ブルー・ジャーニー

ブルー・ジャーニー

#43

グレイシャーベイへ〈4〉

文と写真・時見宗和 

Text & Photo by Munekazu TOKIMI

クジラのように 

 地理学、考古学、地質学に革命をもたらし、人類のシベリアからアラスカへの旅の時系列を明らかにしたバンス・ヘインズは言った。

「どのように移動してきたにせよ、初期の移住者が“探検家タイプ”だったことはまちがいない。おそらく、丘の向こう側になにがあるのか、たしかめずにはいられないような若者だったのだろう」

 

40

 

 およそ7万年前に始まり、1万年前に終わった最終氷期、ユーラシア大陸と北米大陸は、南北の幅約1600キロの陸地、“ベーリンジア”でつながっていた。

 探検家タイプのモンゴロイドの一団がシベリアをあとにしたのは、約1万3500年前のある日のことだった。

 丘と平地が連なるベーリンジアを歩きつづけ、北アメリカ大陸に到達。以後、約1000年かけて南北アメリカ大陸の隅々に広がり、先住民族(ネイティブ)となった。

 南東アラスカに定住したネイティブ、クリンギット族、ハイダ族は、自分たちの祖先を──タカ、クマ、サメ、オオカミ、ザトウクジラ、カエル、ビーバー、ワタリガラス、ハクトウワシなどの──動物だと信じ、複雑なクランを作り上げた。

“クラン”とは一種の家系で、ワタリガラスとハクトウワシがもっとも上位に君臨した。

 

17

03

 

 トーテムポールは、家屋に付属するものと、独立して建てられたものに大別される。後者には墓碑柱と記念柱の2種類があり、墓碑柱の頂上には遺体が埋葬され、記念柱にはネイティブたちの記憶が彫りこまれた。

 

──ワタリガラスは貝の割れ目に顔を近づけ、甘い声でだまし、なだめすかしながら、新しい外の世界で一緒に遊ぼうと呼びかけた。ワタリガラスは二つの声を持っていた。荒々しく甲高い声と、世界でこれ以上美しい音はないかと思われるような鐘の鳴るような声だった。小さな生き物はその声に誘われるように少しずつ貝の中から姿を現した。が、ある者は広大な海と空、そしてワタリガラスの黒い姿に驚き、すぐに貝の中に逃げ込んでしまった。やがて、外の世界への好奇心に導かれるように、すべての小さな生き物たちが貝の中から出てきたのである。が、それはワタリガラスとは似ても似つかぬ生き物だった。羽も嘴もなく、肌は青ざめ、頭には黒い毛が生えていた。

 それがハイダ族、つまり最初の人間の誕生だった。(ハイダ族の神話“ワタリガラスと最初の人々”より『森と鯨と氷河』星野道夫著)

 

04

 

 現存するトーテムポールの多くは19世紀半ばごろから20世紀初頭にかけて、依頼を受けて作られたもので、オリジナルではない。ここケチカン・トーテム公園のトーテムポールも例外ではない。

 オリジナルのトーテムポールは、さまざまな国々のさまざまな人びとに持ち去られ、一部は博物館や美術館に置かれた。

 

Aweb

Bweb

 

 シアトルから北米大陸の西海岸に沿って北上。アラスカ・グレーシャーベイに向かう、日本列島を飲みこんでまだ余る1500キロ、11日間の船旅。

 航跡が伸びるごとにつよくなっていく雪の匂いに、北に向かっていることを実感する。

 シアトルを出航してから6日目、船はアドミラルティ島、クプレアノフ島、北米大陸に囲まれたフレデリック水道にさしかかる。

 沖縄県よりひとまわり大きな内海に流れこむ黒潮の支流は、海底の海嶺や谷を横切るときに、海底から大量の栄養物を浮き上がらせる。

 浮き上がった栄養物は、太陽の光と結びついてプランクトンとオキアミを養い、プランクトンとオキアミに満たされた栄養たっぷりの海水は何百万トンものニシンを育て、出産と子育てのために約4千キロ離れたハワイに渡ったクジラを呼び寄せる。

 

28

  

