旅とメイハネと音楽と

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#42

エルサレム『メクデシェット』取材記〈2〉

文と写真・サラーム海上

 

エルサレム旧市街観光ツアー

 2017年9月12日、エルサレムのフェスティバル『メクデシェット』二日目。午前中は僕たち三人の外国人プレスのためガイド付きのエルサレム旧市街観光ツアーからスタートした。

 僕はこのツアーに参加するのはこの5年間でなんと4度目。時差ボケが抜けないので本当は午前中くらいはホテルでゆっくりしていたいところだし、イスタンブルやデリーなら間違いなくスキップするが、エルサレムに関しては毎回何かしらの発見があるので今回も参加することにした。
 女性ガイドのポリーンに案内され、ダビデ門からキリスト教地区、イスラーム教地区、ユダヤ教地区を抜け、嘆きの壁を参拝し、キリストが十字架にかけられるまで歩かされた道、「ヴィアドロローサ」、そして、聖墳墓教会を要領よく回った。

 訪れる度にそれまで見えずにいたこの町の古層が見えてくるし、この国を取り巻く情勢により観光客が大きく増減し、町の風景も移り変わって見える。今回は南米から来たキリスト教巡礼者の姿が目立った。

 

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メクデシェットのメイン会場となった「ダビデの塔」の案内

 

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エルサレム旧市街ツアーのスタートだ

 

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ユダヤ教最大の聖地「嘆きの壁」

 

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「嘆きの壁」で壁に頭を付けて祈りを捧げるユダヤ教徒

 

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エルサレム旧市街イスラーム教地区のスーク(市場)通り。美味いファラフェル屋やケバブ屋が多い

 

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エルサレム旧市街イスラーム教地区の路上のジュース屋にて。ざくろを絞ってもらう

 

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「ヴィア・ドロローサ」を歩く南米からの巡礼客

 

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聖墳墓教会内部にあるキリストの墓

 

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聖墳墓教会で蝋燭を灯し祈るキリスト教徒

 

 一気に歩き回り、ユダヤ教地区の広場の日陰で一休みすると、ポリーンが自らのストーリーを話してくれた。
「私の両親はアルジェリア生まれのユダヤ人で、1950年代にフランスに渡り、1980年代にこの国に移住しました。私の十代の頃は第一次インティファーダの爆弾テロばかり続いていました。だから今も、この場所が本当に安全かどうかを常に気にしながら行動する癖が抜けません。今はヨルダン川西岸地区のC地区(イスラエル軍が行政権、軍事権共に実権を握る地区)にあるキブツ(集団農場)に暮らしています。パレスチナ人と共同で運営している左翼的なキブツです。そして、エルサレムには毎日、チェックポイント(イスラエルと西岸地区を隔てる検問所)を超えて働きに来ています」
 遺跡を見て回るより、地元の人と話すほうがやっぱり僕には興味深いなあ。

 

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エルサレム旧市街ユダヤ教地区の広場で地図を広げるポリーン。エルサレムとヨルダン川西岸地区について説明をしてくれた

 

 

音楽プログラムに酔いしれる

 9月中旬、エルサレムの午後はまだまだ暑い。この日は気温が34度まで上がった。その反面、湿度はたったの28%なので、日陰や室内にいれば過ごしやすい。午後はホテルに戻り、冷房が効いた場所でインタビューやミーティングをこなし、夕方からついに本番、音楽プログラムのスタートだ。
 午後6時、ダビデの塔の黄土色の花崗岩が夕暮れの色に染まる頃、野外ステージに登場したのはTrilok Gurtu & The Castle in Time Orchestra。インドを代表するベテランのタブラ奏者/フュージョン・ドラマーのトリロク・グルトゥと、地元の実験系オーケストラ、ザ・キャッスル・イン・タイム・オーケストラとの共演だ。彼らは通常の西洋クラシックの管弦楽隊のほか、DJや電子機材担当、エレキギターやドラムス、女性ヴォーカリストまで含む約40名の大所帯オーケストラで、若いリーダーで指揮者のマタン・ダスカルはモダンダンスの名手としても知られている。
 トリロクが手拍子や口タブラ、ドラムスやパーカッションをフル動員してインド古典音楽直系のリズムを打ち鳴らすと、トランペットや女性ヴォーカリストなど、オーケストラのメンバーが即興的に一人ずつ音を足していき、次第に大きな音のうねりが生まれていく。

 常に客席に背中を向けている指揮者のマタンだが、タクトを振りながらも身体を大きく揺らしブレイクダンスを踊り始めた。最初は実験的すぎるように思えたが、現代音楽とインド古典音楽、そしてジャズやファンクを行き来するうち、後半に行くに従い双方の息が合ってきて、クライマックスの高揚感はまさにこのフェスのテーマ「メクデシェット=セイクレッド=快適な日常を離れ、聖なるものにつながる」そのものとなった。

 

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Trilok Gurtu & The Castle in Time Orchestra

 

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1970年代からジャズやフュージョンの世界で活躍するインド人ドラマー/パーカッショニストのトリロク・グルトゥ

 

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トリロクはいったんステージに上がるとまるで別人のように凛凛しく豹変した!

