越えて国境、迷ってアジア

越えて国境、迷ってアジア

#41

マカオ~中国・珠海

文と写真・室橋裕和

 

 中国大陸から突き出た小さな半島と、その南部の島からなるマカオ特別行政府。カジノだけでなく近頃は世界遺産の街としても知られるが、北に歩いていけばすぐ中国本土だ。越境してみれば、同じ中国の一部とは思えないほど、ずいぶんと世界が変わる。

 

 

カジノタウンからおしゃれ&スイーツの街へ

 最近、マカオが日本人女子にけっこう人気らしい。

 マカオといえば世界トップクラスのカジノシティ、とはいえハイソさやスマートさとはほど遠く、ギラついた中華オヤジが青筋立ててクシャクシャの人民元を張りこみ、大小の目に絶叫している鉄火場……と思っていたのだが、そういう認識はやや古いという。

 もちろん大陸からひと勝負かけにやってきた角刈りのおじさんたちも目にするが、いまや客の多くは家族連れの団体ツアー。テーマパークかと見紛うリゾート・カジノ「ヴェネツィアン・マカオ」あたりで、食事、買い物、スパにショーなんかを楽しむスタイルが人気らしい。

 日本人女子はそもそも、カジノなんて目もくれないのだという。ここマカオは「日本からいちばん近いヨーロッパ」といわれるほど、街並みはコロニアルだ。ポルトガル植民地時代に建てられ、中華の建築様式とミックスされた独特の教会や廟などが無数に残っているのだが、これがどれもこれも黄色やピンクのパステルカラーで、とってもかわゆいんである。インスタ映えを狙う女子にとっては格好のターゲットであろう。建造物の多くは世界遺産にも指定されていて、これらを巡る街歩きはなかなかに楽しい。

 加えて……僕は手もとのケーキをひと口ほおばった。生クリームに砕いたクッキーを混ぜて冷やした「セラデューラ」は、おじさんも思わず優しく微笑むおいしさ。シャレオツなカフェで不審な中年がひとりケーキを食っているというのは店にとっては営業妨害かもしれないが、それにしたってマカオのスイーツのレベルは高い。こりゃ女子ウケするわけだ……しかし! こんなものは僕の望んだマカオではない。 もっとこう、いかがわしさと猥雑な活気の中に身を浸したい。日本人女子の警戒するかのような視線をかわし、僕は店を出た。北へ行こう。

 

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マカオの中心部セナド広場は、とてもアジアとは思えない

 

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歴史的にしてポップな教会のたもとにカフェ。マカオはだんだんおじさんにはいづらい街になってきた

 

 

マカオの裏町を歩いて抜けて、中国へ

 マカオは狭い。世界遺産とカジノが密集している中心部だけなら、十分に徒歩で回れる程度である。きらびやかな繁華街を観光客がそぞろ歩くエリアも、少し北に歩けば様相がずいぶんと変わる。

 細長い古びたビルが密集し、その足元では八角の香り漂う漢方屋でランニング姿のオヤジがうちわを扇いでいる。返還のはるか前から建っているであろう老朽化した団地、その窓にそよぐ洗濯物、狭く入り組んだ暗い路地でひっそりと営業する麺の店……雑居ビルが乱れて迷路のように入り組むマカオの下町には、生活感と、まだあやしげな街だった頃の匂いとが残っていた。

 そんな灰色の迷路を行ったり来たり、うろうろとさまよっていると、やがてマカオの北辺につきあたった。国境である。

 1997年にイギリスから返還された香港と、1999年にポルトガルから返還されたマカオ。どちらも中国の領土に組み込まれはしたが、「一国二制度」によって、異なる政治・経済システムのもとに統治されている。「特別行政区」というやつである。出入国の管理も別個で、特別行政区から中国本土に行く際には、パスポート・コントロールが必要となる。外国人からすれば、国境と変わりはない。

 

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マカオもちょっと中心を外れれば味わい深い物件が林立する。これも歴史的建造物には違いない

 

 

なにもかも巨大な中国

 口岸(国境)を出たとたん、固まった。

 でかい。天安門広場とまではいかないが、それでも巨大な広場がどかーんと広がっているのであった。マカオの細かな路地を抜けてきた身からすると別世界のようである。「でかければそれで良し」という中華の洗礼を早くも受け、蜃気楼すらゆらめく炎天下、広大な広場を黙々と歩く。汗が噴き出す。気のせいか、ほんの数百メートル南のマカオよりも暑い気がする。

