のひとつであるマレーシアからの入国者は、全員にPCR検査が義務づけられている。結果が出るまでの1~2日は空港内や指定されたホテルなどで待機となる。たとえ陰性でも、14日間はホテルや自宅などでの隔離が求められている。国を越えることは、いまとなっては大ごとなのだ。
 それでも少しずつ、東南アジアでは感染者が減り続けている。ベトナムでは収束に向かい、ロックダウンが解かれた。台湾や韓国も同様だ。欧米でもピークは過ぎつつあるといわれる。もう少ししたら、コロナ後の世界がいくらかは見えてくるかもしれない。

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ペナン島に旅行者が戻ってくる日ははたしていつになるやら……

 

*情報はすべて4月29日現在

 

*本連載は月2回(第1週&第3週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

*タイトルイラスト・野崎一人 タイトルデザイン・山田英春

 

 

『バックパッカーズ読本』編集部

格安航空券情報誌『格安航空券ガイド』編集部のネットワークを中心に、現在は書籍やWEB連載に形を変えて、旅の情報や企画を幅広く発信し続けている編集&執筆チーム。編著に究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』シリーズなど。

 

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