 

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深夜に登場したエチオピア系サックス奏者Abate Barifun。エチオジャズ、エチオブルース、アフロビートなど

 

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アバテ・バリフンのライヴはエチオピア正教の司祭による祈りの歌から始まった


「音楽は常にメクデシェット=セイクレッドじゃが、その前に我々全員がセイクレッドじゃ!」
 その日の午後に行ったインタビューで、トリロクは「メクデシェット」というアイディアについてこう語ってくれた。インタビュー時には黒縁メガネをかけた冴えないインド人のオッサンに見えたトリロクが、いったんステージに上がるとまるで別人のように凛凛しく変身して見えたのも驚きだった。

 

 翌13日、メクデシェット3日目。午前中に博物館観光、お昼にはホテルのプールでインタビュー一本とひと泳ぎした。そして、夕方からはダビデの塔の室内で、日本でもおなじみの旅する映像作家ヴィンセント・ムーンの上映会とレクチャーを聞いた。


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「ダビデの塔」にてフランスの映像作家Vincent Moonのレクチャー。

「五年前にカイロで女性だけの秘密の儀式に案内された。女性たちが次々にトランスに入っていくんだ。ぶっ飛んだよ。以来、儀式を追いかけて撮影してきたんだ」

 

 夜から音楽プログラムがスタート。道に迷いながらも7時前に旧市街のアルメニア人地区に建つ小さな会場、ダビデのハープ(The Harp of David)に到着。そこで何も前知識がないままに観たイスラエルの女性シンガーソングライターのリオール・ショーヴ(Lior Shoov)が掘り出し物だった。彼女は会場の後ろから、自分の両肩や両腿やお腹や胸や頭、ほっぺたを両手で叩いて、リズムを刻み、そのリズムに合わせて歌いながら歩いて登場した。

 次の曲ではウクレレを弾きながら英語で歌い、さらにアコーディオンを抱えてフランス語、続いてはおもちゃのキーボードでヘブライ語で歌うなど、一曲ごとに違う楽器、違うおもちゃ、違う言語で歌っていくのだ。親指ピアノやハングなど珍しい楽器も器用に弾き分けて、途中で鳴り始めた近くのアルメニア正教会の鐘や観客の歓声まで曲の一部として取り込んでいく。ちょうど前月に東京で観たカナダの女性シンガーソングライター、クロ・ペルガグに似た特異な個性だった。

 

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ダビデのハープで観たリオール・ショーヴ

 

 夜8時半にメイン会場のダビデの塔に戻ると、今回最も注目していた二人組、Avital meets Avitalがリハーサルを行っていた。日本でも人気のバロック音楽のマンドリン奏者アヴィ・アヴィタルと、ジャズのベーシスト、オメル・アヴィタルの二人による新たなユニットだ。
 リハーサルの段階から演奏が全力で熱いのに驚いた。ジャズ、バロック、クラシック、モロッコ音楽、アラブ・アンダルシア音楽、中東音楽が二人のマンドリンとコントラバス、更にバックのピアノとパーカッションの超絶演奏を通じて浮かび上がる。二人がお互いの目で会話しながら演奏しているのがありありと伝わってくるのだ!
 ほどなくして始まった本番では、二人の一挙一動から目が、そしてそこから生まれる音から耳が離せなくなった。普段はクラシックとジャズの世界で活躍する二人だけに、マニアックな音楽性に偏らず、誰にでも聞きやすいイージーリスニングになっているのもスゴい。これはトルコのロマ演奏家最高峰の三人組、Taksim Trioと並んで、僕の知る限り現代の中東音楽生演奏の最高峰じゃないか! こういうのが観たかったんだよ!

 

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バロック音楽のマンドリン奏者アヴィ・アヴィタルと、ジャズのベーシスト、オメル・アヴィタルの新ユニット、Avital meets Avital

 

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オメル・アヴィタルはコントラバスを自分の身体の一部のように操り、楽しそうにスウィング!

