旅とメイハネと音楽と

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#43

エルサレム『メクデシェット』取材記〈3〉

文と写真・サラーム海上

 

オールナイトの音楽プログラム

 2017年9月14日の深夜から15日早朝にかけて、エルサレムのフェスティバル『メクデシェット』では、13組のアーティストが出演するオールナイトの音楽プログラム「Night Stroll」と「Sunrise Concert」が開催された。
 音楽フェスティバルの取材は、基本的に座って音楽を聴いているので、それほど疲れはしないだろうと思われがちだ。しかし、幾つかの会場を移動し、一日に三~四組、場合によっては十組ものアーティストの演奏を聴き続けるのはやはり疲れる。
 海外では日本のコンサートホールや映画館のような快適なシートに座れることはめったにないし、オールスタンディングの会場も少なくない。大雨の野外でびしょ濡れになりながら音楽を聴き続けたこともしばしばある。そして、音楽は基本的に夜の世界に属している。定刻に始まるとは限らないし、予定どおりに終わるとも限らない。時差ボケに悩まされながら開演を待ち、全ての演目が終わって宿の部屋に戻ると明け方近くなんてことも珍しくはない。
 それでもメクデシェットはワールドミュージックやジャズ、伝統音楽など比較的アダルト向けなプログラムが多いため、終演時間も早く、最初の三日間は夜の12時前には宿の部屋に戻れた。連日の疲れでベッドで気絶するように眠るうち、いつのまにか時差ボケも解消したが、四日目は朝食終了時間の午前9時半ギリギリまで爆睡してしまっていた! ヒー、急いで朝食サロンに行かねば!
 さて、五つ星ホテルの朝食ブッフェでイスラエル名物のサラダやパティスリーをたっぷりいただき、一日分のお腹を満たしたので、後はナイト・ストロールに備えて、夜までホテルにこもることにしよう。

 

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ホテルの朝食ブッフェから中東料理コーナー、ホモス、タヒーニ、ピクルス、葡萄の葉のご飯詰めなど

 

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暑い午後はホテルのプールでのんびり泳いでから昼寝

 

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昼間のダビデの塔

 

 この日のメクデシェットは夜8時にダビデの塔でジャマイカの伝説的歌手二人、マイケル・プロフェットとホレス・アンディによる重量級のルーツ・レゲエから始まった。途中で最前列を離れ、ドリンクバーで友人たちと話していると、プレス担当のキムが僕を見つけて話しかけてきた。
「ナイト・ストロールの前にもう一つ見せたいプログラムがあるの。ここから歩いて10分ほどの所よ」
「もちろん行こうよ!」
 彼女が向かった先はダビデの塔を出て西に進んだ高級ホテル街の裏にある古いカルチャーセンターだった。受付の女性にプレスパスを見せると、なぜかシーツと枕カバーを渡された。これは一体? 会場に一歩足を踏み入れると、広い部屋には一面マットレスが敷き詰められ、その奥にはDJブースと小さなライブステージがあり、DJがゆる~いモンド~アンビエント・ミュージックをプレイしていた。照明はピンク色で、日本的な感覚だといかがわしい場所に来てしまった気分になる。
「これは『Glorious Dreams』というプログラムなの。参加者は自分の好きな場所に寝そべって、DJがその場でプレイする快眠のための音楽を聴きながら朝まで過ごすのよ。いわば快眠のためのDJパーティーなの」
 踊るためのDJパーティーではなく、快眠、良い夢を見るたけのDJパーティー! 日本でもこんなDJパーティーやれたら楽しいだろうなあ。これはフェスで疲れた足腰に最高にうれしい! さっそくマットレスにシーツを広げ、横になって、音を楽しむ。しかし、僕にはこの後、ナイト・ストロールが待っている。このまま朝まで爆睡なんてしてはいけない……。

 

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メクデシェット四日目、ダビデの塔のメインステージはジャマイカの伝説二人から始まった

 

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ダンスホール・レゲエの歌手、マイケル・プロフェット。彼は昨年12月に60歳で亡くなってしまった

 

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同じくレゲエのレジェンド、ホレス・アンディ。倍音たっぷりの声は全く衰えていなかった!