 白い感嘆符が、深呼吸するようにうねる海面から立ちのぼる。

 ザトウクジラ(Humpback Whale)。

“ザトウ”の漢字表記は「座頭」。水面に浮上するときの形が、琵琶を背負って歩く盲目の法師、座頭に似ているところから命名された。一方、英語名の“Humpback”は「猫背」あるいは「コブつきの背中」を意味する。

 人をおそれないザトウクジラは、そのために乱獲され、絶滅危惧種に指定されている。一時は地球上からすがたを消すおそれがあるとされていたが、近年、徐々にではあるが増加の傾向が認められている。

 現在の生息数は全世界で推定1万頭。そのうちの約2千頭が北太平洋に棲息し、さらにその4分の1の500頭前後がここ東南アラスカに集まる。

 

C

 

 メルヴィルが「水平な尾と噴気孔をもつ海の哺乳類」と呼んだクジラは、地球上の生き物の中でもっとも大きく、人間の脳とおなじように複雑な脳を持つ。

 大きな脳は持ち主に大きな負担をかける。生後数週間以内の人間の赤ん坊の脳は、全身の代謝の3分の2を必要とする。

 クジラの大きく複雑な脳にはなんらかの意味があるはずなのだが、科学者たちは月ほどにそれを理解していない。はっきりしているのは、クジラがその脳を地球の破滅につながるようなことに使っていないということだけだ。

 われわれ人間は、宇宙にわれわれとおなじような知能を持つ生物を探しているが、この海の下には、言葉を持ち、クラシック音楽と同等の規則に従う歌を歌う生き物がいる。

 とりわけ美しいとされるのがザトウクジラの歌。長く複雑な歌を歌いつづけ、息継ぎのときも歌うことをやめず、休むことなくおなじメロディを繰り返す。メロディは毎年変わり、泣き出すひとがいるほどに、聞くものの感情をかき立てる。

 

02

  

 夕陽を受けてきらきら光る水面から黒々とした尾びれが立ち上がり、空をめざして持ち上がっていく。

 巨大な体躯を水中深く沈めるための準備動作のひとつ、フルークアップ・ダイブ。

 尾ビレの腹側の白黒の模様は人間の指紋のようにさまざまで、おなじ模様を持ったザトウクジラは地球上に2頭と存在しない。専門家たちはこれを手がかりに何千頭ものザトウクジラを見分け、名前をつけている。

 直立した尾ビレが、降下し始める。

 時間はとうにクジラに支配されていて、いっさいの形容詞は意味をなさない。あえて言えば「クジラのように」降下し始め、海面は「クジラのように」波打ち、巨大な体躯から海水が「クジラのように」流れ落ちる。

 

D

 

 この船の下のどこかで、クジラが時を刻んでいる。

 レインフォーレストの奥深くで、略奪を逃れたトーテムポールが記憶をつないでいる。

 太陽系の外縁を、ボイジャー1号、2号は、クジラの歌を録音したディスクを乗せて飛びつづけている。

 頭上でクリンギット族の戦士たちの魂が、遊ぶように揺れている。

 

 

(アラスカ編、続く)

 

 

 

*本連載は月2回配信(第2週&第4週火曜日)予定です。次回もお楽しみに。

 

 

blue-journey00_writer01

時見宗和(ときみ むねかず)

作家。1955年、神奈川県生まれ。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』の編集長を経て独立。主なテーマは人、スポーツ、日常の横木をほんの少し超える旅。著書に『渡部三郎——見はてぬ夢』『神のシュプール』『ただ、自分のために——荻原健司孤高の軌跡』『オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー蹴球部中竹組』『[増補改訂版]オールアウト 1996年度早稲田大学ラグビー 蹴球部中竹組』『オールアウト 楕円の奇蹟、情熱の軌跡 』『魂の在処(共著・中山雅史)』『日本ラグビー凱歌の先へ(編著・日本ラグビー狂会)』他。執筆活動のかたわら、高校ラグビーの指導に携わる。

ノンフィクション単行本 好評発売中!

blue-journey00_book01

日本ラグビー 凱歌の先へ
編著・日本ラグビー狂会

     

ブルー・ジャーニー
バックナンバー

その他の辺境・秘境の旅

ページトップアンカー