 

 僕はその日の午後のうちにアヴィ・アヴィタルにインタビューを行っていた。
「僕の両親はモロッコからの移民。オメルと僕は同じアヴィタルという苗字だけど、親戚ではないんだ。この苗字は1950年代にモロッコからイスラエルに移住してきた人たちが、それまでのアラビア語の名字をヘブライ語に改名した時に付けられたんだ。古いアラブの文化を捨てて、新しくイスラエルの文化と同化するために改名する必要があったんだ。

 元々は『ブートゥブール』という苗字で、それは『太鼓を叩く人』という意味だそうでし。だから僕もオメルも先祖代々音楽家の家系ということではつながっています。僕はクラシック音楽、オメルはジャズと、音楽ジャンルは異なるけれど、ともに生楽器の演奏家ということでもつながりがあります。
 このプロジェクトは5年前にドイツのコンサートホールから、何か新しいことをやってくれと頼まれたことから始まりました。そこでベテランのオメルを誘ったんです。そして、まず二人で中東音楽、モロッコ音楽について深く掘り下げました。オリジナルの曲も作ったし、古いイスラエルの歌もとりあげました。それまで僕はモロッコ音楽とはあまり強いつながりは感じたことがなかった。でも、このプロジェクトを通じて、メロディーやスケール、リズムが自分のDNAに存在していたことに気づきました。

 その後、お互いに忙しくて再開出来ずにいたけれど、昨年に4年ぶりに集まって、一気にアルバムを作りました。それを(クラシックの名門)ドイツ・グラモフォンから出せてうれしいです。
 オメルは既にモロッコを訪れているけれど、僕はまだモロッコを訪れたことはないんです。だからこの音楽は本物のモロッコ音楽ではなく、僕たち二人による『空想のモロッコ音楽』です。それは僕が子供の頃、家族を通して体験した個人的な思い出、例えばコミュニティーの結婚式などが元になっているんです」

 

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「僕たちの音楽は空想のモロッコ音楽なんです」とアヴィ・アヴィタル

 

「空想のモロッコ音楽!」1950年代初頭、モロッコやイエメン、イラクなどアラブ諸国に暮らしていたユダヤ教徒は、イスラエルとアラブ連合による第一次中東戦争が起きたことにより、それまで何世紀もの間、隣り合って暮らしていたイスラーム教徒によって迫害され、その多くは国を追われ、新天地イスラエルへと流れ着いた。

 そうしたモロッコ系イスラエル人の第二、第三世代の音楽家たちが、モロッコの音楽家よりも自由な発想で音楽を先へ先へと進めているのだ。彼ら二人の音楽もまた「メクデシェット=セイクレッド=快適な日常を離れ、聖なるものにつながる」だった。

 さて、明日はメクデシェットのハイライトと言えるオールナイトの音楽プログラム「ナイト・ストロール」だ。果たしてどんな音楽が待っているのだろうか?

 

 

野菜のメゼ、ローステッド・ペッパー

 今回の料理は「ローステッド・ペッパー」。オーブンやグリルでパプリカを焼き、黒焦げになった皮をはがしてから、酢やにんにく、オリーブオイルでマリネした野菜のメゼ。イスラエルでは惣菜屋で瓶詰めなどで売られているが、トルコ製のものも多いようだ。


■ローステッド・ペッパー
【作りやすい分量】
赤パプリカ(好みで黄色、オレンジ、緑色のものでも):大2個
にんにくのみじん切り:1かけ分
ワインビネガー:大さじ1
塩:少々
胡椒:少々
ザータル:少々(省略可)
パセリのみじん切り:少々
EXVオリーブオイル:大さじ2

【作り方】
1.オーブンを200度に予熱し、オーブンペーパーを敷いた天パンに赤パプリカをのせ、40分焼く。表面が黒く焦げ始め、パプリカがぺしゃんこになったら、取出し、紙袋に入れ、ふたをして、予熱が回るまで20分ほど置く。
2.ボウルににんにくのみじん切り、ワインビネガー、塩、胡椒、ザータル、パセリのみじん切り、EXVオリーブオイルを入れ、よく混ぜ合わせる。
3.1のパプリカが室温まで冷めたら、袋から取出し、へたと種を取り、皮をむき、食べやすい大きさに裂く。
4.ボウルや料理用パットに3のパプリカを入れ、2をかけて、よく混ぜ合わせる。冷蔵庫で冷たくしていただく。

 

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冷たいメゼ、ローステッド・ペッパー

 

 

*イスラエル編『メクデシェット』レポート、次回に続きます!

 

*著者の最新情報やイベント情報はこちら→「サラームの家」http://www.chez-salam.com/

 

*本連載は月2回配信(第1週&第3週火曜)予定です。次回もお楽しみに! 〈title portrait by SHOICHIRO MORI™〉

 

 

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サラーム海上(サラーム うながみ)

1967年生まれ、群馬県高崎市出身。音楽評論家、DJ、講師、料理研究家。明治大学政経学部卒業。中東やインドを定期的に旅し、現地の音楽シーンや周辺カルチャーのフィールドワークをし続けている。著書に『おいしい中東 オリエントグルメ旅』『イスタンブルで朝食を オリエントグルメ旅』『MEYHANE TABLE 家メイハネで中東料理パーティー』『プラネット・インディア インド・エキゾ音楽紀行』『エキゾ音楽超特急 完全版』『21世紀中東音楽ジャーナル』他。Zine『SouQ』発行。WEBサイト「サラームの家」www.chez-salam.com

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