 

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深夜のカルチャーセンターでは快眠のためのDJイベント「Glorious Dreams」が行われていた。

 

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DJがジ・アート・オブ・ノイズの名曲「ロビンソン・クルーソー」をプレイしていた

 

 午前1時過ぎ、フと目を覚ます。いかん、今まで寝落ちしていたらしい。ナイト・ストロールは既に始まっている。急がねば! 来た道を歩いてダビデの塔に戻ると、メインステージではなく高い外壁の上や裏庭、地下室などの五ヶ所で同時にライヴが進行していた。

 簡単なタイムテーブルはもらっていたが、出演する十三組は僕が知らないアーティストばかりだったので、行き当たりばったりに歩いて回ることにした。すると、地下室ではジャズやポストロック系、外壁の上では小編成のアコースティック系やアヴァンギャルド系、クラシック系のアーティストが目立った。

 

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深夜のダビデの塔

 

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ダビデの塔の敷地内では五ヶ所同時にライヴが進行していた

 

 会場を文字通りストロール(さまよって)していると、メインステージの左奥にある裏庭のほうから耳に親しんだメロディーが聞こえてきた。1990年代末にアルジェリア人ロックンローラー、ラシッド・タハが歌い、世界中で大ヒットしたアルジェリアの歌謡曲「シャアビ」の曲「Ya Rayeh」だ。メインステージ脇を迂回しながら裏庭に近づくうちに、曲はやはり90年代のアルジェリアの歌謡曲「ライ」のヒット曲「Abdelkader」へと変わった。これもうれしい選曲だ! 

 

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裏庭のステージからはアラブの90'sヒット曲が聞こえてきた


 彼らは「Djerba Groove Project(ジェルバ・グルーヴ・プロジェクト)」という新人バンドだった。「ジェルバ」とはチュニジアの地中海に浮かぶ島の名前で、チュニジア随一のリゾート地。ジェルバ島では中世からユダヤ教徒とイスラーム教徒が平和に共存していたが、その平和は第二次世界大戦直後のイスラエルの建国と、それに続いた中東戦争でのアラブ連合の敗北によって破られ、多くのユダヤ教徒は土地を追われ、イスラエルへと移住した。
 ジェルバ・グルーヴ・プロジェクトはヴァイオリン、サックス、キーボード、ドラムス、エレキベース、パーカッション、カヌーン(中東の琴)、そしてヴォーカルの8人組。いかにもチュニジア系らしい、ガタイのいいヴォーカリストは頭にユダヤ教徒の印であるキッバをのせ、肩にはパレスチナやアラブの印であるカフィーヤ(白黒の市松模様のスカーフ)をかけていた。客席に原理主義者やテロリストがいたら「ふざけるな!」と爆弾をしかけられてもおかしくはない。自分はイスラエル人だが、自分のルーツであるアラブ~チュニジア~アルジェリアの音楽を愛する気持ちは本物だと示しているのだろう。

 

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アラブ有名曲のディスコ・カヴァー・バンド、ジェルバ・グルーヴ・プロジェクト

 

 彼らは90年代のライやシャアビのヒット曲をそっくりそのままに演奏するのではなく、ダンサブルなディスコ風にアレンジして演奏していた。そのため、最初は座り込んでいた観客もいつのまにか立ち上がり、ステージ前はちょっとしたダンスフロアと化していた。

