韓国の旅と酒場とグルメ横丁

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#42

夏の終わりの冷麺ストーリー

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 この夏、日本はお盆前後は意外と涼しかったと聞いた。韓国は多少雨も降ったが、やはり暑い日が多かった。筆者の大好物の冷麺は本来、寒いときにぽかぽかのオンドル部屋でいただくのが通なとどいう話もあるのだが、今夏は二日酔いの翌日、たびたび冷麺屋さんのお世話になった。

 今回は日本よりひと足早く去っていく韓国の夏を惜しみながら、冷麺の逸話をいくつか紹介しよう。

 

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「東大門歴史文化公園(トンデムンヨクサムナコンウォン)」駅5番出口近くの『平壌麺屋(ピョンヤンミョノク)』

 

 

冬の食べものから通年の食べものへ 

 北朝鮮が本場である冷麺がソウルに本格的に進出したのは朝鮮戦争(1950~1953年)以後だといわれているが、平壌冷麺はそれ以前の日本植民地時代には流入していた。 

 1920年代、すでに平壌の名物として人気があった冷麺の専門店は、すぐソウルにも進出した。この頃、製氷機が普及し、夏場でも冷たいスープが用意できるようになったことも冷麺人気に拍車をかけた。

 もともと冷麺は11月ごろに収穫できるソバや冬場に漬けるトンチミ(ダイコンの水キムチの汁)を使うので、冬の食べものという印象が強かったが、ずいぶん前から通年楽しめるものとして定着していたのだ。

 

 

ソウル、清渓川の周辺は冷麺屋街だった

 日本時代にソウルが「京城(けいじょう)」と呼ばれていたその時代、朝鮮人の街であった鍾路(チョンノ)、広橋(クァンギョ)、水標橋(スピョギョ)、武橋洞(ムギョドン)辺りでは、店先に麺を連想させる白い紙製の旗を付けた大きなのぼりを立てた冷麺屋が軒を連ねていた。

 風に吹かれる白い旗が、遠目には波が打つように見えたという。それくらい、平壌冷麺の店が多かったのだ。今も清渓川の周辺には『平来屋(ピョンレオク)』『乙支麺屋(ウルチミョノク)』『又来屋(ウレオク)』などの老舗が点在しているのは、その名残りだ。

 

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明洞聖堂の入り口と、日本人の利用の多いホテルPJを結ぶマルンネ路の中間地点にある『平来屋(ピョンレオク)』

 

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「乙支路3街(ウルチロサムガ)」駅5番出口近くの『乙支麺屋(ウルチミョノク)』

 

 

冷麺は自転車に乗ってやってくる 

 今の韓国は出前できない食べものがないと言われるほど、デリバリービジネスが発達しているが、その萌芽は日本時代にさかのぼる。当時、出前して食べるものというと、中華料理、ソルロンタンなどが一般的だったが、じつは冷麺も出前して食べるものとして人気があった。

 かつて日本のそば屋さんがそうであったように、韓国の冷麺屋にはたいてい冷麺配達夫がいた。彼らが自転車に乗って街を走る姿はソウルの風物のひとつだったのだ。

 片手で自転車のハンドルを握り、片手で冷麺の器をのせた岡持ちのような大きな板を持って走る姿はまるで曲芸のようだったという。真鍮の器に盛られた冷麺は当時15銭(チョン、1円=100銭)程度、出前すると別途10チョンを足す必要があった。

 1930年代の新聞や雑誌には、「配達夫たちが賃上げを要求し罷業(ストライキ)」とか、「冷麺出前中に交通事故」といったような記事がよく載っていた。

 

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仁寺洞エリアのタプコル公園の裏手にある『ユジン食堂』

 

 

冷麺配達夫に変装して潜入取材 

 近代の雑誌『別乾坤』(第48号、1932年2月1日付)に「秘密家庭探訪記、記者が冷麺配逹夫に変装」という記事が掲載された。記者がソウルの冷麺屋の配達夫を偽装して潜入取材したルポだ。

 偽の配達夫は冬の鍾路を走り、貫鉄洞(カンチョルドン)、齋洞(チェドン)、清進洞(チョンジンドン)、西大門(ソデムン)辺りの家庭の内部を見て歩いた。出前を頼む人は成金や有名人、資産家の妄宅などさまざまだ。

 当時、冷麺はソウルの富裕層、知識人、妓生(キーセン、芸妓)たちが冬の夜、出前して食べるちょっとしたぜいたく品だった。冷麺を出前して食べる客は、まさにゴシップ誌の読者の興味の対象だったわけだ。

 

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6号線「大興(デフン)」駅の東側、塩里洞(ヨムリドン)住民センターの近くにある『乙密台(ウルミルテ)』

 

 

冷麺80杯の出前は可能か? 

 当時、冷麺の出前に関する興味深いエピソードがあった。曲芸師のような冷麺配達夫は一度に何杯の出前ができたのかということだ。

 1931年、今の仁寺洞エリアの寛勲洞(カンフンドン)の飲み屋で暇を持て余していた客二人が賭けをした。賭けの対象は配達夫が冷麺80杯を彼らがいる店まで出前できるかということだった。

 ひとりは「できる」に、もうひとりは「できない」に賭けた。彼らは早速、冷麺屋に電話して80杯を注文した。なんとも酔狂な話である。

 はたして結果は?

 配達夫のなかでもっとも屈強で手練れの男は、無事に冷麺80杯を飲み屋に届けた。

 この話にはおまけがある。賭けをした男二人が念のため冷麺の器を数えたところ、80杯ではなく81杯あったのだ。韓国では陰陽五行の概念から偶数を嫌うので、主人が縁起のよい奇数にしたのか、それとも一杯はサービスのつもりだったのだろうか。

 日本時代が終わり、自転車による冷麺の手前はしばらく続いたが、朝鮮戦争以後、その風景は徐々に消えていった。

 

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ソウル滞在中、平壌冷麺を食べ忘れても大丈夫。仁川空港の空港鉄道駅のある交通センター西側地下1階の『ポンピヤン』で本格的な平壌冷麺が食べられる


 

*韓国の冷麺店情報は、拙著『韓国ほろ酔い横丁 こだわりグルメ旅』に詳しく載っています。また、本連載の#16#35でも冷麺を取り上げています。ぜひ合わせてお読みください。

 

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紀行作家。1967年、韓国江原道の山奥生まれ、ソウル育ち。世宗大学院・観光経営学修士課程修了後、日本に留学。現在はソウルの下町在住。韓国テウォン大学・講師。著書に『うまい、安い、あったかい 韓国の人情食堂』『港町、ほろ酔い散歩 釜山の人情食堂』『馬を食べる日本人 犬を食べる韓国人』『韓国酒場紀行』『マッコルリの旅』『韓国の美味しい町』『韓国の「昭和」を歩く』『韓国・下町人情紀行』『本当はどうなの? 今の韓国』、編著に『北朝鮮の楽しい歩き方』など。NHKBSプレミアム『世界入りにくい居酒屋』釜山編コーディネート担当。株式会社キーワード所属 www.k-word.co.jp/

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