 ここは珠海の街である。経済特区でもあり、外資系の工場も並び、中国各地から労働者が流入してくる。だからか、異様な活気に包まれているのだ。洗練されたマカオはもう遠い彼方、繁華街に入れば暑いからだろうシャツを胸まで捲り上げた男たちが大声でがなりたて、コンビニの中でも平然とタバコをふかし、捨て、道端に座り込んだ野菜売りが客を呼ばわり、車の運転ひとつとっても荒々しく、きわめてガサツなのであった。マカオのおしゃれカフェで「ことりっぷ」なんか読んでいる女子を連行してきたら、泣いちゃうかもしれない。

 PM2.5の霧が漂いはじめてきた大気の中、これまた巨大なショッピングモールや、果ての霞む長大な海岸通りなどをまわって、日が暮れる頃に疲れ果てて国境近くに戻ってくれば、そこは漢字ネオンがやかましく踊る歓楽街となっているのであった。

 

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いかにも大陸風の大きな国境事務所。この向こうがマカオとなる

 

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中国本土に入るとアカい共産スローガンが目立つ

 

 

中華ギャルたちに翻弄される国境の夜

 珠海はその手のマニアには知られた街でもある。日系工場に勤める単身赴任のお父さんも多いのか、日本語のいやらしい看板まで散見される始末だ。たびたび摘発をされてはまた蘇るというイタチごっこを繰り返しているらしい。

 ハデなチャイナ・ポップスの轟くオープンエアのバーが並び、歩き疲れた身体にギャルたちから声がかかる。もちろん中国語なのでなにを言っているのかわからないが、あるバーではギャルたちが飛び出してきて、僕の行く手をふさぎ、腕を組み、手を取り、強引に店に連れこもうとするのである。タンパクな特別行政区とはまったく違う、たくましさとしつこさなのであった。

 まあ、ビール一杯くらいならボラれてもたいしたことはなかろう。暑い中ずっと歩いて国境を越えてきた身体が、猛烈にビールを欲していることもあった。

「啤酒(ピンチュー=ビール)!」

 まずは一杯、イッキに飲み干して人心地をつけると、彼女たちがまたあれこれ騒ぎたててくるので、まあ待てと制し、

「我是日本人(ワタシハニホンジンデス)」

 と知っているわずかな中国語を披露すれば、

「オー日本人」

 だったら漢字わかるよね、とそこらの紙っぺらになにやら書きつけ、筆談タイムが始まる。途中から「スマホで訳せるじゃん」ということになり、名前やら仕事やら、なにしに来たのか、家族はどうしてる、中国は好きか、一杯おごって……とにかくやかましい。僕がモテているわけではなく、単に無邪気で元気なだけだろう。

 そうこうしていると傍らから腕をつかまれる。小学生か中学生くらいの3人の女の子たちであった。ひとりはギターを持っている。話しかけてくるが、やっぱりわからない。

 しかし身振り手振りとバーの子たちのスマホ翻訳を見るに「歌を歌うのでチップちょうだい」ということらしい。

 答えていないうちからジャンジャカとギターがかきならされ、ふたりが声をそろえて歌いだす。だが、残念なことに、非常にヘタクソなのであった……。

 あきれるばかりのエネルギー。どこに行っても人の波に揉まれ、翻弄されるのが中国だ。このパワーこそ、いまの中国の発展の底にあるものなのだと思う。

 

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とっても愛嬌たっぷりなオープンバーのギャルたち。ずいぶんおごってしまった

 

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流し? の子供たち。酔客もたじろぐアグレッシブさなのだった

 


 

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*国境の場所は、こちらの地図をご参照ください。→「越えて国境、迷ってアジア」

 

*本連載は月2回(第2週&第4週水曜日)配信予定です。次回もお楽しみに!

 

 

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室橋裕和(むろはし ひろかず)

週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。現地発の日本語雑誌『Gダイアリー』『アジアの雑誌』デスクを担当、アジア諸国を取材する日々を過ごす。現在は拠点を東京に戻し、アジア専門のライター・編集者として活動中。改訂を重ねて刊行を続けている究極の個人旅行ガイド『バックパッカーズ読本』にはシリーズ第一弾から参加。

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