 盛り上がりすぎたステージ前をクールダウンさせるためか、続いて彼らはスローテンポな曲を演奏し始めた。このメロディーも聞いたことあるぞ! アルジェリアの新世代ロックバンド、「Babylone」の2012年のデビュー曲「Jina」だ。「ジーナ」とはアラビア語で「美しい」や「ゴージャス」を意味する女性の名前。まだ見ぬ運命の女性を探しながら自分の道を貫くという歌詞と、アコースティックギター中心のフォーキーなサウンド、そして、地中海のビーチで撮影された旅情溢れるミュージックビデオにより、この曲はアルジェリア国内だけでなく、アラブ諸国全土で大ヒットした。Youtubeのビューワー数はなんと9700万回を超えているほどだ。
 若いヴォーカリストはそんな大ヒット曲を歌いながら、おもむろにステージを降りてきた。そして、最前列の僕の左に座っていたエチオピア系の褐色の肌の美女に向かって、ズボンの前ポケットから取り出した指輪を差し出し、その場でプロポーズをきめたのだ! 
 なんというパーフェクトなシチュエーション! 夏の夜のエルサレム、史跡ダビデの塔で、ライヴの最中にプロポーズされるなんて、彼女は予想だにしなかっただろう。彼女は突然のことに驚き、嬉し涙を流しながらも、彼のプロポーズを受け入れた。そして、その場にいた観客だれもが祝福の声をあげた。初日にスタッフから聞かされたとおり、メクデシェットにはやはり日常を超えた特別なマジックが存在する! こんなすばらしい夜、このまま明けないでくれ~!

 

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ジェルバ・グルーヴ・プロジェクトのヴォーカリストが最前列の女性にプロポーズ!

 

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お客さんもLEDを仕込んだ特別な衣装など、ドレスアップしてる!

 

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回廊の上ではチェロとハープギターの男女デュオによる前衛室内楽

 

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地下室ではジャズやヒップホップ、ポストロックなどの新鋭たちを聴くことができた

 

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日本盤アルバムもリリースしているジャズ~ヒップホップ系のトランペット奏者Sefi Zisling

 

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ダビデの塔には夜通しプロジェクションマッピング

 

 午前5時、メインステージで締めのサンライズ・コンサートが始まった。登場したのは「Dudu Tassa & The Kuwaitis(ドゥ・ドゥ・タサ&ザ・クウェーティーズ)」。「クウェーティーズ=クウェーティー兄弟」とは、1940年代にバグダッドで活躍したユダヤ人の作曲家、ダウードとサラーハのクウェーティー兄弟を指す。バグダッドで無数の曲を発表し、彼らの曲は当時のイラク国王にも愛されたが、やはりイスラエル建国にともない、ユダヤ教徒の彼らはイラクの国籍を剥奪され、故郷のバグダッドを追われてしまった。イスラエルに移住した二人は音楽活動を諦め、失意のままこの世を去っていった。そんなクウェーティー兄弟の曲を、ダウードの孫で現代の人気シンガーソングライターとなったドゥドゥ・タサが、アラブ音楽に精通したパレスチナ人の演奏家たちとともに演奏するのがこのプロジェクトだ。
 僕は2012年のエルサレムで、ファーストアルバムを発表した直後の彼らのライヴを観ていた。その時のことは拙著『ジャジューカの夜、スーフィーの朝 ワールドミュージックの現場を歩く』(DU Books)に詳しく記した。その後、彼らは二枚目のアルバムを発表し、レディオヘッドの前座として全米ツアーを行い、世界中のワールド系フェスティバルに出演していた。
 ドゥドゥはエレキギターをハードに弾きながら、祖父兄弟の曲をアラビア語で歌う。イスラエル人として育ったドゥドゥはアラビア語を解さない。それでも彼は現代アラブ音楽における最高の歌手たちにまったく引けを取らない歌唱力でアラビア語の歌を歌う。
 バンドはアラブ音楽に欠かせないカヌーン、ヴァイオリン、チェロ二台を中心に、ドラムス、エレキベース、キーボード、さらにゲストのパレスチナ人女性歌手という編成で、時に打ち込みを用いながらも、イスラエルらしい質実剛健な演奏を繰り広げる。5年前と比べると、グルーヴが増し、圧倒的な説得力が生まれていた。ドゥドゥはクウェーティーズのサウンドを「イラクン・ロール=イラクのロックンロール」と呼んでいる。現在のイラクやアラブ諸国には存在しない、唯一無二のイラクン・ロールである。
 午前6時20分、夜が明けて、白んでいく空をバックにドゥドゥ・タサ&ザ・クウェーティーズの演奏がクライマックスを迎えた。長い、最高の夜だった……。

 

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サンライズ・コンサートに登場したドゥ・ドゥ・タサ

 

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アラブ音楽に精通したクウェーティーズの面々

 

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いつの間にか夜が明けてきた

 

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サンライズ・コンサートの最後まで残った観客たち 


 メクデシェットはその日の午後に女性アーティストばかりが集まった「Closing Celebration」をもって終了した。メクデシェットは音楽面はもちろんのこと、エルサレムの抱える諸問題をテーマにしたコンセプチャルアートやバスツアー、そして会場の雰囲気から、現場でのオペレーションまで全てが世界第一級のフェスティバルだった。
 僕はあるフェスが気に入ると、二度、三度と繰り返し訪れてしまう。モロッコのジャジューカ・フェスしかり、トルコのカッパドックスしかり。僕にとってメクデシェットはまたすぐにでも再訪したいフェスとなった。

 

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クロージング・セレブレーションにはイスラエルを代表する2人の女性R&B歌手が共演。エチオピア系のエステル・ラダとウクライナ系のマリーナ・マキシミリアン

 

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メクデシェットのエンディング。9年間アーティスティックディレクターを務めたイタイは今回をもって辞任した

 

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5日間お世話になったシーズンオブカルチャーのキムとモーティ、そして日本から途中参戦したベーシストの松永誠剛君と記念撮影

 

 

エルサレムのケバブ屋で食べたタヒーニ・サラダ

 今回の料理はタヒーニ・サラダ。エルサレム旧市街にあるアラブ系のケバブ屋で、ケバブの付け合わせとして付いてくる一品。ざく切りにしたトマトとキュウリ、紫玉ねぎと青唐辛子、たっぷりのイタリアンパセリとほんの少々のにんにくをまな板の上に置き、ナタのような大きな包丁を両手で持って細かく刻んでから、たっぷりのタヒーニとレモン汁を和え、塩をふるだけ。

 作るのは簡単だが、一口食べただけでエルサレムのケバブ屋を思い出す味。ケバブや焼き肉、焼き魚の付け合わせとして最高なので、トマトが真っ赤で美味しい季節にこそ作ろう。

 

■タヒーニ・サラダ
【材料:作りやすい分量】
完熟トマト:1個(200g、へたを取りざく切り)
キュウリ:1本(皮をむきざく切り)
紫玉ねぎ:1/2個(皮をむき芯を取りざく切り)
青唐辛子:2本(お好みで増減、へたを取りざく切り)
イタリアンパセリ:1パック(ざく切り)
にんにく:1/2かけ(お好みで増減、皮をむきみじん切り)
タヒーニ:カップ1/2
レモン汁:小さじ1
塩:少々
EXVオリーブオイル:少々

【作り方】
1.ざく切りにした完熟トマト、キュウリ、紫玉ねぎ、青唐辛子、イタリアンパセリ、にんにくをまな板の上に集め、大きな包丁で5mm角程度まで更に刻みながら混ぜ合わせる。
2.1をボウルに入れ、タヒーニとレモン汁を加え、よく混ぜ合わせ、塩で調味する。
3.ボウルや茶わんに山型に盛り付けて、EXVオリーブオイルをふりかければ出来上がり。
 

 

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タヒーニサラダ。野菜を刻んでタヒーニと和えるだけ。なのに中東